「さっきわたしと会っていた人は、わたしの遠縁の親族なの。あの人のご主人は大層賭博が好きで、借金で首が回らないのよ。」
「まぁ、そんな方がどうしてお義母様にお会いになられたのですか?」
「わたしが金持ちの旦那を見つけて羨ましい反面妬ましいから、お金の無心に来たのでしょう。ああいう連中に一度金を渡したら、金蔓の人間に死ぬまで付き纏うのよ。」
瑠美子は吐き捨てるような口調でそう言うと、女が触れたティーカップをハンカチ越しに触れ、それを厨房へと持って行った。
「この世の中には、善人ばかりじゃないわ。表面上いい人の振りをして貴方に近づく人も居るかもしれないわ、用心なさい。」
「解ったわ、お義母様。」
女学校へと戻った菊が教室に入ると、既に午後の授業は始まっていた。
「申し訳ありません、家に忘れ物を取りに行って、遅くなりました。」
「早く席にお着き為さい、長谷川さん。」
「はい・・」
放課後、菊が帰り支度をしていると、彼女は誰かに肩を叩かれた。
「貴方、少し調子に乗っていない?」
「あら、どうしてそう思うのかしら?」
「貴方、校長先生から推薦を受けてこの女学校に入学して、先週の音楽発表会を観に来ていた方から留学を推薦されたから、いい気になっているのではなくて?」
「それは貴方の捻くれた考えからくるものではなくて?」
菊はそう言うと、いつも自分に絡んでくる女学生を見た。
「何ですって!」
「あら、図星だったようね。」
菊は椅子から立ち上がると、鞄を持ってそのまま教室から出て行こうとした。
「貴方、不倫の末に生まれた子なんですって?そんな汚らわしい方と一緒に机を並べていると思うと、ゾッとするわ。」
菊は彼女の言葉を聞いた途端、怒りで視界が赤く染まった。
「この度は、本当に申し訳ありませんでした。」
「全く、お宅は一体どういう教育を為さっておられるのですか!嫁入り前の娘の顔に傷をつけるなんて・・」
学校から連絡を受け、瑠美子とルドルフが駆けつけると、そこには顔に包帯を巻いた菊の同級生と、怒りの感情を二人にぶつける彼女の母親の姿があった。
「一体、何があったのですか?」
「貴方のお嬢さんが、うちの娘に暴力を振るったのですよ!」
「お言葉ですが、菊は理由もなく人に暴力を振るうような子ではありません。何か理由があったのではないですか?例えば、お宅のお嬢さんが娘に何か言ったとか・・」
「馬鹿な事を言わないでください!義理の娘を庇いたい気持ちは解りますけれどね、娘は被害者なのですよ!」
母親の言葉に、ルドルフは少し苛立ちを覚えた。
その時、菊が職員室から出て来た。
「とにかく、慰謝料と治療費はきっちりと請求しますからね!」
母親は菊を睨みつけ、娘の肩を抱いてルドルフ達の前から立ち去ろうとした。
立ち去り際、彼女はボソリとこう呟いた。
「親が道徳的じゃないから、娘があんな乱暴な子に育つのだわ。」
「それでは貴方は、他人を平気で傷つけるような娘さんを育てているのですか?」
ルドルフは堪らず母親の肩を掴んで無理矢理彼女に自分の方を振り向かせると、そんな言葉を彼女に投げつけた。
「自分の子供だけが可愛いと思うのは、親にありがちなものです。ですが、喧嘩の原因を作ったのは貴方の娘さんの無神経で残酷な言葉だということを、どうか憶えていてください。」
ルドルフはそう言って母親から離れると、瑠美子と菊を連れて学校から出た。
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