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2月1日(水) 曇り 東京 12.4度 湿度 29%(15時) 朝、微熱あり、咳、鼻水がひどい。 古代史の講義は休講。 生徒さんは高齢の方ばかりなので、風邪をうつすとまずいので。 一日中、寝たり起きたりして過ごす。 起きている時に、「日記」を書く。 夕食は、パートナーが鶏と野菜のクリームシチューを作ってくれた。 好物の芽きゃべつが入っていてうれしい。 昼間、あんなに眠ったのに、夜また眠くなる。 大学の講義を終えて、精根尽きた感じ。 就寝、22時。
(続き) 「東急プラザ」1Fの喫茶店で出欠記入をしながら時間調整。 19時、「渋谷マークシティ」4Fの「菜な」へ。 「テレビ朝日」のGさんのお誘いで藤原和博さん(元杉並区立和田中学校校長・教育研究家)、と「テレビ朝日」の偉い方と4人で会食。 藤原さんメインの番組が「テレビ朝日」の衛星チャンネルで放送になった「打ち上げ」なのだが、和田中の「よのなか科」のシーンで私も数秒間映っている(らしい)ので誘っていただいた。。 久しぶりにゆっくり藤原さんとお話できて楽しかった。 ただし、藤原さんの順子観が最初に出会った時(2001年)からほとんど変わらず、苦笑。 藤原さんがそうであるように、人間10年も経てば、それなりに変わるものなのだ。 ところで、「菜な」というお店、渋谷に数軒あるのだが、「京風おばんざい」という割にはなかなかの高級感があるお店。 たぶんお値段もそれなりに高いと思う。 京都で「おばんざい」と言うと、日常的な惣菜を指す言葉で、東京語の「惣菜」に相当する。 ところがなぜか東京に来るとおばんざいが高級化する。 「高級おばんざい」なんて本来有り得ないのに・・・。 宴席の後半頃から、鼻水・くしゃみが出始める。 22時半、帰宅。 電池切れ寸前だったが、なんとかお風呂に入り、髪を洗う。 就寝、1時。
2日0時23分現在、カウンターが199万9200アクセスになっています。 あと800なので、たぶん今日の夕方頃に200万アクセスに到達しそうです。 切り番、及びその前後を踏んだ方は、コメント欄に記入していただけるとうれしいです。 カウンターは、ブログの右上にあります。 よろしくお願いいたします。
2月1日(水) 国立社会保障・人口問題研究所が30日、2060年までの「将来推計人口」を発表した。 その中で、女性の生涯未婚率(50歳時点で一度も結婚したことのない人の率)の推計が出ていた。 1960年(昭和35年)生(今年52歳)の女性の生涯未婚率は9.4%だった。 それが、33年後(2045年)に50歳になる1995年(平成7年)生の女性では20.1%にまで上昇すると予測している。 原文(「日本の将来推計人口」)を見てみたが、男性の生涯未婚率については記されていなかった。 http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/gh2401.pdf 男性の生涯未婚率については「厚生労働白書2010年」が、2010年の時点で20.1%(女性は10.6%)であり、2030年時点で29.5%と予測している。 厚生労働省の過去のデータをみると、男性と女性の生涯未婚率は1980年代後半に逆転し、その後、急速に乖離が進んでいる。 実は、1980年代までは「行き遅れ」ていたのは女性だった。 男性の95%以上が1度は結婚できた。 年 次 男性 女性 男女差 1970年 1.7 3.3 -1.6% 1975年 2.1 4.3 -2.2% 1980年 2.6 4.5 -1.9% 1985年 3.9 4.3 -0.4% 1990年 5.6 4.3 +1.3% 1995年 9.0 5.1 +3.9% 2000年 12.6 5.8 +6.8% 2005年 16.0 7.3 +8.7% 2010年 19.1 10.0 +9.1% 2015年(22.7)(13.6) (+9.1%) 2020年(26.0)(17.4) (+8.6%) 2025年(28.5)(20.8) (+7.7%) 2030年(29.5)(22.6) (+6.9%) ところが、将来推計では、生涯未婚率の男女の乖離現象は2010年代に止まり、2020年代以降は逆に差が縮まると予測している。 