またもやってくれましたね
「朝日新聞」よ!ねぼけているのか
特集『私たちの水平社宣言』

なぜ「朝日新聞」はこうも「解放同盟」に追随するのか?
「朝日新聞」(以後、朝日)は時々「同和問題」で特集を組みますが、内容は「解放同盟」の理論や行動を正当化したり、弁護するものが圧倒的に多いことはご承知の通りです。
今回の特集は『私たちの水平社』というもので、水平社宣言から90年を記念したものです。いつもこのような特集が出ますと、事務局にはいろんな方からインターネットでご意見が寄せられるのですが、今回は一切ありませんでした。おそらく「取るに足らない」「意見を言う気にもならない」代物(いいすぎか?)であったからかもしれません。
それでも真面目な神戸人権交流協議会は意見を述べさせていただくことにしました。
特集は朝日の夕刊で、3月5日から3月8日の4日間・4回という短期間の連載でした。
内容は1回目は大阪箕面市の「被差別部落」(朝日の表現)の、「被差別部落の青年たち」の話しでした。
2回目は、滋賀県の財団法人「反差別・人権研究所」の「被差別部落」出身の研究員の話でした。
3回目は、奈良県の水平社博物館に勤める「被差別部落」出身の学芸員の話でした。
4回目は、東日本大震災を支援するために派遣する「解放同盟」のボランティアをコーディネートする「被差別部落」出身の青年の話でした。
「解放同盟」の宣伝
全体を通して読むと、その内容は次のようになります。
1、水平社宣言の「人間の世に熱あれ、光あれ」という名言を利用して、「解放同盟」に集まる若者たちの活動を紹介することで、「解放同盟」の宣伝を行っていること。
2、「被差別部落」という呼称を歴史的な発展と変化を無視して濫用し、誤った部落問題認識を広げようとしていること。
3、「解放同盟」の同和利権と犯罪に対する批判が無いこと。
4、日本国民を「差別するものと、される者」に区分けしていること。
「被差別部落」という 表現は実態に合わない
こんな記事を読んで部落問題解決に展望を持つ人がいるであろうか?恐らく違和感と異質感を持つ人がほとんどであろう。
まず「被差別部落」は存在するでしょうか?「被差別部落」というのは、日本国内において、歴史的・社会的な理由により、差別を受ける「特定の地域」のことです。今日のように、その「特定の地域」に対する差別や偏見が大きく解消してきている段階で、「特定の地域=被差別部落」という考えは一般的かつ常識的観点から見て成り立つでしょうか?
恐らく偏見や差別意識の無い人、あるいは社会的常識のある人たちから見れば全く成り立たないでしょう。
明治時代の「被差別部落」と今日の「被差別部落」とでは実態は大きく変化しています。それを無視して同じ表現を続けるというのは極めて浅薄といわざるをえません。
部落問題を地域や個人に結びつけて論じる時代は終わっています
「あそこは部落」「あそこは被差別部落」などと日常的に考えている人は「解放同盟」関係者と相当の「差別者」?、そして、社会常識の欠落している人たちであろうと思います。朝日新聞はいずれにも該当(部落問題に関しては?)するようです。
神戸人権交流協議会が、かつて部落を表現する際に使用している言葉は、「旧同和地区」という表現です。理由はかつて同和対策事業が行われた地区と言う意味で、同和対策事業の記憶が内外で消滅すれば消滅する言葉だからです。
部落の歴史は残しても地域や個人に結びつけて残し続ける必要はありません。
神戸人権交流協議会では以上の理由に基づいて朝日新聞へFAXで意見書を送りました
最終更新日時 2012年4月26日 14時33分38秒
第2回地域人権シンポジウム
マスメディアの人権報道の問題点を浮き彫りにしました
さる10月29日(土)、県立のじぎく会館におきまして第2回地域人権シンポジウム(以下、シンポジウム)が開催され、今話題の橋下徹前大阪府知事の政治手法に対する批判と「品格」のある都市のあり方について木津川計氏にお話ししていただきました。
シンポは行政、民主団体、市民団体、一般参加を含め、330名もの参加で大成功をおさめました。

第2回地域人権シンポジウム・木津川計氏の講演に参加者のほとんどが笑い感動した。「落語家より面白い」というが落語家には大体「ネタ本」がある。木津川先生はそれを持たずに木津川ワールドを創り出す。すごい人だ。
シンポジウムは横山和夫神戸人権交流協議会事務局次長の司会ではじまりました。
つづいて主催者を代表して本多昭一実行委員長が挨拶。
「今年もたくさんの方が参加くださりありがとうございます。今年は三月に東日本大震災という大きな震災がありました。自然災害であると同時に人災でもありました。日本中の人々がこれからどうしたら良いか考えています。その中でもマスコミは震災報道において正確に解決へ向けてどうしたらいいかという報道ができていたのか?そう思っておられる方も多いと思います。そういうところについても話し合っていきたいと思いますので、どうぞ最後までご清聴ください」と挨拶しました。
つづいて忙しい中ご参加いただきました来賓の方々の氏名を読み上げて紹介しました。
基調報告
シンポジウムの歴史的意義をあらためて強調

基調報告を鳥飼慶陽神戸人権交流協議会副議長が行いました。
鳥飼氏は基調報告が「非常に簡潔に部落問題解決、地域社会における諸問題解決の方向を示しているのでよく読んでいただきたい」前置きし、地域人権シンポジウムの前身である神戸人権問題研究集会から現在のシンポジウムに引き継がれてきた歴史と意義を、地域人権連の前身である全解連の運動と「のじぎく会館」の歴史を絡めて簡潔に説明されました。
また、橋下府知事が「部落出身」であることを取り上げた週刊『新潮』の記事を事例にして、朝日新聞の村崎太郎氏の記事などの部落差別問題に対する意見として、神戸人権交流協議会がブログで見解を示していることなどを紹介しました。
