「お父様、お母様は何処?」
「エルジィ、お母様は今、天国で幸せに暮らしているんだよ。」
事件から一週間が過ぎ、ルドルフは母の姿を探すエルジィに母の死を告げると、彼女は今にも泣き出しそうな顔をした。
「じゃぁ、もうお母様には会えないの?」
「そうだね。でも、エルジィにはお父様やアレクサンドラが居る。お前は一人じゃないだろう?」
「うん・・」
エルジィの頭を撫でながらルドルフが彼女を慰めていると、そこへそこへアルフレードが部下を引き連れてやって来た。
「皇太子様、時間です。」
「解った。」
「お父様、何処かへ行くの?」
「ちょっと用事があってね。すぐに帰って来るから心配しないでくれ。」
エルジィを安心させるようにそう言って彼女に微笑んだルドルフは、アルフレードと共に部屋から出た。
「娘は母親を亡くしたばかりで、精神的に不安定な状態だ。父親としては放っておけない。」
「解りました。お時間は余り取らせませんよ。」
「さぁ、どうだか。」
ルドルフが低い声で呟くと、アルフレードは軽く咳払いした。
「お母様、お父様は大丈夫かしら?」
「大丈夫よ。あの若い刑事の方は皇太子様を疑っていらっしゃるけれど、あの方の上司はとてもいい人だと聞いているわ。」
「そうね。でも、警察は犯人を検挙する為ならば拷問まがいの取り調べをするという噂を聞くわ。何でも、長時間眠らせなかったり、大声で恫喝(どうかつ)したりするのですって。」
「そんな取り調べがあったのは昔の事でしょう?それに、凶器の拳銃だって未だに見つかってないわけだし。」
「そうね・・お父様が、皇太子妃様を殺したりする訳ないわよね。」
「アレクサンドラ、貴方突然何を言い出すの?」
ヘレーネが刺繍をする手を止め、険しい目でアレクサンドラを見た。
「まさか貴方、皇太子様が皇太子妃様を殺したと思っているの?」
「お母様、わたしは・・」
「アレクサンドラ、娘の貴方が皇太子様を信じなくてどうするの、しっかりなさい!」
アレクサンドラはヘレーネが突然激昂する姿を初めて見た。
「お母様?」
「ごめんなさい、わたしったら、最近気分の浮き沈みが激しくて・・つい貴方に怒鳴ってしまったわ。許して頂戴。」
「いいえ。それよりも、皇太子妃様の葬儀はいつ執り行われるのかしら?」
「その話なのだけれど、今朝ベルギー王室が皇太子妃様のご遺体を引き取りに来られて、葬儀はベルギーで執り行われるそうよ。まぁ、国王ご夫妻のお気持ちを考えたら無理もないわね。」
「そうね・・」
アレクサンドラはヘレーネの話に相槌を打ちながらも、自分達に何の許可もなくシュティファニーの遺体を引き取ったベルギー王室に対して怒りが湧いた。
娘を突然喪った国王夫妻の気持ちは理解できるが、エルジィが母親と最期の別れを告げられないなんて、あんまりだ。
「アレクサンドラ様、アンナです。」
そんな事をアレクサンドラが考えていると、控えめなノックの音とともに、ガブリエルの世話係・アンナの声がドアの向こうから聞こえた。
またガブリエルが癇癪(かんしゃく)を起したのだろうか―アレクサンドラは溜息を吐きながらドアを開け、アンナを部屋の中へと招き入れた。
「またガブリエルが何かして貴方を困らせたの?」
「いいえ。ただ、お召し替えの時にズボンを穿かせようとしたら嫌がって、ワンピースが着たいと駄々を捏ねました。」
「それで、今あの子はどうしているの?」
「下着姿のままで放って置く事は出来ないので、仕方なくワンピースを着せました。」
「そう。あの子は前から何処かおかしいと思っていたけれど、今度病院に行って診て貰った方がいいのかしら?」
「アレクサンドラ、暫く様子を見なさい。この事で、ガブリエルを叱っては駄目よ、解ったわね?」
「はい、お母様。」
アレクサンドラがヘレーネと共に部屋から出てエルジィの部屋の前に立つと、部屋の中からエルジィとガブリエルの楽しそうな笑い声が聞こえて来た。
「二人とも、何をして遊んでいるの?」
「お姫様ごっこよ。」
アレクサンドラとヘレーネがエルジィの部屋に入ると、そこにはディズニープリンセスの衣装を着たエルジィとガブリエルの姿があった。
「お母様、似合う?」
「まぁ、良く似合っていて可愛いわね。」
白雪姫のドレスを着たガブリエルの頭をアレクサンドラがそう言って撫でると、ガブリエルは嬉しそうにはにかんだ。
「ねぇおかぁたま、おとぅたまはいつ帰って来るの?」
「すぐにお祖父様はわたし達の元に帰って来るわよ。それまで良い子にしていなさいね。」
「わかった。」
「まぁ、何だか賑やかだと思ったら、二人とも可愛い格好をしているじゃないの?」
「ヴァレリーたま、お久しぶりです。」
「ガブリエル、ちゃんとご挨拶出来て偉いわね。」
「ヴァレリー様、お久しぶりです。」
「アレクサンドラ、こちらこそお久しぶりね。貴方が大変な時に、会いに行けなくてごめんなさいね。」
「いいえ。それよりも貴方達にお土産を持って来たのよ。」
そう言ってヴァレリーは、アレクサンドラに高級菓子店の紙袋を手渡した。
「まぁ、有難うございます。」
「今コーヒーを淹れて参ります。」
アレクサンドラ達が優雅なティータイムを過ごしている頃、ウィーン市内の路地裏を流れている溝(どぶ)から、シュティファニー殺害の凶器に使われた拳銃が発見された。
拳銃からシュティファニーの指紋が検出されたことにより、ルドルフの疑いは完全に晴れた。
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