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kanzoちゃんと暮らそう [全230件]
ハ~イ(´∀`)ノ ご機嫌いかがですか、みなさま~
わたくしmatsu-mamaです。 実は生きておりました(・ー・)。 しかも元気でおりました(・ー・)←私なりに。
黒猫matsuも19歳になり ますます元気です。
長すぎた冬眠からそろそろ目覚めなければいけなうような・・・ 春の気配を感じ ちょろちょろと動き始めないでもないような・・・
相変わらず「ウザさ」健在(・∀・)!!! むしろパワーアップ(´∀`;)???
かもね!!!
誰かさんが~ 勝手にひかり電話に契約を変えたせいで~ パソコンの設定を変更したら~ 無線LANの調子が変で~ パソコンご機嫌ナナメ 使えませーん …ったく、もう 得意分野でもないのになんとかしようとするなよ、じいやっ で、少しのあいだ、更新できません。 早ければ来週のなかくらいには…(あくまで希望)すみませんっ
10.≪ママさんの涙と思いと祈りと。≫
もう一度、その日(ママさんがわたしにのことを告白した日)のことに戻りたいとます。
「『B型肝炎』って知ってる? あのね、私がそうだったの」と、まずママさんが言った時・・・ わたしもびっくりしたにはびっくりしたのだけど、どこか静かな気持ち、というのか、 「ああ、ここにも肝臓のトラブルを抱えている人がいたんだな」という感じでした。 きっと、何度かの肝臓での入院や、特に今の主治医がは肝臓の専門医ということもあって、 いろんな原因での様々な症状の患者さんがたを見ているせいか、 肝炎とか肝臓がんとかいう言葉には、少し慣れてしまっているのかもしれません。
けれど、ママさんはそうではなかった。 のちにも「こんな話は、一生、家族の中だけの話としてしまっておくつもりだった」と言っていたように、 本当に、悩んで悩んで・・・わが家に話す決意をしたという様子でした。 わたしには、それが感じられたし、ママさんの気持ちをを受け入れてあげたいと思ったし、 そうしないと今日の話は進まないのだろうとも感じたので、こう答えました。 『うん、知ってるし・・・わかりますよ。わたしも若いころ、B型肝炎って言われたことあるから・・・』 するとママさんは、『ええっ・・・?!』という、驚きと叫びが混ざったような声をあげて・・・ 深呼吸をするみたいに一度大きく息を吐いてから、それまでのことを話してくれたのです。
・鈴之助ちゃんには抗体ができていなかったと知った時のショック・・・(5~10%の確率らしい) ・「どうして鈴之助が、鈴之助だけが?」といつも思ってしまったこと ・「自分のせいだ」と感じ、「守ってやらなくてはならない」とご主人と自分の秘密にしてきたこと ・主治医からは「今は自然に抗体ができる(=肝炎を発症する)のを待ってみよう」と言われていること ・「少し貧血気味らしいから時々診てもらおう」と嘘の理由でずっと検査を受け続けてきたこと ・高校を決める時も、体のことを最優先させなければいけなくて、 鈴之助ちゃんの望むすべてをさせてあげられなかったこと ・2~3ヶ月ごとの検査の度に「どうか抗体ができていますように」と祈って、今日まで来ていること
『にに子ちゃんとおつきあいが始まって「いつかは話さなければならない」とわかっていたけど、 「中学生らしいおつきあいをしなさい」「にに子ちゃんを大事にしなさい」と聞かせてきて、 鈴之助は理解してくれていると思っていた、 というか・・・そう信じたかったのかもしれない。それより先のことはまだだろう、って・・・。 だから正直なところ、@@さんから聞かせてもらうまではまったく気がつかなかったの。
鈴之助には、高校に入る前に、もう自分のからだのことを知っておくべきだと思って、 はじめて本当のことを話したのね。 そうしたら鈴之助は「おかあさんのせいじゃないから」って言ってくれたけど・・・ でもきっと、鈴之助はにに子ちゃんのことをだいすきで、きっと・・・許してください。 @@さんが言ってくれたように、 ふたりがそうなったのは、考えてみれば自然な気持ちだし、流れだったのかもしれない。 だけど、主人とも話して、そういうことがわかった以上、 @@さんに黙っているわけにはいかないと・・・。本当に話すのが遅すぎてごめんなさい。
鈴之助には我慢してほしかった・・・ 病気のことを考えたら、それは我慢させなきゃいけないのね。 もっと大人になって、鈴之助の状況も変わったり、結婚を考えるような時が来るまでは・・・ あの子には、普通のおつきあいはさせられないの。 すきな人を大事に思うなら、なおさらこらえていくように考えさせなくちゃならない。 だから、映画を観に行ったり、食事に行ったり、カラオケしたり・・・っていう、 小学生でもするようなおつきあいしかさせられない。 でも、それじゃあ、鈴之助とおつきあいしてくれる子がかわいそうだものね。
