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MrTangentの日記 [全798件]
この世の中、実力のある者が成り上がって裕福になれる・・・そう思う方が多いでしょう。 しかし、現実・・・いや、いつの世でも、そういうことはありえないのです。 企業や官庁などには、権力を持っている人間がいるわけです。 その人間に気に入られた人間だけが重宝され、出世への階段を上ることができるのです。 そして、その権力を持っている人間にちょっとした助言や注意を与えようものなら、「反逆者」扱いされ、その職場の人間から変な目で見られるようになり、いわれのない悪口や噂を流され、やがてはドス黒い罠にはめられて辞めさせられるわけです。 これが現実です。 しかし、それにもかかわらず企業では「こんな奴はいらない」という人間と「この人だったらぜひ来てほしい」という人間がいるものです。 まず、「こんな奴はいらない」とおもう人間は、 ・マイナス思考の人 ・デマを飛ばす人 ・やる気のない人 というものです。 私は、以前の会社でこのような人間を目の当たりにしましたが、まあ、なんといっていいでしょうか。人間として最低最悪ですね。自惚れてわがままで、さらには足を引っ張ったりするわけですから、どうしようもありません。 そして、「この人だったらぜひ来てほしい」と思う人間は、 ・仮説が構築できる人 ・実行力がある人 ・みんなと力を合わせて仕事ができる人 ぜひ目指すのであれば、このような人間を目指したいものです。このような人間が職場の人間から一目置かれて手放したくなるわけです。 では、このように一目置かれるようなそのような人間になるための条件とは何なのか・・・それは、以下の通りです。 <大前提>何か一芸に秀でている <基本条件1>強烈な目的意識を持っている <基本条件2>常に原因自分論で生きている <基本条件3>絶対にあきらめない <基本条件4>表現力が身についている <基本条件5>信用がある <基本条件6>真の仲間がいる さらには、以下の「トク」をそろえる必要があります。 1.「得」をする 2.「徳」がある さて、この条件を私は会得しようとしているのですが、さすがにどうして、うまくいかないわけです。つまり、バカにしないように奮闘しても、結果的にバカにしてしまっているのでは・・・と思ってしまうのです。現実は厳しいですね。 著者は、「ドリーム経営者クラブ」というものを主催しているそうです。真の実力を持つ資格のある物が企業を立ち上げて、なおかつ成功を夢見て努力しよう・・・というものですが、いかんせん私的には無理があります。 まずは年会費120万円を毎年払わなければなりません。私の年収はそれくらいで、なおかつ貯金はたかだか10万円しかないわけで、経済的に無理です。 さらには、厳格な入会基準があります。いくら「実力が大事だ」と私が言っても、肝心の私に実力が伴っているわけではないので、門前払いされそうです。 そういうものに入れる経済力と実力と自信がないので、私はお金をかけずに努力できるようにして、黙々とやり続けているわけです。 堀紘一(ほり・こういち)著「会社が放り出したい人・1億積んでもほしい人」PHP文庫刊 2006年
Aさんの会社では、「明るく元気な職場」をスローガンにして、明るい挨拶を励行しています。 Aさんの属する営業部でも、営業に出るときと戻った時には、必ず「行ってきます」「ただ今戻りました」と、全員が挨拶をしています。そして事務所のスタッフも「行ってらっしゃい」「お帰りなさい」と挨拶を返しています。 ところが、その挨拶に違いがあることに気づきました。 「行ってきます」に対する「行ってらっしゃい」が、大きく元気な場合と、そうでない場合があるのです。 その違いは「行ってきます」の声の質にありました。 明るく元気な「行ってきます」には、明るく元気な「行ってらっしゃい」が返ってきます。 ところが、元気のない「行ってきます」には、「行ってらっしゃい」も弱弱しくて張りがありません。 「挨拶はやまびこと同じだな」 と気が付いたAさんは、お客様に対しても、社内においても、一層明るく元気な挨拶を心がけるようにしています。 ・・・ 職場において、明るい挨拶をすることは大切です。 毎日明るい挨拶をする訓練をするのも大切です。 しかし、訓練だけして、実際の勤務時に実践しないと全く持って意味がありません。 そういう職場に限って雰囲気が悪い場合がよくあるわけです。 そうならないように、訓練だけに終わらせずに勤務時に実践するように心がけたいものです。 私は、挨拶を訓練だけに終わらせずに、実際の勤務時に実践したいと思いました。 以上です。 (2009年7月1日)