基調講演
木津川氏、基調講演で自治と民主主義の真髄を軽妙に語る

基調講演は「《都市格》を大阪はなぜ低下させたのか?ハシズムで都市格は上がるか?」と題し、『上方芸能』発行人の木津川計氏が行いました。
テーマは重いものでしたが、さすがに話術とユーモアの魔術師と異名をとる木津川計氏、参加者を笑いと感動の渦に巻き込みました。
以下はそのお話しの要約です。
都市格三都物語
木津川氏は「都市にも『格』がある」として、京都、神戸、大阪の関西3都市を取り上げ、 その都市格を測るものとして1文化のストック2景観の文化性1発信する情報の三つをあげました。

大阪の全国的なイメージ
そのうえで「全国的な大阪のイメージとして京都、神戸と比べて『治安が悪い・汚い』と非常に悪い、全国の方に尊敬される都市とは写っていない。歴史と伝統の街『京都』、異国情緒に彩られた街『神戸』というイメージに比べ大阪のイメージはまことに残念ながら『欲望渦巻く都市』であります」と笑いを誘いました。
橋下徹前大阪府知事は大阪を悪くした
また、橋下府知事について「かつて橋下徹府知事は府知事選に出馬した時に、初めての街頭演説で「僕は大阪に育てられた。今、その大阪に元気が無い、大阪のイメージが悪い。全国から『汚い、治安が悪い』と言われている。僕は大阪が馬鹿にされるのは我慢できない」と演説した。しかし、そのイメージの悪さ、都市力の低下の改善を街頭演説で訴えた橋下徹氏が府知事になってからの3年間、大阪の状況は逆にますます悪くなってしまった。いっそう馬鹿にされ尊敬されない都市になりつつあるのです」と指摘。
木津川氏は現在の大阪のイメージを有名人から表し、かつて選挙カーでのセクハラ行為でその職を追われた横山ノック元知事を『破廉恥型』という類型に区分けるなら、現在は、山口組幹部との黒い関係を取り立たされ芸能界を追われた島田紳助や、府職員への恐怖支配や大阪市を仮想敵とし、平松市長を激烈に攻撃する橋下府知事ら強面て有名人の言わば『権力型』であると指摘します。
反ハシズム統一戦線を提起
木津川氏は最後に「善悪の区別が付かない知事の暴走をこれ以上許すわけにはいかない。圧政的な職員基本条例案、教育基本条例案や妄想とも言える大阪都構想など、11月の市長選で最悪の選択がなされてからでは遅い」とし、「平松市政への異論はもちろんあるが、一時棚上げにし、反ハシズム統一戦線の結成を急がねばならない」と講演を括ると、会場からは大きな拍手がおきました。
最終更新日時 2011年12月15日 11時25分59秒
午後のシンポジウム報告
マスメディアの『解放同盟」追随姿勢と民間資本(広告主)利益擁護体質が明るみになりました

シンポジウムは神戸人権交流協議会の森元憲昭事務局長の司会ではじまりました。
週刊『新潮』の広告を批判
はじめに、森元氏は週刊『新潮』の「橋下大阪府知事の出生の秘密」という広告宣伝を取り上げ「前時代的な記事で大阪府民の遅れた同和意識を掻き立てるようなものである」と指摘し、猿回しの村崎太郎氏の差別報告記事や野中広務氏の「差別と人権」における「おかしな部落問題に対する認識」を指摘している「神戸人権交流協議会ブログ」を紹介しました。
「小さな発信」から「アラブの春」は生まれた
森元氏は「これまでマスメディアは『差別探し』『差別告発報道』をやってきた。私たちはこれから『差別解消報道』をすべきだと提案している。『アラブの春』と言われるようにアラブの民主化を支えたのはインターネットのブログ等による『小さな発信』であった。正しい意見を全国に向けて発信していくことによって世論を変えていくものと考え、このシンポの企画は生まれた」と趣旨を説明しました。
現実感のある-寺園報告

報告では「取材現場から見たマスコミの部落問題報道」と題し、フリージャーナリストの寺園敦史氏が報告しました。 寺園氏は「私はフリージャーナリストとして約17年間、部落問題について取材してきました。その中でいくつか本も書いており、マスコミの部落問題報道についても書いております」と自己紹介し、「私自身は部落問題はすでに基本的に解決しているとの見解を持っております。『解決』というのは行政が部落差別に対して何かを行うという状況ではなくなった。そういう段階に来たということです」と説明。
また「今やマスコミは巨大な情報産業であって民間企業に対して社会正義を期待するのは難しいのではないか、マスコミが影響力を持つ社会と言うのは本当に健全なものなのか?」と話し、「かつての八鹿高校事件の時のようなマスコミの報道姿勢に対しては当然責任を追及されるべきだが、今は状況が大きく変わっている。むしろ我々が情報を発信し、マスコミを後追いさせるようにすべきではないか」と話しました。
また、寺園氏はかつての部落問題取材の現場体験として2002年の京都で起きた補助金不正事件で記者会見をやり、多くのマスコミが取材に来ましたが、翌日、記事にしたのは赤旗だけであったことを紹介し、多くのマスコミは『同和問題』の暗黙の了解で書かなかったのです」と報告した。
寺園氏の報告は現実感があり、参加者に深い感銘を与えていました。
本多氏-震災に群がる大資本の姿を赤裸々に報告

つづいて本多昭一京都府立大学名誉教授がまちづくりの専門家として東日本大震災復興に関わってこられた体験から震災のマスコミ報道について報告しました。
本多氏は財界と政府がこの大震災を一つのチャンスととらえ、復興基本法と言う法律にまでしていることを指摘し、「阪神・淡路大震災では『創造的復興』として震災が起きる前から持っていた都市計画を震災後、『創造的復興だ』と神戸空港を含めてそのまま押し進めた。今回の大震災でも同じようなことをしようとしている。漁業特区を作り、大企業の漁業参入を押し進めようとしているが、大切な被災者の生活再建、家の再建や仕事の確保がおろそかになっている」と指摘し、「今回のシンポジウムのテーマにも関わってくるマスコミに対する働きかけも必要になってくる」と話しました。
