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どのように苦しまず最も長生きできるか

「がん放置療法のすすめー患者150人の証言ー」近藤誠著 文芸春秋社2012年4月第1版

後書き抜粋 210-212 ページ

なぜ私が放置療法に思い至ったかは、読者にとって不思議かもしれないので、少し説明しておきます。
私は研修医になったとき、がんは積極的に治療するのが当然と思っていました。
助手になり講師となったときも、積極的に治療をしており、たとえば乳がん患者に、日本中のどの病院よりも強力な(欧米でスタンダードとなっていた)抗がん剤治療を実施していた時期があります。
ところが抗がん剤治療をしてみると、どうもおかしい。
患者は毒性で苦しみ、あろうことか、はっきり命を縮めてしまった患者も数人経験したのです。
それで抗がん剤治療に対する疑問が生じ、あらためて臨床データ論文を読み込み分析し、がんの本質・性質までさかのぼって治療の理論を考えました。それが結実したのが『抗がん剤は効かない』(文芸春秋社)です。
他方、手術、放射線、がん早期発見等についても、実際の診療経験から多々疑問が生じ、それで臨床データ論文を読み込み、理論を再構築する作業を続けたわけです。
そこで一貫していたのは、どのように患者が苦しまずに、最も長生きできるだろうかという視点です。
その観点にもとづき、無理や矛盾のない診療方針を考え抜いた結果が、がん放置療法なのです。
世界で最も新しい治療法ないし考え方であるとともに、最善の対処法であると確信しています。

・・・・・・

何よりも、この日を迎えることなく旅立たれた方々に弔意と感謝を捧げたい。
あなた方の幾人かは、私の短慮から、命を縮めてしまった。
亡き人に許しを請うのは不可能です。
ただ、あなた方が経験した悲痛が、そしてあなた方のことを想い出すたびにあふれる涙が、本書を生み出す原動力だったことを伝えたいと思うのです。-
ありがとう。そして今一度、さようなら。
2012年2月


終章 がん放置の哲学

198-203ページ抜粋


「がん放置療法」の要諦は、少しの期間でもいいから様子を見る、という点にあります。
その間に、がん告知によって奪われた心の余裕を取り戻すのです。
そして考えましょう。がんの本質や性質を。

がんは老化現象です。
年齢を重ねる中で遺伝子変異が積み重なった結果ががんなので、年齢が高くなるほど発がん頻度が上がるわけです。
そして老化現象だから、放置した場合の経過が比較的温和なのです。

ただ本物のがんの場合は、老化現象の究極として、いずれ死を呼び寄せます。
しかしその場合も、なりゆきをがんに委ねれば、自然の摂理にしたがって人生を完結させてくれます。

とはいえ、生きていた一人の人間が亡くなるというのは、肉体面の大事業です。
それで死が近づくと、体に多少のきしみが生じ、苦痛などの症状が生じることがあります。
いかし、脳卒中や心筋梗塞のような老化現象も種々の苦痛や不自由が生じるので、がんで症状が出ること自体は仕方がないでしょう。

大事なのは、がんでは症状が出ても、緩和の方法が確立されていることです。
それゆえに、痛みに対して鎮痛剤ではなく、抗がん剤を用いるような誤りを犯さなければ、QOL(quality of life 生活の質)を回復させられます。
がんをたたくための積極的治療を受ければ、心のあんどを得られるかもしれません。
しかし人間の体は、手術、抗がん剤、放射線などで治療されることには慣れていない、そのために合併症や後遺症が生じるのです。

そもそもがんは自分自身の一部です。
それをたたこうとしたら、体のほうが参ってしまうのは当然です。
したがって治療法に数種の選択肢がある場合、なるべく負担の少ない方法を選ぶのが長生きするコツであるわけです。
その場合、がん放置療法は有力な選択肢になります。

がんを放置するのは愚かしい行為ではありません。
それは、無神経で粗野な医者たちに人格や体がじゅうりんされることを避けるための最善の方法であり、人としての尊厳を回復する特別の処方箋なのです。

また、治療の合併症による苦痛や治療死から完全に逃れることができる唯一の方策です。

がんを放置することは。がんが「もどき」と「本物」にわかれるという、がんの実体に最も適した対処法です。

もし周囲とのあつれきを避けたいなら、「手術に納得できないので、ちょっと様子をみたいのです」とか、「変わりがないから、もっと様子をみたい」とでも伝えて、放置期間を少しずつ延ばしていくのが一法です。