こんな訳なので、@@さん、どうかご主人にこのことを全部お話してください。 ご主人も、きっと「そんな奴とは、娘はつきあわせられない」って言うと思う。 当然だと思うの。うちにも娘がいるからよくわかる。 おとうさんおかあさんにしてみれば、にに子ちゃんを守らなければっていうのは当然だし、 そう考えたら、鈴之助はとんでもない相手だと思うもの。 にに子ちゃんも、このことを知ったら引いてしまっても不思議はないし・・・。 だから、どうかご主人に話していただいて・・・、 そして、「鈴之助とはつきあわせられない」ということになれば・・・、 ぜひ、気を使ったりしないで言ってください。 うちの方は・・・ 鈴之助がどんなに納得しなかったとしても、 このことは私たち夫婦の力で・・・私たちが責任を持って、そうさせますから。』
わたしは、話を聞きながらどれくらい泣いたかわからない。 ハンカチもぐしょぐしょになり、ティッシュも何枚もいただいて鼻もかんだ。 こんなことって・・・かわいそうすぎる。 今は健康で、ほかの人と何にも違って見えない鈴之助ちゃんが、どうして? 鈴之助ちゃんのせいではないのに、もちろんママさんのせいでもないのに、 これから楽しいことがいっぱい待っているはずの若い鈴之助ちゃんが、どうしてなんだろう。 そして、にに子は・・・ 親だけじゃなく彼氏まで、同じような病気を(病気のタネを)持っているなんて・・・ これも「さだめ」なのかな、そういう人のそばにいるような「運命」なのかな、 だとしたら、この子もまた、かわいそう・・・
『わかりました。帰って主人にも話します。 にに子にも抗体検査をしてきます。 だけど、その結果がどうだったとしても・・・主人に話してみなくてはわからないことだけど、 このことで主人が「ふたりをつきあわせない」と言うことはないと思います。 そのことを最終的に決めるのは子どもたちでないといけないと思います。 にに子にも鈴之助ちゃんのこともママさんの気持ちも、事実を全部聞かせて、 鈴之助ちゃんにもわが家のことを話してもらって(にに子も肝炎に全く関係がない訳じゃないこと)、 ふたりがきちんと話をして・・・この先起こりうる可能性のことも含めて理解させて・・・ その上でどうするのか? ということを、本人たちが納得できる結論を、 まだ子どもだとはいっても自分たちで覚悟を持って決めさせなければ・・・、 わたしたちは、その結論を見守っていくしかないんじゃないかと・・・ そうするしかないと、わたしは思うし主人もそう思うと思います。 だけど、もしもわが家で、 にに子が理解もして「それでも鈴之助ちゃんと」という答えを出したとしたら、 ・・・それは、鈴之助ちゃんのおうちにとっては、かえって迷惑ですか?』 『@@さん! 迷惑なはずないです・・・もし、そう言ってくれるとしたら・・・ 鈴之助にとっても、私たちにとっても、そんなにうれしい事はないです。』 『検査結果を見ないとわからないけど、もしも、にに子に抗体ができていれば・・・ うつることは、まず無いということだと思うんだけど・・・100%ではないのかもしれないけど・・・』 『・・・!』 ママさんはビックリして息を飲むような声(?)を出したけれど、 それ以上は言ってならないというように、ただ、黙って何度もうなづいて・・・ それから深く頭をさげました。
それから、わたしを送ってくれる車の中で、ママさんはこう言いました。 『今日、こんなふうにわが家の話を受け止めてもらえるとは本当に思ってなかったの。 肝炎のことをわかっている人が近くにいるとも思ってなかった。 「誰にも言えない」って思ってきたけど、今日@@さんに話ができて、 今、とてもさっぱりした・・・というか、とても気持ちが楽になったよ。 本当に本当にありがとう。 よろしくお願いします・・・。』
先日のビリビリ処方箋の件ですが。 結局、お薬を出していただけました(・∀・)! よかった・・・ でも、「今後は気をつけてくださいね」 と笑顔で叱られました(´∀`;) 欠けている部分があったら出してもらえなかったようです。 よかった・・・ジグソーパズル好きで・・・
9.≪B型肝炎~わたしの場合~≫
「8」の話でも少し触れましたが、 わたしも、かつて「B型肝炎」と診断されたことがありました。
19歳の学生だった頃、友達と献血に行ったのですが、 わたしの血液は使えないと、「内科を受診して検査をしてください」 というハガキが来ました。 ママさんの場合と全く同じです。 ただ、わたしはお気楽なおバカさんだったので、症状のないのをいいことに、 さほど気にもせず、そのままやり過ごしてしまいました。
