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二宮尊徳先生(年譜66歳まで)
金次郎産声をあげる&金次郎とその父
☆金次郎 母に誓う
金次郎草鞋を作る薪を背負い本を読む
金次郎 観音に祈る 国訳観音経
金次郎伯父の世話になる天地の経文に気づく
金次郎 独立を果たす & 青年時代の逸話
尊徳先生 服部家の若党となり勉学に励む
尊徳先生 家老服部家の家政改革を行う
小田原藩主から表彰 & 枡の改正
尊徳先生 嫁をもらう
小田原藩主大久保忠真という人桜町復興依頼
尊徳先生 桜町復興にかかる
☆尊徳先生 成田山の不動尊に祈願す
「報徳」の由来 と 弟への手紙
尊徳先生の訓え(円蔵岸右衛門宮原屋書簡)
尊徳先生ナスを食べて飢饉を予知する
尊徳先生の訓え(唐鎌・2の道・陰徳)
尊徳先生、茅の屋根で堰を作る
細川候の分度を定め本家分家を仲直りさせる
川崎屋始末(「報徳記」より)
烏山藩の仕法(「報徳記」より)
富田高慶、尊徳先生に入門する
大久保侯、尊徳先生に領民の飢饉救済を命ず
尊徳先生の日常生活 と 地震体験
相馬藩の仕法の端緒
小田原の仕法
下館の仕法
駿州御厨(みくりや)郷中への教訓
尊徳先生故地巡礼
尊徳先生を讃える:草野正辰、森信三
旧水戸藩士 加藤木賞三の悔恨
天皇陛下と二宮尊徳
奥州相馬中村領盛衰之概略と『為政鑑』
内村鑑三:代表的日本人
安居院(あぐい)庄七、柴田順作、福山滝助
「ほうとくまんだら」より
豊田佐吉翁と尊徳思想
福住正兄
日本の最大の民主主義者byインボーデン少佐
二宮尊親先生と報徳学園の創設者大江市松翁
留岡幸助&加藤拙堂
剣持広吉と三幣又左衛門
予が見たる二宮尊徳翁by内村鑑三
不二孝、弁算和尚と尊徳先生
小林平兵衛と尊徳先生
「尊徳の森」、「尊徳の裾野」より
「尊徳」西晋一郎
「尊徳」その2by西晋一郎 譲と勤
尊徳屈伸期における富田高慶by佐藤高俊
谷田部・茂木の仕法
 「時代ト農政」柳田国男
柴田権左衛門と尊徳
二宮尊徳の考えを世界に
岡田佐平治・良一郎
武者小路・志賀直哉&透谷の尊徳
尊徳先生 大学・中庸講話
尊徳先生、木を植える
報徳全書寄贈 鈴木藤一郎という人1
報徳全書寄贈 鈴木藤一郎という人2
富田高慶翁と西郷南洲翁
「尊徳の森」(佐々井典比古著)より
静岡の報徳運動の発展 森町報徳社
「報本社史」(山中眞喜夫編集)抜粋
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梢風版「鈴木藤三郎伝」(砂糖と醤油)
エピソード橋仔頭製糖所 利純英著
跡を継ぐもの&「熱と誠」&佐々井
「大二宮尊徳伝」抜粋 井口丑二
二宮尊徳 城山三郎・奈良本辰也
「報徳物語」他 抜粋 井口丑二
翁の逸話及び報徳雑纂
佐々井信太郎
遠州報徳3兄弟
百寿 元気の秘密
塩谷式「正心調息法」について
セロトニン呼吸法 と 釈尊の呼吸法
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運命を拓く(中村天風)
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松下松蔵翁のこと
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山崎弁栄上人と山本空外上人
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感動について&靴を磨きに来ました
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しらくも君
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足の裏を拝む 徳永先生と東井先生
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根本博陸軍中将「この命、義に捧ぐ」
根本北支方面司令官 年譜 & エピソード
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村治実験談要領 森恒太郎
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村治実験談要領その3 森恒太郎
442日系部隊
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 山岡鉄舟の臨終の見事さ
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山岡鉄舟と清水の次郎長との出会い
鉄舟、西郷氏と会う
猫の妙術
母のおしえが鉄太郎の心魂にしみいる
施無畏(せむい)の剣と浅草の観音様
電光影裏 春風を斬る
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宮沢賢治は銀河系に何を見たか
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宮澤賢治の誓願とその最期
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T版 木谷ポルソッタ倶楽部
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ハイジの法則&活人by今野華都子
今野華都子先生の講演会各種記事
ホ・オポノポノ(ヒューレン博士)
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マハトマとマザーの世界
