「沖田さんをこっそりと屯所から連れ出して欲しい?」
「ええ。薄井さんやわたしなら、土方君や沖田君は警戒するでしょうが、貴方は土方君や沖田君からの信頼が厚いでしょうし、少し貴方が嘘を吐いても疑わないでしょう。」
伊東はそう言うと、千の顔を覗き込んだ。
「何をするつもりなんですか、伊東さん?」
「わたしはただ、君が居る世界の事が知りたいだけですよ。そこへ行くには是非とも、沖田君と貴方が行かなくてはいけないのです。」
「どういう意味ですか?」
「ったく、鈍い坊やだな。伊東先生の最初の話を聞いていなかったのかよ?」
薄井が伊東の背後でそう言うと、千に薄笑いを浮かべた。
「僕が貴方の言う通りにしたら、どんな得があるというのですか?」
「まったく、土方君の小姓は主に似て一筋縄ではいかないな。まぁ、君は案外馬鹿ではないようだから安心したよ。」
急に伊東の口調が砕けたものとなり、彼は懐から千のスマートフォンを取り出した。
「君が持っているこの箱は、大変便利なものだね。この箱ひとつで何でも解る。わざわざ間者を敵地に放たなくても、この箱で調べ物をすれば一発で向こうの情報が得られる優れものだ。これを長州や土佐の者に売れば、幕府を倒せるのは時間の問題かもしれない。」
伊東が尊皇攘夷派であり、最近長州の志士達と密会しているという噂が隊内に流れていたが、彼の言葉でそれが事実だと判り、千は恐怖で顔を強張らせた。
「さぁ千、君の答えを聞かせておくれ。わたしと協力するか、それとも土方君の元に仕えるか・・君の返答次第で、沖田君の命がかかっている。」
(表向きは伊東さんに従うふりをして、上手く彼を騙せばいい。問題なのは、土方さんに伊東さんの企みをどう伝えるかだ。)
頭の中で必死にこの状況をどう切り抜けようかと考えた後、千は伊東に向かってこう言った。
「わかりました、貴方に協力致します。」
「よろしい。では今夜子の刻までに、沖田君と共に八坂神社まで来なさい。薄井さん、それでよろしいですね?」
「ああ、いいぜ。」
「千君、もしこの事を誰かに言ったら、貴方の首が飛びますよ?」
「いいえ、誰にも口外致しません。」
千の言葉に満足したのか、伊東は彼を疑いもせずに薄井と共に蔵から出て行った。
蔵から出た千が溜息を吐きながら廊下を歩いていると、そこへ山崎がやって来た。
「千君、さっき伊東さんと例の男が蔵から出て来たんだが・・何かあったのか?」
「山崎さん、実は・・」
千は山崎に、伊東の企みを話した。
「そうか。この事を副長にご報告しないと・・」
「それはやめてください。土方さんに知られたら、伊東さんの思うつぼになってしまいます。伊東さんは、沖田さんを人質にして、僕に仲間になるよう脅しているんです。」
「わかった。では、何かあったらわたしに言え。それと、これを持っていろ。」
山崎がそう言って千に渡したのは、呼子だった。
「これを使う時は、自分の身が危ない時に使え。伊東とその薄井とかいう男が何を企んでいるのかはわからないが、奴らの思い通りにはさせない。」
「有難うございます、山崎さん。」
千は山崎に礼を言うと、彼から呼子を受け取った。
千が広間で夕餉を食べていると、突然周りの隊士達が空を指しながら騒ぎ始めた。
「何だありゃぁ!」
「気味が悪いぜ!」
京の街を覆うかのように、オーロラが上空に現れた。
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