第九章 いまどきの本屋さんと物流事情第九章 いまどきの本屋さんと物流事情■本との出あいの場を大切にしたい 私は、本と読者の出あいの場所が、本屋さんだと考えています。 私たち出版人にとっても、本屋さんは読者との接点です。 それが私のいうところの個人出版(自費出版)でも同じです。 本との出あいの場所を大切にしたい。 そのように思っているのは、私だけでないと思います。 本屋さんの荒廃は、本そのものの荒廃につながっていきます。 本屋さんの置かれている状況を理解していただき、温かく見守っていただきたいと思います。 いま、出版業界の縮図のような本屋さんの店頭では、さなざまな問題が起こっています。 売上げ減少だけでない新たな問題に、本屋さんの苦悩がつづいています。 ■恐るべき万引きの実態 「万引きとカメラ付き携帯電話の盗み撮りがなくなれば、一割は売上げが伸びるよ」 本屋さんのつぶやきです。 二兆円産業といわれる出版業ですから、二千億円の売上げ増というところでしょうか。 「古本屋さんの立地条件ですか? 新刊本屋さんから離れていないほうがいいですね」 このように言い切る古本屋さんもいます。 それほど凄まじいのです、万引きが。 私は知り合いの本屋さんの事務室で遊んでいることが多いのです。 すると、つぎからつぎへと、万引きの現行犯の子供たちが連れられてきます。 そこそこ広い事務所だって、座る席もなくなるほどの盛況ぶりです。 「しょうがない、お茶でも飲みに行こう」と店長を誘いだしたこともたびたびあります。 『換金しやすい』。 これが本と化粧品に万引きが多い原因になっているようです。 ■カメラ付き携帯電話の恐怖 『店内では携帯電話は取りださないでください』 このような貼り紙をする書店さんも増えてきました。 必要なところだけをパシッ、パシッと撮って、本を買わないお客さんも増えてきました。 「別に減っていないんだからいいだろ」 店員にとがめられたときの常套文句です。 「あなた、映画を観て、減っていないからタダだっていえないでしょう」 「じゃー、入場料でも取りゃいいだろう。本をビニールで密封するかさ」 「立ち読みには目をつぶって、ちょっと写真を撮るとダメ。おかしいよ、それ」 このような掛け合いが、毎日のようにつづいています。 ■本屋さんはショールーム さらにもう一点、インターネット通販の問題があります。 定価の高い本や重い本などは、書店でこれっといった本を見つけておくだけです。 自宅へ帰ってからインターネットで注文するのです。 重い本を持ち歩かなくてすみ、クレジットカードが使えるという利点があるのです。 このような形で本を購入する人が増えました。 本屋さんは、ボランティアのショールームと化しつつあるのです。 文庫本、新書判、雑誌など定価が安くて、もち運びにも便利な本だけが売れます。 その雑誌さえもコンビニで買う人が増えてきました。 お客の数は同じでも、売上げ金額はどんどん減っていきます。 ますます出口の見えない迷路へと、本屋さんは引き込まれていきます。 ■金太郎アメのように同じ品ぞろえになる理由 「どこの本屋さんへ行っても同じような本ばかりが並んでいるよね」 「もう少し、特徴のある品ぞろえができないのかなー」 本好きな人なら、百人中九十九人までがこのように思っています。 このような本屋さんをめぐる状況は、いまの本そのものが置かれている状況です。 一つヒットした本がでると、ドドっと類書が出回ります。 テーマもタイトルさえも似通った本が、所狭しとあふれます。 個性のある本、独創的な本は、片隅に追いやられ、やがて店頭から姿を消します。 それがどの本屋さんでも同じです。 まさに金太郎アメ現象です。 ■なぜ、こんなに本屋さんが多いのか 本屋さんが苦しくなったきっかけは、本が売れなくなったことと過剰な競争です。 書店経営は、利幅は少ないけれど、堅実な商売と思われてきました。 事実、委託販売(売れ残った本は返品ができる)と再販制度(定価販売)が基本ですから、リスクが少ないのは当然です。 そこへもってきて、以前は客寄せに一番最適なお店が本屋さんと思われていました。 デパートや大型スーパー、駅ビルなどを造るとき、まず本屋さんを誘致したのです。 デパートなどでは、できるだけ上の階に本屋さんを置きました。 本を買いにきたお客さんが、本屋さんへ行くために下の階をとおることによって、全体の売上げ増を図ったのです。 だから本屋さんは、ほかのお店より、はるかに安い賃貸料で出店できました。 新しいショッピングモールができる数と、本屋さんの新規出店は比例して増えてきました。 