「全く、あの方も諦めが悪いですね。」
「ああ。菊はどうした?」
「菊お嬢様なら、今お部屋で休んでおります。」
ルドルフが菊の部屋のドアをノックすると、中から返事がなかった。
「キク、入るぞ?」
「嫌よ、来ないで!」
ドア越しに聞こえる菊の声が何やら切迫した様子だったので、ルドルフはドアを開けて部屋の中に入ると、菊は寝台の傍ですすり泣いていた。
「どうした、何があったんだい?」
「さっきから、血が止まらないの・・」
ルドルフはすすり泣く菊を見ると、彼女の太腿から温かい血が流れだし、振り袖に赤い染みを作っていることに気づいた。
「大丈夫、お前は死なないよ。大人の仲間入りをしたんだよ。」
「大人の仲間入り?」
「ああ、そうだ。」
「まぁ、お嬢様が初潮を迎えられたのですか?」
「静さん、こういった事にはわたしは疎くてね。男親というものは、こんな時には役立たずだな。」
「そのような事をおっしゃらないでください。わたくしがお嬢様にきちんとそういった事を教えて差し上げますので、ご心配為さらないでください。」
「頼むよ、静さん。」
静が書斎から出て行った後、一人になったルドルフは溜息を吐いた。
今まで散々浮名を流してきたルドルフであったが、実の娘が初潮を迎えた事を知り、彼は激しく動揺していた。
「お父様、入っても宜しいかしら?」
「入っておいで、キク。」
「失礼いたします、お父様。」
書斎に入って来た菊は、何処か嬉しそうな様子でルドルフに抱きついた。
「お父様、さっき静さんから色々とお話を聞いたの。血が出るのは怖い事じゃないって。」
「そうか。済まない菊、わたしが役立たずな所為で、お前を混乱させてしまった。」
「普通、殿方はそのような事はご存知ないと、静さんは言っていたわ。女同士の秘め事なのですって。ねぇお父様、わたしは本当にお母様とお父様の娘なの?」
「何故、そういう事を聞くんだい?」
「だって、女の方が大人の仲間入りをしたら、赤ちゃんを産む事が出来ると静さんは言っていたわ。でもお母様は、わたしが妹と弟が欲しいと言っても、悲しい顔をするばかりで何もおっしゃらなかったわ。」
「キク、タマキはお前を産んだ時に、子供が産めない身体になってしまったんだ。」
ルドルフは菊にそんな嘘を吐きながら、罪悪感に苛まれた。
いつかこの子が真実を知る日が、必ず来るだろう。
その日まで、いつまで菊の出生に関する秘密を隠し通せることが出来るのかールドルフはそう思いながら、溜息を吐いた。
「お父様、どうなさったの?」
「いや、何でもない。それよりもキク、今日伊勢崎さんとお前の入学について話をしたよ。何でも伊勢崎さんは、お前をウィーンに留学させたいみたいなんだ。」
「ウィーンにわたしが行けるの?お父様の故郷に?」
「でも、お前はまだ子供だし、伊勢崎さんは暫く経ってからお前をウィーンへ行かせたいと話していた。お前の気持ちはどうなんだ?」
「わたし、ウィーンに行きたい!」
「そうか。」
翌朝、ルドルフは菊と共に藤枝女学校へと向かった。
「わざわざお忙しい所、こちらに来てくださって有難うございます。」
二人が校長室に入ると、藤枝は座っていた椅子から立ち上がって彼らを出迎えた。
「娘のウィーン留学の件ですが、娘がどうしてもウィーンへ行きたいと申しておりますので、ウィーン留学をさせることを決めました。」
「そうですか。では、こちらにどうぞお掛け下さい。」
「はい。」
数時間後、女学校から出たルドルフは、菊と手を繋ぎながら表に待たせていた自動車に乗った。
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