
週に一度しか帰って来ないダンナから見ると、子供、特に1歳のアルマの成長振りは脅威らしい。
そりゃ、毎日見てる私でも「おっ、もうそんなことできるようになったの」って驚かされるもんね。まさに、一時たりとも見逃せない。
身体面(歩くのとか、踊るのとか)は、ある程度プラトー現象(伸び悩み時期)には言ったみたいだけど、そのとたんものすごくしゃべりだした。
まずは人の真似から始まる。「しー(yesの意味)」、「のー」
「ばいばい」「ぐらしゃす(ありがとう)」など、特に海児がよく使う言葉。ほかに「バーニー」は早期に言えるようになってたね。
で、それらをどの場面で使うのか、ということも覚えてくる。人の名前はもちろん、トイレを流すと「ばいばい」(ちょっと違う気もするけど)、おなかがすくと「バナナ」という感じで、ただ繰り返すのではなくて、言葉をコミュニケーションの道具として理解した上で、使いこなしている。
生まれてから1年しかたってないのに、すごーい。
さらに、聞いた言葉の意味を理解するようになる。
「だめ(なぜかこれは日本語でないと通じない」といえばいたずらをやめるし、「あぶらそー(Teletubbiesで覚えた。Big hug=抱きつき)」って言うと、直進してしがみついてくるし、さらに「ぐらしゃす」といわれると「でなーだ」(どういたしましての意味)と返すようになった。
(怒ると泣くし)
そうなると、今までさんざん「早くしゃべるようになって、手間かけさせないでくれよー」と思ってたのが、なんかさびしくなる。
海児も、いつの間にか大きくなって、私に頼らないでも着替えして、ご飯食べて、他のこのうちへ遊びに行ってしまうようになった。アルマも、どんどん手がかからなくなる。
子供がたかってくるのを払いのけながら仕事をしている時は、どんどん独立してくのが待ち遠しいのに、いざほっとかれると寂しいような。私の相手もしてくれー。
注:タイトルは、小学一年生のとき道徳の授業でに見させられた教育テレビの「大きくなる子」テーマソングより。あの頃より今(中年期)のほうが身にしみる言葉だわね(ウエストが…)。
イラスト:数日前に描いたのの下絵を使って、ArtRageでパステルが風。細かいトコがかけないので、「わざと」こんな感じで。