テレビではいかに被災地が酷い状態であるかという事件報道のようなやり方を繰り返し、本当に被災者が必要な情報が報道されなかった。あれだけチャンネルがあったのだから同じような報道ではなく情報の分担をするべきではないのかという被災者の意見があったことを紹介し、「マスメディアは日本を新自由主義的な経済を推進するための報道をしているということを意識し、真に被災者が主体となる復興を考えていかなければならない」と締めくくりました。
メディアリテラシーについて畦布哲志報告
つづいて特別報告として畦布哲志日本機関紙協会兵庫県本部副理事長がメディアリテラシーの問題について、「私たちが一日のうちに目にするニュースは一紙で400くらいで、70億もの人類がいる中で圧倒的な数のニュースが報道されていません。大事なのは報道されていないニュースにも目を向けることです。圧倒的な数の切り捨てられたニュースについて、なぜ報道されないのか、またはなぜ報道されるのか、報道されたニュースの裏には何があるのか、その選択の基準は何なのか、そういうことを意識することが大事」と話しました。
なのは報道されていないニュースにも目を向けることです。圧倒的な数の切り捨てられたニュースについて、なぜ報道されないのか、またはなぜ報道されるのか、報道されたニュースの裏には何があるのか、その選択の基準は何なのか、そういうことを意識することが大事」と話しました。
質疑応答
つづいて、休憩を挟み、質疑応答に移りました。 その内容は、同和教育至上主義であった時代に、それに従わなかったために「差別者」レッテルを貼られたが、寺園氏の話しを聞いてそうした同和教育がやはり誤りであったことを確信した。
質問については、東日本大震災における震災復興計画での学校の役割と位置づけについて教えて欲しい。「部落」は「こわい」という意見があるがその背景にある糾弾の現状を教えてほしいなどが出されました。
寺園氏の答え
「糾弾については地域による差もありますが、かつてのような暴力的な糾弾はできない状況にあると思います。ただ、糾弾される側は一方的にされるもので、いくらソフトなものであっても彼らのやっている糾弾会は人権問題を引き起こすものです。もともと彼らの糾弾は行政からお金を引き出す目的があったもので、現在はいくら行政を締め上げてもお金は出ないので、そうそうはできない状況にあると思います」と答えました。
本多氏の答え
「学校が避難所になって最初の住居になっていましたが、今回の震災では震災以前に学校子ども達無視の統廃合が進んでいて、現状はいくつもの仮設住宅からバス通学になってしまっているような状況です。ほんとうは地域に密着した学校にしないといけないが、非常に難しい問題です。これから議論していく必要があります」と答えました。
最後に寺園氏から被災地での暴言を繰り返し、復興相を辞任した松本龍前復興相についての報告がありました。
寺園氏によれば「松本氏は、「解放同盟」の中央本部の副委員長をやっていたことがあり、選挙のたびに「解放同盟」をあげて選挙態勢がとられるような人物ということです。
西日本新聞に、その松本氏を「解放同盟」の福岡県連が批判するような見解を出したことを紹介する記事が出たのです。その記事内容は「九州人だから語気が荒い」や、「B型だから短絡的」という発言は「長い間、部落解放運動に関わってきた方にあるまじき発言だ」というものだそうです。
被災地で「お客さんがくるなら待っているもんだ」とか「これを報道したら終わりだ」といった知事やマスメディアを恫喝したことを問題にするのではなく、こんなところを取り上げたというのです。なんとずれたセンスか、しかし、西日本新聞はこれをまじめに報道した。寺園氏は「いかにマスコミが御用新聞になっているかを示すものだ」と批判していました。
第三の権力といわれるマスメディアを批判するのがおこがましいほど小さな集会ではありましたが、マスメデイァの人権報道の問題点を明らかにする上では大きな意義を持つ集会でした。
最終更新日時 2011年12月15日 10時51分6秒
第2回地域人権シポジウム 基調報告
以下は上記シンポジウムにおける基調報告の内容です
1、集会の意義と課題
日本は今、リーマンショックといわれたアメリカ発の金融危機から端を発した長期にわたる不況(恐慌)と円高、長期にわたる自民党政権の無策により食い止められなかった少子高齢化によって、医療・福祉予算の膨張により、深刻な国家財政の危機に直面しているといわれています。
そして、この危機に追い討ちをかけるように東日本大震災(大津波)が襲い、阪神・淡路大震災をはるかに凌ぐ甚大な被害をもたらし、その上に福島第1原発事故という未曾有の人災が襲いかかってきました。
私たちは、長年にわたり「人権が尊重された地域社会の実現を」をメインテーマとして、本集会を開催してきましたが、高齢化社会における福祉・医療・年金制度、地域の自治・コミニュティの現状はもとより、東日本大震災の復興の現状から見ると、その実現は未だ道半ばというのが現状です。
部落問題についても、マスメディアや自治体への「解放同盟」の理論・政策的影響が強く、部落問題解決の科学的到達点や解決の展望が不明確なまま、「人権啓発・教育」や「人権報道」として流布され、国民の間に混乱を生み出しています。
本シンポでは、これまで自治体による「人権教育・啓発」の問題点について指摘し、改善点を積極的に提起してきましたが、本年は、マスメディアの人権報道のありかたについて問題点を指摘し、改善点を提起したいと考えています。
神戸の弱小地域団体が第三の権力といわれる強大なマスメディアに意見を申すというのはドンキホーテのごとく滑稽であるかもしれませんが、『さる蟹合戦』の例えのように同調する仲間が増えて、大きな世論となることを期待して問題提起を行いたいと考えます。
