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はったんじ 純ぺーのブログ
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はったんじ 純ぺーの日記

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January 31, 2009 楽天プロフィール Add to Google XML

裏社会‥4です!

P.S

元うどん屋大将半生記
http://www.hattanji.jp/

是非、覗いてやってください!

お願いしま~すm(__)m




《大阪・裏社会》‥



朝が早すぎたのか、それとも帰りが遅かったのか‥

どちらとも言えない。

いや、それを口に出せば“泣き言だ”と張り倒される。

それが“若い者”の宿命‥

“駆け出し極道”の悲しい性だ。



連夜の“飲み屋巡り”を終えるのが1~2時。

そこから兄貴さんを自宅へと送り届ける。

玄関までお供‥ボディーガード役だ。

不審者が現れれば“盾”にならなければならない。

これも若い者の当たり前の所作だと教えられた。

そして『ご苦労さんでした!』の挨拶で一日が終わる。

兄貴さんの一存に振り回される“長い一日”の終幕‥

しかし問題はここからだった。



“夜蝶”のココロ‥

彼女の帰宅と僕の眠る時間帯は重なる。

ココロが目覚める頃には、僕は出掛けた後。

すれ違いばかりとなった二人の生活‥

ココロはその不満を僕にぶつけ始めた。


『かまって欲しい‥』

弱冠17歳‥まともなら女子高生。

裏社会のなんたるかなど、まだ理解できるはずもない。

ましてや“駆け出し極道”‥

“チンピラ”の日常を推し測ることなど‥。


日毎に妙な“違和感”を感じ始めた僕‥

心のどこかで《ココロは兄貴さんの身内》‥

そんな心理が、ココロを“腫れ物”のように感じさせ‥

僕の態度は少しずつ“他人行儀”と化していった。


“ココロの甘えを受け入れることは義務”‥

そんな認識が僕の脳に刻まれたのだ。

だが、それを全うすること‥

ココロの“お伽(とぎ)”は、僕の僅かな睡眠時間さえ容赦なく奪った。



『若いもんは30分前到着が当たり前や!』

そんな嫌味が兄貴さんの口から出るようになった。

朝の通勤ラッシュの経験が無かった僕。

遅刻をすることは日常茶飯事‥

実際、日によってラッシュ状況が異なるのも確かだ。

しかし、実はそれ以上に度重なる“寝坊”‥

二度寝の微睡(まどろ)みの中で、僕は“島”のハンドルを握っていた。


当初は“慣れるまでは”と称して多目に見てくれた。

だが、それも一ヶ月ほどだった。

遅刻の度に殴られるようになった僕‥

その力加減は以前とは明らかに違っていた。



同じ時期に花神組の事務所当番が任務に加えられた。

まだ見習いなので、他の先輩の付き添い程度。

十日に一度程のリズムだったように記憶している。


しかし、これも雑用ばかり‥

炊事に掃除、当番者補佐と日中は多忙を極める。

炊事とは意外に思うだろうが、これも必須だ。

夜は先輩より遅く就寝、朝は先に起床‥

これまた当然である。


そんな花神組当番に上層部出向、付き人生活‥

そして家に帰ればココロの“お伽”‥

元来、虚弱体質の上に過度の睡眠不足。

僕は“眠欲”に、飢えに飢えまくった。


朦朧とする意識の中で繰り返される日々‥

僕の自己主張など、どこにも存在しない。

操り人形のように言われるがまま‥

それはまさに“脱け殻”だった。


そんな僕はついに‥

言い訳不能の大失敗を犯してしまう。

兄貴さんの付き人を始めて三ヶ月ほど経った日の事だった…



~続く~


Last updated  February 8, 2009 01:24:45


January 20, 2009

裏社会‥3!



P.S

元うどん屋大将半生記
http://www.hattanji.jp/

今日から本格始動致します!

是非、覗いてやってください~お願いしますm(__)m



《大阪裏社会》‥



上層部への初出向を終えてまもなくのことだった。


『これに乗っとけ‥』

そう言って兄貴さんから車のキーを渡された。

ココロと暮らしていた僕。

これまでは兄貴さん宅へと電車で通っていた。

時間にして30分ほどか‥

“何かと不都合が多い”と漏らしていた兄貴さん。

特に“解散時刻”は終電を気にしながらだった。

オヤジさんから“組に入れろ”との命が下された矢先でもある。

僕への渡世修行を本格化させるには“足”が必要だった。


『これ、マジですか!?』

力業(ちからわざ)を得意としていた兄貴さんだ。

“買った”のか、それとも“かっぱらった”のか‥

その入手経路はよくわからない。

だが羽振りが良かったのも確かだ。

それにしても与えられた車を見て僕は驚いた。

国産車だが当時の最高級クラスの新車‥

NASSiN社の“島”だった。


『極道は見栄とハッタリや!』

それを口癖のように発していた兄貴さん。

この時は舎弟に“島”を乗らせることが兄貴さんの“見栄”‥

それに乗る僕が“ハッタリ”を意味していた。


最初は嬉しかった‥

車に関心は無かった僕だが、やはり乗り心地が違う。

まだ登場して間もない“島”は人目も引いた。

財布は空っぽでも“金持ち”になったような気がした。

だが、それが地獄の“馬車馬ロード”開始の合図‥

当然僕は気づいてはいなかった…。



翌日から僕の生活リズムは一変した。

毎朝、兄貴さん宅にAM8時着‥

もちろん時間厳守だ。

だが、大阪の朝の道路混雑は半端じゃない。

深夜なら20分程の距離が、朝は2時間近くも要する。

6時には家を出発しなければ間に合わない。


そして“付き人終了時刻”‥

これまでは遅くても終電に間に合う時間帯だった。

それがぐんと遅くなり始めた。

“飲み屋へのお供”‥

それが僕の“必須任務”の一つに加わったからだ。


当初は付き合いや接待が大半の“酒”‥

兄貴さんもけっして癖が悪いわけじゃない。

むしろ飲まない方だった。

だが回を重ねるごとに夜の街に潜む“魔性”‥

そいつに魅入られたが如き兄貴さん。

連日連夜の“飲み屋巡り”が日課となっていく‥

そしてそれは、僕の心身をジリジリと苦悩へと陥れ‥

取り巻く環境さえも変えていくのであった…


~続く~


Last updated  January 27, 2009 00:00:56

January 8, 2009

裏社会‥その2!

《大阪裏社会》‥



兄貴さんの“付き人生活”‥

それも数週間を過ぎたあたりか‥

これまでどっぷり“お水”に漬かっていた夜型の僕‥

その後遺症で昼間はまだピンボケ状態が多かった。


この頃は兄貴さんの課す“極道教育”‥

そいつも極めて緩かったように思う。

本気印で殴られることもなかったし‥

口が悪いのは兄貴さんの“キャラクター”‥

僕への暴言もそれほど気にはならなかった。


確か兄貴さんとの合流も昼前だったような‥

少し曖昧だがそう記憶している。



しかし‥

それが“ある朝”を境にガラリと豹変する。


突如、僕に上層部への“出向当番”‥

兄貴さんからその命令が下された!


『じっ、自分がですかっ!?』

出向当番担当の兄貴分を含む組員三名‥

彼らが前夜、逮捕されたとのこと。

急きょ“ピンチヒッター”として僕に白羽の矢が立った。


しかし上層部といえば‥

一千とも二千とも言われた構成員を擁する組織の心臓部‥

企業に例えれば“本社”だ。

その本社役員の“お偉方”だけでも裕に50人は超えている。

もちろん顔も‥名前も知らない。

パートタイマー級の僕‥

まだ自分が“極道”の認識さえも無い。

こんな男を行かせたところで…



確かに理屈はわかる。

上からのオーダーに穴は空られまい。

だがまだ“支店”的立場の組事務所‥

所属の“花神組”の当番経験すらない僕だ‥

《他にも居るやん‥なんで俺やねん…》

思わず不安と疑心が顔に出る。


すると‥

僕の表情の変化を見逃さなかった兄貴さん‥

『オヤジがお前を行かせろと言うてはるんや!』

狼狽する僕にそう言い放った。


だがこのオヤジさんからの“ご指名”‥

それが事実かどうかはわからない。

ただ‥

連日、兄貴さんの口から語られる渡世の“いろは”

