ルドルフと手を繋いでバルコニーへと向かったアレクサンドラは、自分を見つめ、歓声を上げる国民達に向かって手を振った。
「アレクサンドラ、十八歳の誕生日おめでとう。」
「有難うございます、皇妃様。」
「これは今日の為に特別に作らせたものよ。貴方が気に入るといいのだけれど。」
エリザベートはそう言うと、女官長から長方形の箱を受け取り、それをアレクサンドラに手渡した。
「これは、何ですか?」
「開けて御覧なさい。」
アレクサンドラが箱の蓋を開けると、そこには一流の職人の手によって作られた女神を象った守り刀が入っていた。
「この女神は、ギリシャ神話に出て来る愛と美を司る神・アフロディーテよ。貴方もアフロディーテのような美しい女性になるように願っているわ。」
「有難うございます、皇妃様。」
「わたしがつけてあげよう、アレクサンドラ。」
ルドルフはそう言うと、守り刀を箱から取り出し、アレクサンドラの首にそれを提げた。
「良く似合っているわ、アレクサンドラ。」
エリザベートに微笑もうとしたアレクサンドラは、再び吐き気が襲ってくるのを感じて思わず顔を顰(しか)めた。
「どうしたの、アレクサンドラ?」
「すいません、先程から吐き気が襲って来て・・」
「まぁ、それは悪阻ではなくて?」
「皇妃様、そんな事は・・」
「いいえ、きっと悪阻に違いないわ。今すぐお医者様に診て貰いなさい。」
「はい・・」
エリザベートから医師の診察を受けるように言われ、アレクサンドラが侍医の診察を受けると、彼女は妊娠三ヶ月に入っていた。
「まぁ、やっぱりね。」
アレクサンドラから妊娠を告げられたエリザベートは、朗らかな声で笑いながらルドルフの方を見た。
「アレクサンドラ、余り無理をするなよ。」
「はい、お父様。でも、ガブリエルの育児を一段落していないというのに、二人目を妊娠したと周囲に知られたら、どう思われてしまうかどうか心配で・・」
「言いたい奴には言わせておけばいい。お前は元気な子を産む事だけを考えろ。」
ルドルフはそう言うと、アレクサンドラの肩を優しく叩いた。
その日の夜、アレクサンドラの誕生日と成人を祝う舞踏会には、アレクサンドラの友人達の姿があった。
「アレクサンドラ、久しぶりね。元気にしていた?」
「ええ。貴方達も、元気にしていた?」
「ねぇアレクサンドラ、貴方もうすっかりママの顔ね。」
親友のヘレンからそう言われたアレクサンドラが羞恥で顔を赤く染めていると、そこへガブリエルを抱いたルドルフがやって来た。
「皇太子様、今晩は。」
「みんな、よく来たね。紹介するよ、この子がわたしの孫の、ガブリエルだ。ガブリエル、皆さんにご挨拶なさい。」
「こんにちは。」
「まぁ、可愛いわね。天使みたい。何処か皇太子様に似ているわ。」
「あら、そうかしら?よく皇妃様やヴァレリー様から言われるのよ。」
アレクサンドラはそう言うと、ルドルフの腕の中で暴れているガブリエルの方を見た。
「どうしたのです、お父様?」
「この子を寝かしつけようとしても、お前に会いたいと言って愚図ってばかりいてね。根負けしたわたしがこうしてガブリエルを連れてお前に会いに来たわけだ。」
「まぁ、そうだったんですか。」
ルドルフからガブリエルを受け取ろうとしたアレクサンドラだったが、ガブリエルは二人の間をすり抜け、大広間を駆けていった。
「ガブリエル、走っては駄目よ!」
アレクサンドラは慌ててガブリエルを追いかけたが、ハイヒールを履いている所為か中々ガブリエルを捕まえることが出来ない。
そんな母親の姿を見たガブリエルは、益々嬉しそうな顔をして大広間の中を走っていた。
やがて彼は一人の青年にぶつかり、大理石の床に尻餅をついてしまった。
「ガブリエル、大丈夫?」
「うん。」
「息子が大変失礼な事をして、申し訳ありません。」
「いいえ、息子さんにお怪我がなくてよかった。」
ガブリエルを抱き上げたアレクサンドラがそう言ってガブリエルとぶつかった青年に謝ると、彼はそう言ってアレクサンドラに微笑んだ。
「ガブリエル、もう寝る時間よ。」
「やだ、まだねたくない。」
「駄目よ。」
「いや~!」
癇癪(かんしゃく)を起すガブリエルにアレクサンドラが手を焼いていると、そこへルドルフがやって来た。
「ガブリエル、早く寝ないと大きくなれないぞ。」
「ひとりでねむれないもん。」
「そうか。じゃぁわたしと一緒に寝よう。」
ルドルフはそう言ってガブリエルをあやしながら大広間から出て行った。
「では、わたしはこれで。」
「あの、出来ればお名前を・・」
「ハマーン、こんな所にいたのか?」
流暢なドイツ語が突然背後から聞こえ、ガブリエルと青年が振り向くと、そこには美しい刺繍が施された民族衣装を纏った三十代前半と思しき男が立っていた。
「兄上、貴方もこちらにいらしていたのですか。」
「ハマーン、そちらの女性は誰だ?」
「まだ貴方の名前をお聞きしていなかった。わたしはハマーン、シェリム王国第二王子です。こちらは兄の第一王子の、アラムです。貴方は?」
「わたしはアレクサンドラ=エリザベート=ヘレーネ=フォン=ハプスブルク、ハプスブルク帝国皇女です。お初にお目に掛かります、ハマーン様、アラム様。」
「美しい。決めた、お前を俺の妻にする。」
シェリム王国第一王子・アラムは、そう言うとアレクサンドラの唇を塞いだ。
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