本当にそうなるのだろうか? なんか男性に甘いように思う。 男性に手心を加えないと、とんでもない予測値が出てしまうので、調整したのかもと思ってしまう。 私は、大きな社会変化がない限り、男女の場外未婚率は10%前後の乖離が続くと思う。 つまり、女性の生涯未婚率が20%を超える頃には男性の生涯未婚率は30%を超えているということ。 つまり、3分の1の男性が生涯未婚に終わるということだ。 この手のデータを提示すると、必ず質問が出る。 「男性と女性はほぼ同数で、結婚は1対1でするものなのに、なぜこんなに差が出るのですか?」 答えは単純で、生涯に複数の未婚の女性と結婚する男性がかなりの数いるから。 あるいは(法的にはともかく事実婚として)重婚している男性が一定数いるから。 つまり、生涯未婚の男性が激増している一方で、生涯という長いスパンでみれば「一夫多妻」を実践している男性も増えているということ。 こうした、「一夫多妻」の男性(おそらく富裕層の男性)は、今後も増加していくのではないだろうか。 高度経済成長期に確立された「人口再生産の平等システム」(ほとんど=98%以上の男性に平等に女性が分配されるシステム)が完全に崩壊したということなのだ。 私は、この点こそが重要だと思うのだが、メディアはそれを指摘しないし、多くの論者が「ほとんどの男性に平等に女性が分配されるシステム」の夢を追い続けているのが現状。 もうシステムの崩壊を前提にした対応をとるべきなのに・・・。 たとえば、社会的・経済的に恵まれた男性が、複数の女性を実質的に妻として、どんどん子供を産ませるようになれば、低迷を続ける日本の出生率も少しは上がるかもしれない。 経済的に安定して、安穏な生活が遅れるならば、第二夫人、第三夫人でもかまわないという女性もけっこう居そうに思う。 実は、日本には、キリスト教国と違って、「一夫一妻」を絶対的倫理とする規範がない。 社会規範的にも、法律的にも「一夫一妻」が確立したのは明治民法(明治31年=1898)以降である。 たかだか110数年の歴史しかない。 それ以前は、富裕な上流階層は将軍・大名以下、実態的な一夫多妻で、下流階層には経済的理由による結婚不能、生涯単身男性が多数いた。 実態的に一夫一妻だったのは中流階層だが、これも倫理的にそうしていたというよりも、経済的にそうなったというに過ぎない。 だから、中流階層の商人が儲けて少し身代が大きくなると、たちまち妾を囲って一夫多妻に移行する。 そうした歴史を顧みると、21世紀の日本社会が「一夫多妻」的になっていっても、それほど不思議ではない。 表向きはメディアなどによって、そうした「一夫多妻」的な有り様は批判されるだろうが、実態的にはジワジワと進行して行くような気がする。
2月1日(水) 『朝日新聞』の朝刊に「ハッテンバ」の記事が載っていて驚いた。 記事で扱っている事件については、このブログで何度かも取り上げた。 (参照) 2011年11月01日 「男性同性愛者の『ハッテン場』摘発」 http://plaza.rakuten.co.jp/junko23/diary/201111010001/ 2011年11月02日 「『サンケイスポーツ』の誇大な見出し」 http://plaza.rakuten.co.jp/junko23/diary/201111020001/ 2011年11月03日 「『公然』の解釈と『ハッテン場』 http://plaza.rakuten.co.jp/junko23/diary/201111030000/ 「ハッテン場」とは、「ゲイたちがセックスしたり、する相手をみつける場所のこと」(石田仁「ハッテン場」『性的なことば』講談社現代新書 2010年)。 なぜ(一部の)ゲイの人たちがこうしたポリガミーな乱交的な性行動を好むのか、モノガミーな私には理解不能であり、特異な性文化という視点で興味深いが、それは1つの性的嗜好として尊重すべきだろう。 したがって、問題は「ハッテン場」が存在することではなく、こうした営利の「ハッテン場」が風俗営業法の対象外ということだと思う。 