以上の意義を踏まえて本集会では次の諸課題について討議し、具体的方策を明確にしたいと考えています。
(1)人権が尊重された地域社会を実現するためにいかなるタブーも許さず、新しい地域政策と住民運動のあり方を明確にします。
(2)少子高齢化社会による地域の変化を科学的に分析し、住民参加による教育・文化、福祉のまちづくりをすすめるための理論・政策を明確にし ていきます。
(3)市民のための人権教育・啓発のあり方を明確にしていきます。また、欠陥法案といわれる「人権侵害救済法案」の内容を検証し、真の人権擁護・救済のための提言を行います。
(4)「同和利権」「同和犯罪」の真相を究明し、同和問題を最終的に解決する道筋を論議し、具体化していきます。
(5)学校、会社、地域における人権侵害の現状を浮き彫りにし、市民の人権が真に保障される地域社会を実現するための具体的方向を明確にしていきます。
(6)日本国憲法に基づく基本的人権を地域社会において実現するために、各層・各分野の人権問題運動の交流を広げます。
最終更新日時 2011年12月15日 11時23分49秒
2、人権報道とマスメディアの責任
(1)八鹿高校事件と報道
1996年2月8日、最高裁判所は八鹿高校事件(1974年11月)の民事訴訟において上告を棄却する判決を行い、刑事、民事ともに当時の「解放同盟」幹部丸尾良明らの有罪が確定しました。当時、これをほど明確な暴力・傷害事件を日本共産党の『赤旗新聞』以外は報道せず、むしろ、「暴力事件はなかった」という当時の社会党の声明を大々的に報道し、事件の真相隠蔽に手を貸しました。
この背景には、「解放同盟」の暴力的確認・糾弾を恐れるとともに、被差別者に不利益になると思われる事実について報道を控えるという「解同タブー」が暗黙の内にマスメディア全体を支配していたといわれています。
もし、マスメディアが「解同タブー」を恐れずに徹底的に事件の真相を報道し、「解放同盟」の責任を追及していたならば、その後の暴力利権あさりは防げたかもしれません。
この「解同タブー」といわれるものが、その後も部落問題解決に暗い陰を落とすことになったのです。
(2)阪神大震災と報道
阪神大震災に関わり、マスメディアは部落問題に関わり様々な誤報を流しました。例えば、『ジャパンタイムス』は「部落出身者が救援から除外されている」とかありもしないことを報道し、神戸市や人権連(当時・全解連)の抗議を受けて訂正するとか、「差別があるから旧同和地区の人は仮設に応募しない」などという怪情報ともいうべき記事が週刊誌等で流されました。
中でも大きな問題となったのは、1997年神戸新聞が特集した「震災と被差別部落・3年目の秋の報告」(資料1参照)でした。その内容は、阪神大震災という未曾有の災害を受けた被災市民を「差別」「被差別」に区分けし、「被差別部落」の被害に特殊性があるかのように報道するという時代錯誤的なものでした。
その内容は「被害集中、遅れる再建」などという予断に満ちた見出しで、震災の被害が部落に特別集中したかったような内容に終始し、中には「解きたい"やっかみ"の目」という低劣な表現を敢えて使用し、公営住宅の「不適正な入れ替わり」(現在は応能応益制が導入されほとんどない)にも正当性があるかのようなものもありました。
地域人権連(当時全解連)神戸人権交流協議会は直ちに抗議すると共に「全解連の見解」を神戸新聞社に提出しました。当時の神戸新聞社の回答書には「神戸新聞社の先人たちが、部落差別を告発する先駆的な告発をはじめてすでに30年を超える。仕事は道半ばであり...」(1997年10月8日)と、記事の目的が「差別の告発」であることを明言しています。
この時点においても「告発」を使命と考えているのです。
資料1
資料2

(3)「差別を越えて」にみる報道(朝日新聞夕刊)
朝日新聞は「解放同盟」追随では定評のある新聞社です。しかし、同和特別法が終結し、8年目を迎え、大阪における「解放同盟」による「同和利権・犯罪」が大きく取り上げられ、「解放同盟」に対する国民的批判が大きく広がる中、その姿勢も一定改善されるのではないかと期待していましたが、朝日新聞夕刊に連載された「人脈記『差別をこえて』」(2010年1月19日から29日・資料2を参照)は見事にその期待を裏切ってしまいました。
連載の記事全体を通じて「部落」「被差別部落」という表現を使用し、日本社会において部落に対する差別が依然として根強く存在していることを意識的に記事に盛り込んでいることです。
また、記事のもとになっている取材源は主に「解放同盟」の構成員もしくは関係者が多く、部落問題を公正・中立に取り上げると見せかけて、「解放同盟」の見解を巧妙に宣伝するという役割を果たしているのです。
この連載の目的は、「解放同盟」が推進し、朝日新聞も同調している「人権侵害救済法」が、大阪で露見した「同和利権・犯罪」に対する国民的批判が同法批判と結びつくことを恐れ、「差別」の存在を認識させ世論を沈静化するためのものであったと考えられます。
資料1

資料2

(4)猿回しの村崎太郎さんをめぐる報道
猿回し芸人村崎太郎氏をモデルに書かれた小説を奥様の栗原美和子さんが出版したこともあってか、朝日新聞や産経新聞などが、村崎氏が「被差別部落出身者であることをカミングアウトした」(資料3参照)として大々的に報じましたが、記事の趣旨はいとも簡単で、芸能界で「部落出身」であることを「発覚する」ことを恐れていたというもので、村崎氏を島崎藤村が描いた「破戒」の主人公丑松に投影させるような表現となっています。
この村崎氏の「告白」に対する意見については、人権連としては機関紙、ブログ、本シンポ等で提起しており、改めて紹介しておきます。
村崎さんここが間違っているぞ!
