|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
はったんじ 純ぺーの日記 [全117件]
P.S 元うどん屋大将半生記 http://www.hattanji.jp/ 是非、覗いてやってください! お願いしま~すm(__)m 《大阪・裏社会》‥ 朝が早すぎたのか、それとも帰りが遅かったのか‥ どちらとも言えない。 いや、それを口に出せば“泣き言だ”と張り倒される。 それが“若い者”の宿命‥ “駆け出し極道”の悲しい性だ。 連夜の“飲み屋巡り”を終えるのが1~2時。 そこから兄貴さんを自宅へと送り届ける。 玄関までお供‥ボディーガード役だ。 不審者が現れれば“盾”にならなければならない。 これも若い者の当たり前の所作だと教えられた。 そして『ご苦労さんでした!』の挨拶で一日が終わる。 兄貴さんの一存に振り回される“長い一日”の終幕‥ しかし問題はここからだった。 “夜蝶”のココロ‥ 彼女の帰宅と僕の眠る時間帯は重なる。 ココロが目覚める頃には、僕は出掛けた後。 すれ違いばかりとなった二人の生活‥ ココロはその不満を僕にぶつけ始めた。 『かまって欲しい‥』 弱冠17歳‥まともなら女子高生。 裏社会のなんたるかなど、まだ理解できるはずもない。 ましてや“駆け出し極道”‥ “チンピラ”の日常を推し測ることなど‥。 日毎に妙な“違和感”を感じ始めた僕‥ 心のどこかで《ココロは兄貴さんの身内》‥ そんな心理が、ココロを“腫れ物”のように感じさせ‥ 僕の態度は少しずつ“他人行儀”と化していった。 “ココロの甘えを受け入れることは義務”‥ そんな認識が僕の脳に刻まれたのだ。 だが、それを全うすること‥ ココロの“お伽(とぎ)”は、僕の僅かな睡眠時間さえ容赦なく奪った。 『若いもんは30分前到着が当たり前や!』 そんな嫌味が兄貴さんの口から出るようになった。 朝の通勤ラッシュの経験が無かった僕。 遅刻をすることは日常茶飯事‥ 実際、日によってラッシュ状況が異なるのも確かだ。 しかし、実はそれ以上に度重なる“寝坊”‥ 二度寝の微睡(まどろ)みの中で、僕は“島”のハンドルを握っていた。 当初は“慣れるまでは”と称して多目に見てくれた。 だが、それも一ヶ月ほどだった。 遅刻の度に殴られるようになった僕‥ その力加減は以前とは明らかに違っていた。 同じ時期に花神組の事務所当番が任務に加えられた。 まだ見習いなので、他の先輩の付き添い程度。 十日に一度程のリズムだったように記憶している。 しかし、これも雑用ばかり‥ 炊事に掃除、当番者補佐と日中は多忙を極める。 炊事とは意外に思うだろうが、これも必須だ。 夜は先輩より遅く就寝、朝は先に起床‥ これまた当然である。 そんな花神組当番に上層部出向、付き人生活‥ そして家に帰ればココロの“お伽”‥ 元来、虚弱体質の上に過度の睡眠不足。 僕は“眠欲”に、飢えに飢えまくった。 朦朧とする意識の中で繰り返される日々‥ 僕の自己主張など、どこにも存在しない。 操り人形のように言われるがまま‥ それはまさに“脱け殻”だった。 そんな僕はついに‥ 言い訳不能の大失敗を犯してしまう。 兄貴さんの付き人を始めて三ヶ月ほど経った日の事だった… ~続く~ Last updated February 08, 2009 01:24:45 AM