ガンジーの言葉
ガンジーの生涯
マザー・テレサ あふれる愛
森信三先生
下座行(げざぎょう)
人生二度なし
足の裏を拝む
森信三、坂村真民を語る
世の中は正直&坂村真民
☆「パワーか、フォースか」
はしがき・プロローグ
4章 人間の意識のレベル
「意識の発達」について
キネシオロジーとソクラテスのデーモン
宇宙の響き
鏡の技法
新井奥邃(おうすい)という人
内村鑑三の非戦論
二宮翁夜話
二宮翁夜話巻の1【1】~【11】
二宮翁夜話巻の1【16】~【32】
二宮翁夜話巻の1【33】~【38】
二宮翁夜話巻の2【1】~【11】
二宮翁夜話巻の2 【12】~【26】
二宮翁夜話巻の2【27】~【38】
二宮翁夜話 巻の3【1】~【16】
二宮翁夜話 巻の3【17】~【40】
二宮翁夜話 巻の3【41】~【57】
二宮翁夜話 巻の4【1】~【18】
二宮翁夜話 巻の4【19】~【37】
二宮翁夜話 巻の4【38】~【54】
二宮翁夜話巻の5【1】~【13】
二宮翁夜話巻の5【14】~【31】
二宮翁夜話巻の5 【32】~【46】
二宮翁残篇【1】~【24】
二宮翁夜話残篇【25】~【42】
二宮翁残篇【43】~【48】
二宮翁道歌
報徳記
報徳記【1】二宮先生幼時艱難事跡の大略
報徳記巻之一【2】小田原の服部家を再興す
報徳記巻之一【3】小田原侯先生を抜擢する
報徳記巻之一【4】先生野州桜町に至る
報徳記巻之一【5】先生桜町興復事業を行う
報徳記巻之一【6】常人小田原侯に訴ふ
報徳記巻之一【7】先生総州成田山へ祈誓す
報徳記巻之二【1】先生墾田役夫を賞す
報徳記巻之二【2】先生円藏を教諭す
報徳記巻之二【3】岸右衛門を善に歸せしむ
報徳記巻之二【4】凶年先生救荒の道を行ふ
報徳記巻之二【5】三邑十有餘年で興復す
報徳記巻之二【6】無頼の農夫を善に帰す
報徳記巻二【7】先生辻門井の里正を教
報徳記巻之二【8】青木邑の衰廃を興す
報徳記巻之二【9】先生青木邑貧民を教諭す
報徳記巻之三【1】円応 先生へ面謁を請ふ
報徳記巻之三【2】菅谷桜町に使をだす
報徳記巻之三【3】先生烏山の飢民を撫育す
報徳記巻之三【4】円応和尚先生に鮎を贈る
報徳記巻之三【5】先生円応の寂するを歎ず
報徳記巻之三【6】烏山仕法中廃菅谷の放逐
報徳記巻之三【7】宗兵衛先生の教を受ける
報徳記巻之四【1】孫右衛門の家を再復す
報徳記巻之四【2】玄順先生に教へを受く
報徳記巻之四【3】先生玄順に忠義を教諭す
報徳記巻之四【4】細川侯復興を依頼
報徳記巻之四【5】玄順命により櫻町に至る
報徳記巻之五【1】先生細川侯の分度を定む
報徳記巻之五【2】細川侯の領邑を再復する
報徳記巻之五【3】細川侯登坂先生道を論ず
報徳記巻之五【4】小田原侯飢民撫育を命ず
報徳記巻之五【5】小田原侯逝去遺言
報徳記巻之五【6】小田原領民に撫育を行ふ
報徳記巻之五【7】先生飢歳当然の道を論ず
報徳記巻之五【8】小田原領中仕法を開業す
報徳記巻之五【9】小田原より野州へ帰る
報徳記巻之五【10】三幣某遂に廃せらる
報徳記巻之五【11】小田原再興の方法中廃す
報徳記巻之六【1】下館良法を先生に依頼す
報徳記巻之六【2】先生下館困難を論ず
報徳記巻之六【3】先生上牧某を教諭す
報徳記巻之六【4】下館の分度を定む
報徳記巻之六【5】下館三邑に発業す
報徳記巻之六【6】相馬藩盛衰之概略
報徳記巻之六【7】一条某桜町に至る
報徳記巻之六【8】草野正辰先生に会い問う
報徳記巻之六【9】相馬藩群臣反対す
報徳記巻之七【1】池田胤直先生に問ふ 
報徳記巻之七【2】相馬の分度を確立す
報徳記巻之七【3】成田坪田に開業す
報徳記巻之七【4】相馬郡村に発業す
報徳記巻之七【5】相馬領風化行はる
報徳記巻之七【6】相馬侯勧農を諭す
報徳記巻之七【7】相馬侯日光に献金す
報徳記巻之七【8】先生印旛沼見分する
報徳記巻之七【9】大生郷良策を献ず
報徳記巻之七【10】先生真岡の陣屋に至る
報徳記巻之八【1】眞岡県令の属吏となる
報徳記巻之八【2】常州棹ヶ島村外に発業す
報徳記巻之八【3】石那田村の堰を堅築す
報徳記巻之八【4】日光興復安民の命を受く
報徳記巻之八【5】先生開墾の實業を行ふ
報徳関係文書
報徳秘録by富田高慶 報徳秘説by伊東
随感随筆その1by二宮尊親
「深山木」&「桜街拾実」
「二宮翁逸話」【1】~【36】by留岡幸助
「二宮翁逸話」【37】~【79】by留岡幸助
報徳秘稿 ~【300】
「報徳秘稿」 【301】~
二宮先生語録 巻の1【1】~【53】
二宮先生語録巻の1【54】~【80】
二宮先生語録巻の2【81】~【150】
二宮先生語録巻の2【150】~【181】
二宮先生語録巻の3【182】~【240】
二宮先生語録巻の3【241】~【271】
二宮先生語録巻4【273】~【320】
二宮先生語録【321】~
富国捷径by福住正兄
万物発言集草稿(抄出)
報徳論【1】~【7】
報徳論【8】~【12】
桜町治蹟(1)
桜町治蹟(2)
下館談話記
二宮尊徳全集第19巻仕法小田原領6
富田高慶日記
富田高慶翁伝&二宮尊徳の相馬仕法
富田高慶(「済民記」など)
富田高慶翁遺稿 『富田翁』話抄録
「二宮尊徳の相馬仕法」(岩崎敏男著)
天保14癸卯年 勤方住居奉窺候書付
「随感随筆」2&富田高慶先生との対話
報徳本教・青木村治績
「斯民」 より
宮原屋宛書簡 「大学料理の書簡」
「桜街拾実」菅谷八郎右衛門
相馬仕法(二宮尊徳全集第31巻)
相馬興国救民問答【1】~【5】
御仕法掛心得方大略
日光仕法(二宮尊徳全集巻28)
日光御神領村々荒地起返方仕法
「いまいち市史」
「いまいち市史」その2
日光神領廻村の記録を読む