さらに、郊外型の本屋さんが急増してきました。 クルマ社会が定着して、道路沿いの再開発が進んだことも影響しています。 郊外の比較的安い土地で、商売として考えられるのは、ファーストフードなど限られたお店です。 地主さんたちは、利幅は少なくても、堅実と思われる本屋さんに目をつけました。 バブルの崩壊まで、毎年千軒以上の本屋さんが増えつづけてきました。 ■袋小路に追い込まれた本屋さん どのような商売でも需要を超える供給は、破綻をもたらします。 パソコンや携帯電話の普及によって、本を買う人が少なくなったといわれます。 統計の取り方にもよりますが、私はそれほど読者数が減ったとは思っていません。 でも横ばい、あるいは少しずつ下降気味であるのは、間違いのないところです。 そうなると、本屋さん同士の過剰な競争に火が着きます。 需要を上回る供給態勢ができてしまったのですから、悲惨です。 社員数を減らして、アルバイトで穴を埋め、さらに商品仕入れも絞り込むことを考えます。 その目安になったのがPOSデーター(コンピューターによる売上げ集計システム)と、さまざま発表される売上げベストテンなどです。 新聞などに載る「いま売れている本」など、売上げベストテンのことは皆さんご承知のとおりです。 ■さらに同じ品ぞろえに拍車がかかった 売れている本を仕入れれば、売れるだろうと誰だって考えます。 でもこの誰だって考えていることをやったのでは、どの店も同じになってしまいます。 さらに問題は、POSデーターのほうかもしれません。 販売管理にパソコンを使うようになり、レジを通った商品数が、瞬時にデーター化されます。 とくに大型店を中心に、このPOSデーターを根拠にした仕入れが増えてきました。 熟練した店員が減って、アルバイトばかりになってしまった本屋さんです。 売上げベストテンやPOSデーターに頼るのも、やむを得ない状況です。 でもどの書店も売上げベストテンの発表を元に仕入れたら、品ぞろえは同じになります。 POSデーターもリアルタイムとはいえ、その瞬間からは、過去のデーターです。 以前の本屋さんは、将来を予測しながら、自分のお店なりの、特徴のある品ぞろえを目指していました。 出版社から訪ねてくる営業担当者の話を聞いて、仕入れるかどうかを判断していたのです。 まさに本は個性の表現です。 感性を働かせることなしに、商品は選べません。 いま多くの本屋さんが、どのようにしたら自分の店の特徴をだせるのか、悩んでいます。 それでも出口が見つからず、ずるずると崖っぷちへと引き込まれつつあります。 ■じゃあなぜ、それでも大型店の出店が相つぐのか 昨年も、超大型店の出店が相つぎました。 三越新宿店にジュンク堂、東京駅丸の内に丸善がオープンしました。 今年はもっと凄まじい出店ラッシュです。 札幌駅に紀伊國屋、名古屋三越に旭屋がオープン予定です。 再販制度によって定価販売の本では、どのお店でも価格は同じです。 お客さんが店を選ぶ目安は、商品が豊富なこと、交通の便がいいことの二点です。 今や、全国チェーンの本屋さんは、新規店の規模と立地条件だけが、課題になっています。 また大型店の出店競争は、市場占有率拡大を狙う出版取次の代理戦争でもあります。 もはや本屋さんの戦争は、ハルマゲドン(最終戦争)の様相を示しています。 一方で中小の本屋さんや、地域に根づいて地道に営業をしてきた本屋さんは、ますます苦しい状況に追い込まれていきます。 ■中小の本屋さんは生き残れるのか 「専門店化すればいいじゃないか」 多くの方に、このようにいわれました。 でも私は、悲観的です。 「総合って何ですか? 専門の集まりでしょう」 「こと本屋さんに関しては、専門店は総合店、大型店に飲み込まれてしまうのです」 「専門店化することも必要ですが、さらにプラスアルファーがないとダメですよ」 講演会や勉強会の講師を頼まれたときに、このようにいってきました。 これは本屋さんの物流ルート、仕入れルートとの関係です。 独自仕入れに限界があるのです。 単価の低い書籍、利幅の低い書籍では、独自に仕入れのための方策を採っていては採算が合いません。 自ずから、仕入れは出版取次に依存せざるを得ないのです。 ■それでも、本屋さんの生き残る道を考えないと…… この出版取次に依存しなければやっていけない、本屋さんの体質が大問題なのです。 出版取次へ注文して、専門分野の本を多く集めることまではできても、大型店でも同じことがいえます。 売り場面積豊富な超大型店には、そこそこの中規模店が専門店化しても、太刀打ちできません。 