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2016年12月02日
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カテゴリ:遠州の報徳運動
福山滝助
(A)土蔵4棟のうち2棟の分を陰徳積善のために人に推譲せよ
福山滝助は1817年4月小田原に生れた。本名里見多喜蔵である。家は4代続いた菓子屋でしたが、滝助が4歳の時に父が死にました。長じて兄の元で働き、製造した菓子を荷なって近郷を売り歩くうち、「報徳の仕法」ということを耳にして関心を持ちました。たまたま、隣家の旅宿浜田屋から出て、藩の重臣山本源太兵衛の用人となっている高木治左衛門という人があり、時々実家に帰ってきます。ある日、これを待ち受けて「報徳の仕法」のことを尋ねた。

滝助:高木様、先日わたくしが小田原の竹松村や曽比村あたりに菓子を荷なって売り歩いたところ、さっぱり売れません。それらの村々では、いたるところで報徳、報徳と唱えています。そこであやしく思って、帰りがけある商家に立ち寄って、その訳を聞きましたところ、そこの主人が答えますに「それは報徳の仕法で、二宮尊徳先生が案出された法である。報徳の方法を実行しているからといって、決して菓子や酒など一切売り買いしてはならないというのではない。商人たるものは、ただ営利に汲々として、信義を重んじないことを戒めたものである。だから報徳の方法を実践するにあたっては、薄利を以て信義を旨とし、いわゆる元手商といって、仕入れした商品の多くを元金で売って、ひたすら信用を得ることが大事なのだ。信用さえ得られれば、利益はおのずからもたらされるのだ」と教えてくれました。
そこで私は大変報徳の教えに興味をもって、報徳を教えてくれる人を探しておりましたが、高木様が隣の浜田屋から出て、小田原藩の重臣山本様にお仕えし、報徳にお詳しいとお聞きしました。ぜひ報徳について詳しくお教えください。

高木:そもそも報徳の仕法は天理自然に基づいて五倫の大道、即ち人の常によるべき五つの道、君臣の義、父子の親、夫婦の別、長幼の序、朋友の信を説き、勤労、倹約、貯蓄を重んじるべきことをさとし、推譲を以て本とし、廃れた村を興し、衰えた国をさかんにし、無気力でやる気のない人をたたしめ、貪欲な人を清廉ならしめ、天下の人心をして善良にし、ふるいたたせる教えを広めるためのものなのだ。
そのために専ら真心のこもった良い行いを奨励し、身を以て実践することを重視する。また徳に報いる心を失わないために毎日課金を集めて、無利息で貸し出す方法を設ける。報徳の仕法に説くところは、ことごとく至誠から出て、片寄ることがない。その引用する証しは神・仏・儒の三教にのっとり、よく人情に適合する。
滝助よ、報徳の方法を実行するならば、一代のうちに土蔵の四棟くらいの建築は出来るであろう。これを二分し、二棟を建て、他の二棟の分を陰徳積善のために人に推譲するときには、推し譲った徳によって子々孫々、万代不朽に続くだろう。

滝助:高木様よくわかりました。私は生涯、収益の半分を生計費に入れず、別に引き放って年々繰返し貯蓄して、それを陰徳積善、人々の救済の行いのために推譲せよという二宮尊徳先生の常のお教えを実践してまいりたいと思います。

(B)まず形から入らなければならない。
福山滝助は天保14年8月始めて尊徳に面謁しました。報徳社世話人の尾嶋屋忠次郎に伴われて、江戸の小田原藩邸に行きました。そこでは、門人14~5人が机を並べて仕事をしており、主席は富田高慶で、福住正兄もその列の中にいました。尊徳はこのとき鏡に向かって自分で髪を調えており、それが済むと面会しました。尊徳は滝助に目を向けるとまず聞きました。
尊徳:福山滝助と申すのか。何の商売をやっているのか?

滝助:菓子屋です。

尊徳:菓子の『菓』と因果の『果』と、違いがあるか?

福住正兄:草冠があるのと、ないとの違いがあります。

尊徳:しかし、音は同じだし、形も似ているではないか。

福住:それはそうです。

尊徳:滝助よ、何事でも、第一に肝要なのは形なのだ。形が似なければ、精神も同じものを顕(あら)わすことができない。だから、もし人が私の道を修めようと思うなら、まず形から入らなければならない。

(C)自費自弁主義
滝助の組織づくりには、大きな特徴がありました。自分はもとより、各社の役員も、旅費から筆紙墨まで一切の経費を自弁とし、社の金を使いませんでした。遠譲本社さえ社屋も造らず事務員も置かず、春と秋の2回、各社持ち回りで総会を開き万事をそこで処理しました。その代り、帳簿の作成は厳しく指導し、誰にも読めるよう楷書で書かせ、責任者から責任者へ、確実に継承させました。ある時、滝助から自費自弁主義を聞いた富田高慶は「それだ!遠州に御仕法が盛んに行われるわけがわかった」と激賞しました。この自費自弁主義は、尊徳直々の訓戒から出ています。小田原報徳社草創の頃、世話人の竹本屋幸右衛門が、滝助を連れ、帳簿を持って、尊徳の指導を受けに行きました。尊徳は「金2分入用」と記した箇所へ来ると幸右衛門に聞きました。
尊徳:これは何の入用か

幸右衛門:小田原報徳社の世話人の入用です。

尊徳:これは恐れ多くも小田原先君の仰せ出されたご仕法なのだぞ。お前たちの身分でその世話を勤める。もったいないことではないか。そのために、お前たちの家の5軒や10軒、つぶれたところで構わんではないか。世話人の必要経費をご仕法の基金から出すとはもってのほかのことだ。





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最終更新日  2016年12月02日 03時21分38秒
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