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韓定食の日記 [全78件]
私が米本氏を“是々非々”の立場だと思えない理由の続きを書こうと思います。 当初、書く気は無かったのですが、気が変りました。 渋谷の統一教会本部に向かうしかなかった。 青梅街道から新宿方面に歩き始めてから四時間ぐらいしたところで力尽きてしまった。 通行人に頭を下げて、お金をもらった。 タクシーに乗って、何とか本部教会に辿り着くことができた。 (我らの不快な隣人より) 「我らの不快な隣人」に後藤氏の記事が書かれた時期と、後藤氏の陳述書が書かれた時期は同じ頃だと思います。 自由の身になれたとはいうものの、体力的に衰弱した中、所持品も着替えもなく、仕事も生活の宛ても無く、かつての知り合いがどこにいるかも分からない中で、一体これからどうやって生きていったらいいのかという不安が襲ってきました。 そして、渋谷の統一教会本部教会以外、荻窪近辺の統一教会の場所が分からなかったため、私は歩いて本部教会に向かいました。 青梅街道を新宿方面へと向かうと、途中交番があったため、電車代を借りようとしました。 ところが、この時、破れたセーターにジャージに革靴というみすぼらしい服装の上、脱水症状気味のためガラガラ声しか出ず、しかも事態を要領よく説明できずに金策を申し入れたためか、浮浪者と間違えられたようで、「規定を満たさない」と言われ、断られてしまいました。 しかたなく、警官から渋谷方面への道順を教えて貰い、再び歩き始めました。荻窪フラワーホーム804号室では、食事制裁を受ける中、常に空腹状態で苦しいながらも、運動不足を解消するため、一日15分は簡単な運動をしていましたが、このことが幸いしてか、しばらくは歩くことができました。 ところが、青梅街道から中野坂上の交差点を右折して山手通りに入り、渋谷区に入った辺りから、両膝の下が急に痛くなり始めました。更に初台の辺りまで来ると、膝ががくがくしてきたため、前屈みになり膝に手を添えて歩くようにしました。 しばらく進むと道端に木の棒が落ちていたのでこれを杖の代わりにし、非常にゆっくりとしたペースで少しづつ前進しました。マンションを出て4時間くらいかけて漸く渋谷区松濤2丁目の交差点まで来ましたが、遂に膝の激痛のため一歩も歩けなくなってしまいました。 しかも夜になり道も分からなくなってしまいました。 通行人に統一教会本部への道順を尋ねたところ、2人目に声を掛けた通行人がたまたま帰宅途中の統一教会信者であったため、道順を教えて貰いました。「歩いても行ける距離」とのことでしたが、もはや歩行困難であったため、タクシーを拾って貰い、タクシー代として千円を出して貰って何とか本部教会に辿り着きました。 (火の粉を払え 後藤徹の陳述書12 ) 同じ頃に書かれた二つの文章にはかなりの差異があります。 「我らの不快な隣人」によれば、『青梅街道を新宿方面』と書かれており、『通行人に頭を下げて、お金をもらった』と書かれています。 しかし後藤氏の陳述書では、『青梅街道』『山手通り』『渋谷区松濤2丁目の交差点』と具体的に書かれており、『通行人がたまたま帰宅途中の統一教会信者』とも書かれています。 後藤氏にどのような取材をして、このような差異が生じたのかは実に興味深い点です。 ところで、グーグルマップで調べてみると、後藤氏のマンションから渋谷区松濤2丁目の交差点までは約10キロあります。 不動産などの広告表記では、1分=80メートル(道路距離)として表記されます。 時速4.8キロになりますが、女性の場合だと早足になると思います。 1時間も歩けば速度も落ちるでしょうから時速4キロで計算すると、10キロを歩くのに2時間半かかります。 もちろん10キロも歩けば、信号待ち、水分補給、トイレ、休憩で、健康な人でも3時間程度はかかるでしょう。 健康な人でも3時間程度かかりそうな10キロの道のりですが、後藤氏のように『体力的に衰弱した中』で、しかも『脱水症状気味』の状態で、『革靴』で歩いた場合は、『膝ががくがくして』くるのは当然であり、『木の棒が落ちていたのでこれを杖の代わりに』して歩くなら『非常にゆっくりとしたペースで少しづつ前進』せざるを得ません。 しかも、山手通りの中野坂上交差点から渋谷区松濤2丁目交差点までは、きつい上り坂と下り坂の連続であり、健康状態の悪い人には厳しい道のりです。 後藤氏が交番などで寄り道をし、信号待ち、水分補給、トイレ、休憩をした上で、10キロを4時間で歩いたならば、時速3キロ程度で歩いたことになり、私にはとても信じられません。 また『非常にゆっくりとしたペースで少しづつ前進』したと書かれた記述が真実ならば、両膝が痛み出す前にはかなりの速度で歩いたことになり、これも矛盾しているように思えます。 上記のように計算すると、その時々で適当に話を創作しているように思え、米本氏についても是々非々の立場とは思えません。 そして、エイトさんのブログを読んで見ると、米本氏と統一協会の“親密な距離”についての疑念が深まります。 ちなみに、米本氏のブログにエイトさんの件が掲載されていました。 疲れます。(その3) ・・・・いっぱんに、活字にしろ、サイトの記事あるいはコメントにしろ、何かを書く場合、とりわけ他者を批判するときには、裏付けを取ってからやるものです。 溝ノ口のジョナサンで、40歳くらいのスーツ姿の男性が、エイトさんに引用した上記のことをしゃべったのは事実でしょう。 それを何らかの記事にするときには、エイトさんは私に「その男性と知り合いなのか」、また「その男性が話したことは事実なのか」、聞けばいいだけのことです。 時間のかかる作業ではない。 米本は実名であり、私の電話番号・住所はこのブログに書いてあるし、『我らの不快な隣人』には私のメールアドレスも明記している。 電話での問い合わせなら、ものの5分もあれば、事実関係ははっきりする。 あえて言っておけば、私が知り合ったことのある教会員は「拉致監禁をなくす会」の会員か、監禁体験者か、拉致監禁に対する問題意識がきわめて高い教会員(残念ながら、まだごくごく少数しかいない)。 いろいろ思い浮かべても、神奈川県に知り合いの男性教会員は、3人の女性信者が拉致監禁されたという川崎青年支部の支部長、黒鳥牧師を裁判で訴えた今利理絵さんの夫の2人しか思い当たらない。 支部長さんはどうみても、40歳には見えなかった。 だから、質問されれば、男性がしゃべった「米本さんと知り合いだ」というのは嘘、また「エイトさんに会いたがっている」というのも嘘であると答えることができる。 [2009/11/23 15:01] URL | 米本 (火の粉を払え 保護か拉致監禁か) 神奈川県の統一協会関係者に知り合いは少ないから男の主張は嘘だなんて・・・。(笑) 溝ノ口のジョナサンで話をすると、自動的に神奈川県在住になるのでしょうか? 知り合いが、どこで何をしているかなんて把握できないのですから、『知り合いかどうかは顔写真でも見ないことには答えられない』とでも書けば良かったのです。 しかし、男性の主張を嘘だと断定したい心理状態が強く働いたせいか、男性を神奈川県の統一協会関係者だと決め付けてしまいました。 そのあまりにぶっ飛んだ米本理論には、しばらく笑いが止まりませんでした。
