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良い天気となったが 北風が冷たく 気温は4℃であった。 EBNON1さん 65才 余りにも 突然だった。 日曜日に 入院中の彼と メール交信したり ブログも更新されていた。 RFL芦屋の サバイバー仲間として この二年間 本当に気心を許して 時々 映画や講演会にも一緒し「笑いは 副作用の無い抗がん剤。」と 何でも笑い飛ばしていた。 大学の後輩やからと ジメさんを立ててくれて 色々と手伝って下さった。 昨年の「RFL芦屋のスライドショー」のように芦屋でも RFL亀岡でも チーム「オレンジ・フェニックス」「フェニックス」の兄弟チームとして 手を取り合って先頭にたって 徹夜でウォークを楽しんだ。 2008/11 急性骨髄性白血病の告知を受け その6ヶ月後に 臍帯血移植手術を受けて「俺には 生まれたての女の子の 若い血が流れている。」が 自慢であった。 月1回の フォーロー検査入院も 別荘暮らしと称して 同室の若者に手ほどきを受けて パソコンの実力をメキメキ上達された。 「EBNONノート」そして 血液がん仲間の「ビレッジ2000」は 病室から 次々とホームページ立ち上げで 多くの患者さんや ご家族に情報提供された。 別荘から出て来ると「骨髄バンク」と「さい帯血バンク」の 移動採血車の出張先に出向いて 協力の呼びかけの先頭にたって活動をされていた。 新体操をされている お孫さんと一緒に 2016ブラジル五輪へ行くのだと 張り切って応援もされていた。 「ジメさん 今年は RFL芦屋は もちろんのこと 大阪 京都 但馬にも遠征しようね。」と 発破を掛けられていた。 これから 今夜の御通夜 明日の葬儀と参列して 彼の堂々たる生涯に敬意を表し その遺志を少しでもリレー出来る様 約束して来ようと思う。 「EBNON1さん、本当に お前さんと出逢えて良かったよ。リレーフォー・ライフには 必ず 天国から降りて来て 一緒に歩こうね。」 リレーフォーライフのメンバーさんも多数お参りして下さり みんなで EBNON1さんを称えるルミナリエを書いて 祭壇に並べた。 お孫さんも「大好きなおじぃちゃんへ オリンピックに行けるよう 頑張るから 見ていてね。」と 可愛い花の絵を添えて書かれたので 棺の一番近いところに置いた。 真言宗では 三度焼香をするが 1回目は「お疲れ様、よく頑張りましたね。」 2回目は「これから 浄土へ行くため 修行をしっかりと頑張って下さいね。」 3回目は「あなたと この世で逢えて感謝してるよ。また 天国でも逢えます様に。」 と 心を込めて焼香して下さいと説教された。通夜式の後 EBNON1さんと お別れの対面をするとき 殆どの方が 声にして手を合わされた。 棺の中の EBNON1さんも ジメさんに同じように答えて 笑っておられた。 今夜は 孫と過ごす 最後の夜で 約束があった。 ジメさんが 赤鬼の面 ヨメさんがお多福の面をつけて 孫たちが節分の豆まきをした。 「僕は 一度 これをやりたかったの。」と 満足していた。 お腹を空かして待っていてくれていたので みんなで 北北西の恵方を向いて黙って 巻寿司をかぶりついた。 これからも 色々と苦労はあるが みんなで支え合って健康で過ごせますように。 習った内容は また 思い出したら書くことにする。 明日の予定「EBNON1さんの葬儀手伝い。」 │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |