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曹操閣下の食卓

☆応用試問

   ☆応用試問


  ここいらあたりで、これまで解説したことを簡単な応用問題に展開しよう。

 二つのスーパーマーケットが「真夏の商戦」に同じ地域で競合しているとする。

 1.スーパーAは酒類販売免許があり、Bマートにはない。これはAの優位性である。

2.スーパーAは地元の老舗であり、定番の地場産の野菜に強い。
   Bマートは大手系列なので魚類や輸入肉など大量仕入れの品揃えに強い。これは双方互角の特長である。

3.そこでスーパーAは最近、Bと別系列の大手チェーンCと仕入れ提携して、Bマートの品揃えを
   「囲い込み(競合商店を全品調査して、売れ筋商品をそっくりそのまま自店舗にも展開)」した。

 さて、「酒類販売免許」で差別化され、さらに「囲い込み」で追い詰められたBマートはどうすべきであろうか。
 ヒントは孫子兵法、《孫賓兵法》を応用すること。
 また、「囲い込み」は、前講で紹介した《O戦術》である。
 これを突破するにはどんな戦術をとるべきか。条件は「真夏の商戦」である。

 解答をいろいろ考えるとき、あなたは簡単な現象の推移を予測し、いくつかの戦略・戦術のオプションを比較して、最適な解答を決めることで、初歩的なシミュレーション思考をすることになるであろう。

 禁止事項は、ここに提示された三条件以外のフィクションを持ち出すことである。
 例えば、苦境のBマートに全知全能の福の神がやってきて、スーパーAを打倒してしまうことはありえない。
 もちろん、閣下のような戦略コンサルタントを雇えばいいわけだが、期待通りに成功するとは限らないし、頼りになるかどうか、オーナーも勉強しないとね。
 また、Bマートが同じ地域では認可が出にくい「酒類販売免許」を短期間に取得するなど、設問の三条件にはない状況を想定するのもフィクションになるから、解答の評価はゼロになる。

 この問題に正解はない。
 しかし、戦略・戦術を語るとき、それが想定問題であっても逸脱した希望的観測とフィクションは、質の悪い頭の体操に間違いない。

 ここでわかることは、シミュレーションを現実に展開する上で大切なのは、フィクション=希望的観測の排除であること。
 このことを決して忘れてはならない。

 人は常に希望的な観測に陥りがちである。
 未来に希望を持とうとすると、それは堅実な計画性ではなく、「何とかなるさ」という楽観的な夢想に行きがちなのである。

 再び阪神大震災の実例でいうと、兵庫県知事から大地震発生後、丸半日を過ぎてから自衛隊に対する救援要請を受けた首相官邸は、その情報の遅れから、さらに誤ったメッセージを受け取っていた。
 村山首相は夕食を社会党(当時)書記長など関係者と共にしていたが、その話題はライバルの山花元委員長などが党を離脱して、自分の政権基盤が動揺することに集中していた。
 官房長官は防衛庁の事務方に「どうなっているか」と心配して電話を入れたが、「最善を尽くしている」という官僚の決まり文句にだまされ、「そうですか」と電話を置いてしまった。
 その後に緊急閣議が開かれたが,もともと体力がなく、そのために自分の健康に人一倍気を使う癖がある村山首相は、山花離党問題でホトホト疲れきっていて脱力状態だったという。
 また国土庁長官が不在で、所轄の国務大臣の報告もなく、非常事態宣言を出すことをためらって、「現地の詳細な報告を待ちましょう」と閣議を中断するかのように仕切って、そそくさと自宅に帰ってしまった。
 その国土庁長官も霞ヶ関の本庁舎にはもどらずに、立川市の緊急防災センターから、武蔵野市の自宅に帰ってしまった。
 今から考えると、実に恐るべき政府機能の怠慢と惰眠である。

 しかし、同情すべき面はある。なぜ救援要請に丸半日もかかったのか。
 そこに東京の政府も、
 「関西の事態は特別に緊急を要すものではなかろう」という不思議な希望的観測が共通して流れていたのである。
 「神戸市の死傷者は数人」という誤報も一人歩きしていた。
 特に最も心配された大阪の人口密集地域の被害の軽さが、正式かつ詳細な報告がいっこうに東京に上がってこない神戸市・兵庫県の実態に対する無理解につながっていた。
 兵庫県も神戸市も地元の緊急対応に手一杯で、東京に報告書や連絡を提出する余裕もなかった。
 これも「役所仕事の欠陥が露呈した」と言えるだろう。
 「テレビを見ればわかるだろう」というぐらいに考えて放置していたのだ。