物を大切にし、感謝する実線の一つとして、車に挨拶する人が増えています。 A氏もその一人で、車に乗るときは「よろしく頼むよ」と言って、車庫に入れ終えると「今日もありがとう」と声をかけています。 ある日、いつものように車に挨拶した時のことです。 車に挨拶するだけではなく、 「ドライバーである自分自身にも、何か声をかけるようにしたら良いのではないか」 と思いました。 しばらく考えた末に、 「私は世界一のドライバーになる」 と言い聞かせることにしました。 A氏の考える「世界一のドライバー」とは、決して事故を起こさないよう安全運転を心がけることです。 車への挨拶と自分への声掛けをするようになって、これまで以上に注意深く、丁寧な安全運転ができるようになりました。 最近では、車と自分が一体であるような感覚を得るようになり、A氏は 「車にも生命が宿っており、家族の一員のように思えるようになった」 と言います。 現在も無事故・無違反運転を継続しています。 ・・・ 私は、安全運転の他に燃費のよい運転を心がけています。 ガソリンが高くなっている現在、ガソリンをガンガン使うような効率の悪い運転をするわけにはいきません。 効率の良い運転を心がけ、ガソリンを節約してお金も節約できるようにしなければなりません。 これが安全運転のみならず、乗り心地のよい運転にもつながるのではないか、と思うわけです。 私は、安全運転と燃費の良い運転をこれからもずっと心がけたいと思いました。 以上です。 (2009年7月31日)
昔から「酒は百薬の長」といい、健康を促進して人間関係を円滑にする効用がありますが、付き合い方を間違えると大変なことにもなりかねません。 人間とお酒の付き合いは古く、そのメリットとデメリットは多くの格言が示しています。 「ワインは神も人間も元気にする」(旧約聖書) 「酩酊は一時的発狂である」(ピタゴラス) 「バッカス(酒の神)はネプチューン(海の神)よりも、ずっとたくさんの人間を溺死させてきた」(ガリバルディ) また、ユダヤの格言には、お酒のユニークな戒めがあります。 「1杯目は人が酒を飲む。2杯目は酒が酒を飲む。3杯目は酒が人を飲む」 「ブランデーは悪い使者である。胃に向けて送り出したのに、間違えて頭の方に行ってしまう」 「酒が入ると秘密が出ていく」 美しいお酒の嗜み方を学び、酒に飲まれることなく、そしてまた溺れることなく、和やかな人間関係を築きたいものです。 ・・・ 私はそんなに酒は飲めません。 酒を飲んで大トラになることはないのですが、気持ち悪くなってダウンするのが精いっぱいです。 そのためか、人付き合い程度に飲んで、それ以上飲んで迷惑をかけないようにしています。 酒をたくさん飲んで迷惑をかけまくる・・・というのをよく聞くのですが、あまりいいことではありません。 酒を適切な量で飲むことで体にいいばかりか、場を和やかにするのです。 いい雰囲気で楽しい雰囲気にするため、酒をあまり飲みすぎないようにしたいものです。 私は、楽しいひと時を過ごすために、酒を適切な量まで飲むようにしたいと思いました。 以上です。 (2001年11月30日)