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地球
(地球ーブルーマーブルよりhttp://the-cosmos.org/epod/2005/04/2005-04-06.html)


松井冬子展 世界中の子と友達になれる

横浜美術館では、2011年12月17日(土)より2012年3月18日(日)まで、「松井冬子展 世界中の子と友達になれる」を開催いたします。
本展覧会は、その活動がもっとも注目される画家のひとり、松井冬子(まつい・ふゆこ/1974年生まれ)の公立美術館における初めての大規模個展です。松井は、日本の絵画の古典技法の探求を通じ確かな画技を身に付け、芸術表現が呼び起こす精神的肉体的な「痛み」を始点として、恐怖、狂気、ナルシシズム、性、生と死などをテーマに発表を続けています。
本展では、代表的な本画の作品に加え下絵やデッサン、新作を加えた約80点によって、松井冬子の全貌をご覧いただきます。会期中には、松井冬子が初めてアートディレクションを手がける映像作品も公開する予定です

会期
2011年12月17日(土曜)~2012年3月18日(日曜)
開館時間
10時~18時(入館は閉館の30分前まで)
休館日
毎週木曜日、12月29日(木曜)~1月3日(火曜)
観覧料
一般 1,100(1,000)円 大学・高校生 700(600)円 中学生 400(300)円
小学生以下無料

記念講演会
「不浄の肉体をもつ聖女たち-小野小町から松井冬子へ」

なぜ美女の死体は描かれるのか? 中世「九相図(くそうず)」の伝統から松井冬子の世界を照射します。

講 師 :山本聡美氏(共立女子大学文芸学部准教授)
日 時 :1月7日(土曜)15時~16時30分(開場:14時30分)

  

アーティスト・トーク
「知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避」

松井冬子さんが自らの東京藝術大学の博士論文を講演形式で紹介します。

日 時 :2月11日(土曜祝日)15時~16時(開場:14時30分)

*2・3の会場は横浜美術館レクチャーホール(先着240名、入場無料)。

世界中の子と友達になれる

 

  • 2002年(平成14年)
  • 絹本着色、裏箔、紙
  • 181.8×227.8cm
  • 作家蔵(横浜美術館寄託)
  • *学部卒業制作

《世界中の子と友達になれる》

この絵の題名とした「世界中の子と友達になれる」という絶対的に実現不可能な狂気のイデアを私は幼児期に確信したことを記憶している。誇大妄想に等しい全能的思い込みではあるが、今でも私の心的窮状を鎮める呪文、琴線を震わす言葉としてあてはめた。



平成24年2月10日現在
鈴木藤三郎氏顕彰第1集(2011年9月発行)      
「報徳産業革命の人 報徳社徒鈴木藤三郎の一生」蔵書図書館一覧
全36図書館

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菊川市立図書館 浜松市立図書館 吉田町立図書館

大学図書館・研究所 5図書館
東北大学 神戸大学 東海大学 聖隷クリストフアー大学
大倉山精神文化研究所





※第1集は静岡県周智郡森町の・泉嘉書店(0538-85-2138)で販売されています。


鈴木藤三郎氏顕彰第3集(2010年10月発行)
「日本近代製糖業の父・台湾製糖株式会社初代社長鈴木藤三郎」蔵書図書館一覧

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大学図書館 4 宇都宮大学 京都大学 神戸大学 早稲田大学

※第3集は絶版です。
                                    




「日本の立ち直るのは、2025年からでしょう。
そしてそれは、二宮尊徳先生のお教えに準拠せねばならぬでしょう。
そして世界が、日本の立ち直りを認め出すのは、2050年からでしょう」

(「森信三先生随聞記」50ページ)


「予はかって「日本及び日本人」なる一書を英文にて著し、これを世に示したり、録するところ、西郷隆盛、日蓮上人、上杉鷹山公等なりしが、これを読んで英米人のもっとも驚嘆せしは二宮尊徳先生という。
真正の経済なるものは道徳の基礎に立たざるべからざることを先生の事業生涯をもって説明したるものなればなり。すなわち身をもってこの問題の解決をなしたるなり。先生は経済と道徳の間に橋をかけたり。先生の一生は経済道徳問題の福音なり。」

(予が見たる二宮尊徳翁「内村鑑三全集12」より)


「父さんも母さんも長命してください。私が成人したらよく精出して、きっと楽にして安心させます。」 

(「尊徳の森」佐々典比古著217ページ)


「家々で子孫が繁盛しているのは、みんなが親を尊んでいることで、それがまた天道への追善供養なのだ。この身は天から先祖に分身して、また先祖から代々父母に分身して、父母から我へと分身した。それゆえ、天理にかなうことをしさえすれば、直ちに孝行なのだ。」

(「尊徳の裾野」270ページより)

 以上は、「報徳記を読む会」で、「報徳記巻の1参考資料」(2008・6・18)の冒頭に掲げたものである。



福寿観音

福寿観音(静岡県原町庵山 2009.11.29撮影)

高雄観音像

橋仔頭観音(台湾高雄 R氏撮影)

鈴木藤三郎写真

鈴木藤三郎写真(「発明王鈴木藤三郎を生んだ町」展にて 2009.11.29撮影)

「明治34年、鈴木藤三郎は鈴木鉄工部で観世音菩薩の銅像を4体鋳造させた。
原型は大熊氏廣の作ったもので、御身丈は1丈に余り、眉間の白毫は藤三郎の金のカウス・ボタンを鑄潰して入れたものである。このうちの一体は、郷里森町で菩提寺のある一藤山(地元では「庵山」という)に、一体は養母やすの隠棲する鎌倉の別荘に、一体は東京市深川の日本製糖会社裏にある本邸の庭に、あと一体は翌年8月15日に台湾の橋仔頭工場の構内に建立した。
森町の一藤山に建てたのは実母ちえの七回忌追福のためであった。曹洞宗管長西有穆山(にしありぼくざん)禅師が、「福寿海無量の功徳有難や母の為とて建てし御仏」という御詠歌を作られて、福寿観音と称して、今でも同地方の霊場の一つになっている。(「鈴木藤三郎伝」211頁)


