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二宮先生語録 巻の1【1】~【77】

二宮先生語録 巻の1【1】~【77】
 
【一】混沌清濁を分ち、内に開け天地と為り、日月運行し、陰陽循環し、寒暑往来し、風雲雨露雪霜を致して、未だ万物を生ぜざる者幾万歳、是れ蓋し神世なり。春夏雨露の潤す所、始めて莓苔(こけ)を生じ、秋冬雪霜降れば即ち滅す。歳々生滅して其の滋潤する所、草木以て生ず。虫魚以て生ず。禽獣以て生ず。人類以て生ず。其の間又未だ幾万歳を知らざるなり。蓋し小なる者先に生じ、大なる者後に生ず、何となれば則ち莓苔生じて草生じ、草生じて竹木生ず。蚯蚓生じて蛙生じ、蛙生じて蛇生ず。春魚生じて鰯生ず。鰯生じて鯨生ず。雀生じて鸇生じ、鸇生じてワシ生ず。鼠生じて猫生ず。猫生じて豺生ず。草木虫魚禽獣既に生じて、人類以て生ず。則ち草木、虫魚、禽獣を以て、衣食と為し、僅かに飢寒を支え、人道未だ立ざるもの、亦幾万歳。神聖作有、五穀九菜の種を撰び、湿地を墾き田と為し、乾地を墾き圃と為し、以て稼穡(農業)の道を教へ、然る後、五穀以て熟し、食物以て足る。是に於てか、父子夫婦長幼朋友の道を立て、人道以て定まる。然り而して凶暴は其の道を壊し、以て民害を為す。神聖乃ち衆を率い之を膺ち之を懲し以て農者を護る。是於か、君臣の道立ち、五倫の教備はる。蓋し天地開闢、一気両間に満る。譬雨水防虞缸(防火用水桶)に満るが如く、一気動て風を生じ、風生じて雲を起し、雲起て雨を降し、其の滋潤する所莓苔先生じて、万物漸をもって生ずる者、なは防虞水先孑孑蟲生じて後朱魚を生ずるごとくなり。嗚呼一気両間に満る、是を神高天に在りと謂ふ。一気以て万物を生ずる。是を神道と謂ふ。独り皇国のみ然るに非るなり。外国皆然り。然らば則ち万国も亦神道を以て之闢なり。周孔儒道を称し、釈氏仏法を説ごとき、抑々後世なり。是により之を観れば、神道は根本にして儒・仏は枝葉なり。豈枝葉に騖て根本を忘るべけんや。
【二】独り山野に生じて、左右人無ければ、則ち飢えて食ひ、渇して飲み、労して寝ね、寤て起き、巣居穴処、以て一身を養うのみ。又他に求る無し。是れ自然なり。然(しか)して今日得る所を以て之を明日に推し、今月得る所を以て之を明月に譲り、今年得る所を以て之を明年に貽る。是れ人道なり。天祖推譲を以て人道を立つ。故に茫茫たる葦原富饒の邦と為る。然(しか)る後儒仏の学もまた政教を裨補す。既にして其の学蔓延し、遂に天祖開国の道を湮滅するに至る。譬ば落ち葉積んで以て山径を滅する如くなり。嗚呼天祖の道殆んど滅して、世に見はれざるや久し。我其の落葉を披き、天祖開国の蹤跡を観察し、以て荒蕪を墾き廃国を興すの法を設く。苟も我が法に頼らば、則ち其の荒廃を挙ぐるや難からず。
【三】天祖開国の術、蓋し譲道に在るのみ。我が開墾の法、一両金を以て蕪田一段を墾き、産粟一石。之を食ひて譲る無ければ、則ち百歳を経と雖も、其の田、一段に止まるのみ。若し其の九斗を食ひ其の一斗を譲り、開墾法の如くせば、則ち一周度の積、其の数若干。或はその二斗を譲り、或は三斗より五斗に至れば、則ちその数益々大。天下の荒蕪、以て挙ぐべく、是れ則ち天祖開国の術なり。嗟乎鴻荒の世、貨幣を貨幣を論ずる無し。耒耜鋤鎌もまた備わらず。然れども一譲道をもってせば、則ち之を闢き難からず。況んや器財全備の今世に於てをや。其の荒蕪を墾き、廃国を興す、又何の難き之有らん。
【四】草木春生じて秋実り、禽獣期年に一産す。是れ気運の常道なり。而して其の生活を為すや、唯々食を奪ふのみ。大木横に枝葉を長じ、小木の長ずる能はざるに管せず。小木、大木の枯槁を遲て以て長ず。禽獣の相食む。強弱を食み、大小を食む。草木禽獣相奪て譲る無し。故(ゆゑ)に止一幹一身を養ふのみ。人も亦奪て譲らざれば、則ち草木禽獣と異なる無し。天祖之を哀み、推譲の道を立つ。乃ち一粒粟を推し、以て播けば則ち百倍の利を生じ、一人耕せば、則ち数口を養ふ。是に於てか、人道以て立ち、国家以て安し。嗚呼、大なる哉、推譲の道為るや、書に曰く、允に恭しく克く譲ると。此れ堯徳を賛する語なり。其の全章字眼、一譲字に在り。若し奪字を以て之に易えば、則ち何の聖徳か之有らん。然らば則ち人の道たる。豈推譲に過ぐる者有らんや。
【5】鳥獣生まれて毛羽有り、爪牙有り。もって雨露をおかすべく、もって寒暑をふせぐべく、もって草木を食むべく、もって噬搏をなす。僅かにもって生活す。人はすなわちしからず。生まれて毛羽無く、また爪牙無し。ゆえに衣服にあらざればすなわち寒暑をふせぐあたわず。居室にあらざれば、すなわち雨露をかばうあたわず。粒食にあらざれば、すなわち生命を養うあたわず。いやしくも衣・食・居の3つによらざれば、すなわち生活を全うするあたわざるなり。神聖そのかくのごときを哀れみ、衣・食・居の道を創し、布帛を製し、もって衣服をつくり、原野を墾き、もって百穀を産し、竹木を伐り、もって居室を作り、その生活を全うせしむ。ああ、毛羽・爪牙無くして、泰然その生活を全うする者、神聖の賜ものなり。しかりといえども勤むればすなわち富んで楽しみ、惰ればすなわち貧しうして苦しむ。人たる者、いずくんぞ勤めざるを得ん。もしそれ放懶怠惰自ら貧苦に陥る者、神聖の罪人というべし。神聖の罪人たる者、よろしく当に裸身・露宿・草食すべきなり。いやすくも衣を服し粒を食らい、すなわち必ず当に謹み神聖の賜ものを奉ずべし。務めて衣・食・居をおさむ。あに一日も懈(おこた)るべしや。
【六】天下は天下の秩(俸禄)有り。一国は一国の秩有り。一郡は一郡の秩有り。一村は一村の秩有り。一家は一家の秩有り。是れ自然の天分なり。天分に因り以て用度を制す。是を分度と謂ふ。叔世(末世)奢侈を趁て分度を守る者鮮し。苟くも分度を守らざれば、則ち大国を有つも、猶ほ且つ足らず。況んや分度を知らざる者に於てをや。四海を有つも、亦其の不足を補ふ能はざるなり。何ぞや天分限有り。奢費窮りなければなり。夫れ分度の国家に於る、猶ほ家屋の基礎に於る如くなり。基礎有て後、家屋営造すべきなり。分度を制して後、国家経理すべきなり。苟くも分を守り度を謹まば、則ち余財日に生じ、以て国を富まし民を安んずなり。
【八】一万石の国、租入一万俵。これ天分なり。則ち之を四分し以(もつ)て其の七千五百苞を以(もつ)て国費に充て、其の二千五百苞を以て儲積(貯蓄)と為す者、王政の法なり。苟(いや)しくも此の法を守らば則ち国計優隆。膏沢民に下り、其の国必ず富強。復た貧弱の患ひ無し。若し一万苞の入を以て一万一千苞の出を為さば、則ち其の奢費分内を腐食する。な猶ほ萊菔(大根)創口(傷ぐち)より腐敗するごとく、負債日に生じ、田野月に蕪し、租入年に減じ、その極や、租額半ばを減ずるに至る。是れの時に当り、猶ほ萊菔生肉より断じ、以てその腐敗を止むるごとく、見額五千苞を以て分と為し、以てその三千七百苞俵を以て国費に充て、以て其の一千二百五十苞を以て負債を償ひ、蕪田を墾き、貧民を恤まば、則ち租額旧に復するも亦難きに非るなり。若し五千苞の入を以て、五千五百苞の出を為さば、則ちその国必ず貧弱。 遂に亡滅に至る。
【九】国家の盛衰貧富は分度を守ると分度を失うとに生ず。分度を守れば則(すなは)ち盛富を致し、分度を失えば則(すなは)ち衰貧に陥る。国家衰貧に陥るや、仮貸(借金)と聚斂(徴税)とを以て国用を補ふ者。叔世(末世)の弊なり。農夫粟を得んと欲せば則ち粟を種へ、麦を得んと欲せば麦を種へ、耕耨力を尽くし、成熟を待て後之を穫る。若し夫れ冬にして麦を種へず、夏に至り之を穫らんと欲し、夏にして粟を種へず、秋に至り之を穫らんと欲す。得べからざるなり。夏に当り、麦を穫るを得ずんば、宜しく粟を種ゆべし。秋に当り、粟を穫るを得ずんば、宜しく麦を種ゆべし。然らば則ち孟夏の麦、季秋の粟、必ず之を穫るを得ん。国君分度を失ひ、衰貧に陥り、聚斂以て富を得んと欲す。是れ即ち種へずして穫んと欲するなり。豈其れ得べけんや。宜しく分度を守り、貧民を恵み、荒蕪を墾くべし。荒蕪を墾けば則ち田野治まる。田野治まれば則ち租額益して国富む。衰国の君、其の慮此に及ばず。恵民墾荒を迂と為し、聚斂加租を急と為す。是れ豈種へずして穫んと欲するのみならんや。又猶ほ客戸炊時に臨み白米を沽ふごとくなり。夫れ米粟、米商に成る者に非ず。稼穡(農業)の艱難を経て後成る。租額徒に益すべき者に非ず。貧民を恵み、荒蕪を墾きて、而る後益す。嗚呼、種へずして穫らんと欲し、炊時に臨み、白米を沽ふごとき、是れ豈国君の道ならんや。
【一〇】万石の国、租額万苞、是れ通国の税則なり。政教陵夷田野治まらざれば、則ち其の租額稍減じ、八千苞と為る。則ち二千苞足らず。是れ其の国の病患なり。其の病患を救ふの道、聖経に存す。聖経の実、我が法に存す。何を我が法と謂ふ。天分に随ひ用度を制し謹み分度を守り、度外の財を以て民を恵み、荒を墾く、是れなり。民を恵み、荒を墾けば、則ち田野治まる。田野治まれば則ち租額旧に復す。

【一一】陰陽鈞く合して万物生ず。 人の体たる、熱に非ず、寒に非ず、鈞く水火に合して成る者なり。 故に水足らざれば則ち熱を病み、火足らざれば則ち寒を病む。之を飯を炊くに譬ふ。 水多ければ則ち糜(おかゆ)、火多ければ則ち焦(おこげ)。国家の盛衰も亦然り。盛時を陽と為す。租額増して民苦しむ。衰時を陰となす。租額減じて君苦しむ。倶に久安の道に非ず。故に盛衰増減の租額を鈞ふし、其の中を執り、以て分度を制す。是れ陰陽鈞平、国家久安の基趾なり。
【一二】千里の路を行かんと欲する者、須らく先づ脚下を定むなり。脚下定まらざれば、則ち数歩尚行くべからず。況や千里の遠きに於てをや。人の事を行うも亦然り。脚下を定めて行わざれば、行は則ち事遂に成る無し。我が興国の道も亦然り。荒蕪負債憂ふるに足らず。唯脚下を定むるにあるのみ。何を脚下と謂ふ。分度是れなり。分度一たび定まれば、則ち荒蕪以て墾くべきなり。負債以て償ふべきなり、衰国以て興すべきなり。
【一三】堯舜の治は穆として春風の如し。其の民賞を蒙るを論ずる無く、罰を被るも亦皆生殖す。桀紂の治は凄として秋風の如し。其の民罰を被るを論ずる無く亦皆散亡す。我が法も亦春風の如し。故に民心感発、農力奮励。租額乃ち増す。譬へば苞米立夏に至れば則ち生気満ち升量を増す如きなり。是の時に当り、国家分度立たざれば則ち国用足らず。国用足らざれば、則ち仁沢を布く能はず。仁沢を布く能はざれば、則ち民心失望、農力摧折、租額乃ち減ず。譬へば苞米立秋に至れば則ち生気消して升量を減ずる如くなり。故に我が法を施すや、必ず先づ国家の分度を立つ。慎まざるべけんや。
【一四】米粒を茗盌に盛り、之を庋隅(たなの隅)に置けば、則ち立夏に及ぶや自ら溢る。是れ天地発生の気に感じ、粒粒生ぜんと欲するの気満ればなり。然して立秋至れば則ち自ら減ず。是れ天地粛殺の気に感じ、粒粒生ぜんと欲するの気消ずればなり。我が安民法の租額増減に於るも亦然り。其の始て之を一邑に施すや、租額必ず増す。是れ民心感発、全国農を勤むればなり。是の時に当り、国家分度立ざれば、則ち我が法亦廃す。苟くも我が法廃せば、則ち租額必ず減ず。是れ感発の気消し、全国農に怠ればなり。是れ我が法の分度を立つるを本と為す所以なり。
【一五】分を定め度を立つるは、我が道の本原なり。分定まり度立てば則ち分外の財生ず。猶ほ井を鑿れば則ち涌水極り無きなり。仮令其の財、僅少なるも歳々分外に生ぜば、則ち以て国を興し民を安んず。若し其れ分定まらず度立たざれば、則ち大国を有つと雖も、而かも国用足らず。乃ち聚斂誅求を以て之を補ひ、竟に衰廃に陥る。何の興国か之有らん。何の安民か之有らん。戒めざるべけんや。
【一六】国用を制するや、入るを量りて出るを為すもの、古の良法なり。叔世奢侈を競ふて国用足らず、出るを量りて入るを為す。是に於てか、征斂横出し、民、生を聊んぜず。凶歉(凶荒)一たび至れば、則ち死亡離散を免れず。田野荒蕪し、長く租入を缼く。書に曰く、四海困窮せば、天禄永く終ると。此れを之謂ふなりと。