世の中には人助けをして報酬(給料)を貰える立派な職業があります。 代表的なのは病院、警察、消防であり、弁護士も依頼人を助けて報酬を貰います。 統一協会は、反対する牧師や弁護士を「金目当て」と非難しますが、弁護士が統一協会の被害者を救済して報酬を貰うことに問題はありません。 牧師が、本業以外の相談を受けて人助けをするのも問題ありませんし、報酬を貰うのも献金して貰うのも問題ありません。 ルポライターが取材記事を書いて報酬を貰い、本を売って収入を得るのも問題ありませんが、無料で真実を報道するわけでもないのに「□□弁護士や○○牧師は商売をしている」と言うのもおかしな話です。 しかし、報酬が不当に高額であるなら、根拠を明示して批判することに問題はありません。 (ただし、脱会カウンセリングに対する報酬と、その後の教会への感謝献金は別個に論ずる必要があり、一緒くたに論ずる某氏の場合は、下手な情報操作をしているようにも見えます。) 無料で人助けをするわけでもない統一協会が「□□弁護士や○○牧師は金銭目的だ」と言える筋合いもありません。 文氏のような大金持ちであれば、無料で“救済”してあげることも可能ですが、実際には法外な献金を要求します。 ましてや一般人は生活がありますから、無料で奉仕するのにも限度があります。 親や家族の心配というのは、統一協会が引き起こしているのではなくて、世間一般に流布されている統一協会のイメージが「反対派」・マスコミ・左翼活動家らによってねつ造されたもので、あまりにも「悪い」ので、いわば余計な心配をしているのであって・・・、本当のことを知ってもらえば必ずそのような心配は消えてなくなると、本気で思っています。 そう思っているので、親や家族がそういう「悪いイメージ」を持ってしまうような「悪い噂」が書かれている本や「反対牧師」の話に接触しないうちに、自分たちの信じている「真実」のほうを先に知らせたいと思っています。 そのために、親や家族を統一協会のイベントに勧誘するのですが・・・、ところがそこで親や家族は彼らが考えているような「悪い噂」など何も知らなかったとしても、「悪い噂」の中身のほうに先に接触してしまうことになります。 信者たちは、親や家族が、「蕩減条件」を立てれば復帰につながると、本気で信じているので、法外に高額な宝石・絵画・多宝塔・壺・着物・献金などをしきりに買って買って、捧げて捧げてと、ねだるとか、すかすとかして金銭を統一協会に「復帰」しようとするからです。 多くの相談者たちは、たいていは、高額の金銭を信者から既に要求されたり、あるいはそのようなイベント(金銭要求でない場合もある)に勧誘されたりして、さまざまな「反対本」のなかに書かれている内容の一部を実際に経験してしまっているのです。 親や家族は、「反対本」に書かれている本の信憑性を信者本人によって担保されているので、「そうそう、これもあれも家(ウチ)と同じだ」と確認することになり、高い評価をくだすことになるのです。 (カルトからの自由 いわゆる「保護」「セットク」ということについて(2)) 統一協会が反社会的な経済活動をしてきたカルト教団であることは、日本中に知られています。 自分の子供が統一協会の信者になっていると知った時、心配しない親は極少数でしょう。 親が牧師や弁護士に相談する原因は統一協会の反社会的言動にあります。 心の眼を閉じないで 米本和広さんが書かれた文章を読むと、あたかも、正当防衛や緊急避難を認められた人に向かって違法行為をなじっているかのような印象を受けます。 つまり「感情を棚上げして、是は是、非は非で臨んでいる」のではなく「因果関係を無視して、是は是、非は非で臨んでいる」ということです。 ところが、警察官や検察官、判事など法務担当者は、職業柄、因果関係を無視することはできないので、統一教会員に対する保護説得事案を原因から掘り下げて調べた結果「事件性、違法性はない」と判断することが多くなっているのでしょう。 なぜ、米本和広さんが頑なに「因果関係を無視して、是は是、非は非で臨んでいる」のかは不明ですが、話題を盛り上げて関連著作の出版部数を伸ばそうなどという意図はないと思います。 しかし、無意識のうちに「因果関係には目をつむり、話題をセンセーショナルに膨らませようと行動してしまっている」ように見受けられるのです・・・・ [2009/10/22 03:05] URL | 一米本ファン (火の粉を払え 田中さんの懲戒請求に関する意見書(1)) 一米本ファンさんのコメントは、統一協会の反社会性と保護説得事案に「因果関係」があるとの主張ですが、それに対して米本氏は反論しています。 緊急避難・因果関係 ・・・・では、「原因」は「因果関係」として必然的に「結果」に結びつくものでしょうか。拉致監禁された人、また拉致監禁されようとしている人は犯罪に関わったことがあるのでしょうか。 経済犯罪事件として摘発された北玄、新世、共栄、エム・ワンなどの社員信者の場合、親から拉致監禁されても、直接的な因果関係はないにしても、やむを得ないことと思っています。 なぜ、直接的な因果関係はないのか。それは親が犯罪の事実を知った場合、警察に通報するなり、自首を勧めたりすることができるからです。 話を戻せば、統一教会には多くの社会的問題点があるから、拉致監禁されてもしかたがないという「因果関係」はないから、抹茶さん(反統一教会)も幽霊食口さん(統一教会)も、統一教会の問題と拉致監禁問題とは別次元のことだと語っています。・・・・ [2009/10/22 09:27] URL | 米本 米本氏の見解は矛盾に満ちていて興味深いものがあります。 霊感商法に直接関っている信者の場合は『親から拉致監禁されても、直接的な因果関係はないにしても、やむを得ないことと思っています。』と、拉致監禁されてもやむを得ないケースが有ると認めてしまいました。 親が警察に通報するなり自首を勧める原因(直接的な因果関係)こそが霊感商法にありますから、上記の文章は矛盾しています。 むしろ子供が霊感商法に関っていると知って「成人だから関知しない」と言う親がいるなら、その方が無責任とさえ感じます。 では子供が霊感商法に関っていない場合はどうでしょうか? 一米本ファンさん 私は統一教会が大嫌いな元協会員です。 教会在籍当時、拉致監禁被害体験者が数人周りに居ました。 一人は「内務」をしていましたが家族の反対が酷く、自宅へ帰り、通教になりました。その状態で拉致監禁されました。 彼女が何か違法なことに携わっていたんでしょうか? 内務と言うのは、先輩家庭宅での「家政婦」のようなものです。統一教会の信者の家庭の家政婦は「違法」な仕事なんでしょうか? 統一教会よりも「悪」な団体(宗教団体とは限らず)もありますが、そういう団体構成員への「拉致監禁」脱会工作なんて聞いたこともないですが、何故ないんでしょう? 教えていただけますでしょうか。 [2009/10/22 17:45] URL | 抹茶 『先輩家庭宅での「家政婦」』と言うのは、統一協会内部で指導的な役割を果たす女性幹部を補佐する役割です。 女性幹部が安心して経済活動や教育宣伝活動に専念する為、その家の保育や家事を担当します。 極端に言えば「家政婦」がいるからこそ、女性幹部は安心して家を空けることができ、反社会的活動にも専念できるのです。 ですから、直接霊感商法に関っていなくとも、反社会的な活動を後方支援している「同義的な責任」はあります。(法的な責任はありません。) 『霊感商法以前から拉致監禁は存在したから、因果関係は無い』と言う意見を掲示板かどこかで目にしました。 昔は、精神病院に入院させるなどの不幸な事例もあったようですが、その原因は、学業を放棄させて経済活動などをする「親泣かせの原理運動」であり、統一協会の反社会性に因果関係があることは否定できません。 