《親が白と言えば黒い物も白》

そんな類いの絶対服従の思想‥

“裏社会の掟”が少しずつ僕の脳を支配し始めていく‥

つまり‥“洗脳”だ。


元来“極道”を知らない僕‥

そこに事ある毎に繰り出される《オヤジが‥》の言葉‥

そいつは“三つ葉葵の紋所”‥

印籠を出され、ひれ伏すことに慣れて始め‥

かつては“水色”に染まっていたキャンバス‥

今度はそれが“ダークグレー”に染まり始めていた‥。



『はい‥わかりました。』

この世界の若者に《NO!》という言葉は存在しない。

僕はすぐさま“三泊四日”の出向の準備を整えた。

とは言っても着替えの下着程度‥

それを紙袋に詰め“便通”に乗り込んだ。



関西圏某所に位置する上層部。

花神組の事務所からは車で二時間ほどの距離だ。

“便通”の運転はもちろん僕。

上層部内での注意事項や作法の伝達‥

その意図で兄貴さんは珍しく助手席に座った。


そして僕に説明を始めたのだが‥

あまりの緊張と不安で内容が頭に入らない。

と言うより意味がわからない事ばかり‥

僕の頭の中は小学校で習ったあの曲が流れている‥

♪ドナドナド~ナ~ドナ~‥

渋滞続きの“阪神高速道路”‥

荷馬車のようにノロノロと流れる車群‥

道中、僕は市場に売られる子牛の気分を味わっていた…。



そうこうしているうち‥

ついに上層部へと到着した。

完全にテンパってしまった僕‥

硬直した体は車から降りたがらない。


『ほな頑張れよ!』

“降りろ”と促すデカい声‥

ご存知“小心者”の僕‥噂の山羊座だ。

その音量に驚き、軽く尿が漏れる‥

そのほのかな温もりにようやく我に返った。


『スーツを着てバシッとしとんが偉いさんやさかいな!』

続けて兄貴さんの怒号が飛ぶ‥

《他の住み込みの若者は角刈りで作業服姿》だと‥

頭に残ったのはこのアバウトな忠告だけ。

僕の十八番の“なんとかなるやろ!”‥

そいつもこの時ばかりはどうにも機能しなかった。



そして‥

諦めた様にトボトボと上層部へ‥

建物内に入ると数十名の“強面”が‥

あきらかに“場違い”‥

まだお水キャラの僕はかなり浮いていた…。



ここでの僕の任務は住み込みの若者達の補助‥

それは最下級のポジショニング‥

ボロ雑巾並みの扱いだ。


“右へ向け”と言う者もいれば“左だ”と言う者もいる‥

何に‥誰に従えばいいのかわからない。

しかもこの時、抗争事件の真っ只中‥

厳戒体制の上層部内にはただならぬ緊迫感が漂っていた。


《聞いてないよぉ~‥》

道中、兄貴さんから聞かされたかもしれない。

だがまったく覚えていない。

よしんば聞いていたとしても‥

“抗争”そのものを知らない僕だ。

挨拶一つ、まともに出来ない“ど素人”‥

案の定、粗相に次ぐ粗相の連続‥

地獄の三泊四日の出向だった。



ここは詳しくは書けないが‥

おおよそ一日一時間程度の睡眠時間が与えられた。

三日で三時間‥抗争中だから仕方がないか。

食事と風呂の時間はあるが休憩時間は無い。

残りの時間は雑用従事。

中でも上層部玄関口の“門番”‥

こいつが一番苦痛だった。


上層部玄関口横‥

そこに手のひらサイズのモニターカメラが据えてある。

小さいうえに“白黒”だ‥

顔どころか服装も判別できない。


そのモニター前に据えられた“丸イス”‥

病室の見舞客用の背もたれの無い“アレ”だ。

そいつに座り八時間のモニター凝視‥

他の支店からの出向者がもう一名‥

僕と二人で八時間毎に“ローテーション”する。


怪しい者が居ればコラコラと言いに行かなければならず‥

そして関係者が近付けば“門扉の解錠”‥

それが出向当番者の“最重要任務”だった。


だがいつ訪れるやもわからない関係者‥

小さすぎる画面は雰囲気さえ伝わらない。

痺れた臀部が感覚が無くなり‥

睡魔で何度も何度も意識が飛ぶ。


しかし‥

もし居眠りなんぞぶっこいた日にゃ~‥

その“懲罰”の話しも上層部内で聞かされた。


『こんなもん、懲役の方がマシやで!』

ローテーションパートナーの年配組員‥

その方が僕にそうぼやいた。


この時なんとなく‥

兄貴さんが何故僕をエントリーしたかが理解できた。

たった三泊四日が一週間にも十日にも感じる‥

もちろん失敗は許されない。

誰も行きたがらないのは当然だ。


この“出向当番”‥

この日から十日に一度回ってくるのだが‥

しかし“知らない”ってことはある種の脅威だ。

“これが若い者の勤め”だと言われれば、

それが“当たり前だ”と思ってしまう。

これも一種の“洗脳”の類いだったのだろうが‥。



そうして‥

粗相の連続ではあったが、なんとか日程を終えた僕。

花神組に戻ると先輩方から“ご祝儀”が贈られた。

これが最初で最後の“金一封”‥

だがそれは出向当番者確定の“引導”‥

そうとは知らずにありがたく頂戴した。


その直後‥

『ご苦労やったな‥これからも頑張れよ。』

低くて野太い声だった。

その口調には威厳と落ち着きが感じられた。

花神組組長“花神広造”‥

オヤジさんが僕にくれた初めての言葉である。


僕はこの時の不思議な感覚が今も忘れられない。

かつて接したことの無い“器の大きさ”‥

“男が男に惚れる”‥

いやまだこの時は“憧れる”の感覚だったか‥

オヤジさんを取り巻くオーラは“人間味”に溢れ‥

その背中には“組長”の風格が漂っていた。


歳は当時50代半ばだったか‥

骨太で屈強な体躯を持つが極道には見えない。

口数は少なく、いつも紳士然としていた。


『オヤジは同胞を大事にするよってな‥』

これは後に先輩組員から聞かされた話だ。

オヤジさんは在日の外国の方だった。

だが僕をとても可愛がってくれた。


『オヤジがお前を事務所に入れろだと‥』

花神組事務所からの帰りの車中‥

兄貴さんは愚痴るような口調で僕にそう言った。


おそらくオヤジさんからの“出向当番指名”‥

そいつは兄貴さんの自作自演だったのだろう。

僕がまともに事務所に出入りしたのが“この日”‥

事務所内でオヤジさんと会ったのも“この時”が初めてだった。


兄貴さんとしては大誤算だったようだ‥

この“出向”がきっかけで当初の思惑‥

僕を“事務所に入れない大作戦”は脆くも崩れ去る。


それと同時に僕への“極道教育”‥

そいつが激しくスパークし始めた。

そしてこの日から僕の“馬車馬ロード”‥

その辛く過酷な日々も始まりを迎えることとなった…



~続く~


P.S

新ホームページ“無職はつらいよ

来週中には本格的にスタート!

の予定です(^^;)

こちらもよろしくお願い致しま~す(^O^)/


Last updated  January 12, 2009 04:11:49

December 27, 2008

裏社会‥その1



《大阪・裏社会》‥



そんなこんなの“裏社会入り”‥

嫌々ながらではあった。

だが“シャキッ”っとしてなきゃブッ飛ばされる。

いや、その程度じゃ済まされない。

痛いのはイヤだ。

僕は腹をくくって流れに任せることに決めた‥。



そんな僕の在籍した“組”は総勢二十名足らず。

その内部構図を家系図に例えると‥

組長が家長で“親父さん”。

親分・オヤジ・オヤっさんなどと呼ばれる。

その親父さんの“弟分”にあたる年配方が数名。

僕は“オジキ”と呼ぶように教えられた。


そして“兄貴さん”以下、家長の息子にあたる若衆が十名ほど。

この肩書きは“直参若中(じきさんわかなか)”‥

直接の若い者という意味だろう。

僕の立場からいえば兄貴さんの“同級生”‥

その直参の若衆達を“兄貴”と呼ばされていた。


ちなみにこの時の僕の立場は“準・息子”

