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なにかと母親にすがり頼っていた幼稚園児のように、幼い子供心に還ってしまったようで、日常の生活空間において、ふと母親の存在が幻想されてしまい、現実の中に覚醒のように両親や姉の存在が強く感じることが多くなってきた。
今でこそ、一家の大黒柱であるべき自身の立場だが、すっかり自信喪失にさせるに相応しいほど、幻想的に思い起こさせる、母親と姉の存在に依存をしている姿がある。 なんとも情けなく、なんとも不甲斐なき反省の自己弁論にせざるを得ない時がままあって、滅入る気分に追い打ちをかけてしまっている。 がむしゃらな働き者で子供思いの母親であったし、愚弟思いの姉であった母娘二人は、肉親を超越した人間的な大きな度量をもった人であった。 育児とは母親であれば当り前なのかもしれないし、10歳年上の姉であれば当然であったかもしれないが、姉弟の年齢差が違いすぎると、まるで二人の母親に育てられてきたのかもしれないと思えることは、本人たちもそうした意識を持っていたと思えるのだ。 古びた家屋の隙間風のように、薄暗い何度の中のように、子供の時味わった昔の郷愁がまるでそのままに覚醒されてくることは、還暦をはるかに超えて古希を迎える大の男が味わうことなのか戸惑うのである。 いまだ親離れがされていない、幼い精神状態に加えてとんだ幻想を味わっていることは、自分の意志に関係ない何か自然界の力が作用している気がしてしまう。 他人のせいにするのでなく、幼稚な発想をするのでもなく、現実にある大きな影響をおよぼす、非科学的な別世界との交流がされているとしたら、どんなにか現実的な解釈ができることだろうか。 全てが解決されることばかりでなく、非日常のなかでの作用はきっとあるに違いないし、だからこそ未知の宇宙が存在していると思ってしまうのである。 それが神仏の世界かも知れなく、深い知識もない何となくの曖昧な思いの中から、今回の幻想が感じ取れるのかもしれないけど、きっと天国からの愛する父母や姉の激励が真実の応えであると信じてしまう。 全てに虚栄をすてて、しっかりと甘えることに納得した老いた自分とは、所詮は甘えん坊のままであることを誇ることにした。 父親も母親も姉の魂は、いつも一緒にいてくれることを信じていることを、改めて確認できたことが覚醒のように気づかされているのだろう。
ご無沙汰です。
良いのでは有りません? だって母であり、姉ですもの… 社会人になり、間もなく結婚するであろう息子もしっかりと仕事をする大人、でもいつまでたっても色々と心配するのが母親です。気になりながら、直接聞く事も出来ず、友達に愚痴っちゃっていますけどね。(2011.12.06 07:52:18)
子犬大好きケイさん
>ご無沙汰です。 > >良いのでは有りません? >だって母であり、姉ですもの… > >社会人になり、間もなく結婚するであろう息子もしっかりと仕事をする大人、でもいつまでたっても色々と心配するのが母親です。気になりながら、直接聞く事も出来ず、友達に愚痴っちゃっていますけどね。 ----- ケイさんご無沙汰です。 幽霊のように、半年ぶりにブログ復帰しました。 いまだ甘えん坊のままを自認してますが、二人姉弟でしたから、一人の寂しさが強く感じられています。(2011.12.07 22:37:45) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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