  鈴木藤三郎が今市の報徳二宮神社に報徳全書を奉納した時の願文
報徳社徒不肖藤三郎誠恐誠惶謹デ二宮尊徳先生ノ神霊ニ白ス恭ク惟レバ先生畢生唱道シ給ヘル報徳ノ教義は洋ノ東西ヲ論ゼズ人種宗教ノ如何ヲ問ハズ古往今来幾千万歳ヲ経ルモ凡ソ世界ニ生存スル人類ニ於テ貴賎貧富男女老幼ノ別ナク允ニ克ク遵守セザル可カラザル要道ニシテ若シ之レ無クバ人道廃頽シテ民衆安息スルコト能ハザルナリ先生ノ世ニ在スヤ憂国ノ至誠外ニ溢レ熱血ノ注グトコロ感奮興起セザル者ナク済世恤民ノ良法諸州ニ亙ツテ其効実ニ顕著ナリ而シテ其実践躬行ノ跡ハ歴々トシテ先生ノ遺書ニ存シ其書殆ド万巻ヲ以テ算ス然リト雖モ之ヲ知ル者多カラズ知ラザレバ行フコト能ハズ行ハザレバ世ヲ済ヒ民ヲ理スルコト能ハズ是猶名玉ヲ懐中ニ蔵スルガ如シ豈痛惜セザルベケムヤ是ヲ以テ令孫尊親先生ノ允許ヲ得テ之ヲ謄写セシメ全部九千巻ヲ得タリ之ヲ二千五百冊ト為シ文庫一宇ニ収メ併セテ之ヲ神社ニ奉納シ衆庶ノ熟覧研究ニ備フ将来幸ニ有志ノ士之ヲ繙キ明晰ナル識見ヲ以テ先生ノ教旨ヲ解釈シ熱誠以テ之ヲ世ニ拡張シ忍耐以テ実践シテ息マザレバ民風頓ニ興リ富強期シテ竢ツバシ仰ギ冀クバ先生ガ神霊ノ冥護ニ依リ人類必至ノ要道タル報徳教義ノ広ク天下ニ普及シ真正ナル文明ノ実ヲ見ルヲ得ンコトヲ不肖藤三郎誠恐頓首頓首敬テ白ス   明治四十二年五月三十日         報徳社徒 鈴木藤三郎 九拝




許願文  翻譯: R
報徳社弟子,不肖藤三郎身懷戒慎恐懼之心,對二宮尊徳先師的神靈陳述。
恭謙的緬懷著先師,終其一生,率先所?的報徳教誨?容,不論是東方與西方、種族與宗教,即使是從古至今?經幾千萬年,大凡這世界上所生存的人類,不分貴賤貧富與男女老幼,都應該由衷恪守的重要教誨,否則,人道衰微,民眾缺乏憂患意識而停怠,將無所作為。
先師在世時,流露出憂國至誠之心與投入的熱誠,無不讓人振奮與感動。先師恤民與救世的良策,遍及各州,功績顯著。然而那些躬身力行的事蹟,明確的記載在老師所遺留的著作中,數達萬卷,惟知者少,不知就無法力行;不力行便無法救世利民,就像是身懷名玉,豈不令人悲嘆?
在尊徳先師之 孫尊親 老師的允許下,手抄全書九千卷,分成2500冊,收進文庫並奉獻神社,以供民眾?覽與研究。如幸將來有志之士,讀後能以明晰的見解來詮釋?容、持以熱情的誠意向世人宏揚,以堅忍的耐力、不斷的去實踐的話,一般民間風俗也會隨即?生,富裕的經濟與強盛的活力方可期待。
祈求在先師的神靈保佑下,能?將這人類必達的重要之道、報徳的?容,普及推廣至全世界,在真實中實現真正的文明。愚知藤三郎,戒慎恐懼敬述。
1909年5月30日 報徳社弟子 鈴木藤三郎 九拜

※ 「徳」の旧字体が 楽天 で表記できないため、「徳」で表記した。


Lettre de voeux

Disciple de Hotokusha, Tosaburo Suzuki, souhaiterait avec stupeur et modestie formuler des voeux à l’âme divine de notre Professeur Ninomiya Sontoku. Mes pensées respectueuses me font dire que votre philosophie de Hotoku est un enseignement d’une importance capitale à être mis en pratique pour des siècles durant, quelque soit à l’endroit où l’on vit, que ce soit en Orient ou en Occident, quelques soient l’éthnie et la religion, par tous les êtres humains de la terre, qu’ils soient démunis ou riches, hommes ou femmes, jeunes ou vieux. Sans votre philosophie, le chemin de l’humanité serait anéanti et les gens n’auraient pas havre de paix. Lorsque vous étiez en vie, vos réalisations étaient si nombreuses et remarquables. Beaucoup de gens soucieux du pays, motivés pour un labeur acharné étaient prêts à se donner. Nombreuses régions ont pu adopter les lois de protection et de compassion. Le parcours de votre philosophie est clairement exprimé dans un dizaine de millier de parchemins. Mais le peuple l’ignore. Si on ne sait pas, on ne peut pas agir. Si on ne peut pas agir, on ne peut ni sauver le monde ni mettre en profit du peuple. C’est comme si on gardait chez soi une pierre précieuse sans savoir sa vraie valeur. Triste à pleurer. C’est pourquoi, avec l’autorisation de votre petit-enfant, professeur Takatika (Sonshin), nous avions pu transcrire votre philosophie pour d’abord en neuf mille parchemins, et ensuite en 2,500 livres que nous avons conservés dans un grange à livres après avoir dédiés au sanctuaire. Vos oeuvres sont maintenant prêtes à être servies pour une lecture attentive et une recherche de tous. Nous espérons dans l’avenir qu’un instruit et volontaire apportera une compréhension juste et lucide. Ainsi, votre enseignement aura une longue vie et se propagera avec sincérité et ardeur en vue d’une réalisation éternelle d’une économie riche et prospère. Avec votre protection, la voie de la philosophie méritoire par labeur que l’humanité devrait emprunter se répandra sur toute la terre pour la réalisation d’une civilisation juste et véritable.
Tosaburo, votre disciple idiot vous présente la salutation avec tremblement.