P.S 元うどん屋大将半生記 http://www.hattanji.jp/ 今日から本格始動致します! 是非、覗いてやってください~お願いしますm(__)m 《大阪裏社会》‥ 上層部への初出向を終えてまもなくのことだった。 『これに乗っとけ‥』 そう言って兄貴さんから車のキーを渡された。 ココロと暮らしていた僕。 これまでは兄貴さん宅へと電車で通っていた。 時間にして30分ほどか‥ “何かと不都合が多い”と漏らしていた兄貴さん。 特に“解散時刻”は終電を気にしながらだった。 オヤジさんから“組に入れろ”との命が下された矢先でもある。 僕への渡世修行を本格化させるには“足”が必要だった。 『これ、マジですか!?』 力業(ちからわざ)を得意としていた兄貴さんだ。 “買った”のか、それとも“かっぱらった”のか‥ その入手経路はよくわからない。 だが羽振りが良かったのも確かだ。 それにしても与えられた車を見て僕は驚いた。 国産車だが当時の最高級クラスの新車‥ NASSiN社の“島”だった。 『極道は見栄とハッタリや!』 それを口癖のように発していた兄貴さん。 この時は舎弟に“島”を乗らせることが兄貴さんの“見栄”‥ それに乗る僕が“ハッタリ”を意味していた。 最初は嬉しかった‥ 車に関心は無かった僕だが、やはり乗り心地が違う。 まだ登場して間もない“島”は人目も引いた。 財布は空っぽでも“金持ち”になったような気がした。 だが、それが地獄の“馬車馬ロード”開始の合図‥ 当然僕は気づいてはいなかった…。 翌日から僕の生活リズムは一変した。 毎朝、兄貴さん宅にAM8時着‥ もちろん時間厳守だ。 だが、大阪の朝の道路混雑は半端じゃない。 深夜なら20分程の距離が、朝は2時間近くも要する。 6時には家を出発しなければ間に合わない。 そして“付き人終了時刻”‥ これまでは遅くても終電に間に合う時間帯だった。 それがぐんと遅くなり始めた。 “飲み屋へのお供”‥ それが僕の“必須任務”の一つに加わったからだ。 当初は付き合いや接待が大半の“酒”‥ 兄貴さんもけっして癖が悪いわけじゃない。 むしろ飲まない方だった。 だが回を重ねるごとに夜の街に潜む“魔性”‥ そいつに魅入られたが如き兄貴さん。 連日連夜の“飲み屋巡り”が日課となっていく‥ そしてそれは、僕の心身をジリジリと苦悩へと陥れ‥ 取り巻く環境さえも変えていくのであった… ~続く~ Last updated January 27, 2009 00:00:56 AM
《大阪裏社会》‥ 兄貴さんの“付き人生活”‥ それも数週間を過ぎたあたりか‥ これまでどっぷり“お水”に漬かっていた夜型の僕‥ その後遺症で昼間はまだピンボケ状態が多かった。 この頃は兄貴さんの課す“極道教育”‥ そいつも極めて緩かったように思う。 本気印で殴られることもなかったし‥ 口が悪いのは兄貴さんの“キャラクター”‥ 僕への暴言もそれほど気にはならなかった。 確か兄貴さんとの合流も昼前だったような‥ 少し曖昧だがそう記憶している。 しかし‥ それが“ある朝”を境にガラリと豹変する。 突如、僕に上層部への“出向当番”‥ 兄貴さんからその命令が下された! 『じっ、自分がですかっ!?』 出向当番担当の兄貴分を含む組員三名‥ 彼らが前夜、逮捕されたとのこと。 急きょ“ピンチヒッター”として僕に白羽の矢が立った。 しかし上層部といえば‥ 一千とも二千とも言われた構成員を擁する組織の心臓部‥ 企業に例えれば“本社”だ。 その本社役員の“お偉方”だけでも裕に50人は超えている。 もちろん顔も‥名前も知らない。 パートタイマー級の僕‥ まだ自分が“極道”の認識さえも無い。 こんな男を行かせたところで… 確かに理屈はわかる。 上からのオーダーに穴は空られまい。 