十数年前に日本新党を立ち上げ、独特のプレゼンテーションと突然の
政界引退で一時話題を集めた細川護煕氏。
その後、湯河原に「不東庵」と名付けて住みつき晴耕雨読の生活を始めた。
そこでの作陶活動は時々報じられていたが、書や油絵の制作は知らなかった。
氏の本格的な展覧会が開かれているという情報を、
この方のブログから
得て、訪ねてみた。
場所は虎ノ門4丁目で、アメリカ大使館やホテルオオクラのそばにある
菊池寛実記念・智美術館。こんな所に美術館があることも初めて知った。
陶淵明、王維、張継などから自選の漢詩を書にして、その情景を油絵で
表すというユニークな試み。併せて、茶陶や五輪塔、陶仏などの代表作も
陳列されている。
作品には氏の人柄が滲み出ていて、解説には氏の心情が書かれていて
味わい深い展覧会。
それにしても「胸中の山水」というタイトル、なかなかいい。氏の人生観
そのものであると感じた。
今日で正月休みも終了ということで、近くにあるサウナに出掛けた。
今年初めてのサウナとなるが、30年来毎週のように通っている。
そして雨が降ろうが雪が降ろうが水風呂には必ず入る。冬場、露天の
ところは特に冷えきっている。最近は年齢のせいか、水風呂に入る
ときに若干躊躇するときもあるが‥‥‥、
サウナと水風呂を若い頃は何回も繰り返したが、最近はサウナ2回、
水風呂1回になった。
滅多なことでは風邪をひかないのも、この効果かなと時々思う。
英気を養って、明日は仕事始め!
冬場、しかも休みということで空気も澄んでいる時が多い。
天気さえ良ければ、視界良好。
近くの高台に上がれば、もしくは海辺に出れば必ず望める。
今年は年末年始があいにくの天候だった。今日も午前中は曇り空で、
無理かと思っていたが、夕方近くなるに連れて雲がなくなってきた。
これは見られるかもしれないと思い、初詣帰りに家族で海辺に行ってみた。
ちょうど夕日が沈む寸前、全貌を望めなかったが、概ねの姿が視野に‥!
良かった。今年は、また違った趣の富士山に出会えた。
新年、日本一に出会うことが習慣化した。こんな素晴らしい山を
見られる、この上ない喜び。
2011年の富士
2010年の富士
2009年の富士
2005年の富士
箱根駅伝、柏原選手の快走を見たあと、家族で恒例の船橋大神宮への初詣。
鳥居をくぐるまで数十メートルの行列が続いていて、例年以上に人出の
多さを感じる。しかし、行列から想像したほどでもなく、数十分して参拝。
その後の楽しみは、やはりこれ。引いてから開くまでが、特別の時間。
‥‥‥9番が目に入る。続いて和歌が‥‥、
折り目を開くと、 ‥何と、大吉。
昨年もそうだったとの記憶。家に帰り、ブログを振り返ってみると、今年で
‥‥‥三回連続の大吉。
ここですぐ、確率計算をしてしまういつもの癖。大吉の確率は
これによると
約1/3。三回連続ということで三乗すると4%。統計学で云うところの
有意差の基準の5%を下回り、特異な例ということになる‥‥、が。
そんなことはともかく、浮かれて過ごすとろくなことはない。心を引締める
気持ちが何故か働いた。おみくじは良くできている。
ところで初詣とおみくじ記録、気がついてみると8年目になっていた。
定点観測として、来年も残していこう。
「照りつづく 日かげなやみし 小山田に うれしくそそぐ 夕立の雨」
2011年 新春
2010年 新春
2009年 新春
2008年 新春
2007年 新春
2006年 新春
2005年 新春
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年は富士山が望めそうもないので、別の写真を使用。
その写真を
写真自動加工のフリーソフトで周辺部を加工して、
文字はウェブアートデザイナーで作成。それらをペイントで
組み合わせて加工作成した今年のWEB賀状。
2011(平成辛卯)
もう20年近く前のこと。初めて会ったのは津田沼駅前の小さな
会議室で、10人くらいの会合だったか。
知人に誘われて参加した。「中選挙区制か、小選挙区制か」こんな
テーマだったと思う。
当時、県会議員だったが、醸し出す雰囲気と風貌にわけもなく
魅了された。「この人は将来、日本のリーダーになる」と直感した。
以降、その時の感覚が頭の中に住みついて、活動を遠目に注視し
続けた。
選挙活動は常に圧倒的なボランティアで囲まれていた。わずかの