Le 30 mai Meiji 42 (1909)
Tosaburo Suzuki, disciple de Hotokusha, avec respects et remerciements

Traduit par R K



 

報徳訓
父母の根元は天地の令命にあり
身体の根元は父母の生育にあり
子孫の相続は夫婦の丹精にあり
父母の富貴は祖先の勤功にあり
吾身の富貴は父母の積善にあり
子孫の富貴は自己の勤労にあり
身命の長養は衣食住の三つにあり
衣食住の三つは田畑山林にあり
田畑山林は人民の勤耕にあり
今年の衣食は昨年の産業にあり
来年の衣食は今年の艱難にあり
年年歳歳報徳を忘るべからず





 『あなたの中の最良のものを』 by マザー・テレサ

人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。

あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。

目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。

善い行ないをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。
気にすることなく、し続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。

あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。
気にすることなく、作り続けなさい。

助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく、助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。
 けり返されるかもしれません。
でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

☆「森信三は、戦前・戦後を通じて、日本の教育界最大の人物である。」といわれる
http://www2s.biglobe.ne.jp/~SHUJI/hagaki/morishinzo.htm
のホームページが詳しい。


森信三先生の言葉(「一日一語」より)

人生二度なし これ人生における最大最深の真理なり
<これの世の 再び無しといふことを 命に透り 知る人すくな>

人間は一生のうち逢うべき人には必ず会える しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に

つねに腰骨をシャンと立てること これ人間の根性の入る極秘伝なり
→私が何とか今日まで来れたのは、15歳のとき岡田式静坐法を知り、82歳の現在まで一貫して腰骨を立てて来たことによるが、しかし近ごろになって、それだけではなお足りず、やはり「丹田の常充実」こそ最重大なことに目覚めて、今や懸命にこれと取り組んでいます

親への孝養とは、
単に自分を生んでくれた一人の親を大事にするだけでなく、
親への奉仕を通して、 実は宇宙の根本生命に帰一することに外ならない。
<たらちねの 親のみいのち わが内に 息ますと思ふ 畏きろかも>

「円心あって円周なし」──
 そしてみな自主独立にして出入自在。
 今後は無数のコンミューンが生まれねばならぬが、この様な円の中心者たちが、お互いに手を取り合う「開かれたコンミューン」でなければなるまい。

(宮沢賢治)
  明治以後 われらが民族に 斯くばかり 清しき生命 かつて生れしや
  これの世に いのち短かく 生れ出でて 永久の光となりし君はも

教育とは流水に文字を書くような果てない業である
だがそれを巌壁に刻むような真剣さで取り組まねばならぬ

学校の再建はまず紙屑を拾うことから──。
 次にはクツ箱のクツのかかとが揃うように。
 真の教育は、こうした眼前の瑳事からスタートすることを知らねば、
 一校主宰者たるの資格なし

 自 銘       不尽
 学者にあらず 宗教家にあらず はたまた教育者にもあらず
 ただ宿縁に導かれて 国民教育の友としてこの世の「生」を終えん 




パワーか、フォースか
☆「パワーか、フォースか」という本がある。
副題に「人間のレベルを測る科学」とある。
精神科医のデヴィド・R・ホーキンズとその研究チームが数千という対象を何百万回も測定した調査結果によって、人間の意識のレベルを1~1000まで測定したものをまとめたものだ。

この測定にはキネシオロジー(身体運動学)が使われる。
キネシオロジー(身体運動学)は、からだにとって有益な栄養サプリメントを選択する時に、からだに有益な栄養サプリメントを摂る時は、筋肉は強く反応し、有害なときは弱く反応する。そうした筋肉テストによって、わたしたちにとって、何が良いのか、悪いのか、それらのシグナルを測定することができるという事実に基づいている。
この事実に基づき、サプリメントの測定から政治、経済、芸術、宗教、健康や病気との関係、人間の意識のレベル、人類全体の集合体のレベルまで測定したのだ。

「力には、人を強くする“パワー”と人から命とエネルギーを奪う“フォース”がある」
そしてそれを見分けるのは頭でなく、私たちの肉体であり、特定の筋肉〈インディケー タ・マスル)が強くなるか、弱くなるかによって「虚偽」と「真実」をはっきりと見分けられる。
このテストによってあらゆるもののレベルを測定できる。
人間の意識のレベルも1~1000までの数値で可能な限り測定できる。

博士はこれを数値化し「意識のマップ」で表している。

悟り(-1,000) (1000)ブッダ、イエス・キリスト、クリシュナの教え
       (985)アブラハムの教え
       (960)大乗仏教
       (890)禅、小乗仏教
       (810)この本の真実性のレベル
       (800)トーラー(モーセ)
       (740)モハメッド 
       (720)コーラン   
  (700 (700)マザー・テレサ、ガンジー、アメリカの独立宣言、ゲチスバーグのリンカーンの演説、映画「グラン・ブルー」
       (640)欽定英訳聖書(ギリシャ語翻訳)
平和(600)(600)エックハルト
喜び(540)
       (535)クリスマス
       (520)カントリーミュージック
       (500)カトリック
愛 (500) 
       (499)アインシュタイン、フロイト、ニュートン、デカルト、現代のユダヤ教   
理性(400)
受容(350)
意欲(310)
中立(250)
          人類の意識の総合的なレベルは207(何世紀もの間190に留まり、1980年代半ば突然207のレベルまでジャンプした)
勇気(200)
------------------------→パワーとフォースの分岐点
          人類の85%が200以下である。
プライド(175)
怒り(150)
          (130)イスラム教原理主義
欲望(125)   
恐怖(100)
深い悲しみ(75)
無感動(50)
罪悪感(30)
恥(20)

意識のレベルの臨界点が2つある。
200(勇気)はパワーが現れる最初のレベルである。
ここでは非難を止める意欲があり、自分自身への行動への責任と信頼が生まれる。
500(愛)のレベルを超えたところでは、愛と無条件の許しをライフスタイルとして受け入れて、すべての人々や物事、出来事に対して無条件の優しさをこころがける。


この本の著者の希望はこうだ。
「皆さんの喜び(540のレベル)へ至る道がもっと短くなることです。
喜びの秘訣は、自分自身も含めて、生きるものすべてに対する無条件の優しさであり、これを思いやりと呼びます。
どんなに努力しても思いやりがなければ、有意義なことは何も達成できません。」(p113~p114)

