彼は新しい妻と共に、
モンクレール ダウン静な朝夕を送り始めた。風の声も浪の水沫(しぶき)も、或は夜空の星の光も今は再(ふたたび)彼を誘つて、広漠とした太古の天地に、さまよはせる事は出来なくなつた。既に父とならうとしてゐた彼は、この宮の太い棟木(むなぎ)の下に、――赤と白とに狩の図を描いた、彼の部屋の四壁の内に、高天原(たかまがはら)の国が与へなかつた炉辺の幸福を見出したのであつた。
「それが、三七日(さんしちにち)の間、お籠りをして、今日が満願と云う夜(よ)に、ふと夢を見ました。何でも、同じ御堂(おどう)に詣(まい)っていた連中の中に、背むしの坊主(ぼうず)が一人いて、そいつが何か陀羅尼(だらに)のようなものを、くどくど誦(ず)していたそうでございます。大方それが、気になったせいでございましょう。うとうと眠気がさして来ても、その声ばかりは、どうしても耳をはなれませぬ。とんと、縁の下で蚯蚓(みみず)でも鳴いているような心もちで――すると、その声が、いつの間にやら人間の語(ことば)になって、『ここから帰る路で、そなたに云いよる男がある。
ダウン モンクレールその男の云う事を聞くがよい。』と、こう聞えると申すのでございますな。