これまで22社もの赤字会社の再建を成功させた、日本電産社長の永守重信氏は、 「再建の鍵は働く人間の意識改革にある」 と断言します。 永守氏は、多くの会社再建を手掛けていく中で、ピンチに陥った企業の共通項目として働く人間の意識の低さを挙げ、改善策として 「社員の出勤率を高めること」 と、 「職場の整理整頓を徹底する」 の2つを励行しています。 社員が会社を休まなければ能率は上がりますし、職場が整然としていればスムーズに進行します。 そして、結果として会社の業績が上がり、それに比例して社員の意識も高まっていくわけです。 また、 「行跡がアップしている会社は電気を消しても明るい」 と、氏が語るように、社員の意識の向上は、社内の雰囲気にも直結します。 起業をピンチに陥れるのも、繁栄の道を歩かせるのも、社長以下そこに働くすべての人間の意識一つにかかっています。 「自分は何のために働くのか?」 ということをいつも心に掲げて、一致団結して繁栄の道を歩いていきたいものです。 ・・・ 以前の職場はドス黒い悪意に満ちていました。 そこには、「工場内着帽厳守」という規則があっても意地でも帽子をかぶらず、「土足厳禁」という規則があっても平気で土足をし、さらには作業着ではなくどこかに遊びにでも行きそうな感じの黒いジャージを着用している大先輩が今でも大きな顔をして働いています。 社長を含めたこの会社の上層部もこの大先輩にだけは何も言わずニコニコ~ッとして談笑しています。 この大先輩に意見や注意をしようものなら「反逆者」とみなされ、大先輩とその職場で働いているその家族から、いわれのない悪口や噂を流され、さらにはドス黒い罠にはめてまで辞めさせようとします。 このような会社が製造するお土産や弁当の箱はどういうものか・・・というと、大先輩の髪の毛が入っていたり、大先輩の土足した靴がもたらした「誇り」ではなく「埃」が入り込み、さらには大先輩の唾が全ての箱についているのです。 当然ながらその職場の作業場は電気をつけても暗いのです。電気のせいではなく、その職場で働く人間の意識が限りなくドス黒い悪意に満ちているためにそうなっているのです。 そのような職場の意識を変えるのは私一人だけでは完全に無理でした。やろうとしても大先輩の妨害にあって骨抜きにされたわけです。そしてドス黒い罠にはめられて有無を言わさず退職届の提出を強要されて辞めさせられました。 何らかの商売をするにあたって、そのような意識を持っては絶対にダメなのです。 このような意識を持って商売をし続けると、今は成功するように見えますが、いずれはお客様や社会に多大なる悪影響が必ずでてくるものです。 このような意識で商売をしたばかりにお客様や社会に迷惑をかけ、ひどい場合はお客様の命を奪い、後で説明会を開いてお客様たちに対して地べたに頭をこすりつけるほどの土下座をする羽目になってしまうのです。 こういうことには絶対になりたくはないですよね。 ならば、商売をするにあたって、自分はお客様や社会に対してどうありたいのかを自分自身に問いかけ、なおかつ職場の人間や一緒に仕事をしている異なる会社の人間を絶対にバカにしないようにふるまわなければなりません。 もし私が会社を立ち上げた際、この課題は非常に難しくて厳しいものになると思いますが、あえてそのシビアな課題に挑戦したいと思います。 私は、お客様や社会を絶対にバカにしないようにふるまいたいと思いました。 以上です。 (2010年11月29日)
華やかな外での営業に比べると、社内で行う事務の仕事は何となく地味な感じがするものです。 内装関連用品の卸を業務とするI社の営業所に勤務する、女子事務員のYさんとMさんは、営業マンたちが毎月のノルマ達成に必死になっている姿を見て、「何か手伝えることはないか」と考え、「電話による注文取り」を思いつきました。 事務の仕事をしていて、お客様の注文の状況を見ていれば、消耗品が切れる大体の時期は分かってきます。 その頃を見計らって、「そろそろいかがでしょうか?」と声をかけるわけです。 この「電話作戦」が、50万円の売り上げにつながり、営業所はノルマ達成ができたのでした。 「私たちは特別なことをしたわけではありません。ほんの少しだけ営業の人たちのお手伝いをしたかっただけ」と、彼女たちは明るく語ります。 自分の役割を一歩だけ超えた働き。社員一人一人のそんな努力が、やがては大きな成果となって実を結ぶのです。 ・・・ 私は、以前の会社で創意工夫をするという経営理念に基づいて必死になって働いてきました。 しかし、実際にはモラルのへったくれもない大先輩の言動ばかりが幅を利かせて、私のような下っ端の人間がいくら創意工夫をしても「そんなことはどうでもいい」の一言で片づけられてなし崩しにされました。 さらには、一生懸命働いているにもかかわらず、社長に直々に「会社にアピールしているだけだろう。自惚れるな!」