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〈ピリス1000〉シリーズは、お手軽価格-各1050円[2枚組2100円]-で質の高い演奏を楽しめます。この人気ピアニストの演奏が、この価格で購入できるとは驚きです。演奏に加えて録音も悪くない。特に、モーツァルトは一番のお薦めです。「癒し」の音楽としてもてはやされていますが、商業ベースのへなちょこCDを購入するなら、本シリーズのモーツァルトを買うべきだ。決して、後悔はしない。
jinkanさんのお買い物
jinkanの日記 [全20件]
※以下の感想は、1998年4月12日に記したものである。よって、著者の肩書きも当時のもの。現在は、児童文学作家として活動しているようです。 『ビートルズを知らなかった紅衛兵-中国革命のなかの一家の記録-』(同時代ライブラリー・岩波書店)唐亜明 「中国革命のなかの一家の記録」という副題にあるとおり、「人民日報」編集長一家の「文革期」を中心とした記録である。著者は、1953年生まれ。現在は日本の出版社に勤務。いわゆる「文革世代」の人である。 内容的には、文化大革命を批判しているのであるが、一応「暗黒時代を告発しようというような気持ちもないので、経験したことをそのまますらすら書くことができた。」(p.354)と記している。 しかし、それこそが痛烈な批判になるのだろう。四人組により上海が混乱していた時期に、「『上海の革命勢力が結集すれば、全国にも希望が出てくる』と、毛主席はこの『一月革命』をたたえている。」(p.186)という。この記述は事実の重みによる力を感じる。 また、著者の父親が死去する間際に、「人間の正しい思想はどこからくるのか」というテーマで書こうとしたが未完であったとした上で、「父が毛主席の論述を繰り返すのではなく、少なくとも新しい展開をしようとしたことは明白であった。」(p.324)としたところに無言の批判を感じる。 加えて、「本来『民主』とは新しいスローガンではない。七十年前の『五・四運動』以来、中国人民はそれを求め、闘ってきた。」(p.349)という記述は、1989年12月31日に書き終えた点から言って、なかなか意味深長な言い回しである。
![]() 『トンデモ怪書録』(光文社)唐沢俊一 頭の休養のために読んだ本。それにしてもどうでもいいようなジャンクブックの多いことに、今更ながら驚く。 本書は、一乗寺の「けいぶん社」で購入した。他の書店では見かけない本が多数ある。寺町二条上ルの「三月書房」と共にユニークな存在である。 と、ここまでが'99年に書いた分。 10年が経過して、「けいぶん社」も「三月書房」も健在。 大型書店やネット書店が、幅を利かせる中で両書店とも根強いファンに支えられているようだ
『「反」読書法』(講談社現代新書)山内昌之'97.06.16読了イスラム学書(近現代イスラム史・トルコ史及び国際関係論)による読書論かつ読書ノート。 半ば感心、半ば反感。これが正直な感想。 どんな人間にも功罪両面がある事は分かっている。100%の善人などウソ臭い事は当然!しかし、著者の描く「石原莞爾」の像には何やら違和感を拭えない。 その石原に対する記述に 「軍事力学主義者のサッダーム・フサインや金正日の<良識>を信じて、非武装や無抵抗を世界に向 かって無警戒に説く善意は、現代日本社会以外には通用しません。」とある。 確かに、観念的平和主義には力はない。しかし、上記のように言うことで軍備重視に走り、「平和」の為に海外に軍隊-自衛隊-を派遣するのでは、戦前のシベリア出兵、山東出兵と何ら変わりがないのではなかろうか。 「最先端の兵器の開発が全面的な戦争をむずかしくする」と言っても、別の面から国民の首を締め付けては元も子もないのでは。 きちんとものを考えている人であることは認めるが、その視点は体制側からのものだ。故に、納得できる見解もあるものの、全体としては承伏しかねる思いが強い。
『仏陀を背負いて街頭へ -妹尾義郎と新興仏教青年同盟-』(岩波新書)稲垣真美'98.05.08 読了 <評>絶版になっていたものを古書店を巡り歩いて購入。金200円也。どこの古書店かは忘れてしまった。それにしても、京都の古書店は絶版の新書・文庫の類を安く買えるので助かる。神田の古書街あたりでは、品揃えはよくても結構な金額になることも間々あるので…。 やはり、古書は足で探すに限る。 妹尾氏は思想的系統から言えば、日蓮主義に属するが、新興仏青同盟以後は宗派を超えた仏教者として行動し、その実践的態度は社会主義者の趣さえも感じさせる。この時代-戦前-に反戦・反差別・反侵略・反ファッショを主張した姿勢には勇気を感じると共に、宗教者としての良心を感じる。 同じ日蓮宗系の諸宗派が、この当時どのような態度を国家及び軍部にとったかを正確に資料の裏付けをとって調べてみたい。 氏の論文「日蓮主義の時代的必然性」には 「明治中期から、日蓮主義は仏教復活の先駆となったが、これは当時の国家主義に皮相的に迎合し、流行したものにほかならぬ。国家主義的傾向は決して日蓮主義本来のものではない。」(p.77) とある。
『トウ小平・後』(Asahi News Shop) 和気靖 '98.5.20 読了 <評>トウ小平死後の中国の動向を予想した内容と思っていたが、そうではなく、これまでの取材の過程に力点を入れた内容となっている。 '80年代から'90年代にかけての中国民衆の実状を知る上での手助けとなる。 ※「トウ」は「登」+「おおざと」
『香港旅の雑学ノート』(新潮文庫)山口文憲 '97.05.18読了 著者ならではの視点あり。面白い「香港論」ではあるが内容が古い。 ↑のように10年前の読書ノートに記されているので、今読んだらどう思うのか? 面白そうなので、書斎に行ってこの本を探してみる。再読できたらしてみよう。 ![]()
アンドレイ・イレッシュ『現地ルポ チェルノブイリ-融けた原発の悲劇-』(読売新聞社) '96.05.10 読了 ※本書は'87年刊。よって、読了当時でも刊行より10年を経過していた。たしか最初の現地ルポと思う。本書の価値は、現在、その点にもにある。 ここから読了当時の感想 著者は、環境問題を専門とするそうだ。原子力に対する姿勢は政府寄り。事故発生から時を隔てていないから仕方のない面はあるものの、「放射能」に対する影響については楽観的だ。 チェルノブイリ事故より10年を経て、明らかになりつつある事実から考えると、やや見方の甘いルポと言わざるを得ない。特に、11章は政府の言い訳のような構成になっている。 《目次》 第1章 「原発が火事だ」 第2章 非常呼集 第3章 混乱した市民 第4章 事故後の市民生活 第5章 13万人の避難大作戦 第6章 黙示録の中のチェルノブイリ 第7章 放射能汚染と生態系 第8章 放射線障害 第9章 原子炉の埋葬 第10章 チェルノブイリの教訓 第11章 「プーキシン広場5番地」 ![]() |一覧| |
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