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どうか、最高の暇潰しをキミに

どうか、最高の暇潰しをキミに

 空は青く、だんだんと落ち始めた日がフェンスに張り付くと丁度眩しい位置まで降りた頃。
ライトアップされた杉の木が植えられた学園の中心にある広場に学生が集まり始めた。
 日も暮れる前から、色とりどりの電球がちかちかと瞬いていることに一体何人が気が付いているんだろう。
ほとんどの生徒は、校舎の壁に描かれたサンタとトナカイのイラストか、降り積もった雪に釘付けのようだけど――
少なくとも、ここにいる私、花水夏葉(かすいなつば)を含めた3人は気付いているのは確かだ。

「下、降りなくていいの?」

 透明な声と称しても問題ないだろう声。なにやらノートに文字を書きながら言ったのは、
よく女の子に間違えられる日澤朱音(ひざわあかね)その人だ。
間違えられる度に少しだけ落ち込んでいるのが可愛い……と思ってることはもちろん本人には秘密。

「いいよー、どうせつまんないし」

 わいわいと騒がしい下の様子を観察したままで答える。
あの五月蝿い中に入るよりは、静かないつもの屋上の方が楽でいい。
 今日は12月25日。年に一度のクリスマス、だそうだ。
クリスマスは恋人たちのためにあるんだ! とか、イエス・キリストの誕生を祝う日だ! とか。
何人かが言い争ってたのを聞いたけど、正直言って、この学園の中で“一般的”と言われるクリスマスを
きちんと知っている人はいないんじゃないだろうか。と思う。
何故かと言うと、今この学園にいる生徒全てがこの学園で産まれ、育ち、一度も敷地の外から出たことがないからであって。
この学園の常識しか知らないのに、本当のクリスマスはこれだって言える人はきっといない。
もしいたとしても、それはきっと知ったかぶりのはず。
だって、ここは“外の世界”と違うと言うんだから。


 もうそれこそ1つの国とか世界なんじゃないかと思うほどに広いこの学園は、転生牢学園と呼ばれている。
物心ついた頃に教えられたことが正しければ、前世に問題を起こした人物が生まれる前に集められているんだとか。
……と言っても、前世の記憶を持ってるって言う人の話は全く聞いたことがないし、
どうして学校側が前世について分かるのかは謎ってことになってるから、本当かどうかは分からないんだけど。
 でも結局、この学園の外に出られないのは事実であって、ここが“現世”とかいう場所とは違って。
だから前世の記憶についても分かるんだろうなってほぼ全ての生徒が思ってたり。もちろん私も。
 そんな可笑しな学校に閉じ込められた私たちにも楽しみがないと、流石にやってられない……
と思ってるのは私だけかもしれないけど、まぁ、それは置いといて。
こんな学校にも、嬉しいことに年に何回かイベントがある。その1つが今日のクリスマスという訳で。
 クリスマスの場合はまず、唯一外の情報を得られる図書館で勉強熱心なメンバーが規制と戦いながら調べるところから始まる。
それから、その情報を元に飾り付けしたり、豪華な夕食にしたりしてわいわい騒ぐのをとことん楽しむ。
前者はほとんどいないけど、なんとか成り立ってるみたいだ。
 聞くところによると、年々クオリティが高くなってるとか。
図書館には昔の生徒が調べたものを纏めた本があったりするし、そうやって受け継がれているからこそなんだろうなー……

「それにしても今年のツリー派手だよねー」
「今年の担当は派手好きのGクラスだとよ」

 先に私の話題振りに乗ったのは、隣でフェンスにもたれ掛かったままで
「GはゴールドのGってな」と笑う学年一のイケメン問題児、加賀美大希(かがみたいき)。
3年前、この屋上を最初に見つけて入り浸っている人物だ。

「ツリーの飾りつけ、あんな派手にするぐらいなら僕がやったほうが絶対綺麗だよ」

 大希の言葉に、どうやら飾り付けをしたかったらしい朱音が不満そうに呟く。

「飾り付けも面倒だけど、後片付けよりは楽しそうよね……」

 イベントの準備は基本的にクラス別で行う決まりで、決められた場所の飾り付けしたり後片付けしたりする。
クラスは結構な数――数えたことないけど多分20近くはあるはず――で飾り付けか後片付けかどっちかになるんだけど、
それを決めるのは全て校長。どうやって決めてるのかは知らないけど、何か納得いかない。言っても仕方ないけどさ。

「後片付けが嫌なら、料理でもすればいいだろうが」
「出来たらやってるよ……」
「まぁ、そうだな」

実はクラス別で作る夕食担当のメンバーだけ、飾り付け担当の場合も後片付け担当の場合も免除になる。
だけど、基礎料理の授業の成績上位者から順に選ばれるもんだから、私と大希は論外。

「お前は林檎の皮もまともに剥けないもんなー」
「大希だってほとんど変わらないじゃん!!」
「んなことねーよ! 林檎くらい剥けるっつーの!」
「剥けても最終的には一口サイズになるんだったら、どっちもどっちだよ」
「っ…………」

 まぁ、こんな感じでダメダメな訳です。私の壊滅的な料理センスは家系的なものだと聞いている。複雑。

「でも、朱音ー。ホントに良かったの? 後片付け免除だったのに」
「いいよ。楽しく作れる環境じゃなさそうだったし」
「ならいいんだけど」

 朱音はどんな料理でも大体作れちゃう人。本人曰く、楽しく作るがモットーみたい。
朱音の料理は皆に大好評で、もちろん今年のクリスマスの料理担当に選ばれる予定だったんだけど……
私と大希がやらないならって拒否しちゃって、そりゃもう盛大に大ブーイングを食らいました。私が。

「あれは絶対理不尽だと思うんだよね……」

 思い出したらちょっとムカついてきた。落ち着け、私。そう口パクで呟くと、
ふいに音楽の授業で習った曲が聞こえ始めた。確か、じんぐるべる……だったっけ。
下よりずっと静かなせいか、屋上にも流れるその曲ははっきり聞こえる。

「クリスマスって、本当はイエス・キリストの誕生日だとかなんとかってこないだ聞いたんだけどよー……」

思い出すように口を開いたのは大希だ。

「だったら何で、今のクリスマスになったんだろうな」
「さぁねー」

 まるで独り言のようで、別に答えを求めてないのかもしれない。けど、なんとなく返してみたりして。

「今のクリスマスって言っても、私たちが知ってるのが正しいかどうかも分からないんだし、なんとも言えないねー……」
「だよなー」

“外の世界”の情報を得ても、私たちにはそれが正しいかどうかを知る術は今のところ全くない。
絶対に確信を持ちたいとも思わない私は別に構わないけどさ。それは大希も一緒の癖に。
時々、呟くように言う彼の質問が私にとって裏切りに聞こえたり聞こえなかったり。

「朱音も、流石に分かんねぇよな……?」
「分からなくはないけど……正しいっていう確信がないから言わないでおく」
「そっか。サンキュ」

 苦笑いする朱音が持ってる知識量は、私より、大希より、遥かに多い。
朱音に聞けば分からないことなんて皆無に近いんじゃないかって思ってしまうくらいに。
でも、その中にはどうしても正しい知識と断定できないものもあるんだって、時々困った顔して言う。
 今も、きっとたくさんの知識の中には答えらしきものはあるんだろうって思っても、私たちはそれ以上言わない。言えない。
だって朱音は――

「夏葉。どうかした?」

 しまった。余計なこと考えてた。これはもう考えない約束。もう思い出さないっていう3人の約束。

「あー、何か面白いことないかなーって」

 頭の端で思ってたことを口に出して誤魔化す。
クリスマス、クリスマス。強制参加にはなってない転生牢学園でのこの行事。
何度か参加はしていたものの、いつも何か足りないような気がし始めた今。

「屋上にいるのは楽なんだけど、暇なんだよねぇ」

 楽しくて、暇つぶしになって、クリスマスらしいもの。まだ誰一人としてやっていないこと。
うーん……こういう時に限ってなかなか思いつかな――――

「あ、」
「あ?」「ん?」
「いいこと思いついた!」

 お金はかかるけど、クリスマスにぴったりだし、面白いし。
これなら誰かがやったって聞いたことはないし!

