「直樹さん、理由もなくルドルフさんに暴力を振るってはなりませんよ。彼が県令様に暴力を振るったのは、理由があるからでしょう?」
育はそう言うと、直樹に殴られ唇から血を流しているルドルフの元へと駆け寄った。
「理由はどうであれ、こいつが県令様に暴力を振るったことは間違いないんだ!」
「叔父上、ルドルフ様は・・」
「言い訳など聞きたくない!環、明日わたしと一緒に県令様の所に行くぞ、解ったな!」
直樹は環にそう命じると、そのまま居間から出て行ってしまった。
「一体何があったのです、環?わたし達に解るように説明為さい。」
「母上、実は・・」
環は放課後に義貴から一方的に理不尽な言いがかりをつけられ、暴力を振るわれそうになったところをルドルフに助けられた事を両親に話した。
「まぁ、貴方の話を聞いた限りでは、先に手を出そうとしたのは県令様の方ではありませんか。それなのに、直樹さんは一方的に貴方達を悪者扱いして・・」
育は怒りで震え、思わず口汚い言葉で義弟を罵りしたい衝動を抑えた。
「これから直樹さんと話して来ます。貴方達は安心してもうお部屋で休みなさい。」
「はい。母上、ご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありません。」
「気にするな、環。誰にだって勘違いがある。直樹の事はわたし達が説得するから、何も心配はするな。」
「解りました、父上。」
その日の夜、環とルドルフは自分の部屋で休もうとしたが、環は目を閉じたら義貴の怒り狂った顔が夢に出て来て一睡もできなかった。
『タマキ、今日は学校を休んだらどうだ?』
『はい、そう致します。』
翌朝、目の下に隈を作った環の事を心配したルドルフがそう言うと、彼は両親に女学校を休むことを告げた。
「学校にはわたしが連絡しておきますから、お前は部屋で休みなさい。」
「申し訳ありません、母上。」
環は母に詫びると、二階の寝室で休んだ。
一時間後、自宅のドアが何者かに荒々しくノックされた。
「はい、どちら様でございますか?」
「ここにわたしの娘を侮辱した女が居るだろう、早く出せ!」
ドアから聞こえて来た怒鳴り声は、義貴のものだった。
「申し訳ありませんが、娘は体調を崩しており、誰とも会いたくないと言っております。どうか、お引き取り下さいませ。」
「貴様、わたしを誰だと思っている!早くお前の娘を出せ!」
今にも育に対して殴りかからんとする義貴の姿を見たルドルフは、彼女を守ろうと二人の間に割って入った。
『一体ここに何の用だ、帰れ!』
「おい、こいつは何と言っているんだ?」
「どうぞお引き取り下さいませ。」
「ええい、そこを退け!」
「そこで何をしているのです、県令様!」
育を押し退け、強引に家の中へと入ろうとした義貴を重正はそう一喝すると、義貴は少し怯んだ。
「貴様の娘に用があるのだ、家の中に入れろ!」
「人の上に立つ県令様ともあろうお方が、そのような横暴な振舞いを為さるなど、恥ずかしいと思わないのですか?」
「何だと、貴様~!」
重正は怒り狂う義貴に対して冷静な口調でそう言うと、義貴はますます怒り狂い、持っていたステッキで彼を打とうとした。
だが重正は義貴の攻撃を躱(かわ)し、彼の手首を掴んで彼の身体を宙へ放り投げた。
「おのれ・・わたしにこんな真似をして許されると思うなよ!」
「貴方は嘘を吐き、わたしの娘を一方的に悪者として断罪しようとしている。貴方の行動の方が、許しがたい事ではありませんか!」
重正の声で、周囲の空気が微かに振動するのをルドルフは感じた。
「これ以上騒ぎを起こしたくなかったら、お帰り下さい。そしてご自分の胸に手を当てて、ご自分が為さった事を考えるがいい。」
義貴は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、秘書に助け起こされながらそのまま長谷川家から去っていった。
「貴方、お怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。育、後で塩を撒いておけ。」
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