まだ正式に息子とは認められていない。

『お前みたいなんを“枝の枝の葉っぱ”と言うねん!』

兄貴さんはよく僕にそう言って笑っていた。

それは“下っ端中の下っ端”という意味だ。

だが、やせっぽちで小柄な僕‥

今にも吹けば飛びそうな“葉っぱ”というその表現‥

そいつがあまりにもピタリときたので意味もわからず笑っていた。


って、そりそうだろう‥

四国の片田舎出身の僕。

水商売を始めるまで“極道”をまったく知らなかった。

もちろん近くにもいなければ話したことも無い。

初めて見聞きする“内部事情”に“専門用語”‥

僕には意味のわからないことが多すぎた。


まだこの時点では《知らぬが仏》といったところか‥

この後“馬車馬街道まっしぐら”‥

そんな過酷な日々が待ち構えていることなど‥

まったくもって想像もしていなかった…。



しかし‥だ。

とにかくここは若い者が続かない“組”だった。

これはかなり後で知った話しだが‥

兄貴さんの舎弟からも数名が“直参若中”へと昇格した。

だが、皆居なくなった。

ほとんどが親や学校‥

社会からもはみ出した“やんちゃ坊主”ばかりだ。

そんな若手達に行儀や礼儀、筋に義理‥

裏社会独特の厳しい“しつけ”は苦痛だっただろう。

おまけに若手の宿命ともいえる下僕扱いの“付き人”‥

そして上層部団体への“出向当番”などなど‥

完全に時間と自由を拘束される。

しかも給料などは出るはずもなく収入はゼロだ。

逃げた若手達の気持ちも痛いほどわかる。


だが‥

当然、皆見つけ出されている。

中には小指を詰める“断指”でケジメをつけた者もいたし、

親がお金を積んで足を洗った者もいたそうだ。


そんな状況に他の組員達は《どうせ続かないから》と‥

自分の下に仕える若手を組に入れようとはしなかった。

そこには組長直属の若衆になれば“使いづらい”‥

皆、そんな気持ちもあったようだ。

“部下”を上司に取られるようなものだ。

それは兄貴さんも例外では無かったように思う。



そういった事情の中‥

僕の裏社会人生は兄貴さんの“付き人”から始まった。

『お前は組員(直参若中)には上げんさかいな‥』

“最初”はそう言っていた。

昇格させては居なくなった他の舎弟達‥

トラウマもあったのだろう。

兄貴さん自身も“付き人”を欲していた。

そこで僕はまず“運転手”として‥

兄貴さんの《便通》の運転から教えられた。


ところが‥だ。

ほぼペーパードライバーの僕。

車などマーの代わりに何度か運転した程度。

しかも‥

それより以前に知人から軽四を借りたことがある。

おそらくこの時が免許取得後の初運転だっただろう‥

それがミッション車ということで少し緊張していた。

『坂道発進とか出来るやろか‥』

そんな不安を抱えながら側道から本線車道へと‥

恐る恐る車を走らせ始めた。


すると‥

突如後ろから救急車が迫って来た。

真後ろか聞こえる“けたたましい”サイレン音‥

おまけにスピーカーから“怒り口調”で何か言っている‥

プレッシャーで交通ルールがまったく思い出せない。

完全にテンパってしまった僕はアクセル全開!

救急車を後ろに従えたまま赤信号に突っ込んだ。


《逃げる軽四、追う救急車》‥

交差点内ではそんなカーチェイスが展開された。

おそらく傍目には相当滑稽な絵図らだっただろう‥

お陰様で幸い大事には至らなかった。

だが、この一件で車の運転にはかなり自信を無くした僕‥

ましてや《便通》は左ハンドルだ。

裏社会入り後の一つ目の難関は“車の運転”となった。



だが‥

そんな“泣き言”など通用する世界ではない。

一応は兄貴さんに《車の運転が下手だ》と伝えた。

すると兄貴さん‥

『心配せんでも“便通”は相手が避けよるわい!』

そう言って一笑に付した。

さらに兄貴さん‥

『運転くらいで“イモ引いて”どないすんねや!』

ここで二つ目の難関勃発‥

お次は“言葉”の問題だ。

《イモを引くって何だ‥?》

初めて耳にする言葉‥

そいつに僕は“里芋”しか思い浮かばなかった。

もちろんすぐにニュアンス的には理解した。

《ビビる》という意味だ。

しかし‥

これを“専門用語”というのだろうか‥

コテコテの大阪弁(?)で話す兄貴さん。

この後も意味不明語にかなり悩まされたのだが‥。



そうして怒られながらも“便通”を運転しはじめた。

だが癖の無い僕には左ハンドルはかえって乗りやすかった。

左折時の巻き込みも見易い。

『なるほど‥』

確かに周りも気を使ってくれる。

運転がうまくなったような気がした僕‥

図に乗って“ブレーキ三度踏み”というあの伝説の技‥

教習所直伝の“ポンピング・ブレーキ”を繰り出した。

『ワレ、そのブレーキやめんかい!』

後部座席から兄貴さんの怒号と鉄拳が飛んでくる‥

『ひぃっ、ひぇぇ~‥』

見た目はバリケードだが意外にデリケートな兄貴さん‥

『酔うっちゅうねん‥』

吐き捨てるようにそうぼやいた。


『はい、気をつけます‥』

このあたりが“付き人”となって二週間ほどだったか‥

やっと“便通”に慣れ始めたばかりの僕‥

この時はまだまだ兄貴さんも手ぬるかった。


しかし徐々に“馬車馬街道”‥

“ボロ雑巾気分”を味わう日は近づいていた…



~続く~



P.S

お知らせです!

“新ホームページ”

http://www.hattanji.jp/

まだ物語は出来てませんが、ようやく《前書き》なんぞを書き込みました。

こちらのブログとは内容や進行状態は変わると思いますが、

よかったら是非とも覗いてやって下さい☆

今後とも一つよろしくお願いいたします!

でもってゴーフィールド社の森田さんを始めとする皆さん、

ご協力、どうもありがとうございました。


石田純ぺー m(__)m


Last updated  December 28, 2008 00:07:50

December 13, 2008

《なんちゃって外伝》‥みたいなもんです(^^;)




《大阪・裏社会》‥



かくして僕は“極道”となった。

職人に例えれば“見習工”‥

まだ“準構成員”と呼ばれる末端的立場だ。


もちろん自ら選んだ“道”ではない。

優柔不断が何もかもを空回りさせたこの時‥

『俺の人生、こんなもんやろ‥』と‥

自暴自棄にも陥った。


そんな僕に出来たのは“流れ”に任せること‥

“嵐のような時代”がただ過ぎ去るのを待つしかなかった。



『J‥世の中には“必要悪”っていうもんもあるんやで。』

この時期に唯一相談できた人‥

それが“ミナミのイブ”

酸いも甘いも噛み分けた彼女だった。


この街で“部外者”‥

僕の関係先と全く接点の無い知人は彼女だけ‥

そんなイブに僕は“人生最大の選択”を相談した。


その答えが“悪の必要性”‥

しかし当時の僕にはさっぱり理解ができなかった。

要は《決めるのは自分自身だ》と‥

裏社会への“肯定と否定”‥

そのどちらも答えてはくれなかった。

結果的に僕は兄貴さんの圧倒的な圧力‥

それに屈する形となってしまったが…



あれから約二十年‥

恥ずかしながら“やっと”だ。

ようやく“必要悪”の本質を理解が出来るようになった。


《毒を以て毒を制す》‥

“必要悪”とはこういうことなんだろう。


一昔前は“アンダーグラウンド”‥

裏社会の領域に一般人は踏み込めなかった。

と言うより“闇の番人”‥

“アウトロー”が踏み込ませはしなかった。


ところが今はどうだ‥

学生さえもオクスリを売りさばくご時世。

一般人が一般人に危害を及ぼす“邪悪”‥

それが増加している感は否めない。


これは決して裏社会を肯定しているわけではない。

だが否定も出来ないほどの世の中の変わり様‥

それも痛いほど感じる。


確かに“法”は“裁くため”‥

“事後処理”としての効力は絶対だ。


だが“事前保護”‥

特に“人命を守る手段”としては限界を感じる。


疑惑には介入しきれない“法”‥

疑わしきにバッシングを入れてきた“裏社会”‥

《事前に“邪悪”を制す“必要悪”》‥

その必要性もどこかにあるのではなかろうかと‥

僕はそのように考えています。


本当に世の中って“善と悪”も“男と女”も‥

でもって“収入と借り入れ”のバランスも‥

難しいものですね‥チャンチャン☆


以上、前書きでしたf(^-^;


P.S


“10時の男”さん☆

おてまみ、ありがとうございました(^.^)b

一週間ほど前でしたかね‥

昼過ぎにレインボー通りですれ違いましたよ。

車の中から手を振ったんですが、気づかなかったみたいですね‥

10時男さんも運転中だったんで電話するのはやめにしました(^_^;)

近いうちに電話します‥てか、よかったら連絡下さい(^-^)

10時男さんの都合の良い時に☆

無職の僕なんで着信はいつでも無問題です!