この本の真実性のレベルは、810であるという。
通常、人間はその一生で5ポイント程度しかレベルを上げることができないという。
博士は、この本を熟読すれば、最低35ポイントは上げることができると語る。たとえ一人の人間であっても、そのレベルを向上させることは、全人類、全宇宙まで波及すると言う。


☆松下松蔵翁の言葉

あなたたちの賢者として、私は、あなたたちにこのことを言い残しておきたい。

信仰こそは、人生の宝の家のありとあらゆる扉を開く、万能の鍵である。

あなたの言葉の使い方によって、あなたは弁護もされ、また批判もされるのである。

人生は冷厳な現実であり、人生は厳粛である。

現代の人々に必要なものは、物質の量ではなく、魂の量(かて)である。

あなたの考えと思いを、常に正しいことに向けよ。

ーまつぞうー

☆昭和29年(1954)に世界神霊学会が、アメリカ合衆国で開催され、当時大阪大学教授で工学博士であった安藤公平氏が日本から代表として出席した。
その時、安藤博士の主背後霊として、祖神様が御出現された。
「石盤書記」という形で「神言」を贈られた。

原文

As your philosopher I want to leave this with you.
Faith is the master key that will unlock any all doors to the treasure house of life.
By the words thou shall be justified or condemned.
Life is real and life is earnest.
The need of people of today is not material food but spiritual food.
Direct your thoughts and mind alway for the right.
-Matsuzo-



ネームの解説

「BE AN INDIVIDUAL」とは「個として生きよ」ということです。
これはガイア・シンフォニー第4番でイギリスのラブロック博士が未来の子どもたちへ託す伝言です
ラブロック博士は、ガイア理論、つまりこの地球は一つの大きな生命であるという理論の提唱者です。
博士の伝言はこうです。
「私が子どもたちに一番伝えたいことは、
 人生において 政党、宗教、各種団体等の組織に頼りすぎるな、ということです。自分自身で考え、自立して行動する。
 組織に頼るものより、自立して生きるもののほうが より深い人間性に目覚める可能性がある。
 もちろん、これは全ての人にあてはまるわけではない。
 しかし、人生を力一杯生きたいと思っている子どもたちには 良いメッセージだと思います BE AN INDIVIDUAL」

妙法蓮華経観世音菩薩普門品 第二十五(「訓訳法華経」平楽寺書店版より)

爾(そ)の時に、無尽意菩薩、即ち座より起って偏(ひとえ)に右の肩を袒(あらわ)にし、
合掌し仏に向いたてまつりて是の言(ことば)を作(な)さく、

「世尊、観世音菩薩は何の因縁を以て観世音と名(なづ)くる。」

仏、無尽意菩薩に告げたまわく、

「善男子、若(も)し無量百千万億(まんのく)の衆生あって、
諸々の苦悩を受けんに、是の観世音菩薩を聞いて、一心に名を称せば、
観世音菩薩、即時に其の音声を観じて、皆解脱することを得せしめん。


若し是(こ)の観世音菩薩の名を持(たも)つことあらん者は、設(たと)い大火(だいか)に入るとも、
火も焼くこと能(あた)わず、是の菩薩の威神力(いじんりき)に由るが故に。
若し大水のために漂(ただよ)わされんに、其の名号を称せば、即ち浅き処を得ん

若し百千万億の衆生あって、金(こん)・銀(ごん)、瑠璃(るり)、(しゃこ)、瑪瑙(めのう)、珊瑚(さんご)、琥珀(こはく)、真珠等の宝を求むるを為(もっ)て大海に入らんに、仮使(たとい)黒風其(そ)の船舫(せんぼう)を吹いて、羅刹鬼(らせつき)の国に漂堕(ひょうだ)せん。
其の中に若し乃至(ないし)一人(いちにん)も、観世音菩薩の名を称せば、
是の諸人等(しょにんら)、皆羅刹(らせつ)の難を解脱(げだつ)することを得ん。
是の因縁を以て観世音と名(なづ)く。


若(も)し復(また)人あって、当(まさ)に害せらるべきに臨んで、観世音菩薩の名を称せば、
彼(か)の執(と)れる所の刀杖、尋(つ)いで段々に壊(お)れて、解脱することを得ん。

若し三千大千国土の中に満つる、夜叉(やしゃ)・羅刹(らせつ)来って、人を悩まさんと欲せんに、
其の観世音菩薩の名を称するを聞かば、是(こ)の諸々の悪鬼、尚(な)お悪眼(あくげん)を以て之を視ること能(あた)わず、況(いわ)んや復(また)害を加えんや。

設(たと)い復(また)人あって、若しは罪あり、若しは罪なきも、忸械(ちゅうかい)枷鎖(かさ)、其の身を検繋(けんげ)せん。
観世音菩薩の名を称せば、皆悉く断壊(だんね)して、即ち解脱することを得ん。

若(も)し三千国土の中に満てる怨賊(おんぞく)あらんに、一人の商主(しょうしゅ)あって、諸々の商人を将(ひき)い、重宝を齎持(さいじ)して、険路を経過(きょうか)せん。

其の中に一人、是の唱言(しょうごん)を作(な)さん。
諸々の善男子、恐怖するを得ること勿れ。
汝等(なんだち)応当(まさに)に一心に観世音菩薩の名号を称すべし。
是の菩薩は能(よ)く無畏(むい)を以て衆生に施したまう。
汝等(なんだち)若し名(みな)を称せば、此の怨賊に於(おい)て当に解脱することを得べし。
衆(もろもろ)の商人聞いて倶(とも)に声を発して、南無観世音菩薩と言わん。
其の名を称するが故に即ち解脱することを得ん。
無尽意、観世音菩薩は威神の力巍巍(ぎぎ)たること是(かく)の如し。


若し衆生有って淫欲多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬(くぎょう)せば、
便(すなわ)ち欲を離るることを得ん。
若(も)し瞋恚(しんに)多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、
便ち瞋(しん)を離るることを得ん。
若(も)し愚癡(ぐち)多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、
便ち癡(ち)を離るることを得ん。
無尽意(むじんに)、観世音菩薩は、是(かく)の如き等(ら)の大威神力ありて、饒益(にょうやく)する所多し。
是の故に衆生常に心に念ずべし。


