5514082 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カテゴリ

フリーページ

カレンダー

プロフィール

kapon2

kapon2

日記/記事の投稿

バックナンバー

2024年04月
2024年03月
2024年02月
2024年01月
2023年12月

コメント新着

お気に入りブログ

007 DB5 ASTON MARTI… New! 第三権兵衛丸 漁労長さん

自転車の日とパラシ… New! M-65さん

霞ヶ浦紀行 あずま、さん

気になったことを調… ASDICさん
天は人の上に人を造… 鳩ポッポ9098さん
2006年03月17日
XML
カテゴリ:戦争映画
かちんこ 1940 松竹大船 監督:吉村公三郎
出演者:上原謙、佐分利信、笠智衆、桑野通子ほか
126分 モノクロ


 第二次世界大戦前の支那で大活躍した、久留米戦車第一連隊の小隊長であった西住小次郎中尉(死後大尉)の伝記映画。昭和はじめての軍神と呼ばれた西住中尉は、剛毅実直で部下思いの名指揮官であったと言われ、必ず戦場偵察には自ら赴き、支那人に対しても心優しい配慮をするなど多くのエピソードを残している。徐州包囲戦で自らの偵察によって敵弾を受けて戦死するまで、第二次上海事変、南京攻略戦と30回にも及ぶ戦車戦を指揮している。
 本映画は、従軍記者であった菊池寛の原作をもとに、一部ドキュメント映像も入っているようだが、ほとんどが新たに撮影されたもので伝記仕立ての構成となっている。軍神を祀るという意味合いからも、若干脚色等もあるのだろうが、ストーリーは極めてドキュメンタリー調になっている。その分、構成の面白さという点では劣るが、何といっても映像のリアルさと戦闘シーンの迫力には目を見張るものがある。1940年公開ということで1938年の5月に西住中尉が戦死してから間もなく、兵器、兵隊等の挙動等は当時の状況に限りなく近いと言えるのだろう。登場する部隊名や地名、用語がかなりわかりにくいのもそのためかと思われる。ロケは廃墟や煉瓦造りの構造物の多さから中国だろうか。もし、国内ならば相当なセットを用意した事になる。一部、あきらかに室内セットとわかる場面もある。
 本作の主役は当然八九式中戦車乙型である。少なくとも15両以上の八九式中戦車が確認でき、この他先陣を切る九四式軽装甲車も登場する。単に行進するだけでなく、煉瓦の壁を突き崩して進む姿や、数は少ないが主砲を発砲する姿は実に頼もしい。ことのほか、戦車の戦術的用法は興味深く、歩兵支援として弾除け役になるだけでなく、敵のトーチカ銃眼に横付けして盾になるなど面白い。また、戦車のアップも多く、戦車長ハッチの開閉や車載機銃の動き、前部の観察窓が回転している様子、尾橇についている荷物など興味深いものがある。なお、戦車のマーキングは西住中尉車の「456」番のほか「8960」番、「み ほ」というものも見える。戦車以外では歩兵の重機、軽機がいたるところで登場し迫力満点。
 また、この時期の映画にしては火薬効果が凄い。戦車周辺に着弾する様子や、敵機銃の着弾など現代映画にも匹敵するほどの技術と迫力がある。さらに、意外なほどカメラワークが洗練されており、手前に歩兵、遠方に戦車など遠近感を利用した構図や、ロング、アップの映像が実に効果的に用いられている。戦前の映画では違った意味で亀井文夫の退廃的映像があるが、本作はいわば芸術的映像と言えよう。
 あとびっくりしたのは、敵側蒋介石軍の鉄兜をはじめとする軍装がどう見てもドイツ軍のものであること。てっきり、いい加減な小道具を・・・と思ったが、実は蒋介石中央軍はドイツ軍軍装だったそうだ。というのも昭和13年までドイツ軍事顧問がいたからで、本作はそれを忠実に再現していたのだ。さすがだ。
 本作の製作は第二次大戦勃発直前ではあるが、決して好戦的な内容でもなく、嫌戦的なニュアンスも含まれた人情的映画である。地名や作戦の状況などがもっと分かり易くテロップなどを用いていればさらに良くなったであろう、名作である。

興奮度★★★★
沈痛度★★
爽快度★★★
感涙度★★



!(以下 あらすじ ネタバレ注意 反転でご覧ください)
 陸軍士官学校出の西住小次郎中尉は、久留米戦車第一連隊、細木部隊の高梨中隊、戦車小隊長として任官していた。昭和12年の第二次上海事変勃発とともに、海軍陸戦隊や歩兵支援のために上海戦に参加する。敵の猛反撃を受けて苦戦中の歩兵部隊からの要請を受けて、西住中尉は小隊を率いて応援に向かう。西住中尉は剛毅な性格で、敵前偵察など危険な任務は部下にやらせず、自ら行うのを常としており、部下からは絶大な信頼を得ていた。しかし、ある時部下の荒川一等兵が戦死してしまう。さらに、高梨中隊長が負傷し、西住中尉は中隊長代理を務める。
 部隊はさらに通称白壁の家の攻撃に参加する。その際にも西住中尉は自ら偵察を行おうとする。そして、白壁の家は陥落し、無事に租界地区は死守された。
 いよいよ日本軍は南京城攻略戦に着手する。高梨中隊を率いた西住中尉は歩兵の支援を行い、敵トーチカの撃破に功績を残す。その際に西住中尉は足を負傷したにもかかわらず、戻らぬ部下を心配して自ら捜索に出かける。
 戦死した荒川一等兵の弟から手紙が届き、「兄ちゃんが戦死しても僕は泣きませんでした。でも母ちゃんは少し泣きました」とある。また、宿営地に取り残された支那人の女が出産し、西住中尉は手厚い看護と温情をかけるが、女は翌日赤ん坊を置いて逃げてしまう。死んだ赤ん坊を西住中尉は「無名子」と名付け、手厚く葬る。
 南京城攻略も成功し、1938年になり、いよいよ徐州包囲戦が始まる。士官学校の同期生岡田中尉は本国への帰還命令が出て、西住中尉と酒を交わすが、西住中尉は支那の地に骨を埋める覚悟をする。そして、渡河点の偵察に出た西住中尉は蒋介石軍の残兵に狙撃されてしまう。高梨中隊長の見守る中西住中尉は息を引き取るのだった。


DVD検索「西住戦車長伝」を探す(楽天) 

かぽんの戦争映画レビュー新着順

かぽんの戦争映画レビュー分類別






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年03月17日 07時43分47秒
コメント(0) | コメントを書く
[戦争映画] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.