No.100

2011年12月
「それには何よりも次のことを知っていなければいけません。すなわち、聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。」(第2ペテロ20~21)
私に定期的に「ものみの塔」や「目ざめよ」を届けてくださる方があり、一時期は見たくもなかった両紙を、少し気合を入れて読んでみました。実は大変感心したのです。聖書に関することは勿論、家庭生活、歴史、世界の出来事まで、とても充実した内容なのです。
またクリスチャンなら思わず目を引かれるような記事、たとえば「カインはどこから妻を得たか」とか「ハルマゲドンとは何ですか」等など、引用するのも大変なくらい興味を引かれる内容のオンパレードです。私の教会にこれほどのことを話題にできるクリスチャンはいませんし、話題にもしません。たとえば2011年10月1日号のものみの塔には、「古代エルサレムが滅ぼされたのはいつか」という記事を読んで、(専門家であるカウンセラーや学者は別にして)
反駁できるクリスチャンがどれほどいるでしょうか。また、専門家であっても引用されている資料をあたり、裏づけを取って、いかにその主張が不当なものであるか論駁するにはとてつもない労力を必要とされるでしょう。
それにしても、2011年だけを取ってみても、ものみの塔には普通のクリスチャンが持っていない「答え」がたくさんあるのです。イエスは神と同等ではない、イエスはすでに臨在している、聖霊に人格はない、東方の三博士はエホバの忌むべき者たちである、クリスマスの忌まわしい起源など。とてもここには書ききれないほどです。爽やかな清涼飲料水に入れられた数パーセントの毒を思い浮かべます。
先日島根のある方からお電話をいただきましたが、その方は40年以上に亘って独自でヘブライ語聖書を翻訳しておられる方なのです。ヘブライ語の原語の意味をうかがってとても感心させられました。クリスチャンの中にも、進化論、古代遺跡、年代学などを研究する人は多く、たとえば天地創造の一日は6000年か、といった論議をすることも多いのですが、ダニエル書にある年代計算や、啓示(黙示録)の解釈について、独断的な「答え」を引き出すのは、真理に対する誠実真摯なこととは言えません。冒頭のペテロの言葉は、人々が聖書を研究し、学ぶことを否定するものではありませんし、「妄信」を勧めているわけでもありません。問題は、ものみの塔のように、論証されたものしか信じないという「信仰」のあり方なのです。
ものみの塔には、三位一体の(彼らによれば神秘的で謎めいた)神など信じられますか?と書いてあります。何故でしょう。それは彼らが聖書全体を神のことばと信じず、「私的解釈」を施しているからなのです。
2012年皆様に主の恵みがありますように。

ヘブンズフラワーメール・原田康次
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2011.12.06 15:25:05