若(も)し女人(にょにん)あって設(たと)い男(なん)を求めんと欲し、観世音菩薩を礼拝し供養せば、便(すなわ)ち福徳智慧の男を生まん。
設(と)い女(にょ)を求めんと欲せば、便(すなわ)ち端正有相(たんじょううそう)の女を生まん。
無尽意(むじんに)、観世音菩薩は是(かく)の如き力あり。
若し衆生あって、観世音菩薩を恭敬礼拝せば、福唐捐(ふくとうえん)ならじ。
是(こ)の故に衆生、皆観世音菩薩の名号(みょうごう)を受持(じゅじ)すべし。

無尽意、若(も)し人有って、六十二億恒河沙(ごうがしゃ)の菩薩の名字(みょうじ)を受持し、復(また)形を尽(つ)くすまで、飲食(おんじき)、衣服(えぶく)、臥具(がぐ)、医薬を供養せん。
汝が意(こころ)に於(おい)て云何(いかん)。

是(こ)の善男子・善女人の功徳多しや不(いな)や。
無尽意の言(もう)さく。
甚(はなは)だ多し、世尊。
仏(ほとけ)の言(のたま)わく、
若し復(また)人あって観世音菩薩の名号を受持し、乃至(ないし)一時(じ)も礼拝供養せん。
是の二人の福、正等(しょうとう)にして異なること無し。
百千万億劫(まんのっこう)に於ても、窮め尽くすべからず。

無尽意、観世音菩薩の名号を受持せば、是(かく)の如き無量無辺の福徳の利を得ん。


無尽意菩薩(むじんにぼさつ)、仏に白(もう)して言(もう)さく。

世尊、観世音菩薩は、云何(いかに)してか此(こ)の娑婆世界に遊び、云何にしてか衆生の為に法を説く、方便の力、其(そ)の事(じ)云何(いかん)。

仏、無尽意菩薩に告げ給わく、善男子、若し国土の衆生あって、
仏身を以て得度すべき者には、観世音菩薩、即ち仏身を現じて為(ため)に法を説き、
辟支仏(びゃくしぶつ)の身を以て得度すべき者には、即ち辟支仏の身を現じて為に法を説き、
声聞(しょうもん)の身を以て得度すべき者には、即ち声聞の身を現じて為に法を説き、
梵王(ぼんのう)の身を以て得度(とくど)すべき者には、梵王の身を現(げん)じて為に法を説き、
帝釈(たいしゃく)の身を以て得度すべき者には、即ち帝釈の身を現じて為に法を説き、
自在天(じざいてん)の身を以て得度すべき者には、即ち自在天身を現じて為に法を説き、
大自在天の身を以て得度すべき者には、即ち大自在天の身を現じて為に法を説き、
天大将軍の身を以て得度すべき者には、即ち天大将軍の身を現じて為に法を説き、
毘沙門(びしゃもん)の身を以て得度すべき者には、即ち毘沙門の身を現じて為に法を説き、
小王(しょうおう)の身を以て得度すべき者には、即ち小王の身を現じて為に法を説き、
長者の身を以て得度すべき者には、即ち長者の身を現じて為に法を説き、
居士の身を以て得度すべき者には、即ち居士の身を現じて為に法を説き、
宰官(さいかん)の身を以て得度すべき者には、即ち宰官の身を現じて為に法を説き、
婆羅門(ばらもん)の身を以て得度すべき者には、即ち婆羅門の身を現じて為に法を説き、
比丘(びく)、比丘尼(びくに)、優婆塞(うばそく)、優婆夷(うばい)の身を以て
得度すべき者には、即ち比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の身を現じて為に法を説き、
長者、居士、宰官、婆羅門の婦女(ぶにょ)の身を以て得度すべき者には、即ち婦女身を現じて為に法を説き、
童男童女の身を以て得度すべき者には、即ち童男童女の身を現じて為に法を説き、
天、龍、夜叉(やしゃ)、乾闥婆(けんだつば)、阿修羅(あしゅら)、迦楼羅(かるら)、緊那羅(きんなら)、摩候羅迦(まごらが)、人非人等の身を以って得度すべき者には、即ち皆之を現じて為に法を説き、
執金剛神(しゅうこんごうしん)を以て得度すべき者には、即ち執金剛神を現じて為に法を説く。
無尽意(むじんに)、是(こ)の観世音菩薩は是(かく)の如き功徳を成就して、種々(しゅじゅ)の形を以て諸(もろもろ)の国土に遊んで、衆生を度脱(どだつ)す。
是(こ)の故に汝等(なんだち)応当(まさ)に一心に観世音菩薩を供養すべし。


是(こ)の観世音菩薩摩訶薩(まかさつ)は、怖畏急難(ふいきゅうなん)の中(なか)に於て、能(よ)く無畏(むい)を施す。
是(こ)の故に此(こ)の娑婆世界、皆之(こ)れを号して施無畏者(せむいしゃ)とす。
無尽意菩薩(むじんにぼさつ)、仏に白(もう)して言(もう)さく。
世尊、我今(いま)当(まさ)に観世音菩薩を供養すべし。
即ち頸(くび)の衆宝珠(しゅほうじゅ)の瓔珞(ようらく)の価直(げじぎ)百千両金(りょうこん)なるを解いて以て之を与え、是(こ)の言(ことば)を作(な)さく、
仁者(にんしゃ)、是(こ)の法施(ほうせ)の珍宝(ちんぼう)の瓔珞を受けたまえ。
時に観世音菩薩肯(あえ)て之を受けず。
無尽意、復(また)観世音菩薩に白(もう)して言(もう)さく。
仁者(にんしゃ)、我等(われら)を愍(あわれ)むが故に此(こ)の瓔珞(ようらく)を受けたまえ。
爾(そ)の時に仏(ほとけ)、観世音菩薩に告げたまわく、
当に此(こ)の無尽意菩薩及び四衆(しゅ)・天、龍、夜叉(やしゃ)、乾闥婆(けんだつば)、阿修羅(あしゅら)、迦楼羅(かるら)、緊那羅(きんなら)、摩候羅迦(まごらが)、人非人等を愍(あわれ)むが故に是(こ)の瓔珞(ようらく)を受くべし。
即時(そくじ)に観世音菩薩、諸(もろもろ)の四衆及び天、龍、人非人等を愍(あわれ)んで其の瓔珞(ようらく)を受け、分(わか)って二分と作(な)して一分は釈迦牟尼仏に奉(たてまつ)り、一分は多宝仏塔に奉(たてまつ)る。
無尽意、観世音菩薩は是(かく)の如き自在神力(じざいじんりき)あって娑婆世界に遊ぶ。
爾(そ)の時に無尽意菩薩、偈(げ)を以て問うて白(もう)さく