「よし。それでいこう、それでいこう」
「ちょっと待て。何の話だ」

 不思議そうな顔の大希が問う。
朱音はやっと終わったのかノートを閉じてから、複雑そうな顔をして私を見た。
それ以上言うなって顔に書いてあるような気もする。気のせいだということにする。

「暇潰ししよう!」
「……暇潰しって、今度は何を思い付いたの?」

 呆れた顔がこっちを向いていた。まるで、母親みたいだ。なんて、本人に言えるはずもなく。

「私が悪巧みしてるみたいな言い方しないでよ」

 心外だと反抗するしか出来なかった。なんて、子供っぽい……。
自覚はしても、反省はしないぞと私が心で変な決意をした時、

「夏葉がそういう時は決まって違反に近いことをしようとするからね。悪巧みと変わらないよ」
「そ、それは、だね……」

 その、あの。反論出来ずに、口ごもる。
朱音の言う通り、今まで散々やらかして危うく謹慎処分になりそうになったことが多々あるからなぁ。
朱音のお陰でなんとか回避してこれてるけど。

「まぁ、いいじゃねぇか。こいつのやることは基本面白いし、暇潰しには最適だろ?」
「だろ? じゃないよ……」

 毎回この暇潰しを一番楽しむ大希が、楽しそうに笑って言う。
そんな大希に朱音が返したのは、ため息というオプション付きの言葉。
フォローする方の身にもなれと言いたいんだろうけど、残念ながら暇潰しをやめる気はないよ?

「で? 今回は何を思いついたんだ?」
「うん、あのね――――」


学園から出ることが出来るのは、卒業試験に受かった人だけ。
その卒業試験も、20歳以上の成績優秀者しか受けられない。
 つまり、それ以外の生徒は死ぬまでずっとこの学園の敷地内で暮らすことになる。
と言っても、25歳からはここより大分離れた場所での生活になるらしいんだけど。
 まぁ、結局何が言いたいかというとだ。
ここには、暮らしに困らないようにと“外の世界”で言うデパートとかいろんなお店が存在していて、何でも揃うって訳。
確か、最近100円均一も出来た。

「だからって、ちょっと買いすぎたかな……」

 屋上には、壁のようになったプレゼント用の箱、箱、箱。ざっと、100個近くかな。
その横には、高いものから安いものまで買いあさった大量のお菓子。

「ま、このぐらいはねぇとつまんねーだろ」

 私の思い付きを聞いて、真っ先に賛成した大希が嬉々として言う。
子供みたいに笑うその姿は嫌いじゃないなー。私も思い付き甲斐があるっていうかなんというか。
 それに対して、あのね。と複雑そうな顔の朱音は、屋上を埋め尽くす品物の数々を指差して、

「全部僕のお金なの忘れないでね」

普段は絶対言わないような台詞を吐いた。

「だーかーらー、ちゃんと返すってば」
「こんな大金いつ返せるの?」

 5万をゆうに越えたレシートがずいと目の前に差し出されて、視線を逸らす。
 買い物をするためのお金は毎月1日に渡されるお小遣いを使う。
その金額は、悲しいことに前の月に行われる確認テストの成績によって決まる仕組みだ。

「今月も少なかったんでしょ? 貯金するって張り切ってたけど、出来たの?」
「ううっ、それは……」

 先月6位の朱音は1万5千円。最後から5位の私は700円というように、その差は歴然だ。
700円で貯金も難しいのに私の場合は訳有りでマイナス200円の500円だ。そう簡単に貯金なんて出来ない。
 私の唯一の得意分野が順位に反映されないなんて酷いにも程がある。
あれさえ入れてもらえれば、もう少しまともなのにっ! まぁ、別のいいことは少しだけあるけどさ。