ちなみに、統一教会よりも「悪」な団体(宗教団体とは限らず)の団体構成員の場合は、説得する人が見当たりません。 食口の場合は善良な子弟が多い為、親兄弟が心配して説得しますし、心配して牧師に説得を依頼します。 つまり、統一協会が「拉致監禁」と主張する行為は、親から見れば子供を救出する為の「脱会工作」であり、決して誘拐や暴行目的の「拉致監禁」と同一に論ずることはできません。 統一協会が主張する「拉致監禁」なる表現は、事象の一部分のみを強調するあまり、正確さに欠ける表現であることは、抹茶さんの質問からも明らかです。 イエローカード 原田さん、投稿をしばらく自粛してもらえませんか。 小川さんは「事故を起こして怪我をしたとして相手から金を取りそれを献金に回した」ことに憤慨して、統一教会を退会されました。 これが事実だとすれば、詐欺(懲役10年)なのです。 拙著245頁で書いた以上のことがやられていたようです。(取材ができず恥じ入るばかりです) それなのに、原田さんは「対人関係」の問題ではないかなあ、という。まったく、恥ずかしくて、度し難し! 「明確に詐欺なのに、こんなくだらんレベルの低いことを!」 そう思って、信者家族は「拉致監禁」を決意するでしょうね。 原田さん、少しは、自分の頭で考えてくださいな。(原田さんとSAKAさんとは同類のような気がしています) 少しは恥じを知ってください。自分たちの親分が引責辞任したのですよ! ほんとうに情けないたら、ありゃしない。 原田さんの投稿が入ると、拉致監禁が進みます。 申し訳ないけど、やめてくださいな。 [2009/07/28 21:57] URL | 米本 (火の粉を払え 統一教会・徳野英治会長−記者会見の問題点3) 統一協会の反社会的言動が脱会説得事案の原因であることは、米本氏も充分認識しているようです。 『原田さんの投稿が入ると、拉致監禁が進みます。』は米本氏の本音でしょう。 原田さんのように身内を擁護する気持ちが先立ち、あまりにも非常識な言動をした場合、必然的に統一協会のイメージが悪くなり、それを目にした親が牧師や弁護士に相談するケースも生じると思います。 しかし、実際には原田さんの投稿と拉致監禁に「直接の因果関係」はありません。(笑) さて、『原田さんの投稿が入ると、拉致監禁が進みます。』『経済犯罪事件として摘発された北玄、新世、共栄、エム・ワンなどの社員信者の場合、親から拉致監禁されても、直接的な因果関係はないにしても、やむを得ないことと思っています。』と言う本音。 それに対して、『統一教会には多くの社会的問題点があるから、拉致監禁されてもしかたがないという「因果関係」はない』と言う建前(?)。 なぜ米本氏の主張が二転三転するのか、私には理解できません。 ぜひ皆様も一緒に、米本氏の主張が“ブレる”理由を考えてみてください。
以前、akiさん(抹茶さん)から「統一教会に是々非々で対応する米本さんに突っかかるのは何故なんでしょう・・・」と質問されました。 「一言で表現すれば是々非々に思えなかったのです。(私の誤解もありましたが)後日、詳しく記事にします。」と回答しましたが、詳しく書いてみます。 アメリカから輸入された「カルト」「マインドコントロール」も特殊な用語であり、使い方によっては社会に害をもたらす。 その理由は、定義が不明確だからだ。 おそらく国民の多くは、カルトからは「得体の知れない邪悪な集団」、マインドコントロールからは「心の操作」を連想するだろう。 そのため、ネットメディアを含めメディアがカルトの定義もせずに「A団体はカルト集団だ」と報じれば、A団体は社会から排除されることになってしまう。カルト用語は使われ方によっては、たちどころに差別用語に転化するのだ。 (火の粉を払え ジョージ・オーウエルの世界 『1984年』) 米本氏は「カルト」の定義が不明確だと主張しています。 米本氏はカルトを批判をしてきたルポライターで、ブログでも「カルトの子」はしっかり宣伝しています。(笑) しかし、そのブログのもう一方には「『反カルトのカルト性』をより広く知ってもらいために、どんどんリンクを張っていただくことを願っております。」と書いてあります。 「カルト」の定義が不明確だとする、そんな米本氏が主張する「反カルトのカルト性」とは、いかなる定義なのでしょうか? 「反カルト」は、特定教団(統一協会など)をカルトと見なして反対する陣営を指すのであり、意味は通じます。 しかし「カルト性」とは、どのような性質なのでしょうか? 「カルト」の定義が不明確であると主張するならば、当然「カルト性」の定義もまた不明確なものになります。 米本氏が書いたように「カルト=得体の知れない邪悪な集団」と連想するなら、「カルト性=得体の知れない邪悪な性質」と言えるかも知れません。 しかし、個人のブログや掲示板の発言ならともかく、良識あるメディア関係者でそのように曖昧に捉えている方はいないと思います。 フランスではカルトのことをセクトと言います。 1995年12月、フランスの下院(フランス国民議会)で採択された「アラン・ジュスト報告書」は、通常の宗教か、セクト(カルト)かを判定する国際的な指針の一つとされています。 「アラン・ジュスト報告書」では、「カルト構成要件の10項目」を挙げ、下記の項目のいずれかにあてはまる団体をセクト(カルト)と見なしています。 1、精神の不安定化 2、法外な金銭的要求 3、住み慣れた生活環境からの断絶 4、肉体的保全の損傷 5、子供の囲い込み 6、反社会的な言説 7、公秩序の攪乱 8、裁判沙汰の多さ 9、従来の経済回路からの逸脱 10、公権力への浸透の試み 統一協会は上記10項目の全てに該当する完全無欠、10点満点のカルト教団です。 「カルト」は既に社会に定着している言葉であり、「カルト=得体の知れない邪悪な集団」と定義するメディア関係者を探すのは難しいでしょう。 カルト Cult は、「崇拝」「礼拝」を意味するラテン語 Cultus から派生した言葉で、それが転じて「熱狂的な崇拝」「熱狂的な集団」を指して使われるようになり、1990年代のアメリカにおいて、反社会的な宗教団体を指す言葉として使われるようになり、現在では上記10項目のいずれかに該当するような反社会的な教団を指して使われます。 シカト作戦 ・・・都合の悪いことはシカトするに限る。ほとぼりが冷めるのを待つに限る。 いわゆるカルトの人々と同じなのです。こうした点にも「反カルトのカルト性」「カルトと反カルトの相似性」を強く感じます。 [2009/04/18 12:11] URL | 米本和広 (火の粉を払え 「拉致監禁をなくす会」が活動を開始) 米本氏が上記のように反対派を批判した為、米本氏を信頼する多くの統一協会関係者が、反対派を批判する際に「反カルトのカルト性」と唱え始めました。 「反カルト」はカルト反対派のことですが、一口に反対派と言っても多様です。 牧師、弁護士、ジャーナリストは有名ですが、元信者、信者の家族、一般人もいます。 文氏が命令した霊感商法に反対する意味では、日本全体が反統一協会とも言えます。 しかし、米本氏の影響を受けた(“情報コントロール”された)食口は、「反カルトのカルト性」なる意味不明な言葉を使い始めました。 統一協会の非常識や反社会性を改めようとせず、反対派にも様々な立場の者がいることを理解できない食口は、「統一協会はカルト性を持った反カルト勢力によって宗教迫害を受けている」と反対派を批判し、自己を正当化しています。 