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カテゴリ:報徳記&二宮翁夜話
【三六二】下館封内一農夫有り。気質鄙吝。欲を逞くし財を積み、他人の貧を救はず。他人の窮を恤まず。隣里郷党の怨望する所と為り、敢て意に介せず。其の行蓋し悪むべきなり。然りと雖も、力農に於ては則ち封内比無し。耕耘灌培播種収穫其の時に違はず。春は嫰草を刈り、秋は落葉を筢き、夙に興き夜に寐ね、暑熱寒凍を避けず、孜孜勤勉、敢て懈る有る無し。聖賢に農を為さしむるも、亦豈之に過んや。怠れば則ち貧。勤れば則ち富む。其の之を知る。如来と雖も、亦豈之に過んや。若し夫れ、此の理を推して、之を人に施さば、則ち其の行聖賢如来に彷彿たらん。心を救恤に用いず。惜むべし。教化陵夷、風俗頽敗も、亦歎ずべきのみ。
大学序 周の衰えるに及び、賢聖の君作らず(おこらず)、学校の政(まつりごと)修まらず、教化陵夷(きょうかりょうい)して風俗頽敗す。時に則ち孔子の聖の若きあるも、君師の位を得てもってその政教を行わず。是において独り先王の法を取り、誦(しょう)してこれを伝えもって後世に詔ぐ(つぐ)。曲礼(きょくらい)・少儀・内則(だいそく)・弟子(ていし)職諸篇(しょくしょへん)の若きは固より(もとより)小学の支流余裔(よえい)にして、而してこの篇は則ち小学の成功に因り(より)、もって大学の明法(めいほう)を著し、外はもってその規模の大を極むる、内はもってその節目の詳(しょう)を尽くす有る者なり。 2 常州下館領灰塚村の円次は、村で一、二を争う働き者で、高百石、農馬三頭という資産を作りながら、全て気まま勝手で、虎狼犬鶏のふるまいにも等しい人物で、仕法にも協力しなかった。尊徳は「このような者は頭から厳しく責めてよい」とし、「円次よ、汝は金貸しが上手で二割の利をとる。私はお前に仕法金二百両を二割の利で預けるから、年々利(計三百両)を出すがよい。私はその利でお前の村を救おう。」円次は「私は骨折って富をなす。彼の貧乏は彼が未熟のためである」と断った。「お前が言うところは、理に似るが本当は非なり。天はおのずから天、地はおのずから地、天が地を覆わず、地が天を戴かなければ、万物何をもって生じよう。男は男で女と婚せず女は女で男に嫁さなければ、人倫は亡びよう。お前の言葉が正しければ、何ぞ婚を通じよう。またここに十家あるとしよう。一家農事が手遅れする時に、近隣が助けなければならない。膳・わんに至るまで、これは我が物と言えば貧村はなりたたない。」円次は婿と三男を差し向けて拝借のかわりに百両の上納を申し出たが、本人はあやまりには来なかった。尊徳は「子どもに手習いを教える。一度にては覚えない」と言った。(『尊徳の裾野』一八七頁) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015年07月30日 00時37分38秒
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