その後、社会人になって25歳くらいのころ、体調がひどく悪い日が続いた時期があります。 周囲から「顔色が悪い」「白目が黄色い」と言われるようになってきても、 時間的にも体力的にもハードな仕事だったので、仕方がないことだと思っていました。 ちょうどその時期、偶然にも職場の健康診断があり、その検査データの肝臓関係の結果は・・・ さすがのわたしも、「病院に行かなくては」と思うような数値でした。 詳しく調べてもらい、お医者さんに、 「B型肝炎ウイルスを持っています。慢性肝炎だと思われます。 ご家族、特におかあさんは肝臓は悪くないですか?」 と言われました。 でも、母からも家族からも「肝臓」に関することは聞いたことがなかった。。。 その時はじめて「献血の時のことも、このせいだったのかもしれない・・・」と思いましたが、 母子感染以外の感染理由も思いつきませんでした。 (19歳当時のわたしには心当たり?もありませんでしたし。) お医者さんは「入院して積極的に治療をする」 か「飲み薬を使って様子を見てみる」 か、 2つの提案をしてくれまして、わたしは後者を選びました。 幸い、薬を飲み始めると、少しずつ体調も楽になってきて、 半年を過ぎた頃には病院にも行かなくなってしまった。 今、思えば無知でしたね。
この頃、わたしはまだ結婚をしていませんでしたが主人とは、もうつきあっていましたので、 この件についてはすべて話していました。 主人は、「大丈夫だ~」と気にするふうでもなく、 わたしも、主人に対してはあまり心配はしませんでした。(なぜ?でしょうね・・・) 肝炎の知識はほとんどなかったのですが・・・まあ、これも若気の至りと言いましょうか・・・。
にに子を妊娠した時、産科のお医者さんに、それまでの経緯を話しました。 母子感染がある、ということは聞いていたからです。 改めて肝炎ウイルスの検査をしてもらった結果、 抗体が、陰性(-)でも陽性(+)でもなく、(±)と出てきました。 お医者さんによると、 「ちょうど抗体ができかけている時だと思うよ。 だから赤ちゃんを産むころには感染の心配もないと思うけど」 ということでしたが、 わたしは絶対の安心が欲しかったので、 生まれてきたにに子にワクチン接種をお願いしました。 お医者さんも「これで、まず安心だね」 と言っていたので、 わたしは、すっかり大丈夫だと思ってずっと暮らしてきました。 大丈夫だと、もう安心だと、・・・都合よく思い込んでしまっていたようです。
今回、ママさんからの告白で、 鈴之助ちゃんのような場合もあるのだと初めて知り、 「にに子も検査をしてもらって確認しておかなければならない」と思ったのです。
≪番外編・・・B型肝炎のことをちょっとだけ。≫
HBVに感染している人の血液・体液を介して感染。 日本のHBV感染者は現在、130~150万人。
1.垂直感染(母子感染)・・・HBVに感染している母親からの出産時、産道で血液を介し 赤ちゃんに感染。(現在のHBV感染者のほとんどがこれ) 乳幼児→免疫機能が未熟なので、ウイルスを排除できない。無症候性キャリア (ウイルスは持っているが肝炎の症状はなく健康な人)となる。 思春期~30歳ごろ→免疫機能が発達し、ウイルスを排除しようと肝炎を発症。 肝炎を発症しても症状は軽く、肝障害が進行することは少ないが、約10 %が慢性肝炎に移行、また約1~2%が肝硬変・肝臓がんを発症。 現在は、母子感染防止策がとられているので、新たな母子感染はほとんどない。 現在、中学生以上くらいまでの人が要注意? 2.水平感染(母子感染以外のほとんど)・・・ 1)医療従事者の針刺し事故 2)予防接種での注射器の使い回し 3)HBVに汚染された血液の輸血など 1)~3)は、現在では改善されてほとんど見られないらしい。 4)薬物常用者の注射器の共用 5)器具の消毒の不徹底(ピアス・入れ墨など) 6)体液(性交渉など) 近年は6)の理由からの感染が増加している。コンドームの使用で、感染の 予防ができるが、「絶対安全」ではない。(避妊目的の場合と同じですね。) パートナーがHBVキャリアの場合、HBV未感染の人はB型肝炎ワクチンの 接種で感染を予防できます! 成人になってからHBVに初感染した場合・・・ 約70~80%の人 → 肝炎にならずに自然治癒 約20~30%の人 → 急性肝炎を発症するが、ほとんどの人が治癒 約1~2%の人 → 劇症肝炎を発症。(70~80%の人が死亡!) 急性肝炎が劇症化する原因は、まだわかっていないとか・・・?