◎第1の間違いは、「部落出身」を自覚すること
今は江戸時代のような身分制社会ではない。よって、何人も自らの身分を自覚し、名乗る必要はない。但し、旧身分を利用して商売したい人は別である。
◎第2の間違いは「告白」すること
「部落」に生まれたことはなんら罪ではない。ましてや犯罪を犯して潜伏しているわけではない。よって、「告白」などする義務や必要は全く無い。
◎第3の間違いは、ふるさとを自ら卑下していること
人間には誰でもふるさとがあり、どこのふるさとにも歴史があり、一生懸命に命をつないできた家族の歴史がある。その歴史に優劣を付けるのは間違いである。麻生太郎のような「出自・家柄」にこだわる人間もいるがあれは時代感覚と人権認識がおかしいのである。
◎「部落差別」のない状態を想像して見てください
学校や職場、地域の日常生活において交際や交流する際に相手の地域の歴史や家柄・血筋を意識していますか?ほとんどの人は意識していません。大切なのは人格・能力ですね。かつての家柄・血筋が利用できる人は天皇家だけで、一般的にはなんの利用価値もありません。健全な社会とは家柄・血筋ではなく人格・能力で人間の価値が決まる社会ではありませんか。
◎一部の遅れた意識をもつ政治家のように、血筋や家柄を自慢する人は心が貧しいと思いませんか?

(5)元自民党幹事長の野中広務さんをめぐる報道
村崎さんと並んで話題を呼んだのは、部落解放運動に参加せず、自民党という保守本流を歩いてきた野中広務氏が語った部落問題でした。
野中氏京都府下の町会議員から町長になり、府会議員、京都府副知事を務め、自民党から衆議院選挙に出馬し、当選して以来、大臣を歴任し、最後は自民党幹事長までやった大物です。その大物が「差別と人権」(『角川oneテーマ21』)という本で自らが部落出身で差別を受けてきたことを告白して話題となりました。
特に、その本で話題となったのが、麻生元首相が首相になる前(2001年)に、ある会合で「野中やらAやBは部落の人間だ。だからあんなのが総理になってどうするんだい」と暴言を吐いたということを、「ある新聞社の記者」が手紙で教えてくれたというくだりでした。
麻生太郎が漢字を知らない、ご自分の「家柄・血筋自慢」の程度の低い議員であることは多くの国民が知っていることだが、本の内容からいえば野中さんも相当程度が低いと思われます。
この本についても、ブログで発表していますので、以下はその内容を紹介します。
どこか変だぞ野中さんの部落問題
その理由の第1は、こんな大切な問題を今頃になってなぜしゃべるのか?その時点において問題にし、公にしていれば、あんな程度の悪い総理大臣は誕生しなかったかもしれない。アメリカやヨーロッパでは大臣や議員が「黒人は大統領なれない。大統領にするな」などと言えば、大統領はおろか、議員辞職となるであろう。したがって麻生太郎は大臣どころか議員としての地位さえ危なかったであろう。
第2の理由は、野中氏は当日会合に参加した議員には事実確認したようだが、麻生氏本人には直接事実を確認していない。(確認したとは書いていない)本当に人権を守るという決意と気概があれば事実確認は常識でしょう。
第3の理由は、「ある新聞社の記者」は直接会合で聞いているのに、なぜ野中氏は記者の名前を明かし、その事実を公表させようとしないのか。
第4の理由は、「ある新聞社の記者」は直接会合で聞いて何故、その場で問題にしなかったのか?仮にも人権を守る使命を担う新聞記者であろう。これらの話しを総合すると、野中さんも「ある新聞社」も「ある記者」も自民党もなれあいで、本気で差別問題を解決する気がないのである。野中さん得意の裏取引でもあったのか?
そこで野中さんへ、あなたが差別を受けてもそれを乗り越えて大物になったことを自慢されるのはよくわかりますが、社会的に大きな影響力を持つ大物政治家の差別発言を曖昧にしたことを反省せずに、地域で地道に運動を続けてきた運動団体を批判するのはいかがなものですか?