【一七】城壕を見ればすなわち緑水湛湛。其の深さ測るべからず。実に一城の固めなり。
然れども其の原水を索れば、則ち細流に過ぎず。其の下流も亦然り。若し之を平地に行らば、則ち一派の小流。何ぞ以て要害と為すに足らん。夫れ壕水の物為るや、細流を以て入り、盈ちて細流を以て出ず。故に常に満ちて乾涸の患ひ無し。我が興国の道も亦然り。国君衰時の分を守り、分外の生財、敢て之を分内に納れ、以て興国の資と為し、荒蕪を墾き貧民を振ひ、衰国興り租額復するを待ちて、而る後、盛衰平均の分に応じ、入るを量り出るを制し、謹み其の制度を守らば、則ち其の国、常に富盛し、復衰廃の患ひ無し。若し夫れ国君衰時の分を守る能はず、分外の財を併せ、之を分内に納れ、以て眼前の費に充て、衰国興り租額復するを待つ能はざれば、則ち其の国遂に衰廃の患を免る能はず。嗚呼、国家の興廃、我が道の成否、分度を守り租額復するを待つと分度を失ひ租税額復するを待つ能はざるの二途にとにあり。国君宜しく壕水を以て監戒と為すべし。
【一八】農夫の野草を刈るや、必ず先づ鎌を磨ぐ。鎌磨ざれば、則ち其の草刈るべからず。夫れ砥の鎌に於る、自ら譲りて以て其の身を損ず。故に鎌刃銛利。草刈れざる莫し。乃ち野草を以て稲梁を養ふ。故に秋収歳に増し、其の家必ず富む。我が法の国を富まし民を安んずるや、必ず先づ分度を立つ。分度立たざれば、則ち其の民安んずべからざるなり。夫れ国君の分度に於る自ら倹して以て其の身を約す。故に余財生じ仁沢降り、民安んぜざる莫し、則ち荒蕪墾け田疇易まる。故に租額歳に益し、其の国富む。
【一九】豆腐を買う者、篋中の銭を出し、樹芸を為す者、厠池の糞を出す。然らざれば、其の求むる所を得る能はざるなり。故に衰村を復せんと欲せば、則ち村長宜しく分を守り度を約し、以て余産を発すなり。廃国を興さんと欲せば、則ち国君宜しく分度を守り経費を約し、以て余財を発すべきなり。然らざれば其の衰を復し其の廃を興す能はざるなり。
【二〇】貧富は分度を守ると分度を失ふとに生ず。分度を守て漫りに分内の財を散ぜざれば、則ち富に至る。分度を失て他財を分内に納るれば、則ち貧に陥る。夫れ負債を以て分内を補ふ。譬へば石を盤水に納るゝ如し。一石を納れれば則ち一石水を減じ、十石を納れば則ち十石水を減じ、百石千石を納るれば則ち盤水皆尽く。嗚呼、負債の家産を減ずる此の如し。豈止貧に陥るのみならんや、遂に家を滅し、身を亡ふに至る。懼れざるべけんや。



【二一】伝に曰く。遠きに行く必ず邇きよりし、高きに登る必ず卑きよりすと。我が法の荒蕪を墾闢するや、一金を推し以て荒田一段を墾き、其の産粟を推し、以て循環墾闢の功を積むに在り。而して其の荒畝に従事するや、一耒(すき)一発の功を積むに在り。果して能く一耒と一段との功を積まば、則ち天下の荒蕪得て尽すべきなり。世人其の功を一耒と一段との邇きに起し、以て天下の遠きに及ぼすを悟らず。或は曰く。一耒と一段との小、為すに足らざるなり。又曰く。天下の大、企て及ぶべからざるなりと。孔子所謂知者は之に過ぎ、愚者は及ばざる者、是れ我が法の行はれざる所以か。
【二二】人食は米粟より貴き莫し。故に人其の地上に粒散するを見れば、則ち数粒と雖も之を惜しむ。然れども蕪田を見るに至れば、則ち之を惜しむ者無し。是れ他無し。平世の安きに狃て其の本を忘るればなり。夫れ蕪田一町、歳に粟十石を損す。十石は乃ち二千人一日の食なり。是れ豈地上散粒の比ならんや。地上の散粒、鳥雀之を啄む。蕪田の損粟、猶ほ之を河流に投ずるごとく、知らず識らず民命を害するなり。世人天祖原野を闢くの労を顧みず。家祖田産を成すの苦を念わず。徒に之を廃蕪に委す。其の過ち亦大ならずや。人人能く其の過ちを改め、我が開墾法に頼り、一畝一歩と雖も亦之を墾闢し務めて以て其の功を積まば、則ち上以て国恩に報ゆ。中以て身家を養うべく、下以て民食を贍(足りる)すべし。勉めざるべけんや。
【二三】人食は米粟に在るなり。米粟地に生じて、農に成る。然れども天日之を照し、雨露之を潤すに非れば、則ち成熟する能はざるなり。然らば則ち天恩地徳と農功と微りせば、一粒粟を求むと雖も而も得べからざるなり。人漠然察せず。或は以て倉厫に在りと為し、或は以て之を米商に求むれば則ち得べしと為す。思わざる甚しきなり。
【二四】天地は大父母なり。国家困窮せば、則ち大父母を頼むの外、復た他術有る莫きなり。苟も大父母を頼まば、則ち何ぞ興復せざるを憂へん。何を大父母を頼むと謂ふ。荒蕪を墾闢し、穀粟を産出する。是れなり。
【二五】吾れ我が法を創設するや、神何を道と為し、何に長、何に短。儒何を要と為し、何に益、何に損。仏何を主と為し、何に得、何に失。各々其の理を窮め、三教を合し興国安民の一大法と為す。猶ほ薬剤三味を合し一粒丸と為すごとくなり。国家衰廃の疾を患る者、之を服用せば、則ち愈へざる莫し。所謂上医は国を医する者なり。曰く、薬剤各々分量有り、如何。皇国は本なり。異域は末なり。故に神二匕を用ひ、儒仏各々一匕を用ゆ。
【二六】我が道は天子の任なり。幕府の任なり。諸侯の任なり。固より卑官小吏の任ずる所に非ず。何ぞや。国を興し民を安んじ天下を経営するの道なればなり。然りと雖も人人も亦自ら任じて行はざるを得ざる者有り。家主の家眷に於る、圃人の菜園に於る、馬夫の畜馬に於る、是れなり。之を要するに其の主司為る者にして、而る後能く以て行うべし。
【二七】東谷に猿有り。果実熟せば、則ち採て之を食ひ、唯一日の飽を求むるのみ。果実尽れば則ち飢ゆ。西谷に猿有り。果実熟せば則ち多く採て少く之を食ふ。故に果実余り有て常に飽く。是れ貧富の由て分る所なり。人東谷を見て以て猿皆餒る者と為す。又西谷を見て以て猿皆飽者と為す。山頂に登り東西二谷を周覧するに非るよりは、焉んぞ能く其の飽餒を弁ずるを得ん。然り而して其の餒て苦む者を見れば、則ち施恵の念を生じ、其の飽て楽む者を見れば、則ち受恵の念を生ず。是れ自然の情なり。施す者君となり受る者臣と為る。是れ君臣の由て分る所なり。我が法は施恵を主とす。故に君主為る者の道なり。
