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田中清玄と石油の業転について… (読書・コミック)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】


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2008年01月06日 楽天プロフィール Add to Google XML

 田中清玄と石油の業転について
[ 田中清玄 ]    

田中清玄が 丸善石油化学の取締役で 矢板玄が 三菱化成の取締役という時期もあったようなんですが いったい彼らは 何をしにその会社にいたんだろうとおもうのですが?

海外の石油開発での 裏金作りという線もあるんですが これだけでは少ないなと思うのですが さて


一つ これが本業だったのではないかという物を見つけました。

http://www.usedboat.or.jp/Log/Recall7-Pasocon1.htm

戦後(しか知らないのだが)一貫して、石油業界には正規の流通の他に業転市場と呼ばれる流通世界があった。
石油メーカーから特約店とか商社など石油流通業者に卸されるのが正規ルートとして、どこから出た玉か判らないままにブローカーや商社間で取引されるのが業転である。
特にその市場がたっているわけではないが、それなりの相場形成が成り立つだけの流通量があった。全体量の2割を占めていたのではないか。業界紙はその相場を重要な情報として掲載した。
他の商品相場と異なるのは必ず現物の授受を伴っていたことである。 その時々背景は異なっていたようだが、話を昭和40-50年代にしぼると業転市場が成立する要因が明確に存在した。それは生販ギャップと言われる生産量と販売量のギャップである。単なる換金市場ではなく、構造的に必要な市場であった。。
当時石油メーカーの製造設備は通産省の許可対象であった。販売力があるからといって必ずしもそれだけの設備許可は与えられない。そこには天下りとか、いろんな要件が絡むのである。
経済は右肩上がりだから設備は常に不足気味である。フル操業に近い。販売力より生産能力の多い会社は生産した製品を全部自社で販売したと言いたい。販売力のないことを認めると次の許可割当で不利になる。そのために闇の世界の業転市場に流すのである。
そこに闇の紳士もうごめく。三菱石油を舞台にした泉谷某のスキャンダルを覚えている方も多いだろう。
役所に楯突く出光は常に買手側であった。 正規の流通ルートが建前の世界なら業転はフリーマーケットである。まさに需給で動く世界である。そしてそこに石油ならではの条件が働く。
1)石油は連産品である。ガソリンが欲しいからといってガゾリンだけを作ることは出来ない。原油の得率に応じて他の製品も産出される。
2)石油はバルキーな商品であり、危険物である。どこにでも置くことは出来ない。製品毎のタンクの容量が大きな制約条件となる。
3)需要に変動がある。例えば豊水で水力発電が増えると石油火力の稼動が落ち、C重油の消費が減る。するとC重油タンクが一杯になって軽油は足りないのに原油を処理することが出来ない。暖冬で灯油が余ると灯油タンクが一杯になって原油処理が出来ず、他油種が不足する。
こういった条件の中で価格が形成される。



官の介入
石油精製において製造設備が官の許可制であったことは既に述べたが、毎月の生産量もなんらかの形で官の統制下にあった。法によらないので<生産調整>等の名前で呼ばれたが、実質統制に他ならない。ただこの統制は石油業界の希望するところでもあった。
ところで1980-82年は、わが国の石油精製の歴史の中で例外的に<統制>のない時代だった。第2石油ショックの直後で、政府はとにかく潤沢に石油を供給させるために一切の統制をはずした。石油業界はレセフェールの状態におかれた。
私が価格予測モデルを構築したのは実はこの時期だったのである。自主的な原油処理・製品生産、そしてその結果としての需給・在庫要因から形成された業転価格をデータとして使用した。価格は見事にマーケット要因を反映していた。
しかし1983年頃よりガゾリンの生産調整が再開されたのであった。各社の自主生産が大幅な生産過剰を招き、製品の値崩れを招いて石油連盟は生産調整の実施を通産に要望したのである。(石油連盟が正式に要請した証拠など残っているはずもないが、その辺は官と業界との阿吽の呼吸である。

田中清玄は ダミー会社を いくつか所有していましたが 帳簿だけのやりとりなら それで十分のはずです。また そのバックには 石油業界のドンがひかえていれば 実に簡単に この取引ができるはずですが 払いも多そうだから 儲けがそれほどあったかは疑問ですが。また清玄と山口組の関係も
丸善石油を媒介にしたものがあったのでしょうか










最終更新日  2008年01月06日 17時36分42秒
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