 したがって、村山首相本人が阪神大震災の惨害をリアルに認知できたのは、神戸の大火災が一晩を過ぎても鎮火せず、ますます燃え広がったと報じた翌朝のNHKニュースを目にしてからである。
 それから官房長官が「最善を尽くす」という役所の担当者の解答の具体的内容の確認作業に追われ、高速道路が横倒しになって、道路交通網が断絶されている状況も丸一日を経た朝ワイドのテレビ中継を見て、ようやく事態の深刻さが理解できたような有様であった。
 「最善を尽す」と言い放った人間(局長)が、特に現地連絡もせずに定時に帰宅しているのだから、その無責任ぶりに笑ってしまう。
 これが「お役所仕事」というものなのだ。

 したがって阪神大震災の非常事態を政府が公式に認知できたのは、震災翌日の正午の閣議以降であり、それまでは「何とかなるだろう」といって、誰もが手を出さない無責任な希望的観測が支配していたのである。
 この時に、誰もが政府の対応のあまりの甘さと遅れに大きな疑問を感じたのである。
 ある官僚は「緊急事態において、緊急の判断を一刻でも遅らせると、国民の生命と財産の損失が増えるという想像力そのものが欠如していた。したがって危機感もなかった。自分から情報を求めて、報道機関に問い合わせることもなく、テレビニュースを見ることもなく、ただボンヤリと報告を待っていた。しかも対策と実行の決断を先伸ばして回避しながら、最善を尽くしていると全く虚偽の報告をしていた」と上司や同僚たちを批判したが、その後になって彼は退職し、彼に批判された人々は順調に昇進するという全く日本政府独特の風景も見られた。
 これも「お役所」なのである。
 なぜ。
 上司に対する部下の内部告発を封じ込めないと、キャリア官僚は緊張感でノンキャリアの数倍以上も働かなくてはならないじゃないか。
 われわれが真に効果的で、現実の問題を解決する戦略・戦術を模索するとき、希望的観測こそ最初に打倒すべき「自分の心の中の敵」であることを自覚しなければならない。
 自分には都合のいいフィクションを求める心を排除し、現実の変化に眼を向けて、実際の有様に立脚しなければ、誤った戦略・戦術のシミュレーションは非現実的で、さらに大きな惨害の原因となりうるのである。

 それが今回の試問の趣旨であった。

 さて先の設問に戻って解答を考えよう。
 Bマートにできることは店舗の在庫処分と、大手筋の仕入れルートを活用した商品構成の再編成である。
 「真夏」という季節も活用しなければならない。
 しかし、なによりも解答にあたって重要なことは、あらゆる手段を用いて、Aストアの内部事情を克明に探索することである。
 私は《孫子兵法を活用せよ》とヒントを述べた。
 そこで「敵側の内部事情を探索して、こうであれば、こう出る。別であったら、こうする」という複数の選択肢が設定できたであろうか。
 これが《孫子兵法》なのである。
 子供の算数のように、たった一つの答えを求めて、あれこれ自分に都合の良い空想をする人は、戦略法の意義が未だに全くわかっていないということになる。

 この設問には正解はない。
 しかし、自分勝手な想定をして、一つの作戦にこだわる人物と、敵の事情にあわせて複数の戦術を用意して、迅速に現実的かつ効果的な対抗作戦を打てる人物は、人間の労力の価値においても大きな差があるのではないか。

 何度もくりかえすが戦略学は、
 「確実かつ詳細な情報にもとづいて、複数の戦術を用意し、迅速に現実的かつ効果的な対抗作戦を打てる人物」を養成することが目的である。
 このメソッドの基本に反する思考方法は厳しく排除しなければならない。
 また選択肢(オプションズ)が多ければ多いほど良いというわけではない。

 「真夏」という前提条件に注意しなければならないのは、この点である。
 生鮮食品のバーゲンは、真夏の場合は相手側もリスクが大きいことは承知しているはずである。
 生鮮商品の痛み方が早くて激しいし、もし一つでも腐った品物を売ることになったら、買物客つまり消費者の信頼を失ってしまうことになる。
 惣菜コーナーにも真夏には「もしや食中毒にならないか」という緊張感がある。

 アメリカでどちらが臆病かをためすチキン・ゲームというのがあって、ハードボイルド映画で自動車を正面衝突させるシーンがあったりするが、スーパー・マーケットの真夏商戦は実際にそのような状況にある。
 あなたの戦略が一つでも間違えたら、まさに食中毒事件を引き起こし、店舗閉鎖という危機に陥ってしまうかもしれない。
 本当に多くの人命と職場の命運がかかってしまう。

 したがって真夏に生鮮食品の分野を価格・仕入れ競争の主戦場にすることは減点対象になる。
 もし、あなたが全ての生鮮食品の鮮度と販売を自分自身で管理できる八百屋さんや魚屋さんのような立場であったら、戦う場所は一つしかないし、問題があれば自分で全責任がとれることだから、それはそれでいいのだ。
 しかし、スーパー・マーケットは、チーム・ワークが必要な小さくない組織の職場である。Bマートの場合は大手流通グループの支店として、他地域の支店との協力関係も強みを発揮する利点として活用しなければならない。
 したがって、あなたの解答に自己採点してもらうとすれば、