【二八】我が道は恕を以て要と為す。乃ち貧民の心を恕し、或は口食農器を給し、或は馬舎糞舎を給す。国君より之を見ば、則ち悉く無用に似る。然れども貧民に於ては、則ち死生存亡の係る所、一日も缼くべからざる者なり。我が助貸の法、無息の金、債主に於て何の益ぞ。亦無用に似る。然れども貧民之を得れば、則ち其の一日も缺くべからざる者を全ふし、以て其の生を安んじ、以て其の家を保つ。其の有用為る、亦大ならずや。
【二九】或人我が道を謂ひ、迂遠と為し、吾を称し迂翁と為す。吾笑て曰く、我が国万古に存して我が道万世易らず。万古に存するの国を以て、万世易らざるの道を行ふ。安んぞ之を自己一世に比し、以て迂遠と為すべしや。今や道の行はれざる、亦何ぞ憾ん。何となれば則ち天祖以来行はるゝ所の道にして、国を興し民を安んずる。此を舎て他術無ればなり。且つ夫れ人の世に在るや、六十を以て寿限と為し、専ら今日を営み今世を謀て、後世を慮る者有る莫し。然りと雖も、早飯を食へば小午と為り、中飯を炊けば下午と為り、今日忽ち明日と為り、今年忽ち明年と為り、父祖の世忽ち子孫の世と為り、百歳も亦一瞬間のみ。我が開墾法の如き、一両金を以て荒田一段を墾き、産粟一石、其の半を食ひ其の半を譲り、墾闢循環息まざれば、則ち一周度の積、墾田二十四億五千四十八万二千二百五十三町に至る。行はれざれば則ち止む。苟くも之を行はば、則ち豈之を僅僅たる一世に比し、以て迂遠と為すべけんや。
我が日夕説く所、則ち天下国家を治るの道なり。天下国家を憂るの心無き者、之を聞けば、則ち必ず苦み、一言を聞く毎に負担を加ふる如く然り。天下国家を憂る者之を聞けば、則ち必ず喜び、一言を聞く毎に、負担を卸すが如く然り。吁是れ大人に説くべくして、小人に説くべからざるなり。



【三一】易に曰く。大極両儀を生ずと。凡そ天地間の事物、対偶せざる者無し。是れ自然の理なり。人、対偶の理を弁ぜず。奇偏を執り以て事を処す。故に百挙当を得ずして、事必ず誤る。若し対偶の理を弁じ、以て事を処せば、則ち百挙当を得て、功必ず成る。国家の盛衰貧富に於る人身の進退勤惰に於る、対偶循環又自然の理なり。国家の衰廃を挙んと欲する者、能く其の理を弁じ、以て其の変に応ぜば、則ち何を為して成らざらん。若し其の理を弁ぜざれば、其の変に遇ふ毎に徒に憂戚を為さば、則ち何の成す所有ん。我が道を行う者、深く察すべし。
【三二】隣里に赴く者、中路驟雨に遇はば、必ず走り帰りて蓑笠を用ひ、或は趨り人家に入り、以て雨歇むを待つ。然らざれば則ち沾湿の患を免れざるなり。我が道を行ふ者、或は事変に遇ふ。猶ほ寒暑・風雨有るごとく、又猶ほ春生秋殺有るごとく、順逆消長、必ず免るべからざる者なり。苟も事変に遇はば、則ち驟雨に遇ふの心を存し、以て徐に之を処し、必しも駭遽措を失する莫れ。然らざれば、其の功を全うする能はざるなり。
【三三】善人は猶ほ鈍刀のごとし。奸悪を御する能はず。然れども賢主有て之を用れば、即ち善政行はれて、民安息す。悪人は猶ほ利刃のごとし。能く奸悪を御す。庸主之を用ざれば、則ち其の国を制する能はず。然れども悪制行れて民困苦す。我が興国安民法の如き、悪人を退け、善人を挙げざれば、則ち其の功を成す能はざるなり。
【三四】或は草場を侵し、或は田畔を犯す。尚ほ詞訟を起す者、衰邑の常なり。我が法を施すや、闔邑(村全体)の故業を釐革(改革)するも、亦敢て怨言を出す者莫し。是れ我が道の大為る所以なり。且つ夫れ登年猶ほ除租を乞ふも、亦衰邑の常なり。我が法を施すや、水旱に遇ふも、亦敢て乞はず。況んや登年に於てをや。是れ他無し。仁術に感動し、且つ毎戸穫有り。乞はざるも亦足ればなり。管子曰く、倉廩実て礼節を知り、衣食足て栄辱を知ると。信なるかな。
【三五】東海道を称し、大路と為す者、何ぞや。上王侯より、下士民及び瞽者(盲人)乞人牛馬に至るまで、挙て皆通行すればなり。夫れ一人行て、十人行ふ能はざる者、大道に非るなり。我が日課綯索(縄ない)法の如きは、則ち児女子と雖も、而も行ふ能はざる莫し。豈に大道に非ずや。

【三六】善人能く悪人の非を見て、善人の非を見る能はず。他無し。善に僻すればなり。悪人、能く善人の非を見て、悪人の非を見る能はず。他無し。悪に僻すればなり。貧富奢倹勤惰の類、皆然らざる無きなり。我が道を行ふ者、知らざるべからず。
【三七】数術は九九八十一に過ぎず。歩暦は表を立て、景を測り、以て節気を定るに過ぎず。仏道は色即是空、空即是色に過ぎず。儒道は己を脩めて百姓を安んずるに過ぎず。天道は四時錯行、万物生滅するに過ぎず。人道は衣食居を治むるに過ぎず。我が道は則ち分度を守り、余財を推し、荒を墾き民を救い、三才(天地人)の徳に報るに過ぎざるなり。
【三八】天地の道、万物を生滅するに在り。或人曰く、天意唯生育。然れども万物数有り。数尽て滅す。故に滅は天意に非ざるなり。夫れ天地有て陰陽有り。陽は生育を為し、陰は粛殺を為す。陰陽流行万物生滅循環息まず。天地何ぞ生滅を為す。滅さざれば則ち復た生ずる能はざればなり。生滅の理之を氷に譬ふ。氷なる者、寒気に生じ、暖気に滅す。寒暖二気固より是れ天地陰陽流行の道なり。
【三九】水火の日用に於る切と謂ふべし。然りと雖も火其の然るに任せば、則ち災と為る。之を節し之を制し、以て烹飪(煮炊き)の用を為すなり。水其の流るゝに任せば則ち害と為る。之を防じ之を堰し、以て灌漑の功を為す。然れども其の之を節し之を堰する者、其の性に反す。其の性に反せざれば、則ち其の功用を為す能はざるなり。人の行事に於るも亦然り。情欲の好む所に反し、以て其の悪む所を勤めば、則ち事必ず成る。情欲の悪む所を去り、以て其の好む所を為さば、則ち事必ず敗る。何となれば則ち其の悪む所の道心にして、其の好む所の者、人心なればなり。書に曰く、人心維れ危うく、道心維れ微と。何を人心と謂ふ。形体に発して、人欲に出ずる者、是なり。之を荒蕪に譬ふ。雑草を芟夷(刈り除く)し、墾き葘畝(開きたての田)と為す。然れば雑草日に生じ、将に復た蕪せんとす。豈危からやずや。何を道心と謂ふ。形体を離れて天理に出ずる者、是れなり。之を良田に譬ふ。深く耕し以て粟を種るも、亦耘耔(くさぎりつちかう)を務めざれば則ち荒蕪に帰す。豈に微かならずや。然らば則ち維れ危きの人心を治め、維れ微かなるの道心を拡むる。宜しく当に良農耕耘を務る。是れ我が之心田の荒蕪を墾闢するを先務と為す所以なり。我が道を行ふ者、宜しく人欲の火を制し、天理の水を灌ぎ、以て心田を治むべきなり。
