白洲次郎の裏事情27 白洲家の家計の事情
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娘さんの 本を読んでの感じたことと 私なりの推定なんですが
1 当時の白洲家
妻 正子
子ども3人
2 家政婦
これは 間違いなくいたでしょうし それを思わせる記述もあります。娘の桂子さんは1940年生まれで 50年代前半は 間違いなく 世話をする人がいたはずですし 正子さんは 本人の自伝や 桂子さんの回顧録を読んでも そういうことができる人ではございません。
3 作男
現在の武相荘には 農地はありませんが 50年代前半までは 農地があったようですが 間違いなく正子さんはそういうことをするタイプではなく できる タイプでもありませんし ジローさんは 農業をやっていたようですが 週4日官邸に閉じこもりとか 海外旅行とか 東北電力でのお仕事 そして銀座でのお 遊びとくれば 果たして 農作業はどれほど されていたのか?
作男いない方が可笑しいです。
4 セカンドハウス
50年代に軽井沢に別荘 滋賀高原や蔵王にロッジを持ち
昭和30年代には 赤坂にタウンハウスを所有していたとあります
また 三浦義一とともに 青山に 部屋を所有していたとあります。
愛人宅とはいいませんが 鶴川に常に帰宅していたのか?
都内に 個人事務所はあったはずです。
5 秘書
個人秘書はいなかったという説もありますが 桂子さんの回顧録を
読んでも 仕事を家に持ち帰った印象も持ちませんし 武相荘にジローさんの書斎がないようなんですね。展示されていないだけかもしれませんが
6 家計管理
これは ジローさん自身がしていたようです。
だからこそ 5がいた可能性を思うのですが
7 海外旅行
いろんな理由で海外に 早い時期から 戦後も行かれて 桂子さんも留学をされているようです。
8 こうげい
正子さん自身のお店ですが 1970年まで 正子さんが所有で
ジローさん自身の都合で 他人に譲ったようです
あくまでも推定ですが 月数百万の収入がないと 維持できない
生活をしていたはずですが このへん 皆さんスルーですね?
ジローさん 霞を食って生きていたと皆さん かんじているのでしょうね。
Re:
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k_guncontrolさん
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ちょうど当方も『次郎と正子』を読み終えたところでした。
ロビンさんちに行ったときの話、何して食ってるのか
分からないとか、どこからともなく人が現れてクルマを
預かるとか、ナゾのキャラっぷりがいいですね、ロビンおじ。
しかもその間、ジロさんはどこへ行っているのか不明(笑)
二人そろって怪し過ぎですねえ。
さすがエスタブリッシュメントの暮らしっぷりは
庶民とは違うなあ、と感心したことしきりでした。
あと、ジロさんが娘に作ってやった素人感満点の
椅子と机はちょっとシビれました。
武相荘に行ったら実物が見られるのでしょうか?(2008年03月02日 00時40分52秒)
Re[1]:(03/01)
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くれどさん
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k_guncontrolさん
>ちょうど当方も『次郎と正子』を読み終えたところでした。
>
>ロビンさんちに行ったときの話、何して食ってるのか
>分からないとか、どこからともなく人が現れてクルマを
>預かるとか、ナゾのキャラっぷりがいいですね、ロビンおじ。
>
>しかもその間、ジロさんはどこへ行っているのか不明(笑)
>二人そろって怪し過ぎですねえ。
>
>さすがエスタブリッシュメントの暮らしっぷりは
>庶民とは違うなあ、と感心したことしきりでした。
>
>あと、ジロさんが娘に作ってやった素人感満点の
>椅子と机はちょっとシビれました。
>武相荘に行ったら実物が見られるのでしょうか?
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ロビンさんは 怪しいです
ジローさんと やおいの関係と
みるむきもありますが(ホントカネ)
イスはどうでしょうか?
展示が四季により ちがうので
どうでしょうか(2008年03月02日 00時46分59秒)
またウィニーか
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まっそんさん
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Re:(2)
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k_guncontrolさん
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“こうげい”を閉める理由となった、ジロさんの事情ってのが
またなんか不可解で白洲次郎らしさ満点ですね。
店舗は買ったのか、借りたのか、いずれにせよ
正子ちゃんの都合や経営状態が理由ではなさそうな点が
想像をかきたてます。(2008年03月02日 23時13分23秒)
大阪そごうの 宝石屋サンとか 熱海のオガミヤの美術館とか 新聞記者上がりの
画商とか 軍人上がりの佐倉の刀屋とか 怪しい方々のなかに こうげいもはいっていたんですかね。
なにせ 店主は秩父宮の姫さまのご学友ですから
怖いものなしですから
(2008年03月03日 09時23分36秒)