だがまだ“支店”的立場の組事務所‥ 所属の“花神組”の当番経験すらない僕だ‥ 《他にも居るやん‥なんで俺やねん…》 思わず不安と疑心が顔に出る。 すると‥ 僕の表情の変化を見逃さなかった兄貴さん‥ 『オヤジがお前を行かせろと言うてはるんや!』 狼狽する僕にそう言い放った。 だがこのオヤジさんからの“ご指名”‥ それが事実かどうかはわからない。 ただ‥ 連日、兄貴さんの口から語られる渡世の“いろは” 《親が白と言えば黒い物も白》 そんな類いの絶対服従の思想‥ “裏社会の掟”が少しずつ僕の脳を支配し始めていく‥ つまり‥“洗脳”だ。 元来“極道”を知らない僕‥ そこに事ある毎に繰り出される《オヤジが‥》の言葉‥ そいつは“三つ葉葵の紋所”‥ 印籠を出され、ひれ伏すことに慣れて始め‥ かつては“水色”に染まっていたキャンバス‥ 今度はそれが“ダークグレー”に染まり始めていた‥。 『はい‥わかりました。』 この世界の若者に《NO!》という言葉は存在しない。 僕はすぐさま“三泊四日”の出向の準備を整えた。 とは言っても着替えの下着程度‥ それを紙袋に詰め“便通”に乗り込んだ。 関西圏某所に位置する上層部。 花神組の事務所からは車で二時間ほどの距離だ。 “便通”の運転はもちろん僕。 上層部内での注意事項や作法の伝達‥ その意図で兄貴さんは珍しく助手席に座った。 そして僕に説明を始めたのだが‥ あまりの緊張と不安で内容が頭に入らない。 と言うより意味がわからない事ばかり‥ 僕の頭の中は小学校で習ったあの曲が流れている‥ ♪ドナドナド~ナ~ドナ~‥ 渋滞続きの“阪神高速道路”‥ 荷馬車のようにノロノロと流れる車群‥ 道中、僕は市場に売られる子牛の気分を味わっていた…。 そうこうしているうち‥ ついに上層部へと到着した。 完全にテンパってしまった僕‥ 硬直した体は車から降りたがらない。 『ほな頑張れよ!』 “降りろ”と促すデカい声‥ ご存知“小心者”の僕‥噂の山羊座だ。 その音量に驚き、軽く尿が漏れる‥ そのほのかな温もりにようやく我に返った。 『スーツを着てバシッとしとんが偉いさんやさかいな!』 続けて兄貴さんの怒号が飛ぶ‥ 《他の住み込みの若者は角刈りで作業服姿》だと‥ 頭に残ったのはこのアバウトな忠告だけ。 僕の十八番の“なんとかなるやろ!”‥ そいつもこの時ばかりはどうにも機能しなかった。 そして‥ 諦めた様にトボトボと上層部へ‥ 建物内に入ると数十名の“強面”が‥ あきらかに“場違い”‥ まだお水キャラの僕はかなり浮いていた…。 ここでの僕の任務は住み込みの若者達の補助‥ それは最下級のポジショニング‥ ボロ雑巾並みの扱いだ。 “右へ向け”と言う者もいれば“左だ”と言う者もいる‥ 何に‥誰に従えばいいのかわからない。 しかもこの時、抗争事件の真っ只中‥ 厳戒体制の上層部内にはただならぬ緊迫感が漂っていた。 《聞いてないよぉ~‥》 道中、兄貴さんから聞かされたかもしれない。 だがまったく覚えていない。 よしんば聞いていたとしても‥ “抗争”そのものを知らない僕だ。 挨拶一つ、まともに出来ない“ど素人”‥ 案の定、粗相に次ぐ粗相の連続‥ 地獄の三泊四日の出向だった。 ここは詳しくは書けないが‥ おおよそ一日一時間程度の睡眠時間が与えられた。 三日で三時間‥抗争中だから仕方がないか。 食事と風呂の時間はあるが休憩時間は無い。 残りの時間は雑用従事。 中でも上層部玄関口の“門番”‥ こいつが一番苦痛だった。 上層部玄関口横‥ そこに手のひらサイズのモニターカメラが据えてある。 