【四〇】王道を行へば則ち王者。安んぞ復た王名を求めん。覇道を行へば則ち覇者。安んぞ復た覇名を辞せん。富道を行へば則ち富者。安んぞ復た富名を好まん。貧道を行へば則ち貧者。安んぞ復た貧名を悪まん。此に一圃有。茄を種れば則ち茄圃。瓜を種れば則ち瓜圃。此にに一桶有り。水を盛れば則ち水桶。糞を盛れば則ち糞桶。此に一人有り。他財を借り以て優かに之を用ゆ。宛も富者に似る。是れ猶ほ茄を種ずして之を茄圃と謂ひ、水を盛らずして之を水桶と謂ふごとくなり。焉んぞ能く富名を得ん。苟も富名を得るを要せば、則宜しく富者の道を行うべきなり。我が之興国安民の道に於るも亦然り。其の実を行はば則ち其の名あり。其の実を行はざれば、徒に其の名を求む。何の興国か之有らん。何の安民か之有らん。二、三子其れ之を察せよ。

【四一】人の世に在る。或は陟(用いる)。或は黜(退ける)。或は賞。或は罰。是れ一朝一夕の故に非ず。然れども其の故を知る者鮮し。身を修め以て勤める者陟。儀を失ひ以て惰る者黜。功有れば則ち賞。過ち有れば則ち罰。善積て福を得、悪積て禍を得。是れ猶ほ粟を播て粟生じ、稗を播て稗生ずるなり。夫れ粟を播て以て牌子を附し、稗を播て以て牌子を附し、其の発生を験せば。粟稗必ず差はず。善を為して以て牌子を附し、悪を為して以て牌子を附し、其の報応を験せば則ち禍福必ず爽はず。
【四二】人臣為る者、君の信任を得んと欲せば、宜しく身を修め道を守り、小官を辞せず。以て勤労に服すなり。夫れ此の如くにして君に獲れざるも、敢て以て怨みず。誠に能く其の勤労を尽さば、則ち其の信任を得る必なり。これを白瓜を芸るに譬ふ。逆じめ其の実を結ぶを料らずして、専らその根に培ひ以て其の茎を長ぜば、則ち其の実を結ぶ必なり。世人勤労に服せず、徒に官達を求む。是れ培はずして実を求むるなり。豈其れ得べけんや。
【四三】邦道有れば、則ち賢者位に在り。能者職に在り。今や、国家治安。有道の世と謂ふべし。然して処士官を得ざれば、輙ち曰ふ明君無しと。豈謬らずや。薯蕷(山芋)藪に在り。人知りて之を取る。鰻・鰌泥に在り。人知りて之を取る。薯蕷・鰻鰌、藪・泥中に在りと雖も、而も人の取る所と為る。何ぞや。人を養ふの徳有ればなり。君相(君主や宰相)の挙錯用舎を為す。之を果実を買うに譬ふ。其の熟し、且つ傷無き者を撰び之を取る。其の之を食するや、若し熟せざる者に遇へば、必ず之を吐く。直ひ僅か数銭の果尚此の如し。況んや貴重の人に於てをや。然らば則ち挙錯用舎、君相に在ずして、自己に在るなり。人宜しく君相の明暗を論ぜずして自己の賢愚を察すべきなり。苟も孜々(たゆまずつとめて)身を修め、亹亹善を行はば、挙用無きを欲すと雖も、得べからざるなり。
【四四】古人言へる有り曰く。政農功の如しと。農夫の荒蕪を墾くや、一耒(すき)一発毎に、草を反し以て土を覆う。一耒より十百千耒に至り、白田乃ち成る。然りと雖も草の生ずる止む時無し。農夫能く耘耔を務め、敢て以て怠らず。農功乃ち成る。民情悪に趨く。猶ほ白田草を生ずる如くなり。政教以て之を化し、又従で之を振恵す。治功乃ち成る。庸吏未だ嘗て民を教へず。之を軽んじ之を賤しみ頑愚教るに足らずと為す。亦謬らざるや、苟も農功に法り厚く政教を施さば則ち何の頑愚か之有らん。
【四五】人を箴んと欲せば、則ち須らく先づ自ら警しむべし。先づ我が道心を以て我が人心を警め、我が人心肯んぜば、乃ち以て人を箴むべきなり。夫れ道心と人心と方寸の間に雑はり、頃くも相離れざる者なり。頃くも相離れずして之を警しむる。尚且つ肯んぜずんば、縦ひ人を箴るも、其れ将た執か肯んぜん。且つ我が人心の酒色に於る我が身を亡ぼす所以なり。而して沈湎(おぼれる)荒耽。敢て之を箴ず、豈止箴めざらんや。其の人心に阿り淫蕩止まず。惑るの甚だしき者なり。人宜しく其の惑いを弁じ、各々自ら道心を以て人心を警しむなり。十人自ら警しめば十人以て修り、100人自ら警しめば100人もって修り、千万人自ら警しめば千万人以て修まる。是れ天下の福なり。
【四六】賢者の賢者為る所以の者、愚者有る故なり。人皆賢ならば則ち賢名無く、人皆愚ならば則ち愚名無し。賢愚本一体。故に賢有れば則ち愚無き能はず。愚有れば則ち賢無き能はず。賢の愚に於る、猶ほ斧の柄に於るごとくなり。斧の用を為す、柄有るを以てなり。賢の名を為す、愚有るを以てなり。人宜く賢愚一体の理を悟り、賢者愚を養ひ、愚者賢に従ふべし。孟子曰く、中や不中を養ひ、才や不才を養ふと。此れを之謂ふなり。
【四七】君子は君子を友とす。故に益々善に進む。小人は小人を友とす。故に益々悪に陥る。夫れ禽獣は猟夫を懼れ、小人は君子を畏る。畏るれば則ち近かず。近かざれば則ち之を如何ともする末し。小人にして君子を友とせば、則ち善に遷るべきなり。昔殷紂の不善、其の甚しきに至る者、他無し。小人を友とする故なり。三仁有りと雖も、下位に在り。故に之を如何する末し。もし三仁上に在り、紂之に友事せば、則ち豈其の甚きに至らんや。
【四八】人宜く自ら思ふべし。天何の故に我が身を生ず。君師と作す為か、臣民と作す為か、農工商賈と作す為か。邦家を治むる為か。邑里を理むる為か。抑々邦家を乱し邑里を擾す為か。宜く諸を我が心に問ひ、諸を吾が心に答ふべし。終日食はず、終夜寐ず以て思ふも、亦安んぞ能く之を答ふるを得ん。乃ち父母我を生むと曰ふの外、豈他言有んや。然らば則ち父母に孝事し、善く其の業を継ぐの外、豈亦他道有んや。