待ってますよ(^^)d


でもって‥

ご無沙汰中の皆様や足跡を下さってる皆々様へ‥

いつも訪問(閲覧?)ありがとうございます☆

えっと‥

ここまでは僕の“過去日記”をブログとして書かせていただきました。

でもこれからは描写しにくい内容が更に多くなりそうで‥

なので“あくまでフィクション”と解釈して頂ければ幸いかと‥

そう思っています(^^ゞ


くわえて新ホームページでの携帯(ネット?)小説の作成も始めます。

その分“楽天ブログ”の更新‥

次回からの《大阪・裏社会》が今まで以上にスローダウンしそうです。

そのあたりも何卒ご容赦下さい‥m(__;)m

でも懲りずに今後とも応援よろしくお願いします!

寒くなってきましたんで皆様も風邪などには気をつけて‥です(^.^)b

ではまた近いうちに(^-^)/~


Last updated  December 13, 2008 15:15:58

December 10, 2008

大阪お水最終章‥




《最終章・後編》



意表を突く組事務所内での“舎弟宣告”

この発言を皮切りに兄貴さんの“勧誘ラッシュ”‥

《腹を括(くく)って極道したらどうだ》と‥

そんな言葉が本格化の兆しをみせた。



今思えば‥

まだ“構成員”ではなかった僕。

企業に例えれば“パートタイマー”‥

いや、そこにも至ってはいないか‥

“通りすがりの一般人”に近いレベルだ。

もしかしたら‥

この時点なら逃げることはできたかもしれない。


だが“泥船状態”とてまだ店がある。

なにより“ココロの存在”‥

“身内が極道だから”と急に手の平は返せまい。

逆にここで全てを放り出すこと‥

その方が“さらに追われ身になる”と‥

そうなることに“恐怖”を感じていた。



『少し考えたいんで時間を下さい‥』

ココロに食わせてもらっていたこの頃だ。

そんなヒモ状態の僕に“通せる筋”など‥

《拒絶》を放つ大義名分などは存在しなかった。



そんな僕に“渡世(裏社会)入り”を迫る兄貴さん‥

けっして厳しい口調ではなかったが‥

再三再四に渡る“説得”は‥

僕の首にかかった真綿を確実に締め上げていった。



時を同じくして“もう一つの運命の扉”‥

そいつが僕の前に姿を表した。

ちょうど“イカノアシジュポン復興”‥

それを目指して躍起になっていた頃だ。

営業をかけたお客の先での出来事‥

ある芸能関係者との“出会い”だった。


おそらく僕にとって‥

この時が人生最大の“分かれ道”

だがバブル期当時‥

この手の“スカウト”や他店からの“ヘッドハント”‥

それらは日常茶飯事だった。

もちろん現実はそんなに甘いものではない。

鳴かず飛ばずの先輩方を知っていた僕‥

だが…



“カタギ生命”‥

そいつがまさに“風前の灯火”のこの時‥

このボウフラ男が“渡世入り”を抗うには“職業”‥

ココロを養うだけの“甲斐性”が必要だった。



『渡世入り回避はこれしか無い‥』

この後に及んで中途半端に“職業選択”‥

それは“逃げ口上”にもならない。

“エンターテイメント”を好む兄貴さんでもある。

直感的に“これなら通る筋”だと思った。



そこでまず‥

店の“今後”に決断を下しにかかった。

すでにお荷物と化していた“イカノアシジュポン”

相棒もやる気を無くしているように見えた。

すでに限界点に達していた僕‥

ココロからも運転資金を投入してもらっていた。

その“借り”が僕の“反発力”‥

兄貴さんの“言い分”に押される大きな要因だった。


すぐさま僕はケンチャンと話し合った。

しかしこんな時も相変わらずのあいつだった。


『おっさん、ババ引いたなぁ~!』

これは“ババ抜き”のジョーカーのことだ。

僕が最悪のカードを引いたと笑った。

だがけっして嫌味は無い。

これが“あいつ流”だ。

店を一歩出ればやっぱり大親友の二人‥

まずは共に僕の状況を笑い飛ばした。


その後、僕は《店をどうするか》と切り出した。

裏社会か芸能界‥

どちらを選択しても僕の立場は微妙だ。

店には今以上に入りにくくなる。

あいつもそれはわかっていた。


『やれるとこまで一人でやるわ‥』

それがあいつの返答だった。

『ごめんなぁ‥ケンチャン…』

僕と兄貴さんの件はある意味《身内の問題》‥

ケンチャンに介入の余地は無い。

それもあいつは理解していた。


『おっさん、頑張りや。
また笑って会おうでな‥』

この時あいつが何を“頑張れ”と言いたかったのか‥

それはわからなかった。


『まっ‥なんとかなるやろ!』

わからないなりにもそう答え‥

背を向けて立ち去ろうとした僕‥

それをあいつはいつもの笑顔で見送ってくれた。


僕は自分の“間の悪さ”が情けなかった‥

“不甲斐なさ”にも腹が立った‥

そして何より‥

夢列車からの“途中下車”‥

僕一人が“降りた”ことを何度も悔やんだ。

むろん“後の祭り”であった…。



こうして僕の“お水生命”は終止符が打たれた。

だが、結果的にこうすること‥

共同経営にピリオドを打つが二人の友情や信頼‥

一番大切な“許し合う心”を取り戻すことに繋がったった。


しかし僕の運命の“黎明期”‥

それはこの日を境に目まぐるしく動き始めた。



そしてついに‥

僕は“一か八かの勝負”に打ってでた。


『近々、先方さんと会うことになってるんです‥』

“芸能関係者”‥

《その方に詳しくお話を伺う》と‥

そう兄貴さんに切り出したのだ。


すると兄貴さん‥

『ワシも同行してええか』

そう尋ね返してきた。

しかしそれは《ついて行くぞ》の意思表示‥

《来ないでくれ》とは断われない。

否応なしに僕は承諾した。



当日‥

先方さんと喫茶店で待ち合わせた。

もちろん兄貴さんも一緒だ。

半分は僕を疑っていたのだろう‥

兄貴さんは僕のテーブルの横の席に陣取った。


《先方さん、ビビるやろうなぁ‥》

兄貴さんの風貌は半端じゃない。

組事務所でも他の人達がかすんで見えたくらいだ。

内心、同席を断らなかったこと‥

それを失敗したかなとも思った。


ところがだ‥

先方さんはその存在に全く動じることなどない。

と言うよりまるで“圏外”だった。


詳しくは書けないが‥

“さすが百戦錬磨の興行師”といったところか‥

兄貴さんに軽く会釈だけしたその方‥

席着くとすぐさま僕との“一対一”の世界を展開した。


少し呆気にとられた僕。

だがその方はそれさえ気にとずに話しを始めた。


ここも内容は書けないが‥

その方は“華やかな部分”はほとんど語らなかった。

かなりの“稽古”と“下積み”を必要とすること‥

下積みが“地方巡業”を意味することなどを語った。

そして最後に《頑張ってみないか》と締めくくった。


しかし‥

ここで僕はまた優柔不断をさらけ出してしまった。

『後日、返事をします‥』と‥

元々この選択は“逃げ道”レベル‥

自ら望んだ“世界”ではない。

その場では結論を出せずに返事を先送りにした。



しかしこの躊躇が“命取り”になってしまった。

どっちつかずの僕‥

兄貴さんもそれに業を煮やしたのだろう。

これまでとは打って変わった厳しい口調‥

満を持して激しく牙を剥いた!


『ワレ‥どないすんねやっ!』

一気に型にはめにかかろうとする兄貴さん!

ビビった僕‥

この時ようやくココロに状況を話し、助け船を求めた。

すると泣いて兄貴さんに直談判したココロ‥

だがその矛先は“可愛い妹”にまで向けられた!


