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押尾学被告人の裁判が始まりました。 この事件については、以前もこの日記で書いたように私は大きな疑問を持っています。
まず、押尾被告人は覚せい剤使用の罪で既に有罪判決が出ています。 一緒にいた女性の死亡についてもこの時点で明らかになっていましたので、捜査機関としては女性の死亡についても同時に取り調べて起訴すべだったはずです。 覚せい剤使用で有罪判決が出てから、その行為と極めて近接している女性の死について保護責任者遺棄致死罪で改めて押尾被告人を逮捕し、取り調べて起訴するのは、押尾被告人を「二重の危険」にさらすもので、現在の刑事訴訟法上多いに疑問があります。
通説、実務は、2つの行為の間に「公訴事実の同一性」が認められれば再逮捕、再基礎できないとしています。 その基準として用いられるのが、Aという行為とBという行為が両立すれば「公訴事実の同一性はない」、両立しなければ「公訴事実の同一性がある」というもので、具体的には他人をナイフで刺したという1つの行為について殺人と傷害致死は両立しないので、公訴事実の同一性があると認められます。
確かに、覚せい剤の使用と、女性が同じ薬を飲んで容体が変わったのを放置していたというのは物理的には両立する事実ですので、理論状は公訴事実の同一性は認められません。 しかしですよ、もし、あなたが車でAさんに軽い怪我を負わせて逃げたものの、後で後悔して自首したとしましょう。 道交法をとりあえず無視してすすめますと、事故後Aさんが暑い道路に横たわっていたため熱中症で死亡したとしましょう。 あなたが自動車運転過失致傷で判決を受けた後、保護責任者遺棄致死罪でもう一回逮捕されたら「ふざけんな」と言いたくなるでしょう。 事故の裁判の時に、Aさんが熱中症で死んだことも全て明らかになった上で判決が下されたのですから。
このように、捜査・起訴が1回で可能であった事件で、判決が出てからもう1回逮捕・起訴したのでは、明らかに被告人に不利益で「二重の危険」にさらされていると判断できるでしょう。
また、女性の容体が悪化した時に119番通報をすれば助かったということを、検察側ははたして立証できるのでしょうか? 今日の救命病棟の多忙さは、健康な妊婦をたらい回しにして死に至らしめてしまうほどなのです。 「助かったはず」という「もし・・・だったら~できたはず」という仮想的判断は、刑法理論で御法度だったのではなかったでしょうか?
更に、自分自身の犯罪の発覚を恐れて逃走したり、証拠隠滅をしても処罰されません。 これは、人間に底まで期待するのは無理だという期待可能性がないからだということからです。 一定の親族関係にある犯人を、逃がしたりその証拠を隠滅しても処罰されないこととのバランスからしても当然のことでしょう。
本件では、押尾被告人が「119番通報すれば確実に命を助けることができる」と認識し、自らの犯罪発覚を覚悟の上で119番通報するという、期待可能性という見地から相等な無理を強いています。
この裁判を見ていて、群集心理によって私刑にされてしまう哀れな人間を想像するのは私だけでしょうか?
Last updated
2010.09.04 15:58:53
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