私たちのような草莽の士でも麻生発言を曖昧に終わらせたりしませんよ。
(6)マスメディアは「差別探し報道」から「差別解消報道」への転換を
以上のように、マスメディアは部落差別をなくすための報道は「一般」と「被差別者」に国民を区分し、差別を「告発」し、国民に人権侵害の状況を認識させるというスタンスをとっています。その結果、必然的に差別を「告発」するための「差別探し報道」とならざるを得なかったのです。このスタンスは現在も続いています。
部落問題は「部落差別」が存在しないと成り立ちません。当然ながら部落解放運動も同じです。日本の正しい部落解放運動と民主主義運動の前進、同和対策事業や部落差別の実態は減少の一途をたどり、いまや部落問題は社会問題とはなりえなくなっています。勿論「部落差別」が完全に解消したという意味でなく、遅れた意識や因習にとらわれている人たちもが少ないとはいえ存在していることも事実です。
部落問題の解消は最終的段階に入っています。こうした時代にさわしい報道の基本は「差別解消報道」であると考えます。差別を乗り越え、地域住民が支えあい交流し、「被差別」という壁が粉々に解体されている姿を報道すべきです。
マスメディアによる旧態依然とした「解放同盟」追随、「告発」を中心とする報道の継続は、部落問題の解決に混乱をもたらすだけであり、早急に転換すべきです。
最終更新日時 2011年12月15日 10時48分33秒
3、市民のための人権擁護と人権教育・啓発を推進するために
(1)「人権救済法案」は一旦白紙にして国民論議を
国民の人権を法的に擁護・救済するための「人権救済法案」は、「解放同盟」待望の民主党政権の誕生で実現性が高まりましたが、野党の頑強な反対、大阪を中心とする「同和利権・犯罪」の多発、最後は「解放同盟」の前本部副委員長の松本龍復興担当大臣の「暴言」による辞任などにより、その実現性は大きく後退しています。
日弁連国内人権機関実現委員会は、権力による人権侵害の多発、障害者や女性、マイノリティ-に対する差別と偏見、人権無視の雇用や労働条件などを上げ、日本の人権状況は国内人権機関を必要として、内閣府に国内人権機関を設置することを要求しています。
一方、人権連は国民のための人権救済機関は必要としながらも、差別が解消に向かい、差別問題が派生した場合でも基本的に当事者間の話し合いにより解決すべき部落問題の性格から言えば、
緊急に必要なものではありません。むしろ「解放同盟」が「人権侵害の判定者」としての地歩を確立し、新たな人権支配に道を開く危険性があることから、政府案も自民党案も一旦白紙に戻し、1人権侵害を誰が公平に判定するか?2表現・言論の自由を守るなどの基本原則を基に国民的に論議することを提言しています。
(2)正しい「人権教育・啓発」の基本的観点の確立を
「人権教育・啓発推進法」が制定されて11年目を迎えています。国は「人権教育・啓発に関する基本計画」を策定し、それに基づき、地方自治体においても基本計画の審議、計画の策定がすすめられ、 兵庫県においては「人権教育・啓発に関する総合推進指針」を策定し、神戸市においても「人権教育・啓発」に関する「基本計画」を策定し、日本国憲法および人権関係の国際条約に基づき、行政主導の「人権教育・啓発」が推進されていますが、計画が「差別意識」を中心課題としているために、上から下への説教的なものになっているものが多く、県・市民の関心を呼び起こすものにはなっていません。
国や自治体の行うべき「人権教育・啓発」の基本は、県・市民の自主学習にあるこというまでもありません。行政の行う「人権教育・啓発」は、市民社会を恐怖と混乱に陥れたり、市民の生命や財産を奪う病気や犯罪の発生した場合、または国家や社会的権力による被害者の名誉や権利回復のために、目的と範囲を明確にしておこなうべきものです。
さらに、行政が「人権教育・啓発」を行う場合については、すべての人権問題を「差別意識」の問題に矮小化せず、多様な人権問題の基本的属性・歴史的な成立過程を明確にし、それぞれの人権問題解決の方向を提起することが必要です。
国や自治体が「差別意識」のみに限定して「人権教育・啓発」を進めれば進めるほど、地域社会における人権問題の実態とは乖離し、人権運動に混乱をもたらすことは明確です。
(3)差別と批判は明確に区別すること
各種意識調査の結果を見ると、部落問題に限らず少数民族やニューカマーの人たちに対する偏見や不理解が存在することは事実であります。こうした人たちを啓発するためには、意見を充分聞きだし、対話を通じて解決を進める必要がありますが、「解放同盟」の暴力的な確認・糾弾と行政による上からの強制的な研修が長きにわたり行われてきたという経緯もあって、自由に人権問題が討論できるという状態にはありませんでした。
差別は実態概念であり、差別意識は意識である限り差別ではありませんが、差別的言動は差別となります。しかし、行政や企業などによる社会性のある差別と、地域社会において住民間の交流が前進する中で派生する差別的言動は区別する必要があります。
住民間の問題については対話と学習によって解決すべき課題と認識すべきであり、運動団体が肉体的・精神的抑圧を加えることにより解決すべき対象ではありません。また、差別的発言と思われる中にも、行き過ぎた特別対策、運動団体の行為、対象住民の生活態度などを批判している場合も多々あり、厳密に区分する必要があります。そして、正当な批判には耳を傾け、偏見が確認できた場合でも対話によって問題解決を進めていく必要があります。
(4)部落問題の最終課題は「解同問題」の解決
国や自治体は、部落問題を解決するための「教育・啓発」の重要性を提起していますが、大阪・京都などにおける暴力的な確認・糾弾を背景とする「同和利権・犯罪」の問題を解決しない限り、同和地区に対する遅れた意識を持った一部の国民に対して説得力を持った「教育・啓発」が出来ないことはいうまでもありません。
