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【付編】 ゲイバーと男娼(その4)新宿西口の男娼新宿は区役所通りに「オベロン」があり、その近くには「ローズ」という店もありました。男娼は、新宿西口に10人前後いました。現在でも新宿ゴールデン街にその当時の人が、その当時の名前で店を出しています。プライバシーに関するので、誰とは言えませんが。 男娼たちは、皆綺麗な人達ばかりで、流行の落下傘スタイルの女装で、駅前の暗がりに立っていました。当時の西口駅前は窪地で、少し坂を上がり小路を右手に入ると、大福屋が軒を連ねた大福横丁があり、国電脇には軍隊キャバレーがありました。 男娼たちが使っていた旅館は、新宿駅西口から工学院大学に向かう左側に連れ込み旅館が林立していて(今の新宿郵便局の左側付近)、そのいずれかでした。また、今の小田急ハルクの道路を渡った所に、斜め前に入る小路があり(青梅街道の手前)、その道を入ると右側が精華学園(女子中・高)で周囲に民家はなく、浄水場が近くでした。学園の前を通った突き当たりに戦前に建てた平屋の古い長屋があり、そこが小さな裸電球が灯る男娼宿でした。今で言えば男娼団地? 薄暗い中で多くの男娼たちが男色を行う場所でした。この裏手には朝日生命のテニスコートがありました。当時の町名は角筈です。 ![]() (写真80)昭和31年(1956)の新宿駅西口の景観。 京王線新宿駅前から西の方向を撮影。 ![]() (写真81)平成3年(1991)の新宿駅西口の景観。 正面のビルは「安田生命」(現:明治安田生命ビル)、右奥の高層ビルは「新宿センタービル」。 定年後は女装するでもなく、あまり暇なので往時をしのび、またまた思いつくままに、漫然と文章を書き、申し訳ありません。 梅雨も本番、体調を崩されぬよう御身ご自愛のほど祈ります。 草々 2003年6月26日 三橋 順子様 〇〇〇〇 |