1.一過性感染・・・急性肝炎を発症。または、自覚症状がないまま自然治癒。 どちらの場合も、症状が治まった後、HBVに対する免疫ができる。 2.持続感染・・・感染したHBVが体から排除されず、6ヶ月以上体内に住み着くこと。 一部の人は慢性肝炎(6ヶ月以上、肝炎が続いている状態)を発症。 慢性肝炎の症状は軽いことが多く、自覚症状がなく気づかない場合もある(血液 検査では肝機能障害が発見される。) 数年~数十年かけて、肝硬変→肝臓がんと進む可能性がある。
「肝炎を発症していないが、ウイルスは体内に保有している」という状態の人のこと。 キャリアの約90%の人・・・無症候キャリアのまま生涯を過ごす。 キャリアの約10%の人・・・慢性肝炎→肝硬変・肝臓がんへと進行の可能性。 B型肝炎の場合、無症候性キャリアや慢性肝炎の人が肝硬変期を経ることなく 肝臓がんを発症する事例が比較的ある。(キャリアの人は定期的な肝臓検査を!)
HBVに感染していたら(HBs抗原陽性(+)の場合)・・・HBe抗原検査を。 (母子感染防止措置をしないままだと・・・) HBe抗原陽性(+)の時→赤ちゃんへの感染率は100%。 約80~90%がHBVキャリアになる。 HBe抗原陰性(-)の時→赤ちゃんへの感染率は約10%。 キャリア化することはほとんどないが、まれに生後2~3 ヶ月で劇症肝炎になる可能性がある。 感染防止策は必ずしましょう!(約90~95%の確率で予防できる) 100%防止されるわけではないのが残念ですが・・・
昨日は診察日。 いつもは病院のとなりの調剤薬局で薬を処方してもらってるんだけど、 ちょっと帰りを急いでいたので、 家の近くの薬局にお願いしようと、 処方箋を持ち帰ってきた。 家に帰ってきてバッグの中を整理した時・・・ 要らない紙を破って・・・ 処方箋ビリビリ!(重なっていて気づかなかった)(бдб;) 14分割になったパズルをテープで張り合わせたけど・・・ これでも使えるんだろうか??? まー、行ってみよう(´д`;)
8.≪ママさんからの告白は・・・?≫
次の日は大雨でした。 ママさんは車で迎えに来てくれて、わたしは図々しくも、またおじゃましてしまいました。 キッチンでお茶を淹れてくれたあと、ママさんはまず、こう言いました。 「@@さん(わが家の姓)、『B型肝炎』って知ってる? 聞いたことはある? よね・・・ 実はわたし、それだったの。」
ちょーっと待って・・・!?