世尊は妙相具(そな)わりたまえり
我今重ねて彼れを問いたてまつる
仏子(ぶっし)何の因縁あってか 
名(なづ)けて観世音とする

妙相を具足したまえる尊(そん) 
偈をもって無盡意に答えたまわく 
汝(なんじ)観音の行(ぎょう)を聴け 
善く諸(もろもろ)の方所(ほうしょ)に応ずる

弘誓(ぐぜい)の深きこと海の如し
劫(こう)を歴(ふ)とも思議せじ
多千億の仏(ほとけ)に侍(つか)えて
大清浄の願を発(おこ)せり

我汝が為に略して説かん
名を聞き及び身を見 
心に念じて空しく過ぎざれば
能(よ)く諸有(しょう)の苦を滅す


假使(たとい)害の意(こころ)を興(おこ)して
大いなる火坑(かきょう)に推し落(おと)されんに
彼(か)の観音の力を念ぜば
火坑変じて池と成らん

或(あるい)は巨海(こかい)に漂流して
龍・魚(ご)・諸鬼の難に
彼(か)の観音の力を念ぜば 
波浪も没すること能わじ

或(あるい)は須弥(しゅみ)の峯に在って 
人に推し堕(おと)されんに 
彼(か)の観音の力を念ぜば 
日の如くにして虚空に住ぜん

或(あるい)は悪人に逐(お)われて
金剛山(こんごうせん)より堕落せんに 
彼(か)の観音の力を念ぜば  
一毛をも損ずること能(あた)わじ

或(あるい)は怨賊(おんぞく)の繞(かこ)んで
各(おのおの)刀(つるぎ)を執って害を加うるに値(あ)わんに 
彼(か)の観音の力を念ぜば   
咸(ことごと)く即ち慈心を起さん

或(あるい)は王難の苦に遭うて
刑(つみ)せらるるに臨んで寿(いのち)終らんと欲せんに 
彼(か)の観音の力を念ぜば    
刀(つるぎ)尋(つ)いで段段に壊(お)れなん

或(あるい)は枷鎖(かさ)に囚禁(しゅうきん)せられて 
手足(しゅそく)に柱械(ちゅうかい)を被(こうむ)らんに 
彼(か)の観音の力を念ぜば     
釈然として解脱(げだつ)することを得ん

呪詛諸(もろもろ)の毒薬に
身を害せんと欲せられん者 
彼(か)の観音の力を念ぜば      
還(かえ)って本人に著(つ)きなん

或(あるい)は悪羅刹 毒龍諸鬼等に遇わんに  
彼(か)の観音の力を念ぜば       
時に悉(ことごと)く敢(あえ)て害せじ

若しは悪獣圍繞(いにょう)して 
利(と)き牙爪(げそう)の怖るべきに 
彼(か)の観音の力を念ぜば        
疾く無辺の方に走りなん

玩蛇(がんじゃ)及び蝮蠍(ふつかつ) 
気毒煙火の燃ゆるがごとくならんに 
彼(か)の観音の力を念ぜば         
声(こえ)に尋(つ)いで自ら回り去らん

雲雷(うんらい)鼓掣電(くせいでん)し 
雹(あられ)を降らし大(おおい)なる雨をそそがんに 
彼(か)の観音の力を念ぜば 
時に応じて消散することを得ん


衆生困厄(こんやく)を被(こうむ)って 
無量の苦 身を逼(せ)めんに 
観音妙智の力 
能く世間の苦を救う

神通力を具足し
広く智の方便を修して
十方の諸(もろもろ)の国土に
刹(くに)として身を現ぜざることなし


種種(しゅじゅ)の諸(もろもろ)の悪趣 
地獄・鬼(き)・畜生 
生・老・病・死の苦 
以て漸(ようや)く悉(ことごと)く滅せしむ
真観・清浄観 廣大智慧観 悲観及び慈観あり
常に願い常に譫仰(せんごう)すべし


無垢清浄の光あって 
慧日諸(もろもろ)の闇を破(は)し 
能く災(さい)の風火を伏(ぶく)して 
普(あまね)く明らかに世間を照らす

悲体の戒 雷震のごとく 
慈意の妙 大雲のごとく 
甘露の法雨をそそぎ 
煩悩の焔(ほのお)を滅除す

諍訟(じょうしょう)して官処を経(へ) 
軍陣の中に怖畏せんに 
彼の観音の力を念ぜば 
衆(もろもろ)の怨(あだ)悉(ことごと)く退散せん

妙音観世音 
梵音海潮音 
勝彼世間音あり 
是の故に須(すべか)らく常に念ずべし

念念に疑いを生ずることなかれ 
観世音浄聖(じょうしょう)は 
苦悩・死厄において 
能く為に依怙(えこ)と作れり

一切の功徳を具して 
慈眼をもって衆生を視る 
福聚(ふくじゅ)の海無量なり 
是の故に頂礼すべし


爾(そ)の時に持地菩薩 即ち座より起って 前(すす)んで仏に白(もう)して言(もう)さく 
世尊 若し衆生あって 是の観世音菩薩品の 自在の業・普門示現の神通力を聞かん者は、
当(まさ)に知るべし 是の人の功徳少からじ。
仏是の普門品を説きたもう時、衆中の八万四千の衆生、皆無等等の阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)の心を発(おこ)しき。





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