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大室天皇の誕生
また いわゆる明治帝が 大室帝が摩り替わった点についても、孝明帝の死について いまでも不鮮明な点があるのは事実のようですが なぜ 大室帝かという点については いろいろ事情があるようです。 「高松宮殿下、ご災難(昭和五十八年八月二十五日 朝日新聞)」 山口県田布施町御訪問中の高松宮殿下に対し、 同町在住の大室近祐容疑者(82)が古今未曾有の暴挙に及び、 その場で逮捕される。 大室容疑者は毎日、明治天皇は南朝満良親王の二十五世の末裔、 大室寅之助なりなどと意味不明の発言を繰り返しており、 現在同容疑者に余罪があるものと追及中。 今回の事件で鹿島昇なる徳弁護士(横浜弁護士会所属)を顧問として 今回の犯行に及んだ模様。同弁護士も今回の事件に関与したものとして 追求、横浜弁護士会では弁護士資格の剥除を決定。 大室容疑者は精神鑑定のうえ、八王子特別鑑別所へ収容される模様 とのことで この前後に 下記のような事情があったようです。 もともと電波な人だったんですが、山口県熊毛町田布施町在住の 大室近祐(平成8年没)という人の裁判で弁護人に選任された事で 大室氏と知り合い、大室氏から大室寅之祐(大室氏の大叔父)が 睦仁親王(孝明天皇の皇子)を殺害して明治天皇になった、という話を聞かされ、 大室寅之祐=明治天皇説を自費出版したのが始まりです。 もともと大室近祐氏は、地元でも有名な詐話氏でして、 「田布施の和田喜八郎(東日流外三郡誌の作者)」と呼ばれていました(藁) 大室氏は一時あの古田武彦氏にも接近しましたが、古田氏は「私の専門外」と 相手にされませんでした。しかし鹿島氏らとは意気投合し、大室氏曰く、 「ワシの顧問弁護士」と大変気に入られていたようです。 しかし大室氏にとって、鹿島氏は唯一の自己代弁者であり、 鹿島氏にとっては、ネタの提供だけでなく、金銭面での最大のスポンサーであり、 鹿島氏、大室氏の利害の一致という点で結びついていたのが真相です。 もっとも鹿島氏は平成8年に大室近祐氏の死後の相続問題が泥沼化し、 長男の大室照元氏、次男の大室弘樹氏双方が告訴する事態になりました 鹿島氏は大室弘樹氏の弁護人に選任されましたが、 鹿島氏が作成した大室近祐氏の遺言状について、 「遺言書は無効」とする判決が平成12年11月に山口地裁から下され、 そのショックが大きかったのか、平成12年の12月15日に 心不全でお亡くなりになりました。合唱。 60 :原田 実 :03/06/23 23:18 >>349 >>351 >>353 >>359 364 :全土日 ◆qR2CHzz.Xo :03/06/26 19:55 原田実先生、はじめまして。 2chネットウォッチ板在住の「全土日」と申します。 上記349-351の「鹿島狂信者」氏ですが、この人物(以降はG氏と呼びます)は、 「大室寅之祐=明治天皇」を言い出した大室近祐氏の親族であり、 自分は天皇家に連なる人間だと発言して失笑を買っております。 (竹下義朗「帝国電網省掲示板」参照) しかし上記掲示板にて、G氏はたびたび罵倒発言や掲示板荒らし行為を繰り返したため 上記掲示板への書きこみを禁止され、さらに2ちゃんねらーの巧妙な誘導に引っかかり、 住所、氏名、家族構成、学歴(早稲田大学中退)などを自ら暴露しております(笑) ちなみにG氏は日本史掲示板にて「大室寅之祐が明治天皇になったと言える」という スレッドを八回以上立てていますが、最近はすっかり飽きたのか、 「邪馬台国はどこですか」スレッドにて、 邪馬台国は西都原にあった、畿内論者はバカ、などと 何度も何度も投稿(実際はコピペ荒らしですが)するので、 「西都くん」「西都厨」「西都バカ」などと呼ばれております。 気が向いたら、HNを「日本@名無史さん」にして、G氏をからかってやって下さい(笑) 365 :日本@名無史さん :03/06/26 22:35 原田さん。ヤフー板にも参戦してください。 http://search.mb.yahoo.co.jp/search?p=%C5%EC%C6%FC%CE%AE&M=&sid= 366 :原田 実 :03/06/28 14:56 >>362 明らかな偽書をもてはやす人が記紀の史料批判云々といっても 説得力ないと思うのですが。特に鹿島さんの場合、その立論に三郡誌を根拠とすることが 多かったのですから、何をかいわんや、というところです。 そもそも素性がある程度判明している史料よりも現代人の偽書の方と親和性が高い古代史像など、 現代人の妄想の産物としか言いようがないでしょう。 >>364 おかげさまで事情がわかりました。20年近く前の話ですが、冨士文献研究家の加茂喜三氏に同行して、 生前の「大室天皇」のお宅をうかがったことがあります。 「大室天皇」の家(御所というべきか?‘^^)は大きな紙に殴り書きされたメモやイラストが屋内いっぱいに山積みで、 「大室天皇」自らそれを広げて、その家の場所が世界文明発祥の地で、宇宙の中心であることを力説しておられました。 当時の「大室天皇」からすると明治天皇の出自などはもはや小さなこと、という口ぶりでした。 367 :原田 実 :03/06/28 15:06 「大室天皇」の書き物のあの膨大な紙の山を思えば、和田氏が一人でダンボール20箱分の書き物をしたというのも、 不可能ではなかったことがあらためて実感されます(和田家文書も大部分は清書なしで書き飛ばしたものです)。 349-351の方が「大室天皇」のご親族なら、あの膨大な書き物をきちんと保管しておられるのでしょうか。 鹿島さんの受け売りよりも、「大室天皇」ご宸筆の歴史論・宇宙論の方がはるかに面白いような気もします (もっとも常人には理解不能かも知れませんが)。 2ちゃんねるよりの収録でございます。この原田実氏のレポートについては 最近の新潮45にも記載されております。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年11月26日 20時06分42秒
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