 1) 敵側の実情を探索することを前提としなかった場合=マイナス百点

 2) 状況に合わせた複数のオプションズを考えない場合=マイナス百点

 3) 真夏にもかかわらず生鮮食品分野を主戦場とした場合=マイナス五十点

 4) 大手流通チェーンのライバル探索の情報力を生かすアイデア=プラス五十点

 5) 心を許せる店員スパイを使って敵情視察をするアイデア=プラス五十点

 6) 生鮮食品以外の日持ちの良い乾物品で勝負する場合=プラス五十点

 7) 流通大手ネットワークで新しい売れ筋商品を取り込む場合=プラス五十点

 マイナス二百点、プラス二百五十点、それに近い考え方で、プラス十点をあげるとして、さて自己評価はどうであろうか。
 ここでは、現実にリスクが大きい選択肢は、敵の動きの可能性として想定はしても自分から実行すべきリストからは除外することを学んでほしいのである。
 これは、「戦略にはタブーが存在する」ということで学んだ通りだ。
 タブーを少しでも踏んだらゼロ、それは「戦略」として何の価値もない。失敗あるのみ。
 成功のカギをいくつか使えば、それは五分五分ということだ。
 タブーを犯していても、成功のカギを握っていれば、挽回のチャンスはある。

 生鮮食品といっても、刺身であろうと、肉類であろうと、食べるには必ず日持ちの良い乾物品類、すなわち醤油や練りワサビ・チューブ、シーズニング・スパイス(香辛料)などを必要とする。
 安い肉を売っていても、その調理方法が具体的にイメージできないと、買物客は手を出さないかも知れない。
 逆に「真夏はウナギを食べましょう」と平賀源内の江戸時代から明確なイメージのある商品は簡単に売れてしまう。
 そこで例えば、「真夏はカレーだ」をバーゲン品として選べば、魚介類も「シーフード・カレー」ということで入ってくるし、肉はビーフ・ポーク・チキン・マトンすべての肉類がカレーの主材料になる。
 そこで生鮮食品の価格などはライバル店舗より安くしなくても、その購買消費量を拡張するような「カレー・バーゲン」を打ち、「シーフード・カレーを作るには」と買物レシピを店頭に並べれば、消費者を動かすことができる。
 消費者は個々の商品の値段より、レジの計算で全ての買い物がいくらになったかで割安感を実感する。
 そこで紙切れの「レシピ」をわたすだけで、経済的なコースとか、レストラン・クラスの高級素材コースが選べれば、乾物品のカレー類を売ることで生鮮食品も確実に売れていくことになる。
 辛い食べ物だから、「カレーに合う」といえば、ウーロン茶系の飲物なども売れる。デザートの乳製品も売れる。

 ただし、これはフィクション、大ウソだよ。
 「売れるわけがない」
 「そんな紙切れをわたしただけで、読んだりするはずがない」
 昼間に買い物に来る人々は、ほとんど高齢の年金生活者たちではないか。
 昼過ぎにスーパーに買い物に来る主婦なんて、ほとんどいないよ。
 そんなに否定する必要はない。

 じゃ、どうやれば売り上げが上がるのか。
 レシピのデザインはどうか。
 どうやって、レシピをわたすのか。ただ適当に置いておけばいいのか。

 これが「魏を討伐し、趙を救援する」という《トライアングル・クロス・オプションズ》を実際に応用した形態である。
 このような戦術を採れば、ライバル店の「O戦術」はほとんど問題とならない。
 つまり、孫賓の《魏を討って趙を救う》という明言のとおり、トライアングル・クロス・オプションズ(TCO)こそ、完全包囲作戦を撃破する定石なのである。
 このようにして生鮮食品が売れると、逆にライバルは生鮮食品類が持つ「日持ち」のハイ・リスクを徹底的に受けることになって経営上も難しくなる。
 「敵を険難の地に追いつめる」
 「敵にタブーのリスクを踏ませる」
 したがって、真夏のスーパー・マーケットにとって、生鮮食品売場は、いわば《孫子兵法》が指摘する「死地」なのである。
 「死地」に明確な戦略をもって突撃する場合と、「死地」のリスクを知らないで思いがけずに戦場になった場合では、勝ち負けの差はハッキリしていると思う。
 したがって「死地」を避けて、生鮮食品を巻き込まないようなセール商戦を打つのも正解といえる。
 大切なポイントは、どこで戦うか、何をもって勝利するか、何が「死地」で、どこに勝機があるかを見抜くことであろう。
 このような意識と発想こそ、あらゆる競争と、さまざまな形態の闘争に勝利しうる方法なのである。


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