(実はわたしもかつて、それでした。 でも、その場でママさんとわたしとのやりとりを忠実に並べると、 読んでいて非常にわかりにくくなってしまうので、わたしの件とは分けて書こうと思います。)
「それは、短大のころ献血に行った時『詳しく検査をするように』って結果が出て、 内科へ行って調べてもらってわかったの。 でも、わたしの場合、特に症状もなく気づかないうちに抗体ができていたようだったので、 結婚して、お姉ちゃんと鈴之助を産んだの。」 * のちにわたしがで調べたところによると、 この時ママさんが言っていた抗体はe抗体(不完全抗体?)のことだと思われます。 「だけど、子どもに感染しないように、念のため、 ふたりを産んだ時にそれぞれにワクチン接種をしたのね、抗体をつくるために。 それで大丈夫だと思っていたんだけど・・・。 鈴之助が小学校の4年生くらいの時、『疲れた~』『だるい~』ってよく言っていた時期があって、 まあ、あとからそれは口ぐせみたいなものだったことがわかったんだけど、 急に心配になって、ふたりを病院に連れて行って血液検査をしてもらったの。 そうしたらね、お姉ちゃんにはちゃんと抗体ができていたんだけど・・・ 鈴之助にはできていなかったの。だからね、鈴之助はB型肝炎ウイルスのキャリアなの。」 * つまり、「普通の人にはウイルスをうつしてしまう可能性がある」ということです・・・!
そう言ってママさんは、床に座り込んで泣き出してしまいました。 そして、「@@さん(わが家の姓)、本当にごめんなさい!」と、頭を下げてしまいました。。。
「本当はもっと早くに、きちんと@@さんにお話しなければならないことだったと思うんだけど・・・ 本当にごめんなさい。だけど、すぐには言えなかったの・・・。
実はね、私たち夫婦は、鈴之助本人にも、このことをずっと言わないできたから・・・。 この病気のことは知らない人も多いけど、正しく知っている人はもっと少ないし・・・ むしろ、『感染する』『こわい』って嫌がる人も多いみたいで 偏見や差別のようなものもあるみたいだから・・・ 鈴之助はまだ小さかったから、外で不用意に口にしたら、 鈴之助にとってつらい事がたくさんあるだろうと・・・ 『その分、私たちが気をつけていこう』と思って・・・黙っていたの。 だけど・・・もう小さいままじゃなかったんだよね。
このあいだ、@@さんからの話を聞いたときも『言わなきゃ・・・!』と思ったんだ。 だけど、『どうしよう、どうしよう、どうしよう!』って頭の中がぐるぐるになっちゃって、 それ以上考えられなくなっちゃってね、『とにかく、お父さんに相談しなきゃ!って・・・」
ああ・・・ なんだか大変な展開になってきたような・・・ わたしは心臓がドキドキしてきて、苦しかった。 でも、そのドキドキは、 ママさんの話や鈴之助ちゃんのことを知っての驚きのためだけじゃなかったように思います。 また・・・? やっぱり・・・? 説明のつくことではないんだけど、そんな気持ちからのドキドキも含まれていたんですよね。 わたしには。
これからこのカテゴリーにこれからたくさん登場してくるので、 鈴之助ちゃんのおかあさん=ママさん と書かせていただくことにしました。 12文字と4文字の違いは大きい。 8という差は、時に計りきれない大きさを持つ。 8から得られる恩恵・・・ 今それを感じられるのはわたしだけだろう。 誰も知りたかないだろうし。 ・・・だから?
7.≪全部しゃべって来ちゃった≫
会う約束をしてから実際に会うまで3日間あったのに、 結局わたしの頭の中では何もまとまりませんでした。と言うより、 「その場の雰囲気で考えよう、空気を読みつつ流れにまかせよう」 これしか思いつかなかった・・・ 結論を出さないのが結論、的な?