とまで言われました。その社長自身が本物の大手企業と比べたら吹き飛ばされるほどの程度の規模しかないのに「わが社はパッケージ業界の大手ですっ!」と豪語するほど完全に自惚れているにもかかわらず・・・です。 残念ながら、その会社以外でも、大企業・中小企業に関係なく、ほかにもそのようなことが起こっている・・・というのは実際にあるのです。 しかし、そのようなものに絶対に屈してはいけないわけです。 お客様のため、そして社会の為にやっていいことと悪いことがあります。 どれが正しいのかは、自分の良心に基づいた判断によります。 周囲の悪口や雑音に惑わされず、本当に正しいことを信じて行動をしたいものです。 私は、どんなことがあっても、社会やお客様のためのことを考え、正しいことを行動したいと思いました。 以上です。 (2001年11月28日)
滋賀県にあるフィットネスクラブ「ラック栗東(りっとう)」は、独自の社員教育と経営方針で業績を伸ばしています。 中でもユニークなのが、全ての業務が終了した後に全員が回覧する「気づきノート」です。 社員やアルバイトが業務中に気がつたことや問題点を記入して、社長と各部署の責任者が内容を確認して、こまめに改善点を洗い出すそうです。 たとえば、 「水を怖がる子供をリラックスさせるために、紙芝居を見せてはどうか」 という一人のアルバイトの意見がさっそく次の日に実行されて、子供たちに好評を博して、以後順調にスイミングスクールが実施できたこともあるそうです。 その他にも、インストラクターが会員の健康状態をチェックして、栄養補助食品の販売をしたり、社員が手作りのチラシを配布することで、年間1000万円の経費節減に成功しました。現在では年間1億円の営業利益を上げているそうです。 同社のある地域は、同業他社5件が乱立する激戦区ですが、「大型ではなく名門を目指す」と社員たちは、ますますきめ細かいプログラムの作成に励んでいます。 ・・・ なにかに気が付いたときや、相手に伝えたいことがあることがあった場合は、今回のようにメモやノートをとることが大切になってきます。 いかんせん、私はたくさんのことを記憶できない鳥頭のような脳みそを持っているため、こういったことは必ずやらなければならないわけです。 そして、過去に書いたものを見返して、後々になって改善できることを発見したりする可能性があります。 これからもこまめにメモやノートを取り続けていきたいものです。 私は、後になってアイデアにつながることを信じて、これからもメモやノートを取り続けていきたいと思いました。 以上です。 (2001年11月27日)
FAXやパソコン、携帯電話の普及によって、現代人のコミュニケーションのスタイルは大きく変わりました。 ところが、最近ではそうした電子機器による通信に加えて、郵便の取扱量の中での個人あての私信も増えているそうです。 この現象は、若者たちが双方向の単純な連絡用としてEメールを、お詫びや手数をかける頼み事には直筆の手紙を・・・と使い分けれているため、とみられています。 情報通信に詳しい大阪大学の今河拓郎教授は、 「Eメールを使ってみて、手書きの暖かさや、正式な文書機能、といったEメールでは代用できない部分に気が付いた若者が、手紙のやり取りを活発に始めたのではないか」 と、分析しています。 話し方から人柄が伝わるように、メモの残し方ひとつ彼でも、その人間の「人となり」が伝わってくるのです。 電子機器による通信と手書きの通信を上手に使い分けることで、血の通ったコミュニケーションをはかりたいものです。 ・・・ 直筆の文章には、書いた本人の人柄が現れるようです。 見事な達筆をはじめとして、マルっとした文字、カクカクした文字、判読不能な文字 私もペン習字を毎日やっていることもあり、誰かに読ませるための文章を書こうとした時に、一筆入魂の気持ちで書いています。書いた後に何か清々しい気持ちになります。 気持ちがこもった直筆の文章には、心にストレートに響くことがあるのでは・・・などと思うのです。 相手になにかを伝えたい・・・そのような真摯な気持ちが自分が書いた文字によって相手にも伝わっていくわけです。 ただし、気持ちだけがあればそれでいい・・・というわけにはいきません。 綺麗な文字を書くにはどうすればいいのか、そして、どういう文章を書けば相手に伝わるのか、ということを毎日・・・とは言わずとも、何かしら考えて努力しなければならないのです。 そのような努力をいとわずにやることで、相手の心にストレートに伝わるような文章を直筆で書けるようになりたいものです。 私は、相手の心に伝わる文章が書けるように努力したいと思いました。 以上です。 (2001年11月26日)
