レナードがガブリエルの部屋からスイス宮へと向かう途中、アレクサンドラの部屋の前に人だかりが出来ている事に気づいた。
「アレクサンドラ様のお部屋の鍵が誰かに壊されていたのですって・・」
「まぁ、物騒ね。犯人は一体誰なのかしら?」
「まさかこの宮殿内に居るのではなくて?」
女官達の噂話を聞きながら、レナードはそのままスイス宮へと向かった。
「ルドルフ様、今宜しいでしょうか?」
「ああ、入れ。」
「失礼いたします。」
レナードがルドルフの執務室に入ると、彼は執務机の前に座って書類の決裁をしていた。
「お話したいこととは、何でしょうか?」
「単刀直入に言う。レナード、お前はガブリエル達の父親が誰なのか、薄々と気づいているんじゃないか?」
「何をおっしゃっているのですか?」
「とぼけても無駄だ、レナード。アレクサンドラの部屋の鍵を壊し、新入しようとしたのはお前だろう?」
そう言って自分を見つめるルドルフの瞳が怒りに滾っている事に、レナードは気づいた。
「いいえ、わたしではありません。アレクサンドラ様の部屋の事は、先程知りました。」
「そうか。」
ルドルフはゆっくりと椅子から立ち上がると、レナードの前に立った。
「お前を疑ってしまって済まなかった。」
「いいえ、わたしは気にしていません。それよりもルドルフ様、用件をお話しし下さい。」
「実は、今朝こんな物がわたし宛に届いた。」
ルドルフは執務机の隅に置いてあった封筒をレナードに手渡した。
封筒には差出人の名前と住所が記されていなかった。
「中身は確認したのですか?」
「ああ。メモリーカードが一枚入っていた。」
ルドルフはメモリーカードを執務机に置かれていたノートパソコンに挿し込むと、画面に複数枚の写真が表示された。
その写真には、ユリウスに授乳しているアレクサンドラの姿や、ルドルフとアレクサンドラが仲良くベッドで寝ている姿などが写っていた。
「一体誰がこのような物をルドルフ様に送りつけたのですか?」
「今は判らないが、郵便局の消印を見ると中央郵便局から送られて来た事が判った。このメモリーカードの件といい、アレクサンドラの部屋の鍵の件といい、薄気味悪い事ばかりが続く。」
「ルドルフ様やアレクサンドラ様の事を憎んでいる相手が、嫌がらせをしたのでしょうか?」
「わたしならともかく、アレクサンドラを憎んでいる相手など見当がつかない。あいつは女官達の人気者で、ちょっとした旅行や外出の際には彼女達に土産物の菓子を自ら配っていたし、女官達もあいつの事を慕っていた。」
「そうですか。わたしはまだこちらに来て日が浅いので、アレクサンドラ様付の女官達がどのような者達なのかは全く解りません。ですが女同士の付き合いというものは、些細な事が原因でトラブルが起こり易いものです。アレクサンドラ様が気づいていなくても、彼女から馬鹿にされたと感じた者が居るのではないでしょうか?」
「お前の言う事も一理あるな。その点も含めて調べてみよう。」
ルドルフはそう言うとノートパソコンからメモリーカードを抜き取り、それを鍵付きの引き出しの中にしまった。
「レナード、お前にこの事を話しておいて良かった。今回の事は、犯人が判るまで誰にも口外しないでくれ。」
「解りました。」
レナードがそう言ってルドルフを見ると、彼は溜息を吐いて椅子に座った。
「最初の話に戻ろう。お前は、ガブリエル達の父親が誰なのかを知っているのだろう?」
「いいえ、誰なのかは全く存じ上げません。」
「そうか。ここだけの話だが、あの子達の父親は、このわたしだ。」
ルドルフから衝撃的な告白をされ、レナードは驚きのあまり絶句した。
「では、ルドルフ様はアレクサンドラ様と男女の関係にあると・・」
「ああ。この事はわたしとアレクサンドラの母親、そして亡くなった母上しか知らない。だから、わたしにあのメモリーカードを送り付けて来た犯人が、何故ガブリエル達の出生の秘密を知ったのかが解らないんだ。」
「誰かが、ルドルフ様を陥れる為に仕組んだ陰謀なのかもしれません。」
「だとすれば、犯人を絞っていけば誰なのかが判るな。レナード、仕事の引き継ぎで忙しい時にわざわざ来てくれて済まなかった。」
「わたしの方こそ、ご多忙なルドルフ様がわたしの為にお時間を取ってくださって感謝しております。早く犯人が判るといいですね。」
「お前とは久しぶりに食事をしながらゆっくりと話をしたいな。今度の水曜日に、家族でティナのフェンシングの試合を観に行くことになっているんだ、お前も一緒に行かないか?」
「喜んでご一緒させて頂きます。」
レナードがルドルフの部屋から出ると、誰かの視線を感じて彼は背後を振り向いたが、そこには誰も居なかった。
(気のせいかな・・)
レナードがそう思いながら廊下を歩いていると、向こうからアレクサンドラの長女であるクリスティーナ皇女が歩いてくるのが見えたので、レナードは廊下の隅に寄って皇女に会釈した。
「クリスティーナ様、こんにちは。」
「レナード、姉がいつも世話になっている。挨拶が遅れて済まない。」
五歳とは思えぬほどに礼儀正しい口調で話す皇女の姿に驚いたレナードは思わず彼女の顔を見つめてしまった。
「どうした、わたしの顔に何かついているのか?」
「いいえ。クリスティーナ様のお姿を拝見していると、昔のルドルフ様のお姿と似ていらっしゃるなと思いまして・・」
「そうか。確かレナードは、皇太子様の幼馴染だったな。その話を今度聞かせて貰えないか?」
「解りました。ではわたしはこれで失礼致します。」
幼いながらも威厳がある皇女の背中が見えなくなるまで、レナードは彼女に向かって頭を下げた。
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