【四九】千石の邑、百戸の民、之を均ふせば、則ち一戸十石、是れ天分なり。天分十石、各々之を倍し二十石と為さんと欲す、是れ猶ほ明年薪を伐り今年之を焚んと欲するごとく、決して為し難きの事なり。若し夫れ天分十石、各々之を節約し、以て其の五石を譲る、是れ猶ほ今年薪を伐り明年之を焚くごとく、甚だ為し易きの事なり。故に天分を弁じて、其の為し易きの事を為さば、則ち人足り戸富み、其の邑必ず盛ん。天分を弁ぜずして、其の為し難きの事を為さば、則ち人乏く戸貧く、其の邑必ず衰ふ。嗚呼、盛衰貧富の得失斯の如し。邑民何を苦て、易へ難きの天分を弁じ、以て為し易きの譲道を行はざるや。
【五〇】天下の物、水より平なる莫し。今夫れ千石百石の邑、均く之を分てば、則ち一戸十石、是れ則ち天分。猶ほ水の平なるごとくなり。而して其の十五石を有つ者を大と為し富と為す。是れ猶ほ水上に出るごとくなり。其の五石を有つ者を小と為し貧と為す。是れ猶ほ水中に没するごとくなり。天分十石の邑に居り、五石を増し以て水上を出て楽む者、何ぞや。五石を減じ以て水中に没して苦む者有る故なり。大小貧富固と同体。宜く当に同体の理を弁じ、富者余財を推し貧者を恤み、貧者余力を勤め其の恩に報ゆべし。夫れ是の如んば、則ち大小貧富其の均平を得。倶に水面に浮び、以て其の生を楽む。是れ国家治安の本なり。

【五一】一村の富村長に帰す。村長富に居て足るを知らざれば、則ち小農立つ能はず。小農立つ能はずんば、村長独り其の富を保んや。之を混堂(浴場)、浴を具ふに譬ふ。其の湯劣かに壮者の身に中す。壮者之を憂ひ、掬し以て之を肩に潑かば、則ち徒に湯を費すのみ。遂に其の身を煖るを得ず。若し其の湯を倍せば則ち小童浴するを得ず。是れに於て壮者身を屈せば、則ち湯自づから肩に及び、小童も亦浴するを得。長幼倶に温煖を得るなり。村長為る者、善く此の理を察し、田二百石を有つ者、百石に屈し、百石を有つ者、五十石に屈し、以て家道を経理し、以て其の余財を推さば、則ち余沢小農に及て、貧富倶に飽煖を得るなり。則ち一村坐して治むべし。
【五二】衰邑の貧民、終日懶惰、負債以て酒食に給し、毎に意の如くならざるを以て憂ひと為す。儻し僥倖を得れば則ち喜び、俄に窮困に迫れば則ち戚ひ、常に成り難きを求む。猶ほ明日索を綯ひ今日之を用んと欲するごときなり。故に終身其の求む所を得る能はず。遂に窮困流離に至る。而して其の民を治る者村長なり。村長も亦分度を守り、余財を推し貧民を恤むの道を知らず。富貴に之耽り、奢侈に之誇り、負債日に生じ、家道月に窮し、終に家を滅し、身を亡ぶに至る。貧民と以て異なる無し。哀まざるべけんや。若し夫れ村長分度を守り、節倹を務め、余財を推し、貧民を恤まば、則ち貧民其の余沢に沐し、惰を改め善に遷り、村長を親む、猶ほ父母のごとく、孝弟義信の俗、以て起るべし。則ち一村治むるに足らず。一国も亦治むべきなり。
【五三】小民求る所其の行ふ所に反す。故に得る能はず。之を播種に譬ふ。稗を播けば則ち稗生じ、粟を播けば則ち粟生ず。悪を為せば則ち禍来り、善を為せば則ち福来る。是れ理の常なり。今夫れ稗を播て粟を求め、悪を為して以て福を求む。豈其れ得べけんや。夫れ稗を播て稗生じ、悪を為して禍来る。是れ其の行ふ所に因て其の求る所を得る者と謂ふべし。其の報応毫釐爽かはず。之を神明の冥護と謂ふも亦可なり。小民宜く此の理を弁じ、粟を得んと欲せば則ち粟を播き、福を得んと欲せば則ち善を行ふなり。詩に曰く、永く言ふて命に配す。自ら多福を求むと。是れを之謂ふなり。
【五四】木傷けば則ち木中の水液輻輳し以て之を癒す。然らずんば則ち傷口腐食。木心為に朽ち、遂に以て枯槁す。一家の負債に於るも亦然り。須らく挙家親戚心を協ひ力を勠はせ、以て其の債を償ふ。然らざれば則ち利息倍蓰。一家為に斃る。一村の貧戸に於るも亦然り。須く闔村聚議。以て其の貧を振ふ。然らざれば、則ち一戸斃れて戸口減じ、田畝荒蕪し、終に一村の患となる、。察せざるべけんや。
【五五】家を興さんと欲する者、宜く家具什器を購蔵すべからず。必用の時に臨み、之隣人に借るべきなり。若し耕さんと欲して鍬無きも亦宜く之を借るべし。隣人も亦耕すと曰はゞ、則ち励精之を助耕し、速に其の畝を畢へ、然る後我が圃(はたけ)を耕す。夜に及ぶも亦可。是れ則ち家を興すの道なり。然りと雖も、終始之を借るを以て是と為すも、亦貧を免る能はざる所以なり。其の之を借るより、僱と為り銭を得て以て鍬を買ふに如くは莫し。是れ一日の僱を以て其の鍬我が有と為る。凡そ貧を免れ富を致すの術、此の理を拡充するに在るのみ。
【五六】勤倹富を致し、怠奢貧を致す。自然の勢なり。其の富を致すや、祖先の勤倹に由る。其の貧を致すや、子孫の怠奢に由る。子孫為る者、祖先の勤倹を忘れ、日に怠奢に趨き、衣食を美にし、或は居室を飾り、或は曲芸を学び、或は遊蕩に耽り、終に貧に陥る。是れ怠奢の塵芥を積て、以て勤倹の宝玉を堙滅するなり。其の塵芥を掃ひ、以て其の宝玉を見はすに非れば、則ち以て貧を免る能はざるなり。苟くも子孫怠奢の弊を革め、以て祖先勤倹の道に復せば、則ち其の貧を免がれ其の富に復す何か有ん。
【五七】人の子為る者、父祖の業を卑しみ、其の家法を易ふ。是れ家を敗るの兆なり。夫れ天日の其の家を照すや、朝陽東方よりし、夕陽西方よりす。其の父祖勤倹艱苦、以て其の家を興す。猶ほ朝陽の升るごとく、其の子放逸奢侈、以て其の家を敗る。猶ほ夕陽の舂くごとし。而して其の子曰ふ。日西方より照す。父祖何ぞ之を東方よりすと謂ふやと。殊に居処の差へるを知らず。乃ち其の家法を隘(せまい)とし、其の什器を陋(いやしい)とし、自ら世業を易へ、専ら侈靡(奢りになびく)に誇り、負債日に加り、遂に貧困に陥る。孔子所謂愚にして自用を好み、賎にして自専を好み、烖ひ其の身に及ぶ者、戒めざるべけんや。
