1865年(慶応元年)、夏。
「ったく、毎日暑くて堪んねぇぜ!」
永倉はそうぼやくと、手にしていた団扇(うちわ)で顔を扇(あお)いだ。
「新八っぁん、京に来てからいつもそう言うよね。」
藤堂平助は、暑い暑いとぼやく永倉を横目で見ながら、井戸の水で顔を洗っていた。
「沖田さん、お昼お持ちいたしました。」
「有難う、千君。」
「沖田さん、この前は取り乱してしまってすいませんでした。」
「いえ、いいんですよ。おや、今日の昼餉はお素麺(そうめん)ですか。」
「ええ。夏なので冷たい物を作ろうと思って。」
「毎日お粥ばかりで飽きていたところなのです、頂きますね。」
総司は嬉しそうに箸を持ち、素麺を一口啜った。
「美味しいですか?」
「ええ、とっても。また作ってくださいね。」
「はい!」
千が総司の食器を厨房で洗っていると、そこへ伊東がやって来た。
「おや、荻野君。その食器は沖田君のものかい?」
「はい、そうですが・・伊東さん、僕に何か用でしょうか?」
「君、祇園のいちいという置屋を知らないかい?」
「いいえ。」
「そうか。では、僕はこれで失礼するよ。」
(何か怪しいな、あの人・・)
「千、お使いに行って来てくれ。」
「はい!」
原田たちの酒を買った千は、屯所に戻る途中喉が渇いたので、近くにある茶店に入った。
「お越しやす。」
「すいません、冷たいお茶をください。」
「へぇ。」
千が手拭で額に滲む汗を拭いていると、店に黒紋付の正装姿の舞妓と芸妓が入って来た。
「お姉さん、ほんまにお先にお昼頂いて宜しおすか?」
「いいに決まっているやろう。うちはお腹空いてへんさかい、好きな物を頼み。」
「おおきに。」
千が少し身を乗り出して彼女達の方を見ると、鈴江が自分の妹分と思しき舞妓に優しく声を掛けているところだった。
「あら、千さん。こんな所でお会いできるなんて、奇遇ですね。」
「ええ。鈴江さん、そちらの方は?」
「今日店だしすることになった、鈴華(すずはな)と申します。」
舞妓はそう言うと、千に向かって頭を下げた。
「鈴華さん、こちらこそ宜しくお願いします。」
「折角こうしてお会いできたのですから、一緒にお食事でも如何です?」
「はい、お言葉に甘えてご一緒させていただきます。」
千が屯所に戻ると、廊下の方で人の怒声が聞こえた。
「只今戻りました。藤堂さん、何かあったのですか?」
「千、お帰り。今ちょっと、土方さんと伊東さんがやり合っているところなんだ。」
「やり合っているって、どうしてですか?」
「栗田の処分をこっちが勝手に決めちまって、そのことを伊東さんがさっき抗議に来たんだ。今は副長室には近寄らないほうがいいぜ。」
「解りました。」
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