「ルドルフ様・・」
「こんなめでたい席で辛気臭い話は止そう。それよりもお前、ガブリエルに相当気に入られたようだな?」
「ええ。」
レナードはそう言うと、ガブリエルの隣に立っている軍服姿の少女を見た。
「あの方はどなたです?」
「ああ、あれはわたしの孫娘の、クリスティーナだ。」
「まぁ、姫君様でいらしたのですか。髪を短くしていらっしゃるので、てっきり男の子かと思いました。」
「周囲は、あの子の事を男の子とよく間違えるが、本人はその事を余り気にしていない。それに、ガブリエルの事を姉だと思っている。」
「そうですか。今は男女の境目がなくなりつつありますから、性別で外見を決めつける事はもう古い考えなのかもしれません。」
「そうだな。新しい時代が来たような気がする。」
ルドルフがそう言ってレナードと笑い合っていると、そこへヴァレリーがやって来た。
「まぁレナード、お久しぶりね。貴方がマイヤー司祭様の後任に?」
「ええ。これから宜しくお願いします、ヴァレリー様。」
「こちらこそ。貴方と毎日会えるなんて、嬉しいわ。」
ヴァレリーがそう言ってレナードに微笑むと、クリスティーナとガブリエルが彼らの元へとやって来た。
「ねぇレナード、わたしと一緒に遊びましょう!」
「お姉ちゃん、レナード様は長旅で疲れていらっしゃるんだ。遊ぶのは明日にしようよ。」
「嫌よ、今遊ぶの!」
ガブリエルはそう言うと、唇を激しく震わせた。
それを見たルドルフはガブリエルが癇癪(かんしゃく)を起こしそうだと解り、すかさずガブリエルの手を握ってガブリエルを優しく宥(なだ)めた。
「ガブリエル、もう今夜は遅いのだから、遊ぶのは明日にしよう。」
「嫌、今遊ぶの!」
「ガブリエル、駄目でしょう、そんな大声で騒いだりしたら!」
ユリウスの授乳を終え、大広間に戻ったアレクサンドラは、そう言うとガブリエルを睨んだ。
「さぁ早くベッドに入りなさい!」
「嫌、嫌~!」
「もう、聞き分けが悪い子ね!」
アレクサンドラはガブリエルの手を引っ張り、大広間から連れ出そうとすると、ガブリエルは激しく癇癪を起こし、大理石の床に座り込んだまま動かなくなった。
「早くしなさい、そんな事をしても駄目よ!」
「アレクサンドラ様、ここはわたしにお任せください。」
レナードはそう言うと、ガブリエルの前に屈み込んだ。
「ガブリエル様、今日は貴方様のお誕生日パーティーでしょう?パーティーの主役がそんな顔をされてはいけませんよ?」
「だって、お母様が意地悪を言うから・・」
「お母様は決してガブリエル様に意地悪をおっしゃっておりませんよ。ガブリエル様を心配為さっておられるから、つい厳しく叱ってしまうのです。」
「そうなの?」
「ええ、そうですよ。ですからガブリエル様、今夜はお部屋でゆっくりとお休みくださいませ。」
「解ったわ。」
ガブリエルはそう言って泣き止むと、レナードの手を繋いで立ち上がった。
「レナード、わたしのお部屋に行きましょう。」
「はい、ガブリエル様。」
ガブリエルは寝室のベッドで、レナードに絵本を読み聞かせて貰いながら眠った。
ガブリエルがベッドで寝息を立てていることを確認したレナードは、そっとガブリエルの寝室から出て行き、翌朝のミサの準備をする為に、自室へと戻った。
翌朝、レナードが小鳥の囀(さえず)りを聞きながらベッドから起き上がり、身支度をしていると、ドアから控えめなノックの音が聞こえた。
「レナード様、アレクサンドラ皇女様がお呼びです。」
「解りました、すぐに参ります。」
レナードは自室から出て、アレクサンドラの部屋へと向かった。
「昨夜はガブリエルが貴方を困らせてしまって御免なさいね。」
「いいえ。アレクサンドラ様、朝食の席にご招待頂き有難うございます。」
「この店のサンドイッチは絶品よ。貴方と一緒に食べたくて朝食に誘ったの。さぁ、頂きましょう。」
「はい。」
「貴方は、お父様とは古いお知り合いだそうね?」
「皇太子様とは、幼少の頃から交流があります。それが何か?」
「いいえ、ただ聞いてみただけ。それよりも、ガブリエルはよく貴方に懐いているようだから、貴方にガブリエルの養育係を頼みたいの。」
「それで、わたしを朝食にご招待したのですね。」
「引き受けてくださらない?わたし一人だと、あの子の面倒を見るのは大変なの。いつも些細な事で癇癪を起こすし、困らせるような事ばかりするのよ。わたしの言う事を聞かないのに、お父様やヴァレリー様の言う事はちゃんと聞くから、何だかあの子が憎らしく思えて仕方がないの。」
アレクサンドラの愚痴をレナードは静かに聴いた。
「アレクサンドラ様、暫くガブリエル様と距離を置かれた方がよいのかもしれませんね。」
「では、あの子の養育係を引き受けてくださるの?」
「はい。それがアレクサンドラ様とガブリエル様の為になるのならば、快く引き受けましょう。」
「有難う。仕事が忙しいのに、無理を言って済まないわね。」
「いいえ、お気になさらず。」
レナードはそう言うと、アレクサンドラの手を握った。
その日から、レナードはマイヤー司祭から仕事の引き継ぎをしながら、ガブリエルの養育係を務めることになった。
子沢山の家庭に育ち、よく下の兄妹達の面倒を見ていたレナードにとって、子供の相手をするのは苦痛ではなかったし、レナードはガブリエルの事が好きだったし、ガブリエルの方もレナードが気に入っていた。
「ねぇ、レナードは結婚しないの?」
「はい。ガブリエル様は、将来どのような方と結婚したいですか?」
「お父様のような素敵な方と結婚したいわ。」
「お父様のような方、ですか?それは一体どなたの事でしょうか?」
「レナードが良く知っている方よ。」
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