アレクシスと菊が、両親の待つ居間に入ると、ソファに座っていたルドルフと瑠美子が二人の姿を見て立ち上がった。
『お父様、お母様、わたくしの婚約者の、アレクシス様よ。』
『初めまして、アレクシス=ミューラーと申します。』
『ルドルフ=フランツと申します。君の事は娘からの手紙で色々と知っているよ。長旅で疲れただろうから、話をする前にまず食事でもしないか?』
『はい、喜んで頂きます。』
ダイニングルームへと移動したルドルフ達は、楽しく昼食の時間を過ごした。
『結婚式は、いつ挙げるつもりなの?』
『6月を予定しております。結婚式を挙げてから、僕たちはウィーンに戻ることになりますが、宜しいでしょうか?』
『ああ、構わないさ。キク、お前には心配を掛けてしまって済まなかったな。』
『いいえ。お父様、お身体の具合はどうなの?』
『もう大丈夫だ。余り根詰めると身体が壊れる。』
ルドルフはそう言うと、菊のグラスにワインを注いだ。
『勉強は捗っているか?』
『ええ。お父様、ウィーンではお母様はちょっとした有名人だって知って、わたくし驚いてしまったわ。』
『それは誰から聞いたんだ?』
『アレクシス様からです。』
『わたしの父は、貴方の奥様のファンだったのです。まさか、キクさんのお母様だったなんて、驚きです。』
『わたしもだ。これからお互い、仲良く出来そうだな。』
『ええ。』
結婚式までの間、ルドルフとアレクシスはいつの間にか意気投合し、遠乗りに出掛けたり狩猟へ行ったりして親交を深めた。
「菊さんがウィーンへ留学してから、ルドルフさんはいつも貴方の事ばかり心配していたのよ。まぁ、可愛い一人娘を海外へやるということは、男親にとっては不安になるのも仕方がない事でしょうね。」
「お義母様、誠は元気にしているの?」
「ええ。あの子はもう少ししたら学校から帰って来るわ。」
瑠美子がそう言って菊の部屋で彼女と共に彼女の荷物を解いていると、一階から賑やかな足音が聞こえた。
「お母様、ただいま!」
「お帰りなさい、誠。この人が誰だかわかる?」
「菊お姉様でしょう!初めまして、誠です。」
居間に入って来た誠は、そう言って菊に笑顔を浮かべると彼女に抱きついた。
「誠君ね、こちらこそ初めまして。」
「誠、わたしはお姉様と大事な話があるから、お部屋に行っていなさい。」
「はい、解りましたお母様。」
誠は菊と瑠美子に一礼すると、ランドセルを背負ったまま居間から出て行った。
「大切な話って何かしら、お義母様?」
「貴方を連れて行きたいところがあるの、わたくしについていらっしゃい。」
瑠美子に連れられた場所は、かつて母が経営していた洋装店だった。
「お義母様、どうしてこんな所にわたくしを連れて来たの?」
「貴方に、結婚祝いのプレゼントがあるのよ。」
「プレゼント?」
瑠美子は奥の裁断室から、美しい刺繍を施され、レースと真珠を縫い付けられた純白のウェディングドレスを持って来た。
「まぁ、素敵なウェディングドレス。」
「このドレスは、貴方の亡くなられたお母様・・環さんが、生前最後の仕事として縫った物なのよ。」
「亡くなられたお母様が、このドレスを?」
瑠美子の言葉を聞いた菊の脳裏に、環と生前交わした約束の事を思い出した。
“貴方が結婚するときは、貴方のウェディングドレスを縫ってあげるわね。”
環はその約束を無事に果たし、菊に最高の贈り物を遺してくれたのだ。
にほんブログ村