通産省設立の裏事情を戦後日本経済史 野口悠紀雄著より まとめてみると 下記のようになるようです
1 45年10月の段階で 軍需省から看板を代えた 商工省に貿易庁が新設され 外務省との通商行政の縄張り争いの第一段に 商工省が勝つ
2 ただし貿易庁の主軸は 語学ができるということで 外務省からの出向者が 握る。商工省から永山時雄が派遣されるが 白洲次郎に 逆に押さえ込まれる
3 商工省と貿易庁を合併して 通産省を作る段階で 白洲が 貿易行政を握るつもりで 通商局をつくり 次官をやるつもりだった
4 しかし 旧商工省側との話し合いで 通商局の課長以上は外務省側で 官房長は永山 次官は 旧商工省からとなる
5 しかし 白洲が 東北電力会長になり 吉田茂との関係が微妙になり 吉田政権崩壊とともに 永山が通産省を追い出され いわゆる白洲派(国際派)が衰えていくことになる
6 このあとに 官僚たちの夏のモデルの佐橋(どちらかというと 反白洲 統制派)などがでてきます。
俗に 国際派 統制派といっても そんなたいしたものなのか?吉田系とか 岸系でいいんじゃないかと思うんですが いかがでしょうか?
ただの権力闘争といった気もします。
角さんが ジローさんのマネをして 両角とか 小長を引き立てて 通産省を握るようになるんですが
このへんをよくご存じの城山三郎が ここが まったく描けていない 占領を背負った男を ヨイショするのは ずいぶんおかしな気もします
k_guncontrolさん
>ジロさん、次官になりたいという気持ちはあったんですか。
>やはり公的な肩書き無しの上、各方面から悪く言われるのは
>あの性格でも、つらいものが有ったのでしょうか。
-----
野口先生の趣旨では
ジローさんの発言でというかたちではなく 当時の次郎さんの行動を官僚がどうみていたかという点でとらえたほうがいいかと思います
吉田政権で戦後まもなくの人事システムというのは 今のものとは 若干 ことなるので あっても不思議じゃないと思います。
(2008年08月01日 21時29分00秒)