信じられないことだろうが、取材してみて初めてわかったことがある。 教団は信者が拉致監禁されても知らん顔。そればかりか、そもそもがの話だが、拉致監禁事件が起きても教団本部に報告するようになっていないのだ。 逆に言えば、教団本部は信仰仲間がある日突然行方不明になっても、その事実を知らないのだ。 世界広しといえども、仲間がいなくなっていくことに無頓着な組織は、わが日本・統一教会だけだろう。 拉致監禁に対する教団の態度、あり方を知ったときには、頭がくらくらしてしまった。 (火の粉を払え 市民組織「拉致監禁をなくす会」が発足) 米本氏がどのような経緯で「わが日本・統一教会」と書いてしまうほどに、統一協会に傾倒したのかは知りません。 しかし、客観的なジャーナリストなら「頭がくらくら」することもなかったでしょう。 私は、最初にこれらの記述を読んだ時、米本氏が統一協会のシンパになったのかと思いましたし、今でもその疑念は完全には消えていません。 米本氏は霊感商法やエンドレス献金を批判してはいますが、そのような批判は食口自身も口にする為、それらを根拠に是々非々と判断することはできないでいるのです。
>もし、森羅万象(物理法則を含む)が単なる“偶然の産物”ではなく、神様が必然性をもって創造されたとするならば、そもそもいかなる目的をもって宇宙と人間を創造されたのでしょうか? 私が家庭を持った目的は、私と家族が幸せになる為です。 神様が宇宙を創造された目的も、神様と人間が幸せになる為だと思います。 >また、イエス様が語られた「それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」(マタイによる福音書5章48節)」という聖句が絶対的真理であるとするならば、その完全無欠であるはずの神様が、どうして最初から人間を完全無欠な存在として創造されなかったのでしょうか? 一言で答えれば、神様が全知全能であるとしても時間を無視できないからです。 この地球が創造されてから人類が地表を歩き始めるまでに、約46億年かかりました。 類人猿がヒトの祖先とサルの祖先に別れたのは、今から約500〜600万年前です。 ヒトの祖先が火や道具を使い始めたのは数十万年前です。 私たち人類(ホモサピエンス)に進化したのは10万年〜20万年前です。 とおるさんが最初の人間を何年前の人物と考えているのか教えてください。 文氏の妄想は「アダムとエバが赤ちゃんとして造られた」「赤ちゃんのアダムとエバを天使が育てた」「アダムとエバは成長期に堕落させられた」と言うものです。 これらは旧約聖書の文字の奴隷にならないと生まれない発想であり、科学的な知識を持った現代人には理解しがたいものです。 アダムとエバには、アダムとエバを産み、乳をあげて育て、言葉を教えた両親がいたはずです。 そしてその両親にも両親がいたはずで、生命の連鎖を否定することはできません。 >ましてや、(創世記の失楽園の物語を真実だとすれば)何のために人間始祖に対して“取って食べてはならない”という戒めを与え、わざわざ、“罪を犯せば死ぬかもしれない”という危険な賭けをしなければならなかったのでしょうか? >さらに、神様は人間が堕落した後に、何故、その全知全能性をもって速やかに堕落人間を救済することができなかったのでしょうか? とおるさんが「(創世記の失楽園の物語を真実だとすれば)」と仮定しているのは、とても賢明です。 何故なら、とおるさんの(統一原理の)疑問の数々は、旧約聖書の文字の奴隷にならないと生まれないからです。 宇宙は広がり続け、時間は過去から未来に流れます。 地球に生まれた生物も、単細胞生物からヒトへ、そして完全無欠な神に似た人間へと、現在は成長途中だと考えてはいかがでしょうか? 宗教は人間が神様に似る為に、成長を助ける為に、神様が与えてくれたと考えます。 不法を働き、詐欺を働き、武器を製造して儲ける宗教は不要です。 >こうした疑問に対して、統一原理は明確にその回答を与えています。韓定食さんが統一原理を真理でないと断言されるならば、こうした古来からの神学的疑問に対して、統一原理を“凌駕”するような説得力のある解答を与えることができるでしょうか? 統一原理は旧約聖書を都合よく解釈した仮説です。 しかし、旧約聖書を「すべて真実」と見なすことは、現代人には困難です。 私が「統一原理を真理でないと断言する」為に、統一原理以上の仮説を創作する必要があるとは思いません。 「アダム」「エバ」は、オリエント世界の神話に登場する「アダバ」「エア」のパクリと言う説があります。 ノアの箱舟物語もパクリであり、オリジナルはギルガメッシュ叙情詩に見られます。 ロトの妻が塩の柱になるのも、ナイル川の水が血に変わるのも、空想上の物語であって、歴史ではありません。 従って、旧約聖書の物語の年数と、実際の歴史を比べる原理も無意味です。 >そして、上記のような単純素朴な疑問に対し、既成キリスト教が明確な回答を我々に提示しえない以上、既成神学が説く神観など到底信ずるに値するものではない、といえます。そして、あなたが仰るように、福音書に書かれているイエス様の御言自体が絶対的真理であったとしても、それらが、上記の神学的疑問に対する解答を与えているわけではありません。 統一原理は「失楽園=不倫」と解釈します。 キリスト教は「失楽園=神への不従順、反逆、自我の芽生え・・・」と多様に解釈します。 従ってキリスト教の教義では、統一原理のような疑問は生まれないと思います。 創世記の失楽園の物語を「不倫」だと信じれば、統一原理のような考え方にはまるのも無理はありません。 とおるさんは「失楽園=不倫」と解釈する統一原理の枠組みの中で思考する為、統一原理の答えを至上と感じ、既成キリスト教が明確な回答を提示しないと思えるのでしょう。 統一原理は循環理論である為、「失楽園=不倫」の堕落論を信じると、復帰原理(メシヤ、アベル、カイン・・・)が必要になります。 逆に、創世記の失楽園の物語を「不倫」だと考えなければ、復帰原理(アベル、カイン・・・)は必要にならない為、キリスト教の理論に不都合は感じません。(個人差はあります) >前述の通り、福音書の聖句自体が種々の神学的・哲学的問題に対する解答を与えていない以上、何らかの宗教宗派の説く教理の中から解答を求めざるを得ない。 しかしながら、いずれの教理も明確な解答を与えていない。かろうじて、統一原理がそれなりの解答を提示している。しかし、それが絶対的真理であるという確証はない。 したがって、統一原理が偽りであって、かつ、それを凌駕しうるような明確な解答を与え得る教理が存在しない以上、神の実存や(被造物としての)宇宙森羅万象の本質的価値と実相を解明することは不可能である。そして、そのような“不可知論”の下では、もはや“神は存在しない。宇宙と(人間を含む)生命には普遍的価値など存在しない”という結論に至るほかないのではないでしょうか? 統一協会講師が教えるキリスト教では「福音書の聖句自体が種々の神学的・哲学的問題に対する解答を与えていない」と感じるかも知れませんが、私は福音書から神学的・哲学的な答えを学んで生活しています。 「何らかの宗教宗派の説く教理の中から解答を求めざるを得ない」と信じるのも自由ですが、キリスト教会に足を運ぶか、ネットでキリスト教を勉強した上で、統一原理の枠組みから離れて考えてみてください。 それでも「統一原理がそれなりの解答を提示している」と信じるのであれば、文家をメシヤ家庭だと仮定した上で、文家の醜態(自殺、不倫、離婚、犯罪、薬物など)」について、神学的な説明を考えてみてください。 キリスト教はイエス様自身の再臨を待ち望む心構えで信仰生活する宗教です。 儒教徒家庭の次男として生まれ、テロリストの協力者であったと吹聴する男が、イエス様に用事を頼まれたと主張しても、彼をイエス様の再臨と認める神学は存在しません。 私も、統一原理が偽りであることは部分的に提示してきましたので、とおるさんが「統一原理がそれなりの解答を提示している」と信じるのであれば、私の書いた記事にも反駁してみてください。