「解同問題」とは、同和行政とともに生まれ、暴力的な確認・糾弾を背景に、同和行政の窓口を一本化することにより地域住民を支配し、「同和利権」を独占することにより私服を肥やし、「同和利権」から得た金を政治家にばら撒き、行政の幹部と「解同」、政治家による三位一体の構造のことであり、部落問題とは全く次元の違う問題です。こうした「解同問題」を解決するためには、確認・糾弾の否定、行政の主体性の確立、政党・政治家と「解同」の癒着を断ち切り、同和対策を終結するしかありません。これを「解同問題」の解決といいます。
地域人権連(全解連)は、かつて「21世紀をめざす基本方向」(1987年3月)の中で、部落問題が基本的に解決された状態を四つの指標(1部落と周辺地域との格差が是正されること。2部落問題に対する偏見や言動が受け入れられない地域社会をつくること。3部落住民の生活態度・習慣にみられる歴史的後進性が克服されること。4自由な社会的交流が進展し、融合・連帯が実現すること。)で明確にしました。その四つの指標が基本的に達成されたとして、地域人権連に発展改組(2000年9月)したのです。
その時の基本方針において、「基本方向」を継承・発展させるという立場を踏まえ、総仕上げの局面の運動として、同和対策の終結、「解同問題」の解決を最大の課題として提起しました。
さらに、神戸人権交流協議会では、この発展改組を起点として、部落問題が最終的に解決された状態についても論議を重ね、部落問題が最終的に解決された状態を、現時点では、日本社会における社会問題が解決されなかったとしても、「国民誰もが自らの旧身分は勿論、他人の旧身分を意識せず、職場や学園、地域社会において生活できる状態」と規定していますが、さらに、みなさんのご意見をいただき充実していきたいと考えています。
最終更新日時 2011年12月15日 10時48分1秒
4、激変する地域社会の課題
(1)地域社会と住民運動
地域とは、土地の区域を指し、地域社会とは、その地域に成立した歴史的・社会的特徴をもった生活共同体のことであります。地域住民運動の主体は、地域住民であり、それは一定の区域に居住して、生活の空間を共有しているあらゆる階層・職業の人たちを指します。
よって必然的に住民運動の課題は多種多様にならざるを得なくなり、環境保全・再生、まちづくり、福祉、仕事確保、教育・文化、保健・衛生など住民の安全・安心・快適な生活を守るための運動が必要に応じて自主的に生まれてくるのです。それとともに、多種多様な住民運動団体が結成され、解決すれば消滅していく性格を持っているのです。
部落解放運動を事例として説明するならば、部落解放運動とは、封建的身分差別の残滓のために経済的・社会的・文化的に低位な状態に置かれてきた「部落」という地域において成立、発展、消滅する地域住民運動でありました。
戦後の民主化と、日本国憲法を基軸とする民主主義運動の発展と浸透、部落解放運動の高まりと同和対策による格差是正が前進することにより、一般的には「解放同盟」以外においては「部落」「部落民」などという用語はほとんど死語となりつつあります。
しかし、部落問題が基本的に解決の段階を迎えているとしても、地域問題がすべて解決したわけではなく、国による反国民的政策が反映して、現代における社会問題の多くは地域において発生しています。そのために地域の抱える諸課題を解決するためには国との対立が生まれることになります。
地域住民運動は特定の区域において行われる地域住民の主体的な運動であり、その運動の特徴は、労働組合運動、消費者運動、NPOなど非営利活動法人、政党活動などとは基本的には違う住民運動であります。 (2)地域社会の劇的変化
都市部における地域社会は大きな転換点に立っています。表(次ぺージ)は、「日本の将来推計人口」(出典¨国立社会保障・人口問題研究所)で、100年後の日本の人口を予測したものです。この表によれば、100年後の日本の人口は、ほぼ100年前と同じ人口になるということが予
測されています。政府や自治体は少子化対策を進めていますが、一定の効果は上げられたとしても、基本的にはこの人口減少は食い止められないといわれています。
これまで都市部においては、人口増加を前提にして地域政策を考えてきましたが、発想を大転換して、21世紀は人口減少を前提にした地域政策を考えなければならない時代となっています。人口の減少はあらゆる面で、急速な需要の低下を招きます。その結果、産業の縮小が進み、地域から事業所や営業所が消えていきます。さらに、これまで供給してきた福祉施設、学校や住宅も過剰ストックとなります。
しかし、人口の減少がそのまま地域社会を衰退させるというわけではありません。外国人労働者の受け入れを調整して、日本の若者を優先して雇用すれば仕事に困ることは無くなります。また、必要で無くなった公共施設や用地を、安心快適な地域社会作りのために新たに転用することも可能です。
問題なのは、地域社会の前提が大きく変化しているのにもかかわらず、今後も成長型の発想で地域政策を作り実行しようとしていることです。
人口減少とともに、大きな問題となるのは急増する65歳以上の高齢者です。日本の高齢化率はすでに世界最高水準にありますが、2055年までには40%を超えると予想されています。10人に4人が高齢者となる地域社会はどのような状態となるのか科学的な調査に基づく予想が必要とされています。
厚生労働省大臣官房統計情報部『国民生活基礎調査』(1996年から2005年まで)によれば、都市部においては1子どもと同居しない家庭が増加し、2女性だけの1人暮らし(男性の約3倍)が増加するという結果が出ています。
今後とも、この傾向は続くとなれば、女性中心の超高齢化社会が到来することになります。
