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はったんじ 純ぺーの日記

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December 27, 2008 楽天プロフィール Add to Google XML

裏社会‥その1
[ カテゴリ未分類 ]    



《大阪・裏社会》‥



そんなこんなの“裏社会入り”‥

嫌々ながらではあった。

だが“シャキッ”っとしてなきゃブッ飛ばされる。

いや、その程度じゃ済まされない。

痛いのはイヤだ。

僕は腹をくくって流れに任せることに決めた‥。



そんな僕の在籍した“組”は総勢二十名足らず。

その内部構図を家系図に例えると‥

組長が家長で“親父さん”。

親分・オヤジ・オヤっさんなどと呼ばれる。

その親父さんの“弟分”にあたる年配方が数名。

僕は“オジキ”と呼ぶように教えられた。


そして“兄貴さん”以下、家長の息子にあたる若衆が十名ほど。

この肩書きは“直参若中(じきさんわかなか)”‥

直接の若い者という意味だろう。

僕の立場からいえば兄貴さんの“同級生”‥

その直参の若衆達を“兄貴”と呼ばされていた。


ちなみにこの時の僕の立場は“準・息子”

まだ正式に息子とは認められていない。

『お前みたいなんを“枝の枝の葉っぱ”と言うねん!』

兄貴さんはよく僕にそう言って笑っていた。

それは“下っ端中の下っ端”という意味だ。

だが、やせっぽちで小柄な僕‥

今にも吹けば飛びそうな“葉っぱ”というその表現‥

そいつがあまりにもピタリときたので意味もわからず笑っていた。


って、そりそうだろう‥

四国の片田舎出身の僕。

水商売を始めるまで“極道”をまったく知らなかった。

もちろん近くにもいなければ話したことも無い。

初めて見聞きする“内部事情”に“専門用語”‥

僕には意味のわからないことが多すぎた。


まだこの時点では《知らぬが仏》といったところか‥

この後“馬車馬街道まっしぐら”‥

そんな過酷な日々が待ち構えていることなど‥

まったくもって想像もしていなかった…。



しかし‥だ。

とにかくここは若い者が続かない“組”だった。

これはかなり後で知った話しだが‥

兄貴さんの舎弟からも数名が“直参若中”へと昇格した。

だが、皆居なくなった。

ほとんどが親や学校‥

社会からもはみ出した“やんちゃ坊主”ばかりだ。

そんな若手達に行儀や礼儀、筋に義理‥

裏社会独特の厳しい“しつけ”は苦痛だっただろう。

おまけに若手の宿命ともいえる下僕扱いの“付き人”‥

そして上層部団体への“出向当番”などなど‥

完全に時間と自由を拘束される。

しかも給料などは出るはずもなく収入はゼロだ。

逃げた若手達の気持ちも痛いほどわかる。


だが‥

当然、皆見つけ出されている。

中には小指を詰める“断指”でケジメをつけた者もいたし、

親がお金を積んで足を洗った者もいたそうだ。


そんな状況に他の組員達は《どうせ続かないから》と‥

自分の下に仕える若手を組に入れようとはしなかった。

そこには組長直属の若衆になれば“使いづらい”‥

皆、そんな気持ちもあったようだ。

“部下”を上司に取られるようなものだ。

それは兄貴さんも例外では無かったように思う。



そういった事情の中‥

僕の裏社会人生は兄貴さんの“付き人”から始まった。

『お前は組員(直参若中)には上げんさかいな‥』

“最初”はそう言っていた。

昇格させては居なくなった他の舎弟達‥

トラウマもあったのだろう。

兄貴さん自身も“付き人”を欲していた。

そこで僕はまず“運転手”として‥

兄貴さんの《便通》の運転から教えられた。


ところが‥だ。

ほぼペーパードライバーの僕。

車などマーの代わりに何度か運転した程度。

しかも‥

それより以前に知人から軽四を借りたことがある。

おそらくこの時が免許取得後の初運転だっただろう‥

それがミッション車ということで少し緊張していた。

『坂道発進とか出来るやろか‥』

そんな不安を抱えながら側道から本線車道へと‥

恐る恐る車を走らせ始めた。


すると‥

突如後ろから救急車が迫って来た。

真後ろか聞こえる“けたたましい”サイレン音‥

おまけにスピーカーから“怒り口調”で何か言っている‥

プレッシャーで交通ルールがまったく思い出せない。

完全にテンパってしまった僕はアクセル全開!

救急車を後ろに従えたまま赤信号に突っ込んだ。


《逃げる軽四、追う救急車》‥

交差点内ではそんなカーチェイスが展開された。

おそらく傍目には相当滑稽な絵図らだっただろう‥

お陰様で幸い大事には至らなかった。

だが、この一件で車の運転にはかなり自信を無くした僕‥

ましてや《便通》は左ハンドルだ。

裏社会入り後の一つ目の難関は“車の運転”となった。



だが‥

そんな“泣き言”など通用する世界ではない。

一応は兄貴さんに《車の運転が下手だ》と伝えた。

すると兄貴さん‥

『心配せんでも“便通”は相手が避けよるわい!』

そう言って一笑に付した。

さらに兄貴さん‥

『運転くらいで“イモ引いて”どないすんねや!』

ここで二つ目の難関勃発‥

お次は“言葉”の問題だ。

《イモを引くって何だ‥?》

初めて耳にする言葉‥

そいつに僕は“里芋”しか思い浮かばなかった。

もちろんすぐにニュアンス的には理解した。

《ビビる》という意味だ。

しかし‥

これを“専門用語”というのだろうか‥

コテコテの大阪弁(?)で話す兄貴さん。

この後も意味不明語にかなり悩まされたのだが‥。



そうして怒られながらも“便通”を運転しはじめた。

だが癖の無い僕には左ハンドルはかえって乗りやすかった。

左折時の巻き込みも見易い。

『なるほど‥』

確かに周りも気を使ってくれる。

運転がうまくなったような気がした僕‥

図に乗って“ブレーキ三度踏み”というあの伝説の技‥

教習所直伝の“ポンピング・ブレーキ”を繰り出した。

『ワレ、そのブレーキやめんかい!』

後部座席から兄貴さんの怒号と鉄拳が飛んでくる‥

『ひぃっ、ひぇぇ~‥』

見た目はバリケードだが意外にデリケートな兄貴さん‥

『酔うっちゅうねん‥』

吐き捨てるようにそうぼやいた。


『はい、気をつけます‥』

このあたりが“付き人”となって二週間ほどだったか‥

やっと“便通”に慣れ始めたばかりの僕‥

この時はまだまだ兄貴さんも手ぬるかった。


しかし徐々に“馬車馬街道”‥

“ボロ雑巾気分”を味わう日は近づいていた…



~続く~



P.S

お知らせです!

“新ホームページ”

http://www.hattanji.jp/

まだ物語は出来てませんが、ようやく《前書き》なんぞを書き込みました。

こちらのブログとは内容や進行状態は変わると思いますが、

よかったら是非とも覗いてやって下さい☆

今後とも一つよろしくお願いいたします!

でもってゴーフィールド社の森田さんを始めとする皆さん、

ご協力、どうもありがとうございました。


石田純ぺー m(__)m



Last updated  December 28, 2008 00:07:50




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