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《大阪・裏社会》‥ そんなこんなの“裏社会入り”‥ 嫌々ながらではあった。 だが“シャキッ”っとしてなきゃブッ飛ばされる。 いや、その程度じゃ済まされない。 痛いのはイヤだ。 僕は腹をくくって流れに任せることに決めた‥。 そんな僕の在籍した“組”は総勢二十名足らず。 その内部構図を家系図に例えると‥ 組長が家長で“親父さん”。 親分・オヤジ・オヤっさんなどと呼ばれる。 その親父さんの“弟分”にあたる年配方が数名。 僕は“オジキ”と呼ぶように教えられた。 そして“兄貴さん”以下、家長の息子にあたる若衆が十名ほど。 この肩書きは“直参若中(じきさんわかなか)”‥ 直接の若い者という意味だろう。 僕の立場からいえば兄貴さんの“同級生”‥ その直参の若衆達を“兄貴”と呼ばされていた。 ちなみにこの時の僕の立場は“準・息子” まだ正式に息子とは認められていない。 『お前みたいなんを“枝の枝の葉っぱ”と言うねん!』 兄貴さんはよく僕にそう言って笑っていた。 それは“下っ端中の下っ端”という意味だ。 だが、やせっぽちで小柄な僕‥ 今にも吹けば飛びそうな“葉っぱ”というその表現‥ そいつがあまりにもピタリときたので意味もわからず笑っていた。 って、そりそうだろう‥ 四国の片田舎出身の僕。 水商売を始めるまで“極道”をまったく知らなかった。 もちろん近くにもいなければ話したことも無い。 初めて見聞きする“内部事情”に“専門用語”‥ 僕には意味のわからないことが多すぎた。 まだこの時点では《知らぬが仏》といったところか‥ この後“馬車馬街道まっしぐら”‥ そんな過酷な日々が待ち構えていることなど‥ まったくもって想像もしていなかった…。 しかし‥だ。 とにかくここは若い者が続かない“組”だった。 これはかなり後で知った話しだが‥ 兄貴さんの舎弟からも数名が“直参若中”へと昇格した。 だが、皆居なくなった。 ほとんどが親や学校‥ 社会からもはみ出した“やんちゃ坊主”ばかりだ。 そんな若手達に行儀や礼儀、筋に義理‥ 裏社会独特の厳しい“しつけ”は苦痛だっただろう。 おまけに若手の宿命ともいえる下僕扱いの“付き人”‥ そして上層部団体への“出向当番”などなど‥ 完全に時間と自由を拘束される。 しかも給料などは出るはずもなく収入はゼロだ。 逃げた若手達の気持ちも痛いほどわかる。 だが‥ 当然、皆見つけ出されている。 中には小指を詰める“断指”でケジメをつけた者もいたし、 親がお金を積んで足を洗った者もいたそうだ。 そんな状況に他の組員達は《どうせ続かないから》と‥ 自分の下に仕える若手を組に入れようとはしなかった。 そこには組長直属の若衆になれば“使いづらい”‥ 皆、そんな気持ちもあったようだ。 “部下”を上司に取られるようなものだ。 それは兄貴さんも例外では無かったように思う。 そういった事情の中‥ 僕の裏社会人生は兄貴さんの“付き人”から始まった。 『お前は組員(直参若中)には上げんさかいな‥』 “最初”はそう言っていた。 昇格させては居なくなった他の舎弟達‥ トラウマもあったのだろう。 兄貴さん自身も“付き人”を欲していた。 そこで僕はまず“運転手”として‥ 兄貴さんの《便通》の運転から教えられた。 ところが‥だ。 ほぼペーパードライバーの僕。 車などマーの代わりに何度か運転した程度。 しかも‥ それより以前に知人から軽四を借りたことがある。 おそらくこの時が免許取得後の初運転だっただろう‥ それがミッション車ということで少し緊張していた。 『坂道発進とか出来るやろか‥』 そんな不安を抱えながら側道から本線車道へと‥ 恐る恐る車を走らせ始めた。 すると‥ 突如後ろから救急車が迫って来た。 真後ろか聞こえる“けたたましい”サイレン音‥ おまけにスピーカーから“怒り口調”で何か言っている‥ プレッシャーで交通ルールがまったく思い出せない。 完全にテンパってしまった僕はアクセル全開! 救急車を後ろに従えたまま赤信号に突っ込んだ。 《逃げる軽四、追う救急車》‥ 交差点内ではそんなカーチェイスが展開された。 おそらく傍目には相当滑稽な絵図らだっただろう‥ お陰様で幸い大事には至らなかった。 だが、この一件で車の運転にはかなり自信を無くした僕‥ ましてや《便通》は左ハンドルだ。 裏社会入り後の一つ目の難関は“車の運転”となった。 だが‥ そんな“泣き言”など通用する世界ではない。 一応は兄貴さんに《車の運転が下手だ》と伝えた。 すると兄貴さん‥ 『心配せんでも“便通”は相手が避けよるわい!』 そう言って一笑に付した。 さらに兄貴さん‥ 『運転くらいで“イモ引いて”どないすんねや!』 ここで二つ目の難関勃発‥ お次は“言葉”の問題だ。 《イモを引くって何だ‥?》 初めて耳にする言葉‥ そいつに僕は“里芋”しか思い浮かばなかった。 もちろんすぐにニュアンス的には理解した。 《ビビる》という意味だ。 しかし‥ これを“専門用語”というのだろうか‥ コテコテの大阪弁(?)で話す兄貴さん。 この後も意味不明語にかなり悩まされたのだが‥。 そうして怒られながらも“便通”を運転しはじめた。 だが癖の無い僕には左ハンドルはかえって乗りやすかった。 左折時の巻き込みも見易い。 『なるほど‥』 確かに周りも気を使ってくれる。 運転がうまくなったような気がした僕‥ 図に乗って“ブレーキ三度踏み”というあの伝説の技‥ 教習所直伝の“ポンピング・ブレーキ”を繰り出した。 『ワレ、そのブレーキやめんかい!』 後部座席から兄貴さんの怒号と鉄拳が飛んでくる‥ 『ひぃっ、ひぇぇ~‥』 見た目はバリケードだが意外にデリケートな兄貴さん‥ 『酔うっちゅうねん‥』 吐き捨てるようにそうぼやいた。 『はい、気をつけます‥』 このあたりが“付き人”となって二週間ほどだったか‥ やっと“便通”に慣れ始めたばかりの僕‥ この時はまだまだ兄貴さんも手ぬるかった。 しかし徐々に“馬車馬街道”‥ “ボロ雑巾気分”を味わう日は近づいていた… ~続く~ P.S お知らせです! “新ホームページ” http://www.hattanji.jp/ まだ物語は出来てませんが、ようやく《前書き》なんぞを書き込みました。 こちらのブログとは内容や進行状態は変わると思いますが、 よかったら是非とも覗いてやって下さい☆ 今後とも一つよろしくお願いいたします! でもってゴーフィールド社の森田さんを始めとする皆さん、 ご協力、どうもありがとうございました。 石田純ぺー m(__)m
Last updated
December 28, 2008 00:07:50
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