米本氏がブログに、世界日報記者と思われる人物の匿名ブログ記事を引用しました。 統一教会信者に対する拉致監禁のことが「ウィーン発『コンフィデンシャル』」(2009年9月28日付)で取り上げられました。 (注)このサイトの「最新記事」を読めば、おおよそ、どういうブログか輪郭は見えてくると思います。よって、拉致監禁以外の記事も読んで、確かめてください。 (火の粉を払え ニュース(16)) 米本氏が喜んで引用したブログ記事はこちらです。 (ウィーン発 『コンフィデンシャル』2009年09月28日 欧州で日本批判の炎が燃える) このブログ記事ですが、あまりにお粗末なので私も引用してみます。 なんと当方の母国・日本で世界で最も激しいキリスト者への迫害が行われている 何も知らない人はキリスト教だと勘違いするかも知れません。 記者もそれを狙って「キリスト者への迫害」と書いているのですが、統一食口はキリスト者ではありません。 そして世界各地には、武装集団に殺害されるような激しい宗教迫害もあります。 戦争前に約85万人いたイラクのキリスト教信者(同国人口約3%に相当)は今日、半分以上が国外に避難し、同国南部ではもはやキリスト教のプレゼンスはなく、首都バグダッドと同国北部にかろうじてキリスト教社会が生きのびているだけだ。 イラク北部モスルでは2008年3月13日、武装集団に殺害されたカルデア典礼カトリック教会のパウロス・ファライ・ラホ大司教の遺体が見つかっている。 (イラクのキリスト教徒、消滅? 2009年08月31日) イラクの武装集団に殺害されるような宗教迫害と日本の拉致監禁では、激しさの度合いが比較になりません。 ご自身が書いたイラクの記事を忘れてしまったのか、「世界で最も激しいキリスト者への迫害」は統一食口への拉致監禁だと書いています。 統一協会の話題に関しては客観的に考えることができず、普通の判断ができない状態だと思われます。 先進諸国の一員を自認する日本で1966年から約4000人の信者たちが拉致され、棄教を強いられている、というから驚きというより、どうしてメディア機関がこれまでその事実を報道しなかったかと不思議だ。それ以上に、どうして警察当局が人権問題に関るこの問題を無視してきたのか、理解に苦しむ。 これも統一協会側の発表を鵜呑みにした、データの無い話です。 教会本部によると、これまで拉致監禁によって退会した信者は、20年間に5000人はおり、現在もこの行為が続けられているという」(サンデー世界日報、2005年3月20日)。 これほどの人たちのうちで、家族や牧師を告発したものは、事件として数える限り、30例に満たない。 およそ1%以下の割合でしか、「拉致監禁」「強制棄教」の容疑が持たれるケースはなかったのであり、そのうちの2例のみ、違法な脱会カウンセリングであったと裁判所に認められた。 統一教会側は「メディアも行政も、このような暴力や信教の自由の侵害を放置しており、近代民主国家、法治国家として異常な事態と言わざるを得ない」(サンデー世界日報、2005年3月20日)というが、事例数が少なすぎるのではないか。 (「カルト」を問い直す 櫻井義秀 ) 客観的なデータとしては、家族や牧師が告発された事件は数十例であり、そのうちの2例が違法な脱会カウンセリングであったと裁判所に認められました。 そして、サンデー世界日報の記事では、拉致監禁被害者を5000人と報じています。 その時々で被害者数が1000人も異なる、いい加減な発表なのです。 戦後、最も飛躍してきたキリスト教グループは世界キリスト教統一神霊協会(通称統一教会)だ。 これは米本氏が間違いを指摘していますが、エホバの証人の方が飛躍したそうです。 「基督教」をわざわざ「キリスト教」と書き換えているのは、「キリスト教」の一派であることをアピールしたい必死の印象操作なのでしょう。 しかし、現実は被害届が出ているにもかかわらず、日本の警察側は拉致犯罪の捜査を怠ってきたのだ。 本人が「拉致監禁ではなく家族間の話し合いだ」と言えば、警察は介入しません。 家族や牧師を告発したものは、事件として数える限り数十例なのです。 先進国の成熟度はどの程度の「宗教の自由」が尊重されているかで測られる。旧ソ連・東欧諸国の民主化の原動力は「信仰の自由」を求める運動から始まったことはまだ記憶に新しい。 その点、日本は開発途上国の段階に留まっているといわざるを得ないわけだ。 アメリカはやたらと戦争を仕掛ける“戦侵国”であり、公然と黒人を差別してきた野蛮な国でした。 旧ソ連・東欧諸国の民主化の原動力は共産主義の経済破綻であり、「信仰」を求めたのではなく「豊かさ」を求めたのです。 民主化の原動力となった「信仰の自由」を求める運動とは、まさか統一運動だとでも言いたいのでしょうか? 日本をいたずらに卑下する言い方には、反日的な統一協会色が濃く感じられます。 統一教会メンバーの拉致事件を聞いた欧州のキリスト者グループの間では、「教会は異なるが、許されないことだ。拉致された信者たちの救済をしない日本は野蛮な国だ」という声が出てきたのだ。 欧州のキリスト者グループとは、欧州の統一協会のことでしょうか? それなら団体名を表に出さないのも無理はありません。 日本側が4000人の拉致問題の解決に乗り出さない場合・・・ 4000人の食口が拉致監禁されたと仮定して、訴え出ているのは数十件です。 それ以外の人々の中には、家族の脱会支援に感謝している人も大勢います。 このブログ主を世界日報記者と断定することはできませんが、コメント欄を読めばバリバリの統一食口であることは明らかです。 http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/50346644.html#comments 米本氏は「批判的な匿名ブログは記事に信頼性が無いから相手にしない」のですが、自分に都合が良い匿名ブログは取り上げる主義です。 開運グッズは、その性格からして製造原価以上に目に見えない付加価値が重視されるため、どうしても単価が高額になる傾向があります。 (天地の諸事情 統一教会信者逮捕をめぐって) しかしながら、彼らが印鑑によって目に見えない運勢というものに影響があると強く信じていて、また相手のことを思って良かれと信じて販売していたとすれば、その内面における信仰的部分に関してはあくまでも憲法上の自由が認められるべきである、というのが法の精神ではないかと私は思うのです。 (天地の諸事情 統一教会信者逮捕をめぐって(2)) 米本氏のブログでは、霊感商法を必死で擁護する匿名ブログ「天地の諸事情」を“参考”としてリンクしていますが、それでも飽き足らないのでしょうか? 世界日報記者が政治、経済、外交について取り上げる記事に、特別な問題があるとは思いません。 しかし、身内の統一協会について書く記事はどうでしょうか? 世界日報が世間から相手にされないのは、“統一協会の機関紙”として偏向報道をするからです。 上記したように、身内の統一協会問題に対して客観的な記事はまったく期待できません。 そんな記事をコピーしたら説得力が無いばかりか、世間からは「御用ライター」と冷笑されるだけです。 問題とすべきは、記事そのものである。 管理人が統一教会の利益のために、記事を歪めて書いていたのなら、管理人の属性を問題にすべきだろう。しかし、この記事に何か問題があるというのだろうか。 (火の粉を払え ニュース(16)より) この記事には問題が多いと思います。(笑)