『オヤジ(組長)にも話しは通してあんねやっ!』

相撲部屋的“縦社会”の任侠道‥

《親が白と言えば黒い物も白》‥

そんな親方への“絶対服従”が裏社会‥

“渡世”の慣わしだった。


『そない嫌ならお前ら二人で大阪から出ていかんかい!』

泣いて愚図るココロに強烈な“だめ押し”

だが“兄貴さん方”しか身寄りのないココロ‥

僕が“身内を割る”のは忍びない。

それに大阪を離れたところで‥

いずれは探される日が来るだろう…


『このまま“ウォンテッド”として生きるくらいなら‥』

この瞬間‥

僕の進むべき道は一本に絞られた。


この時、石田純ぺー・21歳‥

優柔不断で隙だらけ‥

そこを突かれ、型にはめられた僕‥

そんな小心者が迎えた新たな旅立ち‥

それは引き返すことの出来ない“極者の道”だった…



~大阪お水時代・完~


P.S

えっと‥

長らくの《大阪お水時代》‥

すいませんでしたm(__;)m

でもってダラダラへのお付き合い‥

どうもありがとうございましたm(__)m


かねてよりお知らせしてきました“新ホームページ”

“ゴーフィールド社”さんのご支援で最終テストも終わり、

いよいよスタートすることになりました。


近々“URL”をお知らせしますんで是非是非‥

引き続き懲りずに応援よろしくお願い致します☆

ではでは(^人^)


Last updated  December 10, 2008 15:21:50

December 3, 2008

たぶん完結編‥の前編!




《大阪お水・最終章》



これは今から約20年前‥

“暴力団新法”施行の数年前の話しだ。



当時の裏社会は《産めよ増やせよ》の時代であった。

半ば強引な手法の“組織加入勧誘”‥

当人の意思は尊重されないケースが往々にしてあった。


ある種の“力業”‥

いわゆる“型にはめられる”と呼ばれるそれだ。

“脱退”は一筋縄にはいかなかい…



そして‥

組織加入後は過酷な下積み生活‥

組事務所での住み込みか上の者の“付き人”‥

ほとんどの時間を拘束され自由を奪われる。


下僕か出丁奉公のような日々の繰り返し‥

新参の若い者はまるで“馬車馬”扱いだった。

そんな不条理に幾多の若者達が街を捨てたことか‥


だが日本全国を股にかけた強力な“ネットワーク”

どこまで逃げても逃げ切れなかったあの頃‥

今とは若干様相を異にしていた。



まだ“民事介入暴力”が横行していたこの頃‥

当時の“裏社会”の圧力は相当なものであった。


“恐喝と示談”の線引きさえあやふや‥

訴え出る者も極めて少なかった。


飲み屋など“裏社会”に睨まれたら最後‥

よほどのことが無い限り存続は難しい。

“法の力”‥

いや“国家権力”さえ無力に感じる時代であった‥



そんな中‥

それでも僕らはなんとかやってきた。

ヤンチャ上がりのケンチャン‥

“裏事情”にも詳しい彼だ。

常に《世話になってはいけない》と‥

何があっても頼ることも‥

決して隙を見せることもなかった。


ところが、だ‥

ついに僕がやっちまったわけだ…



あの日‥

ココロ宅を訪れた“お兄さん”

その“初顔合わせ”はおそらく10分程度。

ココロから得ていた僕の個人情報‥

その確認の質疑応答に終始したように思う。


なにせ初対面の緊張感‥

その上にお兄さんの風貌の脅威‥

小心者で草食動物タイプの僕‥ご存知“山羊座”だ。

頭の中が真っ白であまりその場面は覚えていない。

だが帰り際のシーンは克明に覚えている‥



『何かあったらいつでも連絡せえや‥』

そんな言葉と一枚の名刺を残して去った。


そこには金色の“エンブレム”と筆書きのような“フルネーム”‥

そして少し細い字で書かれた“役職名”‥

《若頭代行》という文字が踊っていた。


企業に例えるなら“専務代行”か‥

《若頭》不在の代行職‥

実質“組のNo.2”であった。



『最悪や‥』

その名刺に書かれた現実に嫌悪する僕‥

さらにまだ具体化してない“嫌な予感”‥

その不安が“活字”となって僕の口をついた‥



そうして‥

この日を境に僕の身辺は慌ただしくなった。


《近くまで来た》と言っては頻繁に家に寄る‥

ココロと二人で食事に誘われることもしばしば‥

挙げ句の果てには僕のポケベル番号も聞かれた…



『お前は妹の旦那やさかいワシの弟やなぁ‥』

もちろんココロと籍は入れてない。

“同棲は婚姻と同等”と見なすことが多々あるその業界。

ココロとの同棲は事実だ。

《弟と同じ》という言い分に抗う余地は無い。

そこに“可愛い妹に手を出した”的罪悪感‥

そいつが僕のモラルに輪をかける。



『おいJ、お兄さんはやめて兄貴と呼べや‥』

気付いた時にはお兄さん‥

“兄貴さん”の包囲網の中にいた。


それは真綿で首を締めるかの如く“じわじわ”と‥

そして“ジリジリ”と僕の逃げ道を狭めていった…



ほどなくしてホスト店を上がることになった僕‥

修行先への“兄貴さん”の来店がきっかけだった。


もちろん女性連れだが店内の空気は一変した。


僕に“兄貴さん”との関係を尋ねた経営者‥

遠回しに“出入り禁止”をほのめかす‥

だが僕も《来ないでくれ》とは言いにくい。

そこで仕方なく‥

そのまま退店を申し出た僕‥

こうして一つの“野望”を失った…



この頃イカノアシジュポンをどうしていたのだろうか‥

週末は出ていたと思うが印象に薄い。


昼間は兄貴さんに呼び出されることが多くなっていた。

その傍らでココロはいつも泣いていた‥

だが彼女に罪は無い。

物心がついた時には“優しいお兄ちゃん”‥

“従兄弟”は極道になっていたわけだ。

自ら望んだ環境では無い。


弱冠17歳のココロ‥

まだ裏社会の認識も薄い年頃だ。

それがせめてもの救いだった。

そんな彼女に僕も誓った‥

《絶対に極道にはならない》と…。



そして“兄貴さん”との初対面後‥

それから1~2カ月といったところか‥

“兄貴さん”は常々《お前を極道にはしない》と‥

『ココロに怒られるさかいな‥』

そう語っていた。


だが‥

今思えば完全に僕の“油断”だ‥

若さゆえの安易な考えもあったか‥

その言葉を鵜呑みにしていたのだ。



そんなある日‥

昼間呼び出されて行動を共にしていた矢先だった。

“兄貴さん”の在籍する組事務所‥

そこに立ち寄ることになった。


車で待とうとしていた僕‥

だが《中に入れ》と促された。


僕は何も考えていなかった‥

“おはようございます”か何かの挨拶‥

そんな言葉を発し事務所の中へと入った。



そこには3~50歳代のおじさん達が数名‥

3名ほどが全自動の麻雀卓を囲んでいた。


その麻雀を後ろから見るような格好‥

玄関に近い位置に立っていた僕‥

そこへ一人の年配の組員が近づいてきた。


『お前、その耳なんやねん!』

左耳に付けたピアスのことだ。

今時で言うなら“チャラ男”の出で立ちの僕‥

その人にはひどく気になったようだ。


『あっこれ‥彼女とお揃いなんですよ。』

当時は“新人類”と呼ばれた世代の僕‥

ましてや極道になった覚えはない。

《ファッションの一つ》と普通に答えた。



するとその年配組員‥僕に説教を始めた。

《男のくせに‥》と‥



ちょうどそこへ“兄貴さん”‥

事務所二階へと上がっていたが降りて来た。


『どないしたんでっか?』

と、“兄貴さん”‥


『代行、これどないでんの‥』

僕のピアスを指差す年配組員‥

二人は軽い問答を交わした。


その直後‥

少しキレ気味に“兄貴さん”‥

とんでもない言葉を言い放った。


『コレ、ワシの舎弟でんねん!』…


《えぇっ!‥はぁーっ!?》

僕は自分の耳を疑った‥

瞬時にココロや高松の両親‥

いろんな思いが廻り来る‥


一瞬は《かばってくれたのか‥》

自分に好都合な解釈もした。


だが空気が違い過ぎた…

表現しずらい緊迫感‥

“兄貴さん”のデカイ声に事務所内が沈黙する‥


『J、帰るぞ!』

呆然と立ち尽くしていた僕‥

そこを“兄貴さん”に促され‥

ヨロヨロと事務所を後にした…。


『ココロに怒られるさかいな‥』

この言葉は聞き間違えたのか‥

はたまた“幻”だったのか…



この時、石田純ぺー・21歳‥

この日本気で“私は貝になりたい”‥

そう思ったのだった…



そうして迎えた“運命の分かれ道”‥

僕は一か八かの勝負を賭け“最後の切り札”を切ることになる!