男女間の性的サービス営業と同様に風俗営業法の対象にして、適切な監督を行うべきだ。 それが、一向に減らない同性間接触によるHIV感染や合法・非合法のドラッグ汚染少しでも防止する近道だと思う。 それにしても、なぜコメントが伊藤文學さんなのだろう? 伊藤さんはご自身ゲイではないし、ご年齢(80歳)からして近年のゲイの性行動、「ハッテン場」の実態にお詳しいとは思えない。 やはり、現役のゲイの研究者にコメントを求めるべきではないだろうか。 -------------------------------------------------------- 〈ニュース圏外〉「ハッテンバ」危うい密室 男性同性愛者向けの店が摘発された。法律のはざまで違法薬物や性感染症のリスクが広がる。 東京・北新宿の閑静な住宅街に、その店はあった。5階建て雑居ビルの2階、テナント名が並ぶ看板に店名が書かれているだけで、何の店かはわからない。 この店、「デストラクション」に昨年10月末の夕刻、警視庁の捜索が入った。「警察です。そのままにして下さい」。約40人の捜査員が店内に踏み込み、衣服を着けていない男性30人がその場に座り込んだ。 警視庁は、店内のオープンスペースで男性客3人にわいせつ行為をさせたとして、当時の店の経営者の男(38)ら2人を公然わいせつ幇助(ほうじょ)容疑で逮捕した。大手企業社員や有名大学の学生を含む20~40代の男性客25人がおり、潜入した捜査員5人の姿もあった。 薄暗い店内は迷路のように入り組み、のぞき窓がついた個室と「ミックスルーム」と呼ばれるオープンスペースがあった。客は、店の受付で入場料1500円を支払い、タオルや性病予防用の避妊具を受け取る。シャワーを浴びた後、店内を回り、パートナーとなる男性を探す仕組みだ。1日あたりの利用客は約80人だったという。 この種の店は、俗に「ハッテンバ」と呼ばれる。警視庁によると「男性同士の出会いを『発展』させる」ことに由来するなど、名の由来には諸説ある。以前は公園や駅など屋外が主だったが、10年ほど前から店舗型が主流になった。 現在、全国に約170店あり、都内には新宿区を中心に約70店ある。常連の男性会社員(42)は「ネットでの出会いよりリスクが少なく、男同士の希少な出会いの場だ。まだ同性愛者に対して偏見を持つ人がおり、数年前に公園などで『ゲイ狩り』のような暴行事件が相次いだことも、店舗型のハッテンバが増えた理由だと思う」と話す。 風俗店の届け出を義務づける風営法は、男女間の性的サービスが規制の対象になるため、ハッテンバは対象外となる。警察に立ち入り権限がなく、法律の谷間で監視の目が届きにくい、という。 摘発された店は、創業10年あまりの「老舗」だったが、利用者の間では別の理由で有名だった。男性会社員は「性感染症のリスクや薬物がらみのうわさが絶えなかった」と打ち明ける。 警視庁は一昨年から、この店をマークし、店を出た利用客への職務質問を繰り返した。一昨年1月以降、覚醒剤の使用や所持の疑いで約80人を逮捕したという。捜査幹部は今回の事件について「立ち入り権限がない中、公然わいせつ幇助容疑を適用したのは苦渋の選択だったが、薬物だけでなく、性感染症が広がる恐れがあった。何らかの規制が必要だ」と話す。 一方で、首都圏の別のハッテンバ経営者の男性は「今回の事件は影響が大きく、死活問題だ。ほとんどの店はまめに清掃し、性感染症や薬物の持ち込みがないよう気を配っている」と反論する。業界関係者によると、事件以降、警察の摘発を警戒して、「完全個室化」する店が増えたという。 差別の目にさらされやすい同性愛者たちの思いは複雑だ。同性愛専門の月刊誌「薔薇(ばら)族」の元編集長の伊藤文学さんは「ネットや店舗型ハッテンバなど出会いの場が広がった分、トラブルも増えたかも知れないが、ごく一部の話だと思う。今回の事件が同性愛者全体への偏見につながらないように願う」と話した。(奥田薫子) 『朝日新聞』2012年2月1日03時00分 http://digital.asahi.com/articles/TKY201201310777.html