その本屋さんにしかない本をそろえることが、今後の課題かも知れません。 お知り合いの本屋さんから幾度も相談を受けているのですが、私の答えは貧弱です。 「地元とのつながりをもっと強めましょう。狭い範囲でいいから一番店になりましょうよ」 「イベントも必要ですよ。テーマを決めてのロングフェアーを考えたらいかがですか」 「地方なら、ご当地コーナーを作りましょう。私のお店のお勧め本コーナーはどうですか」 出版に関わる者として、中小の本屋さんの現状は、自分の身を引き裂かれる思いです。 長年、助け助けられ、酒を酌み交わし、夢を語ってきた仲間ですからね。 ■本屋さんと出版社 以前私は、企画に行きづまると、本屋さんで働く人たちと飲みに行きました。 出版社で働く人たちよりも、はるかに本の知識があったのです。 文筆家の人や同業者なんて足元にも及びません。 書店員の人の話から、本の企画をまとめたこともたびたびありました。 「できたよ。この前教えてもらったアイディアの本」 できあがった本をもっていくと、本当に喜んでもらえたものです。 辛口の批評もさんざん聞かされ、ケチョンケチョンに打ちのめされたこともありました。 「へー、こんなんで売れると思ってんだ」 鼻先で笑われ、クシュンとなって帰ってきたこともあります。 本屋さんの店員が、読者を代表して、本作りへの要望を伝えてくれていたのです。 ■データーだけでない、何かが必要なのでは いっぽうで本屋さんに入社した新人は、出版社の営業担当者から、出版業界の基礎知識を得ていたのです。 さまざまなフェアーの企画なども出版社のほうから提案できました。 牧歌的ではあるものの、本好き人間たちが仕事に燃えていました。 個性と創造性が求められる出版の仕事です。 いまの効率主義だけでいいのでしょうか。 もっと人間くささが出てくるような本屋さんがあってもいいと思います。 本と読者の出あいの場所が本屋さんだと書きました。 この中に、何かヒントが隠されているのではないかと思っています。 実は、本屋さんの店頭で、個人出版(自費出版)の募集をやればいいと思っています。 本を売るだけではなく、本を作る窓口にもなればいいと思っています。 ■でもいまは、それも一概には勧められない…… すでに「あなたの本作りの相談に乗ります」というポスターを貼ったお店もあります。 でもここに見逃せない問題もあるのです。 そうです。自費出版業者の儲け主義です。 いまのままの自費出版業者と本屋さんがタイアップしたら、いい結果にならないと思います。 なぜ私が、三十八万円の予算での本作りをやりたいと思ったのか。 「そんなにお金をかけなくても、あなたの本はできますよ」と証明したいのです。 誰でも、あまり無理をしなくても本が作れるようにしたいのです。 それでも、ビジネスとして成り立たなければ、誰もやりません。 そのギリギリの接点を見つけだしたいと思っています。 いずれ、本に夢を託す人たちの身近な本屋さんが、その窓口になることを夢見ています。 ■本屋さんとハリーポッター第五巻 何とか売上げを確保したいと、必死で頑張っている本屋さんたちです。 でもその思いとは裏腹に、期待は裏目にでることが多いようです。 ハリーポッター第五巻がでた一週間後に、ブログに投稿した文章があります。 その後一カ月ほど立って、朝日新聞や読売新聞で、私と同じ論調が掲載されました。 売れ筋を追いかける本屋さんの現状を見ていただくために、そのまま掲載しました。 ■二〇〇四年九月一四日のブログ 何といっても、いま話題の本はハリーポッターの第五巻のはずでした。 「はずでした」と書いたところに私の? があります。 ここ数日、書店をウロウロしながら見ていて、在庫の数が気になるのです。 前評判も良く、お客さんからの予約注文も入っていたはずです。 それなのに、発売日から一週間をすぎたいまも、まだ店頭に山のように積まれています。 大型店やターミナル型の本屋さんなら、それも不思議はないのです。 でもちょっと覗いて見た、小さな本屋さんでも同じ状況です。 気になったものだからアマゾンの売上げベストテンを見てみました。 やはり案の定、今日のお昼ごろに見たときは、辛うじて十位でした。 二百万冊以上の本が出荷されたと聞いています。 ということは数週間はダントツのトップでない限り、さばける数字ではありません。 このままだと、書店業界がとんでもない事態に陥る。 これが私の実感です。 いくつかの不安要因があるのです。 その第一は、売れ残りによる、本屋さんの資金繰りの悪化です。 