次回、おそらくたぶん大阪お水完結“後編”‥

請う、ご期待!



~後一回くらい続く~


Last updated  December 4, 2008 02:18:32

November 26, 2008

37!



~大阪お水時代~



『付き合ってみる?』


すこぶる軽いノリだった。

お姉さんに背中を押された格好‥

どんちゃん騒ぎの中、僕がココロに発した言葉だ。


『Jちゃん、さっきの話しはマジ?』

これが閉店後の電話‥

ココロからの問いであった。



数日後、僕には高松への帰省の予定があった。

何の用事であったかは忘れたが‥

僕はこの道中でココロと食事の約束をした。



彼女のわりと離れたところに住んでいた。

《もう会うことはないかもな‥》

内心、そんな思いがあった。


しかしそれがまさかのクイックリターン‥

《お客として》とは若干趣旨が違っていた。

だがその程度はよくある話だ。

その時は深く考えずに受話器を置いた。



当日‥

その日は小雨が降っていた。

ココロの住まいの最寄り駅に到着した僕‥

彼女はわざわざ傘を持って迎えに来てくれた。


時刻は夕方あたりだったか‥

彼女宅で“手料理”を頂くことになった。



駅から歩いて5分程‥

ココロ宅に到着した。

彼女の住まいは新築の1LDKマンション。

引っ越して来たばかりで“生活臭”は感じない。

備品も少なく“こざっぱり”した部屋だ。



部屋に入るとココロはラフな室内着に着替えた。

上着は忘れたが下はホットパンツ。

僕にビールとつまみを出して彼女はキッチンに立った。

そして慣れた手つきで夕食準備にかかる彼女‥

ホットパンツからすらりと伸びた足が眩しい。

その柔らかい曲線はすでに大人の色気が漂っていた。



そしてココロの手料理を囲んでの会話の中‥

“元彼”のこと‥

“複雑な家庭環境に育った”ことなど‥

“悲劇的な事実”さえ隠さずに話してくれた。



そして《北新地で働いている》と語ったココロ。

目一杯の背伸びで大人振ってみせてはいたが、

素顔はまだ少女の面影が残る“17歳”‥

《少女と大人の間で揺れる年頃》だ。

そんなココロの話しはとても新鮮に感じ‥

僕は時間も忘れて彼女と会話を楽しんだ。



ふと気付くと‥

新幹線は間に合わない時刻になっていた。

そこで翌朝早く出発することにした僕‥

その夜はリビングのソファーを借りて眠ることに‥


だが若い男女が“一つ屋根の下”‥

なんともソワソワとして眠れない。


もちろん“そんなつもり”などはサラサラ無い。

『遊んだったらあかんで!』

お姉さんにもそう釘を刺されていた僕‥

だが瞼を閉じると先ほどのホットパンツ姿のココロの残像が‥


雨は夜半過ぎに雷雨へと変わっていた…



その時ふいにココロがリビングに顔を見せた。

《雷が怖い》と‥


悲劇的な境遇にも強く生きて来たココロ‥

そんな健気な少女が意外な弱点を見せる‥

僕はそれに愛おしさを感じた。

《怯えるココロ》‥

そんな彼女を僕はぐっと抱き寄せ‥

そして…



この時、結局僕は帰省しなかった。

それどころかそのままココロ宅に転がり込んだ。

そして新たな同棲生活を始めようとしていた…



店に帰った僕‥

この成り行きをケンチャンに話した。

その時彼は呟いた‥

『おっさんも俺の気持ちがわかったやろ‥』と‥

この言葉で僕の中の何かが途切れた。



僕とココロは“お客”として知り合ったわけではない。

顔こそ覚えてはいなかったがすでに面識はあった。

ましてや“知人の知人”‥

僕の“お客の定義”とは微妙に異なる。



それを言うに事欠いて同じ土俵に上げられた僕‥

《一緒するな!》‥

口にこそは出さなかった。

だが“ずっと溜めていたもの”‥

そいつがついに僕の中で炸裂してしまった。



船底に穴の開いたイカノアシジュポン‥

その浸水はすでに僕らでは止められなかった。

いや‥僕には完全に“止める気”が無くなってしまった‥



これまでは“店から借りる”形でなんとか食いつないでいた。

だがその補填で借金は膨らむ一方‥

よしんば頑張ったところでバブル崩壊後‥

二十歳そこいらでオーナー気取りは早すぎた二人だった。



そこで“外貨獲得”のため秘密裡に進めたアルバイト‥

《次は単独で開業しよう》‥

そんな思惑もあった。


これまでの戒めも含めての“再度の修行”‥

未完成に終わった“最強夜王”を目指し、

僕はまたホスト店に在籍した。



もちろんケンチャン‥奴の了解も得ていた。

平日の週三日程度の出稼ぎ‥

もちろん週末はイカノアシジュポンだ。



確かに“わがまま”をしたとは思う‥

だが僕の“身勝手男”は昔からだ。

それにここまで来たら“死活問題”‥

借りてきた金に生活費、ローンも返さなきゃならない。



そうして始まった“出稼ぎ修行”‥

それも数週間ほどが過ぎ‥

ココロとの暮らしも一ヶ月が過ぎようとしていた。



そんなある日のことだ。

突然、ココロが“会って欲しい人が居る”と言い出した。


《大きい兄ちゃん》‥

ココロは“一人っ子”ではあった。

だが不幸な事情から幼少期を親類宅で過ごしたそうだ。

その頃を兄弟同然に育った従兄弟‥

二人兄弟の従兄弟の“兄”の方だ。


僕には不都合も隠れる理由もない。

『いいよ』と軽く答えた。

しかしその直後‥

得体の知れない不安が僕を襲った…



そして翌日だったか‥

早速“大きいお兄ちゃん”に連絡を取ったココロ。

《こちらへ出向いて来る》と‥

これまた“電光石火の早技”だった。



《大きいお兄ちゃん》‥

その素性が気になった僕はココロに尋ねた。

彼女曰く、歳は30歳前。

既婚で子供もいる。

ココロの店にも時々飲みに来るそうだ。

しかし問題は“職業”だ‥

『金貸しや不動産をやっている‥』と‥

そいつがとても気になった。


“不動産屋”はお客にもいた。

だが僕は“金貸し”という職業を知らない。


『口は悪いけど‥でも“優しい”で!』


なぜか“優しい”を強調するココロ‥

僕の不安はさらに高まった。



そして来訪の予定時刻‥


マンション下の排水路にかかった“グレーチング”

鉄の“すのこ”のような蓋のガシャンと鳴る音が聞こえた。


『あっ、来たんちゃう?』

マンション下に車が止まった。

玄関の鍵を解錠しに行くココロ‥

リビングで正座して待つ僕の緊張は頂点に達した。



そしてチャイムも鳴らさず無遠慮に‥

“大きいお兄ちゃん”が部屋に入って来た‥


《でっ、出たぁ~‥》


身長175センチ前後、推定体重130キロ!

確かに“大きいお兄さん”‥

そしてパンチパーマにアロハシャツ‥

しかしハワイ風のデザインとは違う。


浅黒い顔は皮膚病なのか眉毛が無い‥

大きく開いた胸元には“ごん太”の喜平ネックレス‥

しかも“遠山桜”が見えていた!



《やっちまった‥》

この時、思わず口をついて出そうになった言葉だ。

だがこの思いはうまく伝えられない‥

《何をやってしまったのか》さえよくわからなかった僕‥


『はっ‥初めまして‥』

この言葉を絞り出すのがやっとであった…



お姉さんの《遊びはダメだ》の意味はすぐ理解できた。

《騙された》の感覚に近いか‥

だが“はめられた”わけではない。


すぐに全てに合点はいった。


《可愛いいココロがなぜ“空き家”なのか》‥

そして‥

《奥歯に物がはさまったような“親族プロフ紹介”》‥

これがココロに彼氏ができない“訳”だった。

だが彼女に罪は無い…



この時、石田純ぺー・21歳!

職業・端から見れば“蚊の幼虫”‥

こんなボウフラ男にまもなく絶体絶命のピンチが襲いかかる…



~次回、大阪お水・最終章‥~


Last updated  November 27, 2008 02:53:27

November 23, 2008

まもなく終了‥36!