普通の宗教団体に比べるとカルト団体は人の出入り(入会、退会)が多い印象があります。 あの人気講師だった広さんも統一協会に失望して、現在は分派で信仰中のようです。 しかし、そのような意味での「霊肉共の救い」「実体的救済」が、創立以来、既に半世紀もの歳月が経過した「世界基督教統一神霊協会」において、 本当に“実現した”、あるいは“実現しつつある”と、本心から言うことが出来るのでしょうか。 更に、反対派の情報だけではなく、信頼すべき統一教会の先輩たちによって知らされた、人類のモデル家庭である文先生御自身の「真の家庭」で、現実に起きた(あるいは起きている)、憂慮すべき、理解に苦しむ様々な現象は、一般の祝福家庭の問題とは本質的に異なる、神学的にも乗り越えがたい、極めて深刻な教学的難題を私に提起するものとなりました。 又、清平におけるシャーマニズム的手法の救済観や、中世カトリックが用いた免罪符と同じ「祈願書」による罪の清算等、本来の原理から大きく逸脱し、そもそも初期の統一教会において“誤った救済観”として断罪していた悪習が、こともあろうに祝福家庭に対して適応されている事態は、教学的立場からも、到底受け入れられる内容ではありませんでした。 (第4イスラエル研究会教学部長 広 義昭) 統一協会を辞める理由は誰でも似たり寄ったりで、私も広さんと同じような上記の理由で辞めました。 分派に行った人達は、さらに苦しむことになりますからお気の毒です。 ところで開天先生の場合は、どのような理由で統一協会と決別したのでしょうか? :組織に疑問を持ち始めた理由はわかりました。 しかし、協会否定の決定的理由となったのは何だったんですか? 開天:どこで私が気がついたかというと、献金を勧めたある家庭の障害者の子どもたちの行く末を知ったときです。 それは、東京町田市のAさんという方でした。 この方には子どもさんが二人いらしたんですが、二人とも障害者で、しかも奥さんを亡くされていた。 それで「神様のところだったら安心だ」ということで、統一協会に来られたんですね。 子どもたちを任せられると思っていたんです。 子どもたちのことがいちばん、心配だったし、障害者だからよけいにそうだった。 社会的に生きていけないかもしれない。 それでAさんは家、土地を全部捧げて献金したんです。 ところが、本人が2年後ぐらいに胃ガンで亡くなられて、障害者の子どもさんたちは完全に保護者を失った。 それで統一協会がどうしたかというと、親に財産を全部捧げさせておきながら、その子どもたちの面倒をいっさい見なかったんです。 結局その子どもたちの面倒を見ているのは、共産党系の福祉団体なんです。 統一協会がサタンだという団体が、そういう子どもたちの面倒を見てくれている。 一方で神だと言い張っている統一協会は切り捨てている。それも、社会的弱者をです。 この方だけではないんです。 Bさんという女性の方も、二人の障害者のお子さんがいました。 ご主人は航空機のパイロットでしたが、事故で亡くなられた。 それで受け取った保険金を全部献金しました。 そしてその方も、亡くなられてしまったんです。 :旦那さんの事故死による生命保険金はどれくらいでしたか。 開天:約8千万円でした。 それを全額、献金させていたんです。 そして彼女が亡くなったあと、子どもたちは、横須賀のほうの施設に引き取られました。 私はそのときに、「統一協会は血も涙もない団体だ」と思ったんです。 人間として絶対してはいけないことを統一協会はしている。 社会的な弱者に対する統一協会の姿勢(つまりは文鮮明の姿勢ですが)は、不必要なものはどんどん切り捨てていくというものでしかない。 必要なときはいいように利用するけれど、しゃぶるだけしゃぶって、何もなくなったらポイと捨てる。 たとえば、文鮮明の娘の子(文鮮明の孫)の子守りをやっていた日本人の女の子がいたんですが、ある日、子宮癌になったことがわかったんです。 自分の孫の面倒を見てくれた、家族のような信者が病気になったのに、文が何と言ったか。 「もう日本に帰れ」ですよ。 私なら即座にいちばん近い、いちばんいい病院を探して入院させて面倒を見るでしょう。 :文にはお世話になったとか、感謝の気持ちはないわけですか。 開天:ええ。 またある日、アメリカのボストンにあるモーニングガーデンと呼ばれる文鮮明邸内で、文鮮明が信者の日本の女の子に対して「お前、何人の男と寝たんだ」としつこく聞いていました。 女の子が、私はそういうことはしていませんと答えると、さらに執拗に「協会に来るまで、お前は何人の男と寝たんだ」と詰め寄る。 彼女は「していません」と言う。 それを何回かくり返した末に文鮮明がその子に何をしたか。 彼女に唾を吐きかけて、足蹴にした。 その子は正座して文の話を聞いてたんですよ。 その子に文は唾を吐きかけ、女の子の肩口を蹴り上げたんです。 :文鮮明自身がですか? 開天:文本人がやったのを私は目の当たりに見てしまった。 私はそのときに「この人は、ただの愚劣な人間だ」と思った。 本人がしていないと言っているのに、「たとえカラスが黒くても、俺が白って言ったら白なんだ」というやり方ですよ。 傲慢以外の何ものでもない。 しかし、信者は文のこういう行動には内にか重大な意味があると、勝手に解釈する習性が身についています。 信者に不安や恐怖心を植えつけ、信者に対して非常に都合のよい身勝手なすりかえを起こさせることができる教義。 それは「蕩減原則」という教義です。 わかりやすく説明すると「罪滅ぼしの原則」で、もともとの原罪が減刑されるという教えです。 統一協会の信者は堕落論を受け入れることによって、自分自身の存在そのものが罪であるというレベルに落としこまれています。 信者は悪側に立たされていて、絶対的な善側に何をされても、それは蕩減(減刑)され赦されていく道であると解釈するんです。 だから、この女性は日本を代表して、蕩減として文の行為を甘んじて受けた。 周囲もそう解釈する。 カルトの信者と暴君教祖との関係はこれに尽きる。 オウム真理教が行なった一連の事件の本質も、ここにあると思います。 統一協会とオウム真理教の根底に流れている教義の本質は、まったく同じだと理解できます。 :元三男婦人で、離婚した洪蘭淑も、息子が唾を吐きかえられたと、「IN THE SHADOW OF THE MOONS」という本に書いてますね。 開天:もっとあるんです。 やはり信者でありの悪いCさんという御老人がいらっしゃる。 この方は神奈川県に実家があったんですが、家や土地を売り払って、献金されたんです。 もう80歳を超えているかもしれません。 で、文鮮明が韓国の済州島のセミナーに来いというので、この方も行くことにした。 障害もあるし、車椅子生活で不自由だから、本人はあまり行きたくなかった。 でも、文鮮明が呼んでいると言われて、連れて行かれたんです。 