※BGMと共にお楽しみください。
「環さん、お邪魔するわね。」
「あら凛子様、いらっしゃい。今忙しくて・・」
環が裁縫室でドレスを作っていると、凛子が中に入って来た。
「今日は孝を連れて来たのよ。あの子、菊ちゃんと一緒になって人形遊びをしているわ。」
「まぁ、そうなの。あと少しで終わるから、暫く待っていてくださらない?」
「ええ、わかったわ。」
凛子が居間へと戻ると、孝が女の子達と一緒になって人形遊びをしていた。
「菊ちゃん、この子は菊ちゃんのお友達なの?」
「ええ、孝っていうのよ。孝はピアノが上手なのよ。」
「そうなの?孝君のピアノ、聞きたいわ。」
菊の友人である朱里がそう言って孝を見ると、彼は暖炉の近くに置いてあるグランドピアノの前に座った。
「何か弾いて欲しい曲はある?」
「そうねぇ・・孝君が好きな曲を弾いて!」
「解った。」
孝は鍵盤を軽く叩いた後、ショパンのエチュード『木枯らし』を弾いた。
彼の指の動きは、10歳の子供とは思えぬほど華麗で、正確なものだった。
彼の演奏が終わった後、菊達は暫く開いた口が塞がらなかった。
その時、乾いた拍手とともにルドルフが居間に入って来た。
「菊から君が、ピアノが上手いと聞いていたが、まさかショパンの難曲を弾きこなせるとは、感心したよ。」
「お父様、お帰りなさい。今日はお早いのね?」
「ただいま、菊。今日は会議が早めに終わってね。お前達にお土産を買って来たよ。」
ルドルフがそう言って娘が好きな洋菓子店の紙袋を掲げて彼女に見せると、彼女は歓声を上げた。
「初めまして、神谷孝と申します。」
「9月から菊と同じ学校に通うそうだね?これからも菊と仲良くしてくれよ。」
「はい。あの、ルドルフ様は、ピアノはお弾きになられるのですか?」
「子供の頃から習っていたから、弾けることは弾けるが、今は仕事が忙しくて弾く機会がなくてね。君と会った記念に、何か一曲弾いてあげよう。何がいいかな?」
「ルドルフ様がお好きな曲を弾いてください。」
「わかった、そうしよう。」
ルドルフはグランドピアノの前に座ると、シューベルトの『アヴェ・マリア』を弾いた。
「どうだったかな?久しぶりに弾いたから、聞くに堪えないものだったと思うけれど・・」
「いいえ、とても素敵でした!ルドルフ様は、どうしてこの曲がお好きなのですか?」
「わたしが好き、というよりも、わたしの母親が、シューベルトが好きだったんだ。」
そう言ったルドルフの横顔が、何処か悲しそうに孝の目には見えた。
「さてと、君も菊達と一緒にお菓子を頂きなさい。」
「解りました。」
裁縫室から出た環が仕事を終えて居間に入ると、そこではルドルフ達が和気藹々とした様子でチーズタルトを食べていた。
「まぁ、皆さんわたしを除け者にして美味しい物を食べていらしたのね?狡いわ。」
「環、お前の分はちゃんと残しておいてある。だから拗ねないでくれ。」
「まぁ貴方、わたしは拗ねてなどいませんわ。」
凛子の隣に腰を下ろした環は、ルドルフ達と共に楽しい時間を過ごした。
「今週末のパーティーに、孝君もいらっしゃい。9月に編入する前に、お友達を作っておいた方がいいでしょう?」
「はい、そうします。でも、僕は周りのみんなとは違うから、仲良くなれるかどうか不安です。」
孝は自分が特殊な環境下で育ったことを、子供なりに感じているのだと、環は思った。
「貴方の事について、口さがない噂をする人もいるだろうけれど、貴方はそんな雑音を気にしなくてもいいのよ。」
「そうよ、孝。貴方にはお父様とお母様がついているじゃないの。」
孝は環と凛子から励まされ、笑顔を浮かべた。
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