《大阪お水時代》‥



結局僕は一度もマーの見舞いには行かなかった。


『もう少し遅ければ危なかったかも‥』


おそらく酒が流血に勢いを与えたのだろう‥

後日、ケンチャンの奥さんからそう聞いた。



どこでどうなったのかはよくわからない。

だがマーを病院へ連れて行ってくれたのが彼女。

《Jに言わないで欲しい‥》

朦朧とする意識の中ではマーはそう語ったと‥

それも彼女が教えてくれた。



それにしてもケンチャンの奥さん‥

彼女は本当に健気(けなげ)な人だ。

自分の家庭も大変な時期だったろうに‥。


しかしそれでも彼女は“旦那の素行”‥

それを僕に尋ねるでもなく‥

愚痴をこぼすでもなく‥

ただあいつの帰りを待ち続けていたのだから‥

本当に出来た人だった。



しかし僕も馬鹿だが、あいつも大馬鹿野郎だ。

あんなに出来た奥さんを‥

って、まだあいつの方がマシか‥

僕はあれほど世話になったマー‥

その恩人を見舞うことさえしなかったのだから‥


しかもマーが無事であったことに安堵した僕。

だがそれは命を取り留めたからではない。

僕がマーの死という“十字架”‥

それを背負わずに済んだことにホッとしたのだ。

原因を作った“加害者側”にならなかったこと‥

それに胸を撫でおろした僕‥

《いい加減男・J》‥

この言葉は紛れもなく僕の代名詞だ。

今更ながら我ながら‥

本当に最低な男である…



この頃の僕は少し情緒が不安定だったようだ。

店の《継続と放棄》の間で揺れ動く僕の“乙女心”‥

それは一日の中で何度も気持ちに変化をもたらした。



そんな矢先‥

僕は以前の知り合いに連絡をとった。

営業と‥あわよくば運転資金の調達‥

時期的にはそんな感じだと思う。

“企(くわだ)て込み”の姑息なポケベル発信‥

そして《電話では何だから‥》と食事に誘った。



その知人‥

彼女は以前僕が修行したホステス店のお姉さん。

聡明な人で周りに気遣いのできるタイプ。

竹を割ったような性格だがキツくはない。

いつも輪の中心に居て人気者だった。

もちろん“年上さん”。


僕はずっと彼女を“格好いい”と思ってた。

失礼ではあるが、けっして美人ではない。

フェロモンを感じさせる出で立ちや仕草‥

自分を“魅せる”努力は惜しまなかったようだ。

そして底抜けに明るい。

彼女も‥そして周りもいつも笑顔が耐えなかった。

とにかくお洒落で流行には敏感だった。

この頃流行った“Tバック”‥

いち早く履いていた彼女はまわりにも影響を与えた。

その“履き心地”の話‥

『ウンコ付きそう!』

下品ではあるがそう感じさせないキャラクター‥

その言い方の面白さが印象に残っている。

その頃から一年半ほど過ぎていたか‥



マーと別れた僕‥

その後以前住んでいたワンルームに戻った。

そこは事務所という名目で残してあった。

家賃は店から出していたか‥

マー宅を出た僕はとりあえずそこへ帰った。


久しぶりの“マイルーム”‥

しかし電気もガスも止まっていた。

部屋の中は強烈に“饐(す)えた臭い”‥

ケンチャンの仕業だ。

部屋にはあの変態野郎の“酒池肉林”の残骸が‥

ラブホテル代わりに使っていたようだ。

ティッシュなどが転がり相当散らかっていた…



そのお姉さん‥

僕は彼女に店の窮状を話した。

《お客として応援して欲しい》‥

そうは伝えたが金の無心はしなかった。

彼女にはなんとなく頼み辛い‥

思い出話しなんぞをしながら遅めの昼食を楽しんだ。

すると彼女‥

早速その日に店に来てくれることになった。

しかも僕と同伴だ。


『一緒に住んでる子がおんで~若いツバメや‥ハハハッ』


風呂の使えない僕は彼女宅でシャワーを借りた。

彼女は若い女の子と一緒に住んでいた。

確か住まいは3LDKマンションだったと思う。

といってもハイツの様な雰囲気だ。

それほど高級感は無かった。


その住まいで“二人暮らし”‥

男女ともに慕ってくる者が多かった彼女だ。

フランクな感じで少女とルームシェアをしていた。


そのルームメートの“少女A”‥

当時17歳だが彼女も“夜蝶”。

名前は“心(ココロ)”‥もちろん源氏名だ。


その日は彼女の出勤前だったか‥

チラッと挨拶した程度。

化粧のせいか衣装のせいか‥

僕の中で大人っぽい印象が残った。

だが顔はほとんど覚えていない。

それが僕とココロの最初の出会いだった…



この同伴時にサプライズを約束してくれたお姉さん。

その後、三度のイカノアシジュンポンの“貸し切り”‥

僕らに団体さんを派手に振る舞ってくれた。

しかもすべて2~30人級!


《たまに少数で顔を出しても数字は知れている》‥

と、お姉さん。

なんとなく値切られた記憶もある‥

だが《その団体の中からお客をつかめ》と‥

やはりそこも流石だった。

人脈の広さもさることながら、

彼女の周りに対するさりげない気配りか‥

その“人徳”が彼女の人気者のたる所以(ゆえん)なのだろう。



とにかく“どんちゃん騒ぎ”の貸し切りだった。

まして若手の大阪人!

阪神優勝時の“道頓堀”のノリだ。

床が抜けるかと思うくらい盛り上がった。


その団体戦‥

一度目はコンパか何か‥

二度目は婚礼の二次会だったと思う。

三度目は‥

三度目は僕はもう店には居なかった…


だから僕が記憶しているのは二回だけ‥

その団体の中には二度ともココロが居た。


一度目のココロは酔ってダウンしていた。

ボックスのソファーで寝かされるココロ‥

その寝顔にはまだあどけなさが残っていた。


二度目はココロは飲まなかったのか‥

僕はシラフのココロと話し込んだ。

それが初めての会話らしい会話だと思う。


団体戦は放って置いても盛り上がる。

ましてお姉さんがいる。

僕らは逆に手持ちぶさたなくらい。

飲み放題ゆえ経費節約で僕もほとんど飲んでない。


そしてシラフの僕もココロと話しを‥

正確には“色売り”を繰り出そうとした。

《彼女も夜蝶だ‥裾野は広いかも知れない》

そう思い毒牙を剥こうとした、その瞬間!