文鮮明はいつも通路を行ったり来たり、ウロウロしながら説教するんですが、そのときたまたま通路にCさんの足が出ていた。 すると文鮮明は、その足をしたたかに蹴り上げたんです。 Cさんの介護について行った姉妹が、「この人は足が悪くて」と大慌てで説明したんですよ。 :教祖にあるまじき行為ですね。 開天:そうしたら文鮮明は「そんな者は消えてしまえ!」って怒鳴ったというんです。 文鮮明が来いというので、Cさんは不自由な体を押して行ったんです。 足が曲げられないので通路に出していたんでしょう。 この方は、全国でも2番目か3番目の篤志家で、億単位の献金を統一協会にした人なんです。 文鮮明は信者のことなど何も考えてやしない。 そうでしょう。 すべてをなげうって献金した人が、不自由な体を押して自分のセミナーを受けに韓国まで来たら、感謝の気持ちを込めて大歓迎するはずでしょう。 しかし、文は彼に暴力の“洗礼”を与えて、「消えてしまえ!」と怒鳴りつけた。 そんなバカな話があるか。 あの人は、人の懐の中に入っていけるような親しみの持てる人ではない。 むしろ、怖くて怖くて近づけない。 何をされるかわからないっていう、一種の恐怖を周囲に植えつけながら、「統一原理」というくびきを信者に付けさせて、善良な人間を恐怖政治で管理しているんです。 私はHG、つまり信者の借金がわれわれの生活費になるのだと思ったら、耐えられなかった。 自分たちが人の困窮の上にあぐらをかいて吸血鬼のように生活するなんて、たまらない。 自分は人類救済のためと思って率先して献金し、人にも勧めてきたのに、結局、やってきたのは人からお金を奪うことだけだったのか。 身近にいる人さえ救えないのに、どうして世界や人類が救えるのか? (別冊宝島 「救い」の正体 <統一協会という堕落 「霊感商法」-----最強の霊能士「開天先生」の証言。 高山和雄(ルポライター)>より) 唾を吐く。 暴言を吐く。 足蹴にする。 弱者を切り捨てる。 教祖や幹部の言動に絶望してカルトを辞める人は多く、開天先生もその一人でした。 有り金残らず献金させ、後に残された障害児を施設に放り出す統一協会は、無慈悲で冷酷で卑劣なカルト教団です。 放り出された障害児の面倒を見ているのが、統一協会がサタンと呼ぶ共産党系の福祉団体なのは皮肉な話ですが、神様の演出のようにも感じられます。 共産党にも問題は多いでしょうが、どちらがよりサタン(悪魔)に近いか、普通の人なら判るはずです。 判らないのであれば“手遅れ”かも知れませんが、手遅れにならない為に、思考を停止せずに考え続けてみましょう。 「社会的な弱者に対する統一協会の姿勢(つまりは文鮮明の姿勢ですが)は、不必要なものはどんどん切り捨てていくというものでしかない。 必要なときはいいように利用するけれど、しゃぶるだけしゃぶって、何もなくなったらポイと捨てる。」 薄々このように感じている現役食口も多いとは思います。 「拉致監禁被害者は家族を伝道できないし、家族を説得して(騙して)お金を工面できない“お荷物”であり、心に受けた傷の為ろくに活動できない“弱者”だから、統一協会は拉致監禁被害者に対しては何もしなかった」との意見を掲示板で見たことがあります。 社会的な弱者だけでなく、内部の弱者に対しても薄情な統一協会の姿勢からすれば、当たらずとも遠からずな意見であるようにも感じました。 良く考えて、早くカルトと決別できるように祈っています。
霊感商法で高額の多宝塔や壺を売っていた「霊能士=トーカー」たちは、後に、財界の大物や資産家たちを専門に献金を勧める“説得屋”になり、その中でも開天先生の実績は群を抜いていました。 霊感商法が行き詰まると、文氏からの献金要求に応える為、ノンバンクなどからの無計画な借入れが始まりました。 ノンバンクで借りて献金するように指示され、家庭崩壊の憂き目を見た食口も少なくないと思います。 :開天先生は、霊感商法では悪名高い天道先生、白龍先生さえ比べものにならないくらい、統一協会最強の霊能士だといわれていました。 天道、白龍の上にいて、彼らでさえ相談に行くと。 統一協会のなかで評価が高かった理由は何ですか? 開天:結局、私以上の献金を集めた人がいなかったからでしょう。 霊能士「開天」として85年4月からトーカーを始めたんですが、87年1月末から、霊感商法が社会問題として大きく取りあげられるようになった。 でも、それまでと変わらずやっていましたよ。 87年8月ぐらいがいちばん盛んだった。 :トータルで400億円ぐらいの献金を集めたという話を、ほかの元信者から聞きましたが。 開天:そうですね。しかしそこまではいってないでしょう。 毎月、3億〜4億円は当たり前でしたし、多いときは何十億円も集めましたが。 トータルで少なくとも200億円ぐらいはいっていると思います。 無我夢中で相手のことを思ってやっていた。 言うまでもなく統一協会のために、です。 だから借入れ、つまり信者に自宅や不動産を抵当に入れて銀行やノンバンクから資金を借り入れさせたりして、それを教会が借りるというような乱暴なこともしました。 :湘南台のNさんは、献金、借入れすべて合算すると200億円は統一協会に捧げたことになるそうですが。 開天:そうです。 私が関わったのは総額で38億円相当の献金ですが、97年11月ごろの話です。 今は田中土建の所有になっていますが、建てたばかりの新築マンションを売却して、贈与税まで払って献金した。 このNさんはデパートの老舗、伊勢丹の創業者・小菅丹治が出た名家の出身である。 小菅家に養子に行った丹治は、そこから奉公に出た伊勢屋から独立する。 伊勢丹とは「伊勢屋の丹治」が転じた名前だという。 開天:この人も、私と同じように印鑑を買ってしまったのがきっかけです。 パーキンソン病で苦悩していた妹のために買ったことがきっかけで夢中になってしまったんですね。 今は事業を起こして、駅ビルを建てて、共同経営権で暮らしていると聞きました。 でも、今度は統一協会の分派であるグループに入っているという話も聞いており、心配しています。 :調査によると、担保に入れて得た資金を統一協会に貸したものの、結局金利を払えなくなって自宅まで競売にかかってしまった。 さらに伊勢丹の本家として小菅丹治が大事にしてきた、東郷平八郎の書とか骨董の類まで一緒に競落したそうですね。 開天:私自身が辞めたあとのことだったので、これには怒りを覚えました。 しかも、あとで聞いた話ですが、このNさんが文鮮明に会いに行き、日本人幹部が「文先生、この人がいちばん献金した人です」と紹介したとき、文鮮明から「いくら献金したの?」と聞かれ「38億円です」と幹部が答えると、「私はそんな金貰っていないよ」と文はニベもなく言ったそうです。 文鮮明に「はい、コレです」と言って直に現金を手渡ししなければ、貰ったことにならないのかと、Nさんはそのとき茫然としたそうです。 献金を真剣に勧めた私たちにとっては、侮辱もいいところです。 のちに、講演で自分の銀行口座に直接振り込めと強調したことを聞き、やはり、お金に人一倍執着のある人だと実感しました。 :一度ならず献金した人の説得がだんだん難しくなってくると、最後の頼みの綱である開天先生に任されたと聞きますが。 開天:つまり、私は眠っている篤志家を掘り起こす役割だったんです。 内部の人間からは不謹慎にも「深海魚」と呼ばれていましたが。 :深海魚というのは? 開天:深海魚とは、お金をたくさん持っている資産家のことで、前に献金してもらったことがあるが、しばらく献金していない人のことです。 