【五八】貧者分力を弁へず、妄りに富者を羨み、以て之に效はんと欲す。譬へば梁無きの河を隔て、前岸の行楽を望み、之と倶にせんと欲する如くなり。其の梁無きを弁へず、前岸人に従はんと欲せば、則ち必ず溺る。其の分力を弁へず、富者に效んと欲せば、則ち必ず亡ぶ。人若し富者に效んと欲せば、須く先づ富を得るの梁を架すべし。何を富を得るの梁と謂ふ。守分と勤倹と是れなり。
【五九】貧民助貸に頼り家を興して、復貧困に陥る者有り。是れ他無し。往日の貧困を忘れて、今日飽煖に之耽ればなり。夫れ唯飽煖に之耽る。故に今日の福を甘んじて、後日の禍を慮らず。今日に在て、後日を慮らざる者、小人の通患なり。余故に既往の得失を掲げ、以て将来の貧富を著はし、較然知り易からしむ。夫れ往日善を積めば、則ち今日福を得。財を施す之を善と謂ふ。施す者徳を得。受る者徳を失ふ。徳を得る者其の家を保ち、徳を失ふ者其の身を滅す。此れ理の必然なり。然らば則ち助貸の徳に頼り、以て其の家を興す者、宜く往日の貧困と今日の飽煖とを思ひ、徳を以て徳に報ゆべきなり。徳を以て徳を報ひば、則ち其の福施て子孫に及ぶ。豈復貧困に陥るの患ひ有んや。徳を以て徳に報ひざれば、則ち其の福一身に止り、子孫に及ばず。譬へば妻を娶て其の夫を見ざる如くなり。察せざるべけんや。
【六〇】稲苗を種る者、直に其の実りを穫べからず。春耕夏耘、灌培具に至り、然る後秋実を穫るなり。助貸を以て田を購ふ者、其の田直に我が有と為らず。或は五年、或は七年、或は十年、之を償完し、然る後我が有と為るなり。小民此の理を知らず。一たび田を購へば、則ち以て我が有と為し、直に其の利齎(齎はもたらす)を私し、或は馬を買ひ屋を修め、或は壻を納れ婦を娶る。是の如き者、必ず其の田を失ふ。農夫秋実を得れば、則ち先づ賦税を輸し、然る後其の余贏我が有となり、助貸を以て田を得る者、其の利贏を以て之を償完し、且つ其の恩を報ひ、然る後其の田我が有と為る。若し夫れ秋実を得て賦税を輸さざれば、則ち其の責必ず至り、助貸を得て償完せざれば、則ち其の田必ず失ふ。譬へば魚を食ふ如し。其の之を得るを喜び、骨を去らずして之を食へば、則ち骨鯁(喉に刺さった魚の骨)に苦み、以て死に至る。豈戒慎せざるべけんや。

【六一】人の世に在る、覆幬の恩と至治の沢とに頼るなり。然して各々自ら家を富し、衣食を饒にし、唯奢侈に之耽り、更に其の恩沢に頼るを知らず。是れ猶ほ魚鼈海中に遊泳し、其の水を知らざるごとくなり。夫れ其の恩沢を忘るゝ者、貧窮の本にして、其の恩沢を念ふ者富饒の本なり。其の本を思て以て勤むれば、則ち衣食足り、室家和ぎ、親戚睦く郷党悦び、永く其の家を保つ。其の本を忘れて以て怠れば、則ち衣食乏く、室家鬩ぎ、親戚離れ、郷党怨み、遂に其の家を亡す。嗚呼其の恩沢豈一日も諼るべけんや。
【六二】凡そ人為る者、父母兄弟妻子無き能はず。乃ち衣食居の道、一日も無るべからざるなり。夫れ一家を治るや、易きに似て難し。伝に曰く、一家仁なれば一国仁に興り、一家譲なれば一国譲に興ると。仁譲は国家を治るの本なり。人の初めて生るゝや、生るゝ所以の恩無き能はず。其の既に長ずるや、長ずる所以の徳無き能はず。其の恩を念ひ其の徳に報る者、人の道なり。才学、技芸、田禄、職業皆是れ一家を経理する所以の資なり。其の資財を私し、独り之を一家に用て、之を人に推さざれば、則ち何の仁譲か之有ん。其の分内を約し以て余財を生じ、之を推し、以て人を済ふ。此れを之仁譲と謂ふ。則ち我が生長の恩愛に報るなり。王侯之を行ひ、士民之に効はゞ則ち天下太平。
【六三】善悪必ず応報有り。父祖善を為し、子孫福を受く。猶ほ春種の秋収有るごとくなり。而して其の善大なれば則ち其の報長く、其の善小なれば則ち其の報短し。猶ほ醃菜の塩多き者、数月を保ち、塩少き者数旬を保たざるごとくなり。父祖不善を為し、子孫禍に遭うも亦然り。禍福固より我が能く為す所に非ざるなり。釈氏は則ち之を因果と謂ふ。其の理を知んと欲せば、請ふ、夫の菜圃を見よ。菜蔬滋殖して美花を発し美実を結ぶ者、何ぞや。之を培養する者有ればなり。父祖築く所の室に居り、父祖遺す所の禄を襲ぎ、父祖貽す所の徳に浴し、以て安富を得て、之を報る所以を思はず。或は以て我が才力父祖過ぐと為す。豈謬らずや。夫れ春にして種ずんば、安んぞ秋収を得ん。父祖にして善を為さずんば、子孫安んぞ福を得ん。宜く我が福を得る所以の本を思ふべし。身を修め倹を守り、施を勤め善を積み、以て徳を子孫に遺すなり。易に曰く、積善の家、必ず余慶有り。積不善の家、必ず余殃有りと。嗚呼善悪報応影響の如し。戒慎せざるべけんや。
【六四】過去を回顧すれば、則ち当に恩を受て報ひざる有るべし。又当に徳を受て酬ひざる有るべし。其の報酬を思はざる者、必ず過去の恩を忘れて目前の徳を貪る。故に貧賤其の身を離れず。其の報酬を思ふ者、過去の徳を記して目前の徳を徼めず。故に富貴其の身を離れず。何となれば則ち其の恩に報ひ其の徳に酬る者、百行の本、万善の原なればなり。夫れ我が百体自由を得る者、父母の恩なり。其の恩に報る、之を孝と謂ふ。禄位有り、以て人の敬する所と為る者、君の恩なり。其の恩に報る、之を忠と謂ふ。我が田を田とし、我が宅を宅とし、以て父母妻子を保んずる者、治世の恩なり。其の恩に報る、之を租を輸すと謂ふ。五穀九菜を産出し、以て身を養ひ生を安んずる者、田畝の徳なり。其の徳に酬る、之を力農と謂ふ。日用の物品、随て求むれば随て得る者、商賈の徳なり。其の徳に酬る、之を直を償ふと謂ふ。仮貸以て用を足す者、債者の徳なり。其の徳に酬る、之を息を還すと謂ふ。其の余枚挙すべからず。然らば則ち人道は、其の恩に報ひ、其の徳に酬るの名なり。人為る者、豈其の報酬を勉めざるべけんや。
【六五】鳥獣の生を為す。飛走食を求め、一日も休するを得ざるなり。鴻荒の世、人類も亦然り。寒暑風雨奔走辛苦。一日も息ふを得ざるなり。今や国家治安、貨財人世に満つ。猶ほ海水波瀾を為すなり。此の時に生るゝ者、勤むれば則ち必ず富を致す。何となれば、農を勤むれば則ち穀を得、之を糶すれば、則ち金を得。金穀有れば、則ち美衣鮮食を論ずる無し。凡そ其の欲する所、随て求れば随て得。此の時に当り、遊惰放逸、常に貧窮を訴る者、猶ほ海中に在て渇を呼び、廩中に在りて飢を叫ぶごとし。是れ則ち貨財の漂はす所と為る者なり。察せざるべけんや。