「数学とか英語なんて必要ないじゃん……成績だけが全てじゃないじゃん……」
「お前は成績意外でも引かれてるだろ」
「それは大希もじゃん。問題児減点制度なんてなくなれー!」

 一定ポイント貯まると50円ずつ減るなんて、結局問題児に使わせる金はないってことだよね。と愚痴ってみる。

「そんなこと叫んでないで、やるならとっととやっちゃおうよ」

 紐の付いた布をお菓子を入れたプレゼント用ボックスにつけるなんて、単調な作業を先に始めていた朱音が言った。
あれ、珍しい。朱音が勝手に手伝ってくれるなんて。

「これ、プラスになったりしないかな」

 あの真面目な朱音が積極的にやってくれてるんだから、悪いことって先生も思わないかもしれないじゃん。
だったら、むしろプラスポイント付いたりとかっ!

「マイナスにはなってもプラスにはならないと思うよ」
「何でっ!?」
「その反応が“何で!?”だよ……」

 一瞬にして希望を壊さなくてもいいじゃん。もしかしたらって思ってもいいじゃん。
 たまにはいいこと出来てるかなーって思ったのに、結局マイナスとかさ。いいけどさ。どうせ暇潰しだもん。いいけどさ。

「朱音のバーカ!」
「バーカ」
「うわ、なんか凄いイライラする!」

 そんな会話。思わずぷっと噴出したら、つられたらしい2人も笑い出した。
こんな空間が楽しいから好きだ。2人が好きだ。だからつい。
一緒に出来るこんな暇潰しを考えちゃうんだろうな。怒られそうだから絶対言わないけどね。


「よし、出来たー!」
「時間も丁度いいんじゃねぇの?」
「もうすぐ1番大きい木の点灯時間だから、皆集まるしね。いいと思うよ?」

 黙々とやって2時間とちょっとぐらい。空は青と黒のグラデーション。
1本の木を除く全ての木のライトが綺麗に光るのが見え始めた時間。
 買い込んであったお菓子は全部箱の中。その箱に付いているのは、小さめのパラシュートだ。

「それにしても、よくこんなパラシュートなんてあったよなー」
「ねー。何であるんだろうって前から不思議だったけど」

 ま、役に立ったからいいじゃん。続けて言った。さてさて、暇潰しもそろそろおしまい。
最後の作業に取り掛かろうか。皆が集まってる内に。点灯するその瞬間に。

『点灯しまーす』

 拡声器を使った声が響く。5、4、3……と沢山のカウントダウン。

「じゃ、一気に行きますかー!」
「おうっ」「はいはい」

大量の箱を乗せたビニールを3人で持ち上げて、高めの台の上。
フェンス越しじゃない景色が見える。高い。心臓がバクバクしているのが分かるけど、
怖いなんて感情は存在しなかった。楽しい。わくわくする。
これから終わる暇潰しに対しての気持ちは最高だ。

「せーのっ!!」
「「「Merry Christmas!!」」」

 今までで一番の大声を響かせる。
 上手くパラシュートの開いた箱たちはふわりふわりと風に乗りながら落ちて――
私の心は下の生徒たちの歓声と2人の笑顔で埋め尽くされた。

「もう最っっ高!!!」

 大好きな人たちへ。最高のクリスマスをありがとう!

END.



あとつぶし
ぎっりぎり間に合ったクリスマス小説!
急いで書いた上、リハビリ小説なので低クオリティですが・・・
楽しんで書いた自己満足小説なので、そこはね!気にしないで!←
この話は入れられなかった&書けなかった話がいっぱいあるので、
また書ければいいなーと思ってたりします。
夏葉の得意教科の話とか、朱音くんのタブーの話とか、大希の恋心の話とか!
うん、書けるといいな。なるべく早く。うん、頑張ります!

2010.12.25.


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