「てめぇ、何でここにいやがるんだ?」
「愚問だね。わたし達は近々ここの住人になる予定だから、マンションの下見に来たんだ。」
「何だと?」
殺意に満ちた目で薄井を睨んだ歳三は、彼の言葉を聞いて眉間に皺を寄せた。
「どういうことですか、薄井さん?」
「言葉通りだよ。最上階の部屋が空いたから、そこでわたしと沖田さんは、夫婦として一緒に暮らすことになるんだ。」
「てめぇ、ふざけるな!」
エレベーターの扉が閉まると同時に、歳三はそう叫ぶと薄井の胸倉を掴んで彼の身体を壁に叩きつけた。
「総司と夫婦として暮らすだと?総司はお前ぇのもんじゃねぇ!」
「土方さん、落ち着いてください。」
総司は激昂する歳三を慌てて止めたが、彼の怒りは収まらない。
「総司、何でこいつと夫婦として暮らすことにしたんだ?」
「それには、深い事情があって・・」
「ここで言い争うのは得策ではないから、何処か静かな場所で話そうか?」
そう言って薄井と共に歳三達が向かったのは、マンションの二十五階にあるライブラリーだった。
「それで?総司、てめぇが言う深い事情ってのは何だ?」
「実は、社長が今回極秘で進めていたプロジェクトを勝手にマスコミに公表してしまってね、社長から世間の目を誤魔化すために、僕と沖田さんは夫婦としてこれから暮らすことになったんだ。土方さん、沖田さんを貴方から略奪する気など全くないので、安心してください。」
「どうかな、てめぇの言う事は信用できねぇ。」
「そんな怖い顔をしては、折角のイケメンが台無しですよ?」
両手で拳を象っている歳三の姿を前に、薄井は飄々(ひょうひょう)とした口調でそう言うとホットレモンティーを一口飲んだ。
「薄井さん、貴方が言っている事は百パーセント真実なのですか?今のお話を僕が若竹社長に電話して確認しますが・・」
「その必要はないよ。まったく土方さんといい、君といい、何処までも疑り深い人達なんだ。」
薄井は歳三と千の顔を交互に見た後、薄笑いを浮かべた。
「まぁ、これから君達とは“ご近所さん”になる訳だし、こんな風に互いにいがみ合っていてもメリットはない。この際、仲良くしようじゃないか?」
薄井はそう言うと、手袋を外した右手を歳三に差し出した。
「何だそりゃぁ?」
握手といった西洋の風習などが浸透していない時代の人間である歳三にとって、それは奇妙なものにしか映らなかった。
暫く薄井は歳三が自分の手を握り返してくれるのを待っていたが、やがて大袈裟な溜息を吐くと右手を引っ込めた。
「まぁ、君がわたしを信用してくれない事はわかったよ。」
「そうかい。」
歳三と薄井が睨み合っていると、薄井の隣に座っていた総司が苦しそうに顔を歪めて口元をハンカチで覆った。
「総司、どうした?」
「心配するな、ただの悪阻さ。沖田さん、今日は土方さんの所で一泊して来るといい。」
「いいのですか?」
「勿論さ。わたし達は夫婦の振りをするだけで、君の夫は土方さんだけだからね。ゆっくりとしてくるといい。」
薄井は総司に向かって優しく微笑むと、そっと彼の髪を梳いてライブラリーから出て行った。
「やっぱりあいつは信用できねぇ。」
歳三は薄井の背中を睨みつけてそう呟いた後、総司の肩を抱いて千と共にエレベーターへと乗り込んだ。
「総司、大丈夫か?」
「ええ。それよりも土方さん、わたしと離れている間浮気していませんでした?」
「馬鹿野郎、そんな事する訳ねぇだろうが。」
「そうですか。ならよかった。」
総司はそう言って歳三に微笑むと、彼の頬に軽く口づけた。
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