すでにどこの本屋さんも、青息吐息の状況であることは、以前にも書きました。 目玉商品として、ハリーポッターぐらいしか考えられなくなっているのです。 そのハリーポッターさえも不発に終われば、大幅な売上げの減少は避けられません。 第二の要因が、このハリーポッターの取引き条件の問題です。 出版業界は基本的には返品が可能な委託制度を採用しています。 売れ残った本は返品ができると、以前紹介しました。 ところが、このハリーポッターは違うのです。 返品は五%までとの特約になっています。 いままでの既刊本が売れたために、そのような特約になったのです。 一番の目玉商品が売れない、さらに過剰在庫を抱えたが、返品できない。 それでなくとも本屋さんは、青息吐息の状況です。 本屋さんの嘆きが、絶望の悲鳴に変わらないことを、手に汗して見守っています。 ■二〇〇四年一〇月二五日、「楽天日記」への投稿 「やっぱり売れていないね、ハリーポッター」 「取次も書店も手帳の手配で忙しいみたい」 書店を営業で回っている息子の報告です。 「ねえ、何で手帳か分かる? 売れているんだって、手帳が」 「不況のせいだよ。銀行などが手帳を配らなくなったから」 目玉商品が手帳では、本屋さんも大変です。 本に比べれば、単価も安いのはいうまでもありません。 この数カ月の間に、私が長年付き合ってきた大型店の店長が、何人も辞めました。 さらにこの十年の間に、経験のある書店員の大半が、この業界を去って行きました。 いまではどの本屋さんも、アルバイトばかりです。 本の知識も希薄です。 さまざまな工夫を凝らして努力してみても、利幅が薄すぎるのです。 正社員を賄えるほどの人件費は確保できません。 神田村と呼ばれた神保町裏の小零細取次の一角も、灯が消えたみたいです。 ■同じ日の「楽天日記」への投稿 十年ほど前の話です。 「新作を書けなくなったら本屋でもやるよ」 このようにいった小説家がいます。 これを聞いた書店員がいいました。 「本屋に疲れたら、小説でも書くよ」 小説家の先生は、本屋なんて誰でもできると思ったのでしょう。 書店員の痛烈な批判です。 文章なんて小学生でも書いている。 本屋さんに勤める人たちも誇りをもっていました。 実際、本屋さんも小説家も、大変な労働です。 経験と本に対する愛着で、お店を支えてきた本屋さんの時代は、終わろうとしています。 コンピューターで管理して、マニュアル化された応対だけでも、書店員は務まります。 だからパートで充分です。 利幅の薄さを合理化で埋めあわせます。 まるでファーストフードのお店のような本屋さんが増えてきました。 「いらっしゃいませ、こんにちは」 聞かれない限り一言も話さなかった昔の書店員とは様変わりです。 ブスっとして、黙々と棚の整理をしていた愛想のない書店員のほうが良かった。 そのように感じているのは私だけでしょうか。 来週あたり、書店で働いていた人たちと飲みに行こうと思っています。 せめて、出版業界の古き良き時代を共有できたことを喜ばないと……。 ■委託制度に支えられ、本が巷に流れた 委託制度とは、その言葉のとおり、出版社で作った本を、出版取次を通じて書店に預けることです。 新しくできあがった本は、出版取次の判断で配本する部数を決めて、全国の書店に流されます。 配本される数は、過去の実績データーをもとにして決められます。 出版業界では、これをパターン配本と呼んでいます。 委託期間は、ほぼ六カ月間と定められています。 この間に売れ残った本は、出版社に返品されます。 委託分の清算時期に、その差額が出版社に支払われるのです。 さらに委託期間をすぎても、返品はきます。 ほとんどの出版社は、なかば恒久的に返品を受け入れる義務を負わされています。 この商慣習は、さまざまな問題点を含みながらも、最近までは有効に機能してきました。 出版社にとってのメリットは、初版印刷時に一定の部数を引き取ってもらえることです。 売れるかどうかにかかわらず、店頭に陳列して、読者の評価を受けることができます。 ほかにも常備委託、長期委託などという方式があります。 これらの委託制度によって、既刊の出版物を、店頭に並べつづけることを可能にしました。 ■再販制度が物流の背景にあった つぎに、この委託制度を確実なものにしたのが、「再販制度」です。 都心の大きな本屋さんで買おうと、田舎の小さな本屋さんで買おうと、本の価格は同じです。 定価販売を義務づける再販協定を、出版社は出版取次と、出版取次は書店と結んでいます。 ほかの業種なら、独占禁止法違反ですぐにでも摘発を受ける内容です。 