以上を要するに、がん放置療法は、患者だけで実行できる唯一の合理的な療法です。
自分の身体に関しての自己決定権を取り戻す究極の方法です。


スティーブ・ジョブズの勘違い

同書88-89ページ抜粋

がん初発巣を放置している(もしくは過去の一時期放置していた)患者に臓器転移が出現してくることがあります。
そういう場合、放っておいてから転移した、と考えてしまうのが患者・家族や世間というものです。

アイフォーン、アイパッドなど独創的な製品を次々生み出したアップル社の創始者スティーブ・ジョブズは、すい臓がん(の中でも進行が遅い特殊タイプ)で亡くなりました。
彼は2003年に膵がんが発見された跡、手術を拒み、種々の療法を試したようです。
しかし9か月後、検査ですい臓がんの増大が判明し、手術を受けました。
その後、2008年に肝転移が出現し、2011年に亡くなりました。
生前ジョブズは、がんを放置したことを悔いていたといいます。

しかしジョブズでも見落としたことがあります。
肝転移のような臓器転移は、初発巣が発見されるはるか以前に成立しているという事実です。
すい臓がんばかりでなく、胃がん、肺がん、前立腺がん等あらゆる固形がんで、初発巣が検査で発見可能な大きさになる前かにがん細胞に転移しているのです。


同書91ページ

なぜ転移はごく初期に生じるのか。最近の研究で、がんは「がん幹細胞」に由来する



ことが分ってきました。
まず「がん幹細胞」ができ、それが分裂を重ねて、すべてのその他大勢のがん細胞を生み出すのです。
そしてがん幹細胞が転移能力を持っていた場合、最初から転移可能であるわけです。

ジョブズの肝臓移転も、がん幹細胞が転移してできたものであり、初発がんが発生したごく初期に転移が成立していたと考えられます。
がんを9か月放っておいたからその間に転移したのではないのです。





<反放置療法論>

近藤誠さんの「がん放置療法」でいいのか?
 「先生、『がんもどき』ってどう思いますか?」

 「最近、放置して良いという本を読みました。私のやった治療は無意味だったのでしょうか?」

 こんな相談をされる機会が増えました。

 緩和医療医ががんの治療中から関わる現在、少なからぬ患者さんが、がんにまつわる様々な悩みを仰おっしゃられ、私たちはそれを傾聴します。その中にこの件が出てくることがあるのです。

 「がんもどき」と「がん放置療法」は100万部を突破した『医者に殺されない47の心得』(アスコム)の著者で医師である近藤誠さんが唱えている説のことです。


検診や早期治療を否定…世界でも類のない理論

 近藤誠さんは、日本だけならず、世界でも類のない「がんもどき」理論を唱え、がんの検診や早期治療を否定しています。

 『医者に殺されない47の心得』でも、検診では「全がん死亡率は下がらず」、従って「何の役にも立っていない」(p51)と断言されていますが、この結びつけが明らかな誤りです。10万人のうち何人ががんで亡くなったかというがん死亡率は高齢化が進めば上がるのが当然で、対策がうまくいっているかどうかは年齢構成の影響を取り除いた年齢調整死亡率で行わねばならないのです。その全がんの年齢調整死亡率は低下しています。近藤さんがそれをご存じないとは思えませんから、検診無効と主張されたいところから、おそらくわかってやっていらっしゃるのだと思います。

 なおがんの早期発見のための検診を行っている国は日本ばかりではなく、「諸外国のがん検診の制度等に関する調査結果」(厚生労働省=2007年)によると乳がん及び子宮頸がん検診はアメリカ、イギリス、ドイツ、カナダ、オランダ等で行われており、大腸がん検診もイギリス、フランス、ドイツ、カナダ、フィンランド等で行われています。「日本だけががん検診を行っているという特殊な状況」というわけではありません。検診の根拠を支持しているのは、たとえば大腸がん検診を例に取れば、便潜血検査による検診が大腸がん死亡率を減少させたというメタアナリシス(複数のくじ引き比較試験の結果を統合したもの)<Towler B ら=1998年>等でしょう。


 ここからは、がん研究の世界的な第一人者ロバート・ワインバーグ博士の著書『がんの生物学』(武藤誠・青木正博訳、南江堂)の記載から考えましょう。あまたの研究成果から、がんがどのようにしてでき、転移するのか、そのメカニズムを解説している優れた教科書です。

 同書でもがんの年齢調整死亡率が低下していることが示されていますが、その理由は「子宮頸がんと大腸がんに関しては検診の普及による」「大腸がんによる死亡率は減少し始めている、というのは早期発見と腫瘍の外科的切除で腫瘍進展の早期までしか進行していないものを除去できるからだ」(p726)と記されています。

 一方で「(アメリカで)現在診断されている浸潤性乳がんの多く、おそらく4分の3以上は全く治療を施さなくてもその患者の死に影響しない可能性が高く、西洋で診断されている多数の前立腺がんも非常によく似た状況であることを示唆している」(p728)とあるように、放置して生命に影響しないがんがあるのは事実です。それは例に挙がっているように、乳がんや前立腺がんでしばしば認めるものです。

 以上より、がんの中には治療をしなくても死に影響しないものがある一方で、早期発見と治療によってもがんの年齢調整死亡率が下がっているのが事実なのです。早期発見と治療で命を救われる人がいるのです。


 近藤さんの「がん放置療法」は、そのがんが「がんもどき」だったら命には関わらないので放置して大丈夫、そのがんが「本物のがん」だったらどんな治療をしても効果がなくむしろ命を縮めるので放置で良いというものです。

 しかしこの話は、「治らなくてもかまわない」と考えている方以外は信じないほうが良いものだと言えます。

 なぜならば「がんもどき」と捉えて放置していた(早期治療で治るはずだった)早期がんが進行して、治らない進行がんになってしまう可能性があるからです。

 近藤さんは乳がんの温存療法のことで業績があるなど、乳がんを多く診療してきたと考えられます。乳がんは、先に示したように、進行しないものや消えるものが一定数ありそうなのです。だからかもしれませんが、近藤さんはそのような「進行しない」がんが多いと考えているようであり、それを全がんに当てはまるように述べています。けれども早期がんが時間の経過とともに進行がんに変わるのは胃がんや大腸がんなど内視鏡で観察できるがんで確認されていることであり、早期がんは進行しないとは言えません。たとえば早期胃がんにおいても、診断されて手術をしなかった患者の半数以上が同病の進行により亡くなったという研究があります(Tsukuma H ら=2000年)。

 また近藤さんが「本物のがん」と呼ぶ転移している進行がんの場合でも、がんの種類や転移している場所によっては、標準治療で完全に治り得るがんがあります。進行した大腸がんの肝臓への一つだけの転移などは好例です。転移があるから「本物のがん」と捉えて放置すれば、本当は治るはずだったがんを治せません。


 このように少しでも「治りたい」気持ちがある方が、がんを「がんもどき」あるいは「本物のがん」と考えて放置すると、治るはずだったがんが治らなくなってしまいます。

 なお近藤さんが、がんを「がんもどき」と「本物のがん」に分けていますが、これは世界でも近藤さんただ一人の分け方で、がんはすべてがんであり、(近藤さんの使い方での)「がんもどき」という言葉は存在しません。ここからはすべて「がん」と記します。

 問題は、残念ながら現在、どれを治療しなくて良いがんなのか、どれを治療したほうが良いがんなのか、完全にはわからないことです。

 ワインバーグ博士も、「本当に積極的な治療を必要とする腫瘍と、無視してもよいか進展の兆候がないかを定期的に監視するだけでよい腫瘍を識別できるような分子マーカー群を開発することが、どうしても必要である」(p728)と述べています。

 しかし、たとえば肺がんにおいて特定の遺伝子変異があると、この薬剤が効きやすい、ということがわかるようになって来たことなどから、今後はがん細胞がどのような遺伝子を有しているかで特性まで把握することができるようになって来るでしょう。治療に関しても、遺伝子検査で調べた腫瘍の特性に合わせた治療が為なされるようになって来ています。

 もちろん様々な情報を得たうえで、治療しないという選択肢もあるでしょう。一方で、進行しないと捉えて放置したがんが進行して後悔する可能性が自らにあるのならば、または、そのがんを治したい場合は、先の研究に示したように早期がんにおいても進行して死に至るものが存在する以上、〈1〉治療しても治せないがん〈2〉治療によって治せるが、治療しないと進行して死に至るがん〈3〉ゆっくり進行するため他の病気による寿命が先に来るがん〈4〉進行しないか消えるがん(※)を完全に事前分別できるようになっていない現在は、専門家の話を聞いてしっかり納得したうえで治療を受けたほうが良いということになるでしょう。


(※)近藤さんの説である「がんもどき」理論では〈1〉を「本物のがん」、〈4〉(あるいは〈3〉も?)を「がんもどき」とすると考えられますが、同理論の分類では実際には存在する〈2〉を認めていないので、全てのがんをカバーできないところに実情と合わない点がありそうです。

大津 秀一(おおつ しゅういち)

緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。


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