ストレス社会と言われる現代に、「癒し」への関心は年々高まりつつあります。 日比谷クリニックの酒井和夫院長によると、人が癒されるのは大きく分けて2つの方法があるそうです。 ひとつは、専門家の指導を受けながら、自分をある種の極限状態に追い込む方法で、例えば「断食」をすると、本能が目覚めて、脳が活性化して鬱が治り、免疫力が増大して病気すらも治ることがある、といいます。 もうひとつは、「自分にとって楽しく、かつ集中できるもの」を見つける方法で、運動で癒される人もいれば、俳句や絵画などで癒される人もいることでしょう。 後者の方法で癒しを行う場合に心がけることは、それを楽しみながら継続して行い、生活の中に定着させることです。 人は何かに熱中しているときに、リラックス状態や禅の瞑想状態とほとんど同じ脳波が流れて、心身がリフレッシュされて、今までに無い知恵や物の見方ができるようになるそうです。 ストレスを上手に乗り切って、喜びに満ちた人生を切り開きましょう。 ・・・ 集中して仕事をすると、時間があっという間に流れて充実した気分を味わえます。 この調子で仕事をし続ければいい・・・のですが、休日や休憩をはさまないで仕事をすることはできません。 いつまでも集中して作業できるようにするためには、休憩時間にしっかりと休憩をし、休日は外出したり横になったりして英気を養わなければなりません。 栄養や睡眠を十分にとって、より良い作業ができるようにしたいものです。 私は、作業をする際には集中して行い、休憩の時にはしっかりと休憩したいと思いました。 以上です。 (2001年11月25日)
ビリヤードのプロプレイヤーであるジャネット・リーさんは、脊椎が曲がって変形する脊柱側わん症(せきちゅうそくわんしょう)のために、これまで脊髄、首、肩などに8回も手術を受けました。 腰まで届く長い髪も、背中に残る手術の傷を隠すために伸ばしています。 ニューヨークの下町に生まれて、韓国人の両親のもとに育った彼女は、18歳の時に初めて見たビリヤードの魅力に取りつかれました。 それ以来練習を重ねて、1992年にプロ入りし、1年半後には世界ランキング1位に輝きました。 2001年も元気にトーナメントに参加する彼女は、 「私が大会に出場することが、同じ病気の人や、若い女性、韓国人、そして米国人に勇気を与えるはず。だからこそぜひ勝ちたいのです」 と、力強く語ります。 また、彼女は1995年に「ジャネット・リー基金」を設立し、阿多埋まったお金は脊柱側わん症教会などに寄付しています。 周囲の人々を勇気づけるために、トレーニングに励む彼女の活躍は、これからも続くことでしょう。 ・・・ 私は世の中に貢献できるほどの力もなければ、基金を設立して多額の寄付金を寄付するほどの大金持ちでもありません。 1年以上職が見つからなかったり、働いても報われないことも経験しました。 これまでの人生において、辛酸をなめ続けてきました。 現時点において、そのような人間が何をしても人に勇気を与えることなんでできませんし、何の説得力も生まれるわけがありません。 しかし、この現状を悲観して何もしなければ、それで終わりになってしまいます。 誰に何と言われようとも、あきらめることなく自分を信じて自分ができることを地道に努力し続けることが大切なのではないか・・・と、私は思うわけです。 自分でやっているものですから、すぐには成果が出るわけではありません。 しかし、飽きずにあきらめることなく地道にやることによって、長い年月を経て誰にも有無を言わせないほどの力や説得力を身に着けることができるのではないか・・・そう思います。 私は、自分を信じてこれからもずっと努力し続けていき、他人に勇気を与えることができる人間になりたいと思いました。 以上です。 (2001年11月24日) |一覧| |