そして、その週の木曜日の午後。 話題が話題だけに、気まずい雰囲気になってしまうことも予想されたので、 「どこか外で」とわたしは提案していたのですが、 「ウチに行こう? その方がゆっくりと話せるし」と言ってくれたので鈴之助ちゃんの家へ・・・。
「自分からお誘いしたのに、何から話したらいいのかまとまってないんですけど・・・」 と、前置きをしてから・・・ (高校の先輩ということもあって、敬語になったりならなかったり・・・ 話し方がおかしくなってしまって、なかなか調子が出ません)
結局、ぶっちゃけてしまいました。
にに子と鈴之助ちゃんとに春休み中に起こったこと、 なぜこの話をわたしが知ることになったのかという、それまでの経緯、 ふたりについて、わたしが思うこと・・・ (こういうことがわかったからといって、つきあいを反対する気持ちはないこと、 だからといって、今後も『どうぞどうぞ』とは言ってやれないこと、 ふたりを理解はできるけれど、まだ任せておくには子どもたちは子どもであること・・・)、 夫には聞かせていないこと、 そして、 ママさんに黙っていることがわたしには苦しかったこと、 でも話してしまうことでママさんや鈴之助ちゃんを苦しめることになるかもしれない・・・と思うこと、 そう思いながらも話している自分は、わがままを通しているだけかもしれないとも感じていること、 だけど「自分なら?」と考えて行動に出てみることにしたこと、 ママさんの考えを尊重させていただきたいと思ってること。。。
いやあ・・・ぶっちゃけました。
ママさんは「聞かせてくれて本当にありがとう」と言ってくれました。 (そう言うしかないよね・・・) そして「にに子ちゃんを悲しませるようなことをして、ホントにダメな男だ」とも言ってくれ、 (そう言わないわけにはいかないよね・・・) 「わたしも、にに子ちゃんのおかあさんと同じ考えだし、 鈴之助の姉もいるので女の子の家の気持ちもよくわかるつもりだから」 「鈴之助にはいろいろ話してきたつもりだったのだけど、 あの子の気持ちにはちゃんと響いていなかったのかの知れない」 「鈴之助はきっとにに子ちゃんのことが大好きで大好きで・・・ でも好きだったらなおさら『大事にする』ということをよく考えさせなければいけないと思う」 「機会を見て、できるだけ早いうちに鈴之助と話をします、 にに子ちゃんのおかあさんから聞いたとは勿論言わないで。 ただ、今は大事な大会が迫っていて、鈴之助は先輩方に迷惑をかけられない時なので、 それが終わるまで少し時間をちょうだいね」 とも言ってくれました。 そして、「本当にごめんなさい」と・・・。 「そんな、勿論どちらも同じだけの責任なんですから謝らないで・・・」 と答えながらも、とても悲しい気持ちになってしまった。 こんなふうに謝らせてしまうなんて。そんなことを望んでいたわけではなかったのに。 「わたしは何がしたくて、ここに来てしまったんだろう?」と、 取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれないと猛烈に後悔しました。
そんなわたしを帰りには車で送ってくれたママさんは、降り際に、 「本当に話してくれてよかったと思っているの。だから自分を責めないでね。 本当に感謝しているんだから。ありがとう。」という言葉をくれました。
帰ってからわたしはドーーーッと疲れが出てしまいました。 (ママさん側のお疲れはそれ以上だったことと思います。) ママさんが、わたしの気持ちを受け止めてくれたことが、 おかしなことだけれど、かえってわたしを戸惑わせたようにも思いました。 でも、もうなかったことにはできない。 このことが、今後の鈴之助ちゃん家とわが家を良い方向にむかわせることを願うだけでした。
幸い(?)、にに子も鈴之助ちゃんも大会シーズンに入り、 それが終わればすぐに試験期間が待っていましたから、しばらくはゆっくり会うこともできない、 その間に、わたしももう一度ゆっくり考えてみよう・・・ そんなことを思っていたわたしに、 今度はママさんの方から電話がかかってきたのは、 あの話のすぐ翌週の月曜日のことでした。
「申し訳ないんだけど、にに子ちゃんのおかあさんに聞いてほしいことがあるの。」 「え、何か・・・あったんでしょうか?」 「いいえ、にに子ちゃんがという話ではなくて・・・鈴之助のことなんだけど・・・ できるだけ早い方がありがたいと思って・・・明日か明後日は時間ありますか?」
そんなわけで翌日の火曜日に、もう一度おじゃますることになったのですが。 わたしのココロの中はワサワサでした。 いったい何の話なんだろう? 鈴之助ちゃんとは落ち着いてから話すと言っていたけど、もう話したのだろうか? パパさんと話をしたのかな、それで子どもたちを別れさせようということになったのかな? 「鈴之助のこと」って言ってたけど、何か秘密があるのかな?不治の病とか?まさかね・・・ そんな騒ぐ気持ちを、 夫にも、他のことならなんでも話すにに子にも言えないことが、つらいことでした。 とにかく、明日話を聞くまでは心配しても仕方がないんだから・・・ そう自分に言い聞かせて、長い長い1日を過ごしました。
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