その深く眠っている深海魚を釣り上げるという意味なんです。 当時の東京ブロックの専務と白龍がこの名前をつけました。 (別冊宝島 「救い」の正体 <統一協会という堕落 「霊感商法」-----最強の霊能士「開天先生」の証言。 高山和雄(ルポライター)>より) 資産家のことを表面上は「篤志家」と呼びながら、裏では「深海魚」と呼ぶ彼らの心理状態は、宗教者というよりもセールスマンに近いものだったのでしょう。 まさに教団ぐるみで行われた経済活動ではありますが、利益を得るのは上層部のみで、開天先生でさえお小遣いは月1万5千円でした。 一方「私はそんな金貰っていないよ」と言ってしまった普通のお爺さんは、幹部に対する不信感が増大したのか、直接自分の口座への振込みを指示するようになります。 :信者に借入れさせる、つまりHG=Hayaku Genkin(一日も早く現金を作れ)と呼ばれていた資金捻出方法については、どう思っていましたか? 開天:借入れというあの方式は、文の執拗なまでのプッシュで古田元男が考えた苦肉の策なんです。 銀行から借りまくってもいい。とにかく現金を集めろ。とにかく現金を早く持ってこい、ということです。 :献金は天に差し上げるお金なんだと思っていたのなら、HGという方法に抵抗がありませんでしたか? HGはあくまで「協会が借りる」ということだったでしょう? 開天:私は信者としては、HGなんて絶対ありえないと思っていた。 あくまでもその人が心から同意して、献ずるものだと思っていた。 お互い信者の立場ですからね。嫌がっている信者が借入れするなんてことはありえないと思っていた。 献金を勧めに行くときは、相手がこの献金で救われることを願って、真冬でも夜が開ける前に近くの神社に行って水行をし、何時間も祈りを捧げて、祈りを込めたものを境内に埋め、それから相手に会いにいく。 本当に真剣にやっていました。 だから、あとから気づいたんですが、結局、相手を騙すようなHGの方法は、はっきり言っておかしいと思ったんです。 :協会が信者の代わりに金利を払うと言っていたにもかかわらず、結局はそうしないで、「協会に借金はない」と公言したので、貸した信者が怒りましたよね。 その後、統一協会から脱退する人が増えた。 開天:必ず、そうなると予想はしていたんです。 :しかも全壮協という内部組織ができて、ビデオでその集会での幹部突き上げの様子を見たのですが、信者は本気で怒りを爆発させていた。 集会の直後に、文の息子が信者の献金で新設計の拳銃工場を作っていると、老人の信者が告発していた。 開天:その話は、集会の中心人物のひとりである加藤光二社長から、直接聞きました。 彼に拳銃のモデルのパンフレットまで見せてもらいました。 文鮮明の息子のひとり、拳銃マニアの文国進が設計したという拳銃のパンフレットです。 世界平和、人類救済、地上天国の実現、そんな美辞麗句のために持てるものを捧げ、献金するということならわかる。 でも、寸借詐欺的に借りると言って取り上げ、その見返りが道楽で拳銃工場を作ることでしかなかった。 そのあたりは私はおかしいなと思った。 純粋に、私は身も心も協会にすべてを捧げてきたし、それが宗教上の禊ぎであり、贖罪だと思っていた。 だから献金すること自体も、集めることも、なにも悪い行為ではないと思っていたんです。 しかし、口では救いと言っていても、やっていることは私の考えていることと違う。 この組織は金のために動いているんじゃないかという疑問を感じてきたんです。 文鮮明にポンと手渡しで渡さないと、献金したことにならないというのも、恐ろしい話ですよね。 文はどんな人にも不信感を持っているんですよ。 彼は、常に誰かがネコババしているんじゃないかと疑っているんです。 :彼は途中でお金が抜かれていると考える、疑い深い性格だったみたいですね。 だから韓国の済州島でセミナーをやったときなども、自分の銀行口座番号を黒板に書いたそうですね。 開天:そうです。 「この口座に直接振り込みなさい」ってね。 (別冊宝島 「救い」の正体 <統一協会という堕落 「霊感商法」-----最強の霊能士「開天先生」の証言。 高山和雄(ルポライター)>より) 「全壮協」について知らない方は、ここを読めばなんとなく分かってもらえると思います。 (不良食口<おやぢ>の独白 1999/09/15 創刊号) 宗教指導者が無理やり借り集めたお金で拳銃工場などを造った聞けば、おかしいと思うのが普通です。 そのような時に幹部が使う方便は「あれはモデルガンだ」「あれは猟銃だ」と言う戯言です。 嘘も方便とはよく言ったもので、人間は誰でも自分が信じたいことを信じる生き物ですから、そのようなアベルの話を信じて信仰を続ける食口は多いと思います。 逆に、あれが拳銃工場だと知っても「これには何か深い意味があるに違いない」と思考を停止している食口は、かなり“手遅れ”に近い状態だと思います。 すると、ひとりの人がイエスに近寄ってきて言った、「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」。 イエスは言われた、「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」。 彼は言った、「どのいましめですか」。イエスは言われた、「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。 父と母とを敬え』。また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」。 この青年はイエスに言った、「それはみな守ってきました。ほかに何が足りないのでしょう」。 イエスは彼に言われた、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。 (マタイによる福音書19章16〜21) 私が持っているこの所有が、天の物であるかサタンの物であるか、それをはっきり知らなくてはなりません。 天の物として分別しておかなければなりません。ですから所有権を転換しなければなりません。 所有観念をはっきりはっきり、はっきり悟らなければなりません。 天の側に立つことができないならば、私の先祖の全てを殺す立場になる。私の後孫たちを全てを殺してしまう立場になります。 今日この時間この誓約書に全てを書いて! 自分の夫の名前、妻の名前、電話番号、所属、そいで自分の所有権の内容。 これは自分の名前である自動車から家、ビルディング、そして田んぼ、畑、もうすべての物を全部書きなさい。分かりました? http://www.youtube.com/watch?v=gkLpfwJ1jqA 「あなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい」と教えたイエス様と、「あなたの持ち物の、所有権を転換しなければなりません」と強要する統一協会。 途中でお金が抜かれていると考える、疑い深い性格だった文氏は、韓国人の巡回師を日本に派遣してまで“所有権転換”を強要しました。 貧しい人は放っておいて自分に捧げろと言うのは、カルト教団の教祖の共通点です。 もしイエス様と文氏の違いが判るなら、あなたは“手遅れ”にはならないと思います。 |一覧|Recommend Item |
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