しかしいまだに、出版物に関しては、法律によって再販制度が守られています。 公正かつ自由な競争という独占禁止法上からは例外的処置といえます。 再販制度は、以前は出版物以外にもありました。 化粧品やクスリ、コメやお酒などです。 しかし時代の移り変わりとともに、じょじょに外されてきました。 いまでは出版物が再販制度の代名詞になりつつあります。 この再販制度も、多くの問題を抱えています。 しかしいまの段階では、再販制度はまだ必要です。 出版社にとっても、読者にとっても、まだまだメリットのほうが大きいと思います。 いまだに再販制度が守られているのは、教育制度の機会均等の考えが基礎にあるからです。 また文化の地域格差を排除するために、再販制度が義務づけられ、守られてきました。 まだまだその使命は終わっていないと思います。 ■返品率の増大が委託制度の根幹を揺さぶった 委託制度と再販制度の二つの商慣習によって、支えられてきたはずの出版物流と出版事業です。 それなのにいまや、金属疲労ともいえる様相をていするようになりました。 その一番の大きな原因が、本の売上げ減少に伴う、返品の増大でした。 委託制度によって出版社は、大量部数をいっぺんに店頭に並べる機会を得てきました。 書店にとっても、売れ残っても返品すればいいのですから、販売上のリスクを低減できます。 取次では、再販制度とも相まって、他の取次との条件上の駆け引きが少なくてすみました。 ただし、すべてが売れてなんぼの世界です。 売れなければ、出版社は過小売上げで悩み、書店は返品の手間で悩みます。 さらに取次にとっては、もっと大きな経営上のリスクが覆いかぶさってきます。 出版社から集品して書店に送り込み、書店から返品を受けて出版社へ返します。 もし一冊も売れず百%の返品率だとしたら、どのような収支になるでしょう。 売上げはゼロです。 経費は納品と返品のダブルですから、経費だけは売れたときの二倍です。 百%の返品率は極端にしても、今や五十%以上の返品率は珍しくなくなりました。 たとえば、千冊の本を配本して五百冊が返品となったとすると、どうでしょう。 行きと帰りを合算すると、延べで千五百冊分の物流経費がかかります。 そして売上げは五百冊分です。 一冊の本を売るのに三冊分の物流経費がかかった計算です。 「返品率が一%上がれば、一億円の損害が発生する」 ここまで言い切った大手出版取次の経営者がいました。 この一億円という金額は、その出版取次一社だけでの損害計算です。 当然、出版取次全体の返品率アップによる被害たるや、その何倍かになります。 ところが現実的には、返品率がどんどん上がりつづけているのです。 ■改善策のはずが出版物の多様性に打撃を与えた そこでまた、新たな自己矛盾への迷走が始まってしまいました。 書店事情のところでも述べた、出版物の選別と絞り込みです。 POSデーターが、仕入れの基本データーとして使われるようになりました。 返品率を減少させるために、売上げ実績のあるものをより多く取扱い始めました。 当然、実績のないものは極端なまでに取扱い数を減らし始めたのです。 でも考えてみてください。 新刊で過去と同じ本をだすなんてことは考えられません。 ほかの消耗品と異なり、同じ本を二冊買おうなんて人はまずいないのです。 いままでは、さまざまな本を提供して読者の選択の余地拡大を図ってきました。 また、読者への新たな企画の提案こそが、出版業界の使命だったように思います。 それがいまや、斬新な企画、出版社が新たに発掘した新進気鋭の著者は、敬遠されるのです。 売れている本の類書、過去に売れた実績のある著者の本、これだけが求められています。 それ以外には出版取次が求める出版物はなくなってしまったのです。 出版物流を担う出版取次でも、書店と同じく出版物の絞り込みが当然のようになりました。 実際には書店以上にデーター重視がまん延しています。 寡占化が進み、トーハン、日販の二社で、全体の七割近い出版物を扱う出版取次です。 業界への発言力の強さは大手の書店の比ではありません。 「実績のない本はムリですよ」 出版取次の仕入れ窓口担当者のこの一言で、出版社側の担当者は、すごすごと引き帰さざるを得ません。 どんなに思い入れがある自慢の本でも、店頭に並べなくては売るすべがないのです。 委託制度も再販制度も、出版文化が花開くためには守らなければならない制度です。 でも同時に、この二つの制度が、多くの問題点をはらんでいることも直視する必要があります。 第十章へとつづく |