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情報源はウィキペディアなのですが、
三河島事故の前後の時期、 当時の国鉄は三河島事故を含めて 桜木町事故 洞爺丸事故 紫雲丸事故 三河島事故 鶴見事故 五つの事故を起こしているのですね。 国鉄戦後五大事故@ウィキペディア 当時は、高度経済成長期だったために 輸送増加量対策に追われて安全対策がおざなりになっていた、とのこと。 過去の出来事に、ifは無いのですが言わせてもらいます。 しかし、一年の一度の割合で大惨事が起きているのだから、 安全対策に力を入れるべきだったのでは? と思います。 中には市民の足として、運転を止めることだ不可能なものもあったことでしょう。 とはいえ、運転を止めないまでもメンテナンスをしっかりするとか、 当時の気象状態を入念に考慮するとかできたはずではないのでしょうか。 三河島事故が起きた当時、私の祖父が常磐線ユーザーでした。 祖父は事故に巻き込まれることはありませんでしたが、 時間帯が合えば事故に巻き込まれていたそうです。 多くの犠牲者のことを無駄にしないためにも、 公共交通機関には安全対策を万全にしていただきたいですね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007年01月22日 00時31分48秒
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