県令令嬢として、富貴子は何不自由なく育てられ、菊水女学校では県令の娘として一目置かれる存在となっていた。
菊水女学校へ彼女が入学する前、父親が莫大な金を学校に寄付した事で、教師達は彼女を何かと特別扱いするようになった。
富貴子が試験でカンニングをしてもそれを黙認し、彼女が宿題を提出しなくても良い成績を付けた。
彼女の機嫌を損ねれば、県令の機嫌を損ねて学校を去ることになってしまう。
校長の木綿子や一部の教師達は富貴子を特別扱いしなかったが、それでも自分の首が飛ぶことを恐れて多くの教師達が富貴子の言いなりとなっていた。
だが環が菊水女学校へやって来て、富貴子の状況は一変した。
良家の令嬢として華道・茶道などの花嫁修業は一通り身に着けていた富貴子だったが、長年欧州で暮らしていた環は、テーブルマナーなどをはじめとする西洋のマナーを身に着け、ワルツのステップを正確に踏める非の打ち所がない彼女に、富貴子は勝てる気がしなかった。
富貴子はいつしか環を羨み、妬み、憎むようになった。
そして、彼女に対する幼稚な嫌がらせを始めたのだった。
だが、いくら嫌がらせをしても、環は毅然とした態度を取り、自分の前で泣き喚いたり、怒り狂ったりしなかった。
「富貴子様、どうかなさったの?」
「別に何も。それよりも貴方達、うちで今度パーティーをするのだけれど、いらっしゃらないこと?」
「ええ、勿論伺うわ!」
「招待状は明日配るから、皆さん是非いらしてね。」
富貴子はそう言うと、級友達に笑みを浮かべた。
「環さん、貴方も富貴子様のパーティーにいらっしゃるのでしょう?」
「富貴子様が、パーティーをされるの?」
「ええ。明日招待状を富貴子様が配ってくださるそうよ。何だか楽しみだわ。」
翌日、富貴子は環を除く級友達全員に、パーティーの招待状を配った。
「環さんは、色々とお忙しいようだから今回は誘わない事にしましたの。悪く思わないでくださいね?」
「あら、わたしは何も気にしてはいなくてよ。わざわざそんな事を言ってくださって有難う。」
富貴子の嫌味に、環はそう即座に言い返すと、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
『只今帰りました。』
『タマキ、またあのフキコと何かあったのか?』
『ええ。大したことではありませんから、心配なさらないでください。』
『さっきお前の友人が来た。何でもフキコが、お前にパーティーの招待状を配らなかったそうだな?』
『彼女はわたしを嫌っていますから、パーティーに招待しないのは当然でしょう?』
環がそう言ってソファに座ってルドルフを見ると、彼は溜息を吐きながら紙巻き煙草を吸った。
『陰湿な女は何処にでも居るものだ。』
『皇太子妃様と比べたら、彼女は可愛いものですよ。』
ウィーン宮廷に居た頃、環はシュティファニーとよく衝突したが、彼女のような陰湿さと凄まじい悪意は富貴子からは感じられなかった。
『シュティファニーよりはマシ、か・・お前からしてみれば、フキコははじめから眼中にないという訳か。』
『ええ。子供の嫌がらせに、いちいち相手をしていては疲れるだけです。』
『お前が彼女から虐められているのではないかと心配していたが、大丈夫そうで良かった。』
ルドルフはそう言ってソファから立ち上がり、環の隣に座った。
『まぁ、こちらが何も反応しないとなれば、いずれ向こうも飽きるでしょう。』
『そうだな。』
環とルドルフがソファで寛いでいると、そこへ直樹が居間に入って来た。
「二人とも、呑気なものだな。」
直樹はそう言って二人を睨むと、二階の自室に引き籠ってしまった。
『わたしよりもルドルフ様の方が心配です。叔父上に何かされていませんか?』
『ああ、大丈夫だ。』
ルドルフは環の問いにそう答えて笑ったが、その笑顔はどこかぎこちないものだった。
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