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「・・・延命なんて、必要ない、か」
自分の思ってること、かなり支離滅裂になりながらも、ポツポツと吐き出す私に、ただ暖かい目を向けて、黙って聞いてくれていたクマ先生が、ベエベを後ろに窓にもたれ、腕をくんだままポツリとつぶやいた。そのただ淡々とした静かな声に、私は、途端に、父だけでなく、クマ先生、いえ、医師である全てのヒトに申し訳ないようないたたまれない気持ちになる。 ・・・それでも、それが私の正直な気持ちなの。 俯いて小さくココロでつぶやく私。クマ先生は言う。 「・・・ミリちゃんの気持ちはよく分かるよ」 私は、ゆっくりと顔を上げた。 「・・・・ほんとに?」 「ああ」 クマ先生は、優しく微笑んで、窓の中のベエベたちを振り返り、また愛おしい目をやりながら言う。 「赤ん坊を取り上げるたんびに、いつも思うんだ」 あったかい優しい瞳に似合った、あったかい声で、センセイは続ける。 「・・・大変な世界へようこそってな」 そういって、センセイは、ふっと笑って私を見る。 「・・・大変な世界だろ?」 私は、同じように笑ってただゆるく肯く。センセイは補うように大きく肯いて、 「大変な世界だよ、本当に。・・・だからこそ、その世界に入ってくる手伝いをしたものの責任として、俺は、いつも祈ることにしている」 「祈る?」 「ああ、祈るんだ。」 「祈るって何を?」 「自分、らしく、生きていけるように、ってな」 ・・・自分らしく。 センセイは続ける。 「大変な世界を生き抜いていくんだ。・・・せめて、自分らしく生きていって欲しい」 センセイは静かな、でも、思いをこめた声でそうつぶやくように言ってから、 「ミリちゃんのときは、特に、特別に祈ったよ」 ニッコリ笑っていってくれる。私もつられて微笑んで、 「・・・親友のコドモだから?」 そう聞くと、センセイは、 「親友?って、誰のことだ?」 って、笑ってとぼけてから、 「違うよ。ミリちゃんには、特別に大変だと思ったからだよ」 ゆっくりといたわるように告げられる言葉。同情、なんて言葉では表せないほどの、センセイの私への思いが伝わってくる。 『特別に』大変。そうだよね。誰にとってもいずれは大変になっていく世界。だけど、私には、スタートラインで既に、約束された大変さがあった。生まれてすぐに母を喪ったこと、そして、それが、自分の命と引き換えだったことを知ること。そして、いつかは、同じ病気になるリスクを抱えていたこと。 目の前に並ぶ小さなベエベたちを見つめながら、ベエベだった日の自分を思う私に、センセイは言う。 「・・・祈りは届いたかな?」 「・・・うん」 私は、肯く。自分らしく、生きてきた。私は、いつだって。 「だろう?俺の祈りはキくんだ。特に、特別なヤツは」 センセイは、得意顔でそう言って、さらに続ける。 「まあ、ミリちゃんには、莉花さんの強い祈りの効果も大きいだろうけどな」 「お母さんの・・・?」 ぼんやりと問い返す私に、センセイは肯いて、 「ああ、莉花さんは、高崎くんにしっかり釘をさしていたそうだ。自由に生きさせてやってくれってな。・・・じゃなかったら、きっと、あいつ心配性でカホゴだから、ミリちゃんのこと箱入りどころか金庫入りムスメに育ててるとこだよ」 「おとーさんが心配性?カホゴ?・・・私なんてほったらかしで育てられたよ?」 驚いて言う私に、センセイは笑って、 「ほんとの高崎くんは、どこまでも心配性で過保護なヤツだよ。・・・莉花さんとの約束だから、必死で守ってきたんだろう。たとえミリちゃんがどれだけ辛い思いをしそうでも、口出ししないように。・・・・ただ、きっと・・・ヒロトくんが死んでしまったことは、想定以上だっただろうけどな」 ・・・・ヒロト。小さく、目を閉じかけた私に、センセイは、もう一度、あったかく告げる。 「ミリちゃん。さっきも言ったように、延命を拒もうとするミリちゃんの気持ちは、よく分かる」 気をしっかり持ち直して、センセイを見つめ返した私に、 「誤解しないでくれよ?・・好きなように死んでいいと言っているわけじゃない」 ヒロトのこと思ったばかりのココロにセンセイの言葉がしみこんでいく。 瞬きだけで同意を示した私に、 「だけど、自分らしく生きて欲しい。延命を拒むことが、自分らしく生きるための選択であるなら、俺は全面的にミリちゃんに同意できる」 そういって先生は、少し言葉を切ってから言う。 「・・・人生は、長さじゃない。そうだろ?」 やっと吐き出せた思いを、十分に汲み取って、受け入れてくれる先生に、口をついて出たのは、ただ、 「・・・ありがと・・」 お礼の言葉、だけ。センセイは、小さく首を振ってから、言う。 「だけどな」 ・・・だけど・・。
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