こうした基本認識の上に立ち、真に人権が尊重された地域社会を実現するためには、地域ごとの現状を把握し、将来を見据え、長期・中期・当面する課題を明確にしたうえでの地域政策および地域計画が必要となります。
5、発想を180度転換した地域政策と住民運動の構築を
(1)若者を中心にすえた地域社会づくりを
少子高齢化対策は急務の課題であることはいうまでもありませんが、女性を中心とする超高齢化社会の到来は確実であるといわれています。そこで、重要となるのは地域における福祉・介護施設などの社会資本の充実であることはいうまでもありませんが、これまでと同じような行政主導によるまちづくりを期待しても財源不足と人材不足により実現することは極めて困難となります。むしろ、そうした現実を踏まえて、これまでの社会資本を効果的に利用し、地域を安心・安全な町にすることが重要になってきます。
今後、高齢者がまちづくりの中心勢力になることは明白であり、またならなければならないという現実に直面しています。しかし、高齢化の進んだ地域においてすでに大きな問題となりつつあるのは後継者の不足です。
高齢化社会の到来は高齢者主体のまちづくりが当然のごとく提起されていますが、この時こそ、次代を想定した若者中心のまちづくりビジョンを構想することが大切であり、地域に若者を結集するための政策誘導が必要である考えます。
公営住宅への優先入居制度、若者への仕事保障、子育て施設・環境の充実などを進めれば、地域に若者が集まり地域が活性化します。活性化すれば必然的に子どもの数も増加していきます。高齢者の責務は自分が健康で働き長生きするだけではありません。次代のまちづくりの担い手を育成することも大きな仕事であると自覚すべきです。
政府は年金制度を改悪して68歳まで年金支給を引き上げることを前提に、企業に雇用の延長を求めようとしていますが、これは完全にライフサイクルに逆行する政策です。むしろ、年金を早く支給して、高齢者をフリーにし、若者を優先的に雇用することです。若者をいじめる国が栄えたためしがありません。
(2)貧困化に対決できるネットワークの構築を
金融自由化が生み出した投機資金が暴走し、経済と国民生活に猛威を振るっています。
米国に端を発したリーマンショックは、世界の金融機関に莫大な損失をもたらし、世界的規模で財政危機をもたらしています。さらに、行き場を失った投機マネーが異常な円高を生み出し、日本の輸出産業に大きな打撃を与えています。
こうした中で、非正規・派遣労働者の待機や解雇が相次いでおり、生活不安にあえぐ若者たちを増大させています。さらに、セーフティネットとしての役割を果たすべき生活保護行政は、申請者を疑い、申請を受理しないことを徹底して行うなど、人権と人命無視の姿勢をとり続けています。
また、直接的に地域経済に影響をもたらす中小商店についても、大店舗法を廃止し、商店街つぶしなどを進めてきました。そうした社会状況を反映してか、凶悪犯罪・いじめの多発、毎年続く3万人を越える自殺など、悲惨な事件は止まることなく続いてます。
激変する地域の状況に対応し、安全・安心な地域社会を実現するためには、かつてなく多様な課題に柔軟に対応できる地域住民運動への転換が求められています。その核となる運動は、福祉、雇用、法律、教育など、それぞれの分野で個別に行われている活動を結びつけるネットワーキング(他人とのつながりを形成するプロセス)活動、そして、その結果として生まれるネットワーク(網状連結し広がる組織)型運動であると考えられます。一市民の悩みが多面的に支援され解決できる能力を持った組織形態のことです。その中心的な組織となるのは非営利活動法人(NPO)や協同組合組織であると考えられます。
現在行政は、地域住民、地縁組織やNPOなどとの「協働」による地域社会作りを進めています。こうした住民参加による地域社会づくりは、住民自治・民主主義の育成という観点からも、行政機能・施策の効率化という点からも意義があると考えられます。
さらに、総合的に地域社会づくりを進めるためには、様々な分野・階層を横断するネットワークづくりが必要となっており、神戸人権交流協議会は、部落解放運動終結後の活動スタイルとして、地域での「安心・しあわせネットワーク」を結成し、様々な地域住民の生活と権利を守る活動を継続しています。
(3)神戸人権交流協議会の「安心・しあわせネットワーク」
神戸人権交流協議会は部落解放運動を終結して以来、それまでの単一型の組織を、中小業者の諸権利を守り育てる組織として『民主企業組合』を設立、さらに、地域の自治と民主主義を破壊し、同和対策の復活を狙う似非(えせ)同和団体の活動を阻止する『人権と民主主義を育てる会』を設立しました。この新しい2つの組織と、20年前から地域を基礎に、子どもたちの健やかな成長を願い活動する『教育文化協同組合』を合わせた連合組織として再出発しました。
この連合組織には、住宅・まちづくりに関しても、専門的見地から全面的に支援・協力してもらえる『NPOまちづくり神戸』(理事長・本多昭一京都府立大学名誉教授)が存在しており、地域住民の抱える諸問題に多面的に対応できる体制となつています。神戸人権交流協議会では、これを「安心・しあわせネットワーク」と名づけています。
勿論、この「安心・しあわせネットワーク」は、「旧同和地区住民」のみを対象として活動している組織ではありませんが、部落解放運動から連続している組織という点からいえば、「旧同和地区住民」にとって極めて頼りになる組織ということが出来ます。
激動する地域社会の変化を正確に把握するという作業を政府や企業任せにせず、地域住民自身が専門家の力を借りて論議し、地域社会変革の展望を持つことが大切であると考えます。
ともにがんばりましょう。
最終更新日時 2011年12月15日 10時47分27秒