2月1日(水) 浜野佐知監督「百合子、ダスヴィダーニヤ」の感想は先日記したが、書き漏らした見どころがあったので追記。 (参照)2012年01月29日 浜野佐知監督「百合子、ダスヴィダーニヤ」を見に行く http://plaza.rakuten.co.jp/junko23/diary/201201290000/ (1) 車屋さん 中條百合子の祖母お運が住む家は、福島県安積の開成山(現:郡山市開成)という開拓地にあり、「駅から人力車で3時間」というたいそう不便な所。 百合子が「執筆のため」と称して(実は夫と居たくないから)しばしばここに滞在するので、百合子と心を通わせた湯浅芳子や、百合子を取り戻したい夫の荒木茂が何度も訪れる。 その度に、人力車の車夫さんが大活躍する。 野中の、大正末年のことなので当然、未舗装の道を、この車夫のおじさんさん、じつに軽快の走る。 浅草あたりで、アルバイトの兄ちゃんが舗装された平坦な道路を走っているのとは、走りが違う。 見たことはないが、往年の人力車夫とはこうだったのではないか、と思わせるものがある。 静岡県の掛川城の前で実際に営業している本物の、その道30年のベテラン車夫さんだそうだ。 (2)手差しの輪転機 本業は『愛国婦人』という雑誌の編集者である湯浅芳子が、雑誌の出張校正(校正の最終段階で編集者が印刷所に出向いて最終チェックをする)の場面。 なんと、用紙を一枚一枚手で差す活版印刷の輪転機が動いている。 印刷された紙を掬う棒は竹製。 活版印刷が廃れオフセット印刷、さらには電子印刷に変わってもう久しい。 活版印刷の、しかも用紙を手差しする旧式の印刷機なんて、博物館ならともかく実際に動いているとは思わなかった。 私の子供時代、隣家が印刷所だったので、ときどき覗いていたが、昭和30年代でももう給紙は自動化されていたように思う。 この印刷機があるのは静岡県沼津市の「文光堂印刷」。 映画にエキストラ出演している職人さんしか扱えないそうだ。 ただ、印刷所の室内の様子は、残念ながら当時を再現することはできなかった。 活版印刷時代の印刷所なら、壁一面に活字が入った箱がならんでいたはずだ。 私は大学院生時代(1980年代前半)に学術雑誌の出張校正に、何度か活版の印刷所に行ったが、壁一面の活字箱がという景色は、そこらへんが最期だったように思う。 他にも、見る方それぞれの関心で、興味深いところが色々あると思う。 「いやぁ、映画ってほんっとうにいいもんですね~」
2月1日(水) 1月31日の「朝日新聞」朝刊の生活面に「結婚 子育て 高い壁」という大きな見出しの記事が掲載されていた。 ちょうど、都留文科大学の「ジェンダー研究」で「『恋愛』『結婚』とジェンダー」というテーマの講義をしていた(10日・31日)ので、興味深く読んだ。 記事のリードは以下のよう。 「30日、公表された人口推計は、少子化の傾向が今後も続く見通しを示しました。女性が生涯に産む子どもの数(合計特殊出生率)は2006年の前回推計より上向きましたが、厳しい状況は変わりません。背景には、不安定な雇用情勢や結婚への意識の変化があるようです。」 そして「まずは、経済的な基盤を作る方が先決ですね」と語る33歳の出版社勤務の男性、「まず自分が自立できないと、結婚すら考えられない」と語る20代後半の無職の女性が紹介され、「(婚姻率=出生率が上がらない)背景には、不安定な雇用情勢や結婚への意識の変化があるようだ」と結論づける。 男性の場合、年収と婚姻率に強い相関があるのは各種のデータから明らかだが、女性の場合は必ずしもそうではなく、むしろ高収入の女性は婚姻率が下がる。 現実問題として、幸せな結婚生活を維持するにはある程度の「お金」が必要だ。 しかし、あまりに年収にこだわり、結婚に慎重になる姿勢には疑問をもつ。 私の講義では、昔の言葉を紹介する。 「手鍋下げても・・・」 昔のお嬢さんは、自分で炊飯などしなかった(女中が全部やってくれる)。 でも、好きな男と一緒になれるなら、(女中が雇えず)自分で炊事の苦労をするような貧しさもいとわないという意味。 生活水準が落ちるかもしれないと恐れてばかりいては、結婚なんてできない。 もうひとつ、 「一人口は食えないが、二人口は食える」 一人(独身)では生活できなくても、(結婚して)夫婦で協力して暮らせば生活できるようになるということ。 