票差で苦汁を飲んだこともある。
民主党政権が確実に誕生すると言われた前日、
恒例の場所で演説が
あるということを思い出して急遽出かけた。
そして、この9月。決選投票で、下馬評を覆して見事に選ばれた。
あの時の直感が現実になった。この間の時間は何だったのか。本当に
存在していたのだろうか不思議な感覚。
問題山積みの難局、昨日今日で解決できるようなテーマではないが‥。
私心を感じさせない、きっと政治に信頼を取り戻せる人物である。
周りがどう騒ごうが、あの時の直感を信じている。
皆が言葉を失った数週間。全国津々浦々に伝えられた映像によって、
それを見た皆が言葉を失ってしまった。「言葉を失うとはこういうことか」と
いう共通の体験をあの時の日本人はした。
その脱力した、そのあとに、力を与えてくれたのはスポーツであり、もう
ひとつ忘れてならないのは文化芸術だっという気がする。
今日の日経コラム「文化往来」にも“天災に苦しめられたときこそ、文化
芸術は力を持つ”とあった。
数週間後に
ホキ美術館で見た写実主義の絵画、そのしばらく後に聴いた、
千葉県少年少女オーケストラの定期演奏会。
藝術が持つ力はすごいと素直に感じたひとときだった。
今年ほど「文化芸術の力」を感じた年は、後にも先にもないような気がする。
その時代の記憶と共に、馬の名前も記憶される。
良いも悪いも、その1年の思いをのせて、その年に活躍した馬と共に楽しむ
レース「有馬記念」
はじめての記憶はスピードシンボリか? 中山に行ったような記憶もあるが‥。
しかし何といっても、心に残る、歴史に残る名勝負は
昭和52年のレースを
おいて他にない。
卒業して最初の年、枯葉舞う寒い中、中山のゴール前スタンドで観戦した。
レースは最初からトウショーボーイとテンポイントのマッチレースの様相。
抜きつ抜かれつ、繰り返すこと数回。
そして最後の第四コーナー。夕日に照らされた両馬の馬体が美しい。
「また並んだ!」と興奮気味の実況も耳元に‥‥‥。直線最後はデッドヒートの
末にテンポイントが振り切ってゴール。外からはグリーングラスも来ていた。
スタンド前で飛び跳ねながらゴール板を通過するのを確かめた。
しばらくはその場から動けず、感動に酔いしれていた。
四肢を広げて走る姿が美しい
テンポイント。その美しさにはデビュー後しばらく
してからずっと注目していた。
そして強い馬が強いライバルと共に、文字通り強いレースをした時の感動は言葉に
ならない。
生涯で一番心に残るレースと聞かれれば、即座に
昭和52年の第22回有馬記念と
答える。今でもテンポイントの単勝の特券馬券を大事に持っている。
今年も気がついてみるとオルフェーブルが圧倒的な強さを見せて終了し、有馬記念の
歴史をひとつ刻んで、その数56回となった。
テンポイントに関する資料など
心に残る名馬たち テンポイント
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今年、読んでみて面白かった本などを備忘録として残しておこう。
・佐々木 俊尚 著「キュレーションの時代」
・内田 樹 著「最終講義―生き延びるための六講」
・内田 樹 著「街場のメディア論」
・ティナ・シーリグ 著「20歳のときに知っておきたかったこと」
・古賀 茂明 著「日本中枢の崩壊」
・寺島 実郎 著「世界を知る力(日本創生編)」
・伊集院 静 著「大人の流儀」
・斎藤 徹 著「ソーシャルシフト」等々
最近は読んでも、ブログにも纏められず、読みっぱなしが多い。
また、年間100冊の目標にも届かなかったが、目がショボショボ
してくる前に、読めるうちに読んでおくようにしたい。
2008年の記録
2月18日、自由が丘での仕事を終えて、帰る途中に東横線の
祐天寺付近での電車内から南の方角の空を見たら、何とも言葉では
現せない雲の模様。
その夜、
錦糸町でのコンサートを聞きに行く途中で見た、膨れて
破裂しそうなアンパンマンのような満月。そして吹き荒れる風。
家に帰ってツイッターを見たら、
同じように空の様子を取り上げて
いた方がいた。が、実際に見た光景はこの比ではなかった。
そのしばらく後に起きた大震災。
単なる偶然かもしれないが、以降、今まで以上に気象状況や雲の
様子に注意を払うようになった、今年初めの忘れられない光景。