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10月26日(日)
先週木曜日、TBSラジオ 「森本毅郎・スタンバイ」で『女装と日本人』が紹介されましたが、その放送原稿(執筆は書評家の岡崎武志さん)が、アップされましたので、転載します。(ただし実際の放送とは微妙に違います) --------------------------------------------------------------------------- TBSラジオ 「森本毅郎・スタンバイ」 トークパレット 木曜日 ブックナビ 2008年10月23日(木) --------------------------------------------------------------------------- http://www.tbsradio.jp/stand-by/talkthu/ 三橋順子 『女装と日本人』 講談社現代新書 945円 ※いま、「はるな愛」というタレントが人気です。アイドル歌手の松浦亜弥の唄と踊り、そしてコンサートでの喋りを、本人は声を出さず、身振りあてぶりでモノマネする。息づかいまでそっくりなのですが、じつは彼女、戸籍上は男なんです。 ※美輪明宏、ピーター、最近ではIKKOなど、女装した男性が芸能界には多い。そういう風潮に眉をしかめる方もいるかと思いますが、日本には歌舞伎がありますし、はとバスのニューハーフ・ショーはもはや定番。諸外国に比べても「女装」国と言える。 ※この『女装と日本人』、帯には「『女装』を抜きに日本文化は語れない!」とある。「大げさな」と思うかもしれませんが、一冊を通して読むと納得するしかない。 ※まずは『古事記』『日本書紀』の神話の世界から。日本建国の英雄ヤマトタケルは、西国の熊曾征伐で男を上げるわけですが、女装して熊曾の宴会にもぐりこみ、熊曾兄弟を殺す。 ※もちろん、女装して相手を油断させるという意味もあるでしょうが、それより、双性的な人がある種の「神性」を持つことで、特異なパワーを身につけるという考え方が日本にはある、と著者は言います。 ※この本、入り口は「女装」ですが、著者は二つの性を越境する文化を取り上げている。それがもっともよく表れたのが芸能で、「歌舞伎」はその代表でしょう。 ※歌舞伎の発生は、17世紀初頭の阿国歌舞伎と言われていますが、創始者・出雲阿国は女性で、男装をして躍った。これが遊女、若衆(少年)そして野郎(男性)と受け継がれて、元禄年間に演劇としての歌舞伎が完成する。 ※阿国歌舞伎には男装した女性、女装した男装がいりまじって踊ったと言われますが、もともと「能」「狂言」を含め、日本の演劇は、性を越境した特殊性を持っていることに気づかされる。これは現代の男装の麗人・水の江瀧子、「宝塚」にいたって、やはりそうです。 ※そして重要なのは、性を越えた演劇に、つねに女性の支持が集まったことです。江戸時代の歌舞伎の女形は、当時の女性たちにとってファッションリーダーでした。「女装者への憧れの視線と同一化の願望はあっても、蔑視するような気持ちはない」と言います。 ※「女装」文化が差別を受け、抑圧されたのが明治で、明治政府は「戸籍法」を発布し、男性、女性の区別がはっきりされられることになる。続いて条例で、「異性装」の禁止が決められる。芸能以外での「女装」は罰せられることになった・・・。 ※ここまでが本書の半分。「女装」というテーマで、神話の時代から現代までを、資料を駆使して書き抜いたという著者のエネルギーにとにかく感嘆します。 ※じつは、著者「三橋順子」はペンネームで、じつは男性。高校時代は男子校に通い、女の子とつきあっていた。だんだん自分のなかの「女性」に目覚め、30歳から女装するようになり、新宿花園の女装バーで勤め始める。 ※いまは性社会史研究者として大学などで教えている。もちろん「女装」して、です。だから、もともと女性のジェンダー学者が、資料をもとにして書きましたという本とはちょっと違う「ホンモノ感」が魅力です。 (岡崎武志:書評家) この記事のトラックバックURL:
http://tb.plaza.rakuten.co.jp/junko23/diary/200810260000/0ac92/
>もともと女性のジェンダー学者が、資料をもとにして書きましたという本とはちょっと違う「ホンモノ感」が魅力です。
昨今の文化人類学は、欧米の学者達が、所謂未開とされる人々を「他者」としてた使ってきたことが反省点としてあげられることも多いですよね。 そういう視点に立って考えると、これまでの歴史学も過去の人々を他者として扱ってきたという側面も強いのだと思います(これと対局なのは、日本史をあくまでも日本国の歴史として、先祖の歴史と単純化することだと思いますが)。 その点、先生は女装者という、いわば当事者(もちろん完全な当事者になることは不可能ですが)としての視線によって歴史を研究しているわけで、そこが上記の「ホンモノ感」となるのかもしれませんね。 (2008年10月28日 00時53分13秒)
加奈さん、いらっしゃいま〜せ。
>昨今の文化人類学は、欧米の学者達が、所謂未開とされる人々を「他者」としてた使ってきたことが反省点としてあげられることも多いですよね。 文化人類学者の面白い?ところは、自国のトランスジェンダーにはまったく目を向けず、遠い異国まで行ってトランスジェンダーの調査をしてくるということです。 なんで、足元を見ないのでしょうねぇ。 >その点、先生は女装者という、いわば当事者(もちろん完全な当事者になることは不可能ですが)としての視線によって歴史を研究しているわけで、そこが上記の「ホンモノ感」となるのかもしれませんね。 当事者兼研究者という立場には、ずいぶん悩みました。 当事者からは「なに生意気言ってるんだ」とボロクソ言われるし、研究者からはどれだけ頑張っても研究者扱いされないし(引用してもらえない)。 まあ、最近は、あきらめて、開き直りましたけど。 だから、岡崎さんが「ホンモノ感」と言ってくれたこと、とてもうれしいです。 (2008年10月28日 01時29分57秒) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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