小さいうえに“白黒”だ‥ 顔どころか服装も判別できない。 そのモニター前に据えられた“丸イス”‥ 病室の見舞客用の背もたれの無い“アレ”だ。 そいつに座り八時間のモニター凝視‥ 他の支店からの出向者がもう一名‥ 僕と二人で八時間毎に“ローテーション”する。 怪しい者が居ればコラコラと言いに行かなければならず‥ そして関係者が近付けば“門扉の解錠”‥ それが出向当番者の“最重要任務”だった。 だがいつ訪れるやもわからない関係者‥ 小さすぎる画面は雰囲気さえ伝わらない。 痺れた臀部が感覚が無くなり‥ 睡魔で何度も何度も意識が飛ぶ。 しかし‥ もし居眠りなんぞぶっこいた日にゃ~‥ その“懲罰”の話しも上層部内で聞かされた。 『こんなもん、懲役の方がマシやで!』 ローテーションパートナーの年配組員‥ その方が僕にそうぼやいた。 この時なんとなく‥ 兄貴さんが何故僕をエントリーしたかが理解できた。 たった三泊四日が一週間にも十日にも感じる‥ もちろん失敗は許されない。 誰も行きたがらないのは当然だ。 この“出向当番”‥ この日から十日に一度回ってくるのだが‥ しかし“知らない”ってことはある種の脅威だ。 “これが若い者の勤め”だと言われれば、 それが“当たり前だ”と思ってしまう。 これも一種の“洗脳”の類いだったのだろうが‥。 そうして‥ 粗相の連続ではあったが、なんとか日程を終えた僕。 花神組に戻ると先輩方から“ご祝儀”が贈られた。 これが最初で最後の“金一封”‥ だがそれは出向当番者確定の“引導”‥ そうとは知らずにありがたく頂戴した。 その直後‥ 『ご苦労やったな‥これからも頑張れよ。』 低くて野太い声だった。 その口調には威厳と落ち着きが感じられた。 花神組組長“花神広造”‥ オヤジさんが僕にくれた初めての言葉である。 僕はこの時の不思議な感覚が今も忘れられない。 かつて接したことの無い“器の大きさ”‥ “男が男に惚れる”‥ いやまだこの時は“憧れる”の感覚だったか‥ オヤジさんを取り巻くオーラは“人間味”に溢れ‥ その背中には“組長”の風格が漂っていた。 歳は当時50代半ばだったか‥ 骨太で屈強な体躯を持つが極道には見えない。 口数は少なく、いつも紳士然としていた。 『オヤジは同胞を大事にするよってな‥』 これは後に先輩組員から聞かされた話だ。 オヤジさんは在日の外国の方だった。 だが僕をとても可愛がってくれた。 『オヤジがお前を事務所に入れろだと‥』 花神組事務所からの帰りの車中‥ 兄貴さんは愚痴るような口調で僕にそう言った。 おそらくオヤジさんからの“出向当番指名”‥ そいつは兄貴さんの自作自演だったのだろう。 僕がまともに事務所に出入りしたのが“この日”‥ 事務所内でオヤジさんと会ったのも“この時”が初めてだった。 兄貴さんとしては大誤算だったようだ‥ この“出向”がきっかけで当初の思惑‥ 僕を“事務所に入れない大作戦”は脆くも崩れ去る。 それと同時に僕への“極道教育”‥ そいつが激しくスパークし始めた。 そしてこの日から僕の“馬車馬ロード”‥ その辛く過酷な日々も始まりを迎えることとなった… ~続く~ P.S 新ホームページ“無職はつらいよ” 来週中には本格的にスタート! の予定です(^^;) こちらもよろしくお願い致しま~す(^O^)/ Last updated January 12, 2009 04:11:49 AM |一覧| |
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||