目ざといお姉さん‥

僕を煽(あお)りに寄って来た。

『J~っ!ココロは今“空き家”やで~!
男やったら行っとけ行っとけ~!』

わりと口は悪い方だ‥でもノリが面白い。

だから憎まれないのだが‥


しかし‥だ。

そんな“ちゃかし”はご法度だろう。

僕のキャラも変わってしまう‥

そしてついつい本音トーク。


《今彼女はいない》こと‥

《一人暮らしをしている》ことなど‥

ありのままを語った。


するとココロも《一人暮らしを始めた》こと‥

《彼氏はいない》ことなどなど‥

そんな素顔の自分を話してくれた。


《まっ、たまにはこんな色売りもありか‥》

そう自分に言い聞かせた。



この後、宴も闌(たけなわ)となりココロに連絡先を聞いた。

最後にお開き間際のリクエスト‥

僕らの“破廉恥ショー”でこの貸し切りは締めくくられた。


その日の仕事はほとんどこれだけだった。

トークも何も‥

接客らしいことはしなかった。


だが妙に疲れたのか‥

宴の後の静けさに浸っていたのか‥

実は数字が虚しかったのかもしれない‥

僕らはカウンターに座りタバコを吹かしていた。


そうしてどのくらいの時間が過ぎただろうか‥

重たい腰を上げ片付けを始めようとした。


とその時、店の電話が鳴った。

『こんな時間に誰やねん‥?』

そう呟きながら出た電話の先‥

それは“ココロ”だった。

まったく予想しなかった展開‥

ほんの今しがた帰ったところだ。

しかもこんな電光石火は記憶に無い。


《一人お客が増えたかな‥》

そう、ほくそ笑んだ僕だった。



だがこの電話が命取りとなった。

それがきっかけで僕は“異端”へと導かれ‥

まもなく店から‥

イカノアシジュンポンから去ることになる…



~続く~


Last updated  November 23, 2008 09:18:03

November 21, 2008

大阪35です‥



~大阪お水時代~



“血の海”に見えた‥

地獄絵巻か‥爆撃直後か…

そんな様相を呈していた。


僕とマーが暮らした家‥

マーが病院に運ばれた後の居間の光景だ。



その惨状に僕は凍りついた。

いつも食事をしていた六畳程度の和室‥

寝室の隣のテレビを置いてある部屋だ。


その室内のすべてのものがひっくり返され‥

そして散らかっていた。



その部屋の一角には血まみれのバスタオルと‥

無造作に転がる睡眠薬の空ビン‥


そしてマーの手首から流れ出たのであろう‥

そのおびただしい量の血がグレーのカーペットを赤黒く染め‥

部屋中の至るところに点在していた。



その時僕は頭の中が真っ白だったのか‥

それとも泥酔していたのか‥

その部屋の光景しか覚えていない。


そしてその時“恐怖”したこと‥

それは“己の死”を意識するよりもはるかに上の“恐怖心”‥

その感覚だけは今もはっきりと覚えている。


“人を愛する”という感情‥

それが“想う側”を憎悪へと駆り立て‥

“想われる側”を恐怖のどん底に突き落とす‥

その現実を垣間見た瞬間だった。


この事件は僕がマーに別れを告げてしばらく経った後‥

アパートを飛び出して幾日か過ぎた日の未明のことであった。



細やかながらも常からマーに恐怖心を抱いていた僕。

切れすぎる頭‥鋭すぎる直感‥

キレた時のマーは狂気の相を帯びていた。


“がんじがらめ”という表現がぴったりか‥

暴力じゃない。

“言葉と知恵”で僕の逃げ道をふさいでしまう。


抗えば抗うほどまとまりつくマーの吐く糸‥

抵抗する僕は蜘蛛の巣にかかった蛾のようなもんだ‥

決してその包囲網からは逃がれられない。



マーと暮らし始めた頃‥

最初の頃は“勝てる”と思っていた。

だが時を重ねる毎にマーの持つ狂気的な感性‥

それが天性の資質だと悟った。


マーの中には明らかに“天才と狂気”‥

この二つの“紙一重”が共存していた。



《凡人の俺ではマーに勝てない‥》

その思いは言い争う毎に‥

封じ込められる度に膨れ上がっていった。

いつからか逃げ道を探す“もう一人の僕”‥

別の人格が存在し始めたのだった。



だが僕はマーを愛していた。

後年《逃した魚は大きかった‥》

そう悔やんだことが何度もあった。

きっと‥マーの言葉に耳を傾けられたなら‥

今頃“ひとかど”の実業家になれていただろう。


だが当時は‥

今以上にお金に執着を持っていなかった。

それどころか‥

程度の低い《嫉妬心》に支配されていた。

そいつに苦しみ“逃げ場所”を探し求めてふらふらと‥

子供過ぎた二十歳そこいらの僕だった…



しかしその反面、プライドが高く自由を好む僕‥

敗北感と束縛はとても苦痛だった。


《好き》だけれども《怖い》‥

この対極に見える感情‥

だが実は平行線をたどっていだけの僕の“エゴ”‥

それはある日突如交わることになる。



マーが口にした僕への“NGワード”‥

内容は書けないが恋愛上のトラウマを引き出す“禁句”だ‥

そいつが引き金を引いた。


『マーと別れよう‥そうすりゃ全て解決する‥』

どうしてもその言葉が許せなかった‥。

今思えば、どこまでも身勝手で大人げない男だが‥

“エゴイスト”と化したその時の僕。

言い出しては聞かず二度と振り返ることは無かった。

そしてマーとの別れを決意し家を飛び出して行った。



その頃、ケンチャンはと言うと‥

彼ら夫妻も離婚の危機を迎えていた。


ケンチャン‥彼は根っからの“浮気性”だった。

本質的な性格だ‥

原因を伴う僕の“浮気症”とは違っていた。


しかも彼は典型的な“面食い”であった。

考えてみれば僕らは二十歳そこいら‥

自制心はそこまで出来上がってはいない。

ましてや酒も入れば誘惑も多い“水商売”

“耐えろ”と言う方が酷である。

特に言い寄られることの多かった彼には葛藤もあっただろう‥

それは想像に難くない。



しかし僕らは奇妙な関係の二人だった。

プライベートでは滅茶苦茶に仲がいい。

でもお互いに店となると別人格。

小さな言い争いはよくあった。


しかしそれも一瞬だ‥

店から一歩出ると大親友に戻る。



こんな二人だが不思議と女性関係の話しはしない。

せいぜい家(パートナー)の愚痴程度。

雰囲気やフェロモン派の僕は彼とは好みが違い過ぎた。


たまの女性客を指しての会話も《ふぅ~ん》てな具合。

いつぞや彼に《どこがええねん!》と好みのタイプを笑われた。

それ以来、女性の話しは口を閉ざした僕‥

結果、彼の“枕営業”も見落とす形となった。



だがけっして“明け透け”がいいってわけじゃない。

男同士ってそんなもんだろう‥

誰にも語らない苦悩なりとはあるはずだ。


しかしどこかで奴に信用が置けなくなった僕‥

結局は《友人との共同事業はご法度》‥

その教訓に逆らった僕の負けだ。

その時は店の存続で妥協せざるを得なかった‥



そんな“枕男”のケンチャン‥

奴に女性達の復讐が始まった。


自宅に嫌がらせの電話や手紙‥などなど。

色々とあったようだ。

詳しいことは奴は言わなかったが‥

どうもその女性客の中の一人の彼氏か亭主‥

そいつが奥さんに‥家庭に何かを持ち込んだようだ。

それでもあいつは涼しい顔をしていた。

だが実は早くから夫婦仲には亀裂が入っていたようだ。

と言っても奴の一方通行だろう。

家に帰らない日が増えたようだ。

僕がもう少し早く全てに気づいていれば‥

多少なりとて結果は違っていたかもしれないが‥

まっ重戦車のようなあいつのことだ。

止めたところで聞きはしなかったか‥。



僕が奴の枕営業を知ったのは“宵口レイディパブ化”前のこと‥

後に奴の“下足娘お手付け”までも知った。


とにかく仕事がやりにくかった‥

“お手付き娘”に“お手付き客”‥

店のバックヤードではスタッフに気を使う僕‥

かたやホールには毎晩のように来店する奴の彼女‥

放っておくわけにもいかず前には立った。

だがさしあたり話すことも無い。

その頃から僕の耳元で“天使と悪魔”が囁きだした。

《めんどくさいだろ‥もう辞めちゃえよ…》

《駄目だ‥ここでケツを割ったら店が撃沈してしまうだろ‥》

あきらかに“ジレンマ”だ。

そこにマーとのゴタゴタが重なる‥

モチベーションが上がらない。


せめてもの救いは彼を憎めなかったこと‥

彼の人間性‥

あいつには天賦の“人徳”があったのだろう。

絶対に謝罪の言葉は口にはしない男であったが、

あいつの笑顔を見ると僕の小さなこだわりなどいつも消えた。


そして夜が明けまた翌日の営業が始まる‥

そこで現実に直面し、またジレンマが‥

《やる気と失望が交錯する》

これの繰り返しの日々だった。


家に帰れば針のむしろ‥

店に入ればコメツキバッタ…

この界隈には居場所は無かった。



そんな僕が心の拠り所にしたのが“イブ”‥

ミナミのエデンで知り合った“あの人”だ。


『私はこんな女やから‥本気になったらあかんよ‥』

こんな言葉で遮(さえぎ)られ、

まったく“男女”としての進展はなかった。


だが付かず離れずの不思議な位置にいた。


この後も大阪時代約7年を支えてもらうことになるのだが‥

やはりこの時はイブの存在が大きかった。


この頃の折れかけた気持ちを何度も救ってくれたイブ‥

男女の中にあっても恋愛に重きを置かない彼女。

“嫉妬の虚しさ”‥

それを教えてくれたのも彼女だったように思う。


『愛情は押し付けるだけでも‥
受けとるだけでもあかんのよ‥』

バランスが大切だと‥

その《バランスシートこそが相性》だと教えてくれた。

恋愛感情では無かったように思うが‥

天の邪鬼な僕でもある。

《本気になるな》と言われりゃ余計に惹かれてしまう‥

なんとも摩訶不思議な関係であった。



そうしてなんとかモチベーションを維持していた僕。

数字を上げるため、店を守るために営業コールもかけまくった。

その中の一本‥

お客ではなく知人にかけた電話‥

それが僕の運命を大きく変えてしまう。

今振り返ってみれば‥

きっとそれは僕の宿命だったのだろう…



~続く~


Last updated  November 21, 2008 11:09:28


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