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カテゴリ:イギリス史、ニューイングランド史
ヘレンさんは橋をわたりながら、振り返っていうのでした。 「ともかくあなたはゾウリをはく人の中では、一番やさしい人だと思っていますけれど、あなたのおっしゃることには承知できません。 アメリカ婦人は日本婦人とは違いますよーお気の毒さま!」 むやみに私の肩を持ってくれるこの友の、とほうもないお世辞をききながら、玄関の方へ歩き出しますと、橋のむこうの暗闇から、突然、声がかかって 「ニュートン夫人のことを忘れていましたわ!私のまけね、あの方こそ日本人そっくりね、さよなら」 私はその朝「母上」が話して下さったニュートン夫人のことを思い出し、笑いながら玄関の方へ近づいてゆきました。 ニュートン夫人はヘレンさんとは反対側のお隣りの人で、よく存じ上げておりました。 この方はお声のやわらかな、内気なおやさしい方で、小鳥を大変にかわいがっておられて、お庭の木々に小鳥のための巣箱をたくさんつるしておいでになりました。 ヘレンさんがニュートン夫人こそ日本人そっくりだとおっしゃったわけはよくわかりましたが、私にはどうしてもそうは思えませんでした。 夫人の物の考え方は常識的であり、実際的でありました。 そして、ご主人にコートや傘の世話をやかせながら、平気でいらっしゃれるのでした。 ある時など馬車の中で、ご主人が夫人の靴の紐を結んでいられるのをさえ見たことがありました。 ニュートン夫人について「母上」から聞いたのはこんなことでした。 2,3日前、夫人が窓際でお裁縫をしていられると、驚いたような、小鳥のなき声が聞こえてまいりました。 ふと見ると、低い枝につるした小鳥の巣箱を、大きな蛇がねらっているのでした。 夫人は縫物を投げ出し、窓から発砲して、蛇の頭をあやまたず打ちぬかれましたで、小鳥は救われたということでした。 「よくもあの奥様にそんなことがおできになりますこと。 あのきゃしゃな奥様が銃におさわりになったということだけでも信じられそうもございませんわ。 街で犬に会ってもこわがっていらっしゃるにいらっしゃるし、お母さまが不意にお話しかけてなると、じきにびっくりして、顔をあからめておしまいになるのに、どうしてまあ、上手に蛇などおうちになれたのかしら」 と、私は「母上」に尋ねたのでした。 「母上」は笑って、 「ニュートン夫人は、あなたが思い及ばないようなことを、何でもなさいますよ。 ある吹雪の夜、ご主人のおられぬ留守に、あの銃を腰につけて、暗闇で危険ななかを6マイルも歩かれて、怪我した労働者を助けて来られたのですよ」と申されました。 私はニュートン夫人のもの柔らかなお声や、もの静かで臆病とも申すべき動作を思い浮かべまして、 「結局、あの方は日本の婦人に似ていられるのだ!」と自分で自分に申したのでした。 このニュートン夫人のことについて 『武士の娘』の見たアメリカ では『ボーグ夫人』としている。 『武士の娘』では、作中に出る人物に迷惑がかからないように仮名が用いられている。 夫も『松雄』は『松之助』がただしい。 この小鳥を狙う話を聞いたのも『母上』ではなく、『黒人の女中』である。 もう一軒お話したい隣人は、ボーグ夫人でございます。 ご良人(りょうじん:夫)は名の知れた医学博士で、はやくから隠退されて悠悠自適の生活をこの村に送っておられました。 夫人は見るからに淑やかでお声も優しく、村人が小鳥のおばあさまとおよびするほどの愛鳥家であられました。 夫人の庭には、みごとな果(み)のなる桜の樹(き)があり、日本ではさくらんぼなど見たこともなたった私は、その甘い果の美味しさを、今も忘れないほどでございますが、その収穫の時にさえ私どもの眼にはもったいないと思われるほどたくさんの果を、小鳥のためにと枝に残しておかれました。 コレッジヒルあたりの冬の寒さは、東京では今日は寒い、雪になるだろうかと申しますところを、今日は暖かいから雪になるだろうかと申す事でもご想像がつきましょうが、極寒には零下20度がまず通常でございました。 そんな時、小鳥たちが餌をあさりあぐむのも不憫だからと、夫人は冬になると立木の枝に獣脂をしばりつけておかれるのでありました。 このように日本語でいえば虫も殺さぬというふうのご夫人に、思いがけなく剛毅な一面のあることを知らされたことがございました。 ある夏の暑い日でした。 宅の黒人の女中が息せき切って飛び込んでまいりました。 「奥様奥様、ボーグさまのおばあさまが、あのボーグさまのおばあさまが、鉄砲で大きな蛇をお撃ち殺しになったんですよ!」 「なんですって?」と驚いて聞き返しますと、 「編み物をなさりながらふと外をご覧になると、大きな蛇が今にも小鳥を呑もうと身構えていたそうでございます。 おばあさまは、あっ!とおっしゃるなり、ボーグ先生の戸棚へかけていらっしゃり、ひきだしから猟銃を出して来て、ドン!と一撃ちでございますって!まあ、みごとに命中して、どさりと蛇が落ちたというじゃあございませんか! ああ、恐ろしい恐ろしい、あの優しい小鳥のおばあさまがでございますよ。 私、今その蛇を見てまいりましたの」と申します。 「まあ!そう・・・」 『武士の娘』は、いろいろな挿話を繋ぎ合わせたもののように思われる。 それとともにエツ子という女性の 『武士の娘』の見たアメリカ の 小鳥のおばあさま を語る語り口のうまさ、天性のストーリー・テラー(語り部)の資質をもっているようである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015年11月25日 21時05分17秒
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