実力があっても、一旦、歯車が狂うと、中々、実力に見合った結果が得られない!
ソロのキャリアをスタートした頃のポール・マッカートニーは、正に、その暗闇の中に迷い込んでいました。
天才ポールとて人の子、暗闇から抜け出せず、「My Love」の大ヒットで、ようやく、世間からの冷たい視線を跳ね返すことが出来たわけです。
しかし、この大ヒットも、その前にリリースされた「Hi,Hi,Hi」において、バンドとしてのパフォーマンスに自信を持てたことが大きかったように思います。
このように実力通りの結果と評価、そして自信が得られたことが、ポールの快進撃となり、次なる「死ぬのは奴らだ Live And Let Die」に繋がっていったんでしょうね。
ファンも、この007映画に使われた曲を聴いて"ポールの完全復活!"を確信したと思います。
冷たい風が追い風に変わった時のポールは凄かった!
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来月の18日、
満70歳を迎えるポール・マッカートニー・・・
僕は、何かとポールには厳しい発言をするが、それもこれも、彼がポップ・ミュージックの頂点に立つ男だと思っているからだ!
今日から誕生日の6月18日までの24日間で、ウイングス時代の何曲かをご紹介したいと思います
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TBSラジオ "ポップス・ホットテン"年間トップ20
この年の幕開けは、それまでの犯罪史上にない、卑劣な銀行強盗事件だった。
「三菱銀行猟銃人質事件」といわれるこの事件は、まるで小説の中のような残酷極まりないものだった。
後に、宇崎竜童主演で『TATTOO<刺青>あり』というタイトルで映画化された。
洋楽は、ポール・マッカートニー、ロッド・スチュワートなどの大物も、ディスコ・サウンド・ブームに反応・・・
ストレートなロック・ミュージックというものが、チャートから消えてしまった!
このような状況下でのビリー・ジョエルの健闘は称賛出来る!
これが俺たちの洋楽だ!
1979年
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5月20日、ビージーズのロビン・ギブさんが、癌で亡くなりました・・・
あの、メランコリックな美しい歌声の新譜をもう聴けないと思うと残念ですね・・・
ご冥福をお祈り致します。
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1976年とは・・・
この年は、今現在でも、話題になるような出来事がてんこ盛り状態でした!
Wikipediaから、当時、興味を持った出来事を中心に列挙してみました・・・
・軽自動車の規格が360ccより550ccへ
・大和運輸(現:ヤマト運輸)が宅急便を開始するも、初日の取扱い個数は2個のみ!(同じWikipediaに11個とも記してある??)現在は12億個以上
・黒柳徹子司会のトーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)放送開始、今なお、続く
・後楽園に日本初の人工芝の球場が誕生
・巨人の王貞治選手が対阪神戦でベーブ・ルースを抜く715号本塁打
・巨人、前年度最下位からセ・リーグ優勝
・植村直己が北極圏の単独犬ぞり走破に成功
・アントニオ猪木対モハメド・アリの異種格闘技戦が日本武道館で行われる
・アップルコンピュータ(現:アップル インコーポレイテッド)設立
・アメリカで、ロッキード事件が発覚
・アメリカ独立宣言200周年
・南北ベトナムが統一
・ロッキード事件で田中角栄前首相逮捕
・日清食品が「日清焼そばU.F.O.」発売
・日清食品が「どん兵衛」を発売
・酒田大火(山形県酒田市中心部)。焼失面積22.5ha・焼損棟数1,774棟・被災者3,300人
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"エレガント"に、そしてより"エレガント"に・・・
こんなキャッチフレーズの元、ヒットしたのが、ベレー帽を被った伊達男の曲でした!
今日ご紹介するのは、1977年にアルバム『噂』の歴史的大ヒットで、世界的に大ブレイクするフリートウッド・マックの、元メンバーだったボブ・ウェルチです。
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