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カテゴリ:シナリオ
桜は、どうしてこんなにも人を惹きつけるのだろう。開花宣言を耳にした日からは、いつも以上 に気象情報が気になってしまう。東京で桜の満開宣言が出た日のこと。所用でたまたま浅草に出 かけていた老夫婦は、空いた時間をどのように過ごそうかと相談中だ。 夫: このところ忙しくて花見どころではなかったね。今日は用事が早く済んだから、隅田川沿い の桜見物と洒落込むっていうのはどうだい? 妻: それがいいわ。今年は一度もお花見ができないんじゃないかと、諦めモードだったのよ。 夫: 墨堤の桜は江戸時代に8代将軍・徳川吉宗が植えたのが始まりで、墨田公園には640本の桜が あり、対岸の桜並木と合わせて隅田川千本桜といわれているんだ。満開宣言が出たばかり だから、最高の花見になりそうな気がするよ。 地下鉄浅草駅を出て吾妻橋のたもとにある台東区立墨田公園の入り口に着くと、桜まつりの横断 幕が目に飛び込んできた。 妻: 桜の名所だけにすごい人出ね。外国の人も多いわ。こうして、満開の桜の下で隅田川越しに スカイツリーを見るなんて、昨日までは考えつきもしなかったわね。 夫: そうだね。でも、君の場合はレンズ越しに桜を見ている時間の方が長いんじゃないの? 妻: アラ、ちゃんと自分の目でも見ているわよ。ウ~ン、スカイツリーと桜を一緒に撮るのは難 しいな。屋形船とも一緒に写したいし、こうかな?いや、こっちからかな? 一眼レフカメラを持ってくれば良かったな。まさか花見ができるとは思わなかったから、 コンパクトデジカメしかカバンに入れて来なかったのが悔やまれるわ。残念! 夫: 歩き始めてから直ぐにこの調子だと、なかなか前には進めそうにないな。しばらくはこの桜 広場に足止めされるのを覚悟するか。 妻: それにしても、大変な人出のわりに静かね。花見客のお行儀がとてもいいわ。 夫: ねえ、桜橋を渡ってみようよ。 妻: 対岸へ行くのね。橋の上からの眺めも期待できそうだわ。私、ここ数ヶ月間は頼まれ仕事を こなすのに必死だったでしょ。さすがにクタクタだったけど、久し振りにカメラ片手に出 かける事ができて、疲労感なんて一気に吹き飛んでしまいそうよ。ありがたいわ。 夫: それは何よりだ。これが桜橋だよ。人専用の橋だから安心して、のんびり渡れるね。 妻: やはり、橋から見る景色は岸辺からとは趣が違うわ。 夫: 同感だ。でもスカイツリー、屋形船、桜の組み合わせはここまでだね。向こう岸には高速道 路が迫っているから、スカイツリーはうまく写せないと思うよ。 対岸の桜並木にはボンボリと「花のお江戸のさくらまつり」というノボリが並んでいた。途端に 江戸情緒とか、風流というものを感じ始めたのだから、舞台装置としての効果は抜群だ。墨田区 側の景観の主役は桜と食べ物の屋台と川面に浮かぶ屋形船。やはり、お祭りに屋台は欠かせない。 早速、食べ物を購入し、腹ごしらえをしながら隅田川を眺めていると、岸の近くに停泊している 屋形船から、乗客たちの話し声が聞こえてきた。船上から桜とスカイツリーを撮影するために、 しばし停泊しているようだ。 夫: 屋形船で宴会をしながら、両岸の桜やスカイツリーを楽しむなんて贅沢だよね。来年は僕た ちも予約して乗船したいな。もし疲れていなければ、高速道路の向こう側に行ってみようよ。 もっとスカイツリーに近づいてみたくなったんだ。歩けそうかい? 妻: 大丈夫よ。迫力のあるスカイツリーが見えるかもね。 夫: ア~ッ、交差点の向こうに大迫力のスカイツリーが見えた!しかも、ライトアップが始まっ たよ。いつもと違って、桜色だぞ! 妻: ウワ~、きれい!!春バージョンなのでしょうね。いいわ~。 夫: 季節限定のカラーだから、いっぱい写しといてよ。ブレないように気をつけて。 妻: 頼まれなくてもドンドン写しているわよ。バッテリーの残量を示す表示を見る限り、まだま だ写せそうね。 ひとしきりスカイツリーだけを撮影したあと、二人は再び橋を渡り台東区側の墨田公園に戻って、 桜カラーのスカイツリーと夜桜を堪能することにした。歩いているうちに、辺りは一段と暗くな ってきた。 妻: あれを見てよ!屋形船の灯りがスゴイわ。赤でしょ。ピンクでしょ。ウワ~、今度はブルー よ。あのブルーは特にキレイね~。川面に色とりどりの灯りが映りこんで、まるで光の洪 水よ。 夫: 夜になると、景色が一変するんだな。まるで別世界だ。屋形船の数も多いね。 妻: 桜色に輝くスカイツリーと電飾に彩られた屋形船が浮かぶ隅田川がこんなにきれいだなんて、 想像もしなかったわ。何としても、この美しい光景を上手に写したいな。 夫: そうだね。ベストショットを頼むよ。僕はビデオで撮っておくから。 対岸のライトアップされた桜並木と桜色に輝く東京スカイツリーに加え、屋形船の色とりどりの灯 りが川面に映えて、主役は光の煌きへと変化。予想もしていなかった美しい光景に感動してしまっ た二人は時の経つのも忘れ、同じ場所にジッと佇んでいた。 江戸時代の花見の風情とは全くかけ離れたとはいえ、これはこれで「現代的な風流」と呼んでもい いのではないかと思いながら。 桜の下で宴会を楽しむもよし。この季節に逝ってしまった人を静かに偲ぶもよし。ただただ桜色の 波に包み込まれながら、花だけを見つめるもよし。日本中の桜は観る人の心に、ふ~わりと柔らか い癒しのエキスを届けて、まもなくハラハラと散っていく。 来年の春は、どんな想いを抱きながら桜を眺めることになるのだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016.04.11 08:10:31
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