【六六】天下の貨財は猶ほ風のごとくなり。風は天地に塞る者なり。故に之を扇ぐに折扇を以てすれば、則ち折扇に応ずるの風を生じ、団扇を以てすれば、則ち団扇に応ずるの風を生じ、颺扇を以てすれば、則ち颺扇に応ずるの風を生ず。其の之を扇ぐや、休すと雖も、而も其の風、天地に滅せず。更に扇げば更に生ず。貨財は人世に満る者なり。故に豆腐戸を営めば、則ち豆腐戸に応ずるの財を得、醸酒家を営めば、則ち醸酒家に応ずるの財を得、段匹商を営めば、則ち段匹商に応ずるの財を得、其の之を営むや、休すと雖も、而も其の財人の世に滅せず。更に営めば更に得。
【六七】耕穫・織紝を勤めて、以て衣食を製し、倹を守り約に居る者、常に貧者に存す。耕穫を勤めずして衣食を得、奢り且つ怠る者、常に富者に存す。之を水器に譬ふ。水器傾けば則ち卑高をなす。卑を貧と為し、高を富と為す。卑は則ち愚の如く、高は則ち賢に似る。然れども器中の水、卑に近く、高に遠し。是れ天道の倹勤に近づき奢怠に遠ざかる所以なり。故に倹勤愚の如しと雖も、而も其の為す所必ず成る。奢怠賢に似ると雖も、而も其の為す所必ず敗る。是れ倹勤富に至り、奢怠貧に陥るなり。易に曰く、天道盈るを虧て謙に益すと。此れを之謂ふなり。
【六八】樹木を植るや、三十年を経ざれば、則ち材を成さず。宜く後世の為に之を植ゆべきなり。今日用る所の材木、則ち前人の植る所、然らば則ち安ぞ後人の為に之を植ざるを得ん。夫れ禽獣は今日の食を貪るのみ。人にして徒に目前の利を謀らば、則ち禽獣と奚んぞ択んや。人の人たる所以は、推譲に在るなり。粒粟此に一有り。直に之を食へば、則ち止一粒のみ。若し推して以て之を種へ、秋実を待て食へば、則ち百粒を食ふも、猶ほ且つ余り有り。是れ則ち万世不易の人道なり。
【六九】勤苦分外に進めば、則ち富貴其の中に在り。遊楽分外に進めば、則ち貧賤其の中に在り。勤苦分外に進む者譲なり。遊楽分外に進む者奪なり。貴賎貧富の得失、譲奪二途に在るのみ。聖賢説く所、其の意斯に存す。畢世聖経賢伝を誦するも、亦其の要斯に在り。
【七〇】心を貧に処けば、則ち富を得。心を富に処けば、則ち貧と為る。田産百石を有つ者、五十石の貧に処れば、則ち巨産の富を得。田産五十石を有つ者、百石の富に処れば、即ち無産の貧と為る。
【七一】秋江に漁せんと欲する者、網を夏日に結ばざれば、則ち能はざるなり。春田に壅んと欲する者、落葉を冬日に筢ざれば、則ち能はざるなり。秋穫を得んと欲する者、耕耘を春夏に勤めざれば、則ち能はざるなり。伝に曰く、事予めすれば、則ち立つ。予めせざれば、則ち廃ると。是れ之を謂ふなり。
【七二】食を炊く。宜く少爨にすべし。多爨に宜らず。若し足らざれば、則ち復爨ぐべし。薪を焚く。宜く少運にすべし。多運に宜らず。若し足らざれば、則ち復運ぶべし。倉に米有り。廠に薪有らば、則ち以て憂る無し。是れ家を富すの道なり。而して国を富すの道も、亦此の理に過ぎず。夫れ竹木を伐り、荊棘を芟り、草萊を除ひ、山野を墾き、以て田畝と為し、耕耘収穫、撃簸礱舂、以て精米と為す。其の労為る幾許ぞ。此を以て彼に比せば、日に十たび之を炊くも、亦何ぞ以て労と為すに足らん。是を之思はず。炊爨の労を厭ひ、或は多爨以て饐餲せしむるに、歎ずるに勝ゆべけん。樵蘇の労も亦然り。豈止米薪ならんや。衣を製するの労も亦然り。新たに製せば則ち速に服する莫れ。凡そ国家を富すの道、其れ斯に在り。思はざるべけんや。
【七三】家道を優にせんと欲する者、一衣を用るも亦道あり。其の新衣を製するや、必ず段匹を買ふ。其の之を買ふや、金有りと雖も、須く一旬を延緩すべし。既に段匹を買ふ。其の之を製するや又須く一旬を延緩すべし。既に衣を製す。其の之を服するや、又復須く一旬を延緩すべし。夫れ夭を悪み寿を好む者、人の情なり。今之を衣服に推し、愛惜以て三旬を存す。凡そ心を用る此の如んば、則ち家道優隆。豈道ふに足んや。
【七四】経書は道を載する者なり。其の之を書に筆する、猶ほ水始めて氷るごとくなり。朱子注脚を下す。猶ほ氷箸、垂下するごとく、益々堅凝解し易からざるなり。況んや細註の如き、嘔吐以て聖経を汗すに似る。難いかな其の蔽固の冷心を以て之を解するや、若し通明の温心を以てせば、則ち渙然氷釈、安んぞ注脚を之用ん。何ぞや、人倫日用当行の道なればなり。
【七五】書を読て躬に行はざる者、徒に人の問に応ずるのみ。故に多く読まざるを得ざるなり。苟くも身に行ふ、則ち一字一句と雖も、而も終身之を用い、尽す能はざる者有り。譬へば巨多の飯鐺を購ふ如し。其の飯を炊くや、一にして足る。其の他は則ち徒に人の求めに応ずるのみ。多しと雖も亦何の益ぞ。
【七六】書を読て身に行はざる者、猶ほ鍬を買て耕さざるごとくなり。耕さずんば則ち何ぞ鍬を買を用ん。行はずんば則ち何ぞ書を読むを用ん。且つ読書と躬行と相須つ。猶ほ布帛経緯有て而る後成るごとくなり。読書は経なり。躬行は緯なり。経有て緯無れば、則ち以て織る能はず。織らずんば則ち何を以て布帛を成ん。行はずんば則ち何を以て斉家治国の功を成んや。
【七七】書を読む者須く人を済ふの心を存すべし。何となれば則ち書は人を済ふの道を載する者なり。故に之を読て其の心を存せざれば、則ち何の益か之有ん。夫れ博施済衆は聖人の功用なり。今の学者聖賢を仰ぐ、猶ほ高山を望むごとく、及ぶべからずと為す。然れども孳孳能く勉めて懈らずんば、則ち或は山頂に陟るべし。既に山頂に陟れば則ち、展目四眺。然る後復下らざるを得ざるなり。書を読て道を得、或は賢処に到らば、則ち宜く衆庶と偕にし、之を教へ之を導き、己を倹し財を推し、以て施済を務むべきなり。








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