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3月18日 晴
午前8時無事ジャワ国バタビア港に着船する。直ちに上陸して税関の検査を受け、これより直ちに汽車で9時40分バヒヤ府デスネザランデンホテルに宿をとる。 午後1時より当所カリブツサーマクリンワツソン会社に行き、支配人に面会して砂糖見本を見る。また当地の商況を聞く。これより市役所に行き、上陸の届けをなす、途中パツサルパール街において日本商店を見る。ここで同店に立ち寄り店員に面会する。これは和歌山県人後藤実之氏の店(雑貨店)なり。 3月19日 曇り 95度 午前9時より馬車で市中を回覧した。午後1時後藤氏が訪ねて来た。これより同氏の案内で旧トバト及び市中汽車の原動器据付所を見物した。 3月20日 95度 午前9時より後藤氏が来て、これより同氏の案内でフハンニーロップ氏の店に行き、支配人に面会した。またマクリインワツソン氏に面会して、砂糖取引の慣例その他の手続を聞く。午後6時ホテルに帰る。 3月21日 日曜 96度 この日はすべて休業なので、ホテルで当地の物産輸出表などを取り調べる。 3月22日 95度 午前9時後藤氏が来て、しばらくして帰る。友常氏は市内へ行き、私は前日の調べを行う。 午後3時よりマクリインワツソン会社へ行き、午後5時ホテルに帰る。 3月23日 96度 午前9時より友常氏は外出する。私はホテルで前日の調べを行う。また明日出発の用意をする。 3月24日 晴 98度 午前6時バタビア府を出発し、当地より汽車に乗り午後7時マウスに着き、ステイションホテルに泊まる。 3月25日 晴 97度 午前6時マウスを発車して午後6時リラパヤ府に着く。これより馬車でホテルに宿をとる。 3月26日 晴 96度 午前8時より市役所に行き、私たちの到着を役所に届けようとする。しかるに馬車の御者が言葉が通じないため、中国人役所に行き、私たちを中国人として取り扱おうとする。ここで筆談して中国人ではないことを論じ、これより日本人の画家鳥羽氏の住所に行き、同氏に面会する。このとき、藤田領事の通訳である大川氏に面会する。これより同氏の案内でネザランドホテルに行き、藤田領事に面会する。これより直ちに私たちはホテルに引き上げ、更にネザランドホテルに引っ越し、藤田領事と同宿とする。これより領事の添書をもって当府の知事の自宅に行き、内地旅行の承諾を得る。これよりフレーザーイートン会社へ行き、支配人に面会して砂糖の見本及びすべて取引先の要点を取り調べる。そしてまた同氏に求めるに明日製糖所の見物を申し込む。これより氏は私たちに紹介状を与えられた。ここに明日パショラムに行くことを約束する。この夜、林・鳥羽両氏が訪れてきた。 3月27日 晴 97度 午前6時発の汽車で9時パショラムに到着する。これより3マイルばかり馬車でターナー氏製糖所に行き、主人に面会してフレーザーイートン氏の紹介状を示す。ターナー氏はこれより自ら案内して第一に甘蔗(サトウキビ)畑に行き、これより工場を説明して見物した。これより同氏に精糖い関する一切の質問をしたが、氏は懇切に説明してくれた(現在は製糖の時季ではない)、12時になって同所を去り、午後1時パショラム駅より乗り込み、4時スラバヤ府のネザランドホテルに帰る。この日藤田領事はシンガポールに向かって出発した。 3月28日 晴 97度 午前9時より私と友常氏は小船に乗り、川を下り、港口の光景を見る。これより帰途上陸して鳥羽氏の宅に立ち寄り、これより同氏の案内で中国商館2,3店を訪ねる。これより直ちにホテルに帰る。この夜、林・鳥羽両氏は私の注文した当所の写真を持参してきた。 3月29日 晴 午前9時より友常氏は外出する。私はホテルで日誌をしたためる。夕方鳥羽氏が訪ねてきた。 3月30日 晴 午前8時ネザランドホテルを出発してこれより川船で港口に下り、汽船パンタム号に乗り込み、午後1時スラバヤ港を出船する。 3月31日 晴 午前6時パエヤム島に到着する、ここで下等客200名が乗り込み、午前10時当地を出発する。 4月1日 晴 98度 午前6時よりボルネオ島を右方に見て進航する。 4月2日 晴 98度 この日午後1時より大雷雨あり。
最終更新日
2009年11月24日 21時23分35秒
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