所帯を持てば夫は遊びを止めて仕事にやる気が出るし、妻の手内職で米代くらいはなんとかなる。 日本では歴史的に見て、家事と子育てに専念する専業主婦というのは、昭和期の都市部を除けば、きわめて特殊な存在だった。 農業、漁業、手工業などの家内労働でも、店売り、担ぎ売りなどの商業活動でも女性が働くことは当たり前だった。 養蚕地帯や漁村の海女、あるいは近郊農村から都市への行商など女性が主な稼ぎ手だった地域すら珍しくない。 最近、再び増えている「専業主婦願望」など抱いていては、結婚できる確率はますます低くなる。 さて、記事に戻る。 続いて「いい人がいなければ、別に独身でも構わない」と言う24歳のシンクタンク勤務の男性が紹介される。 この男性は「やりたいことがいろいろあるなかで、限られた時間をどう使うか」「(結婚は)費用対効果が悪すぎる」と言う。 費用対効果で結婚を考えることが真っ当かどうかはともかく、私は基本的に「結婚したくない人はしなくていい」という立場だ。 歴史的にみて、男性の98%以上が結婚する「国民男子皆婚」時代(1960~70年代)が異常だったのだから。 その時代、親や親戚・職場の「結婚圧力」に負けて、望まない結婚をさせられた同性愛の男性も多かった。 しかし、「結婚したいのにできない」というのは、やはり不幸な状況だと思う。 現代社会では「結婚圧力」が大幅に弱まっている。 「結婚圧力」にはいくつかの要素がある。 ・ 「家」意識が低下して、子孫を残し「家」を維持する要求が減少した。 ・ 家事労働が機械化され、男性が生活維持のために女性に家事労働を求める必要性が低下した。 ・ 男性のセクシュアリティ(性的欲求)が低下し、自由かつ独占的にSexできる配偶者の必要性が低下した。 ・ 女性の社会的地位と収入がそれなりに上昇して、経済的に男性に依存する必要性が低下した。 こうして「結婚圧力」が低下し、それと同時に個人の自由を優先し、結婚による束縛・制約を嫌う考え方が広まったのだから、婚姻率が低迷するのは当然で、おそらく今後も顕著な上昇は見なれないだろう。 そもそも、この記事の基調になっている婚姻率と出生率をリンクさせる考えが、もう時代遅れなのではないだろうか。 どうしても出生率を上げたいのなら、そして婚姻率を上げる有効な社会的施策がなにのなら、シングルマザーの出産と育児を社会が支援する形を作った方が、よほど効果的だと思う。 民主党政権の看板施策だった「子ども手当」はそうした側面も含んでいた。 それがマスコミと「世論」の反対で潰されてしまったことは、とても残念だ。 日本社会では、子どもを社会全体で育てていくことによって出生率を上げていくという考え方が受け入れられなかった。 あとは、少子高齢化による人口減社会へ突き進むしかない。 記事には別枠として「婚活ブーム 結果出せず」という記事が載っている。 私も講義で「婚活」ブーム後も婚姻率が上昇していないデータを紹介し、儲かったのは「婚活」産業だけで、当事者の根本的な意識変革なしには「婚活」に大きな成果は望めない、と解説している。 根本的な意識変革とは、男性が「妻を養う」、女性が「夫に養ってもらう」というような考え方を捨て、依存関係からの脱却し、自立した男女(もしくは男男、女女)のパートナーシップとしての結婚という考え方にならないと・・・、ということ。 既婚者の一人として言えば「結婚は、愛情と勇気と妥協である」。 昔、ある30代の男性に酒の席で、 「(変態で不定期雇用の)三橋さんですら結婚できたのに、(性的に正常で正社員で高収入の)僕が結婚できないなんて理不尽だ」 と絡まれたことがある。 それから10年ほど経つが、その人、いまだに結婚できない。 その人には、やはり昔の言葉を贈りたい。 「破れ鍋に綴じ蓋(とじぶた)」 破損した鍋にもそれ相応の蓋があること。 どんな人にも、それにふさわしい伴侶